第141話 F級の僕は、記憶を覗かれた事を教えて貰う


5月27日 水曜日6



それから程なくして、僕とティーナさんは、野営地に帰り着いた。

上空から箒に跨ったまま舞い降りて来た僕等に、四方木さん達が駆け寄ってきた。


「中村さん、心配しましたよ」

「すみません。ちょっと連れ出されてしまいまして……」


僕はちらっとティーナさんの方に視線を向けた。

彼女は、周囲に集まってきた均衡調整課職員やERENのメンバー達に対して、若干場違いな感じで愛想良く振舞っている。

そんな彼女に険しい表情をした四方木さんが声を掛けた。


「Ms. Sanders, What was going on?」

「Went for moonlit walk」

「He is our special colleague. Your action is a breach of our agreement」

「I’m so sorry……」


僕の英語力では半分も理解できなかったけれど、四方木さんが抗議して、それにティーナさんが謝罪しているらしい雰囲気は伝わってきた。


二人の会話が一段落するのを待って、僕は四方木さんにたずねてみた。


「僕がティーナさんに連れ出された先で、斎原さんが、“助けに来た”と言って現れたのですが……」

「斎原様にお会いできたんですね? 良かったです。あなたがサンダース女史に連れ去られたのを知って、彼女に救出を要請したんですよ」


ティーナさんはS級。

彼女の意図が不明な以上、こちらもやはりS級に頼る他無かったという事のようだ。


「斎原さんは?」

「まだ戻って来てないです。と言うより、中村さんがサンダース女史と一緒に戻って来たのが少し意外なのですが……」


探るような視線を向けてきた四方木さんに、僕は今夜起こった出来事を簡単に説明した。

もちろん、ティーナさんの能力や、ブラックセンチピードが『センチピードの外殻』をドロップした事を省いて、だけど。


「……なるほど」


僕の話を聞き終えた四方木さんは難しい顔で何かを考え込んでしまった。

と、再び野営地が少し騒がしくなった。


「斎原様、お帰りなさいませ!」


クラン『蜃気楼ミラージュ』のA級達の大きな声が聞こえて来た。

声の方に視線を向けると、小型のバギーから降り立つ斎原さんの姿が目に飛び込んできた。

四方木さんが、彼女の方に駆け寄って行くのに釣られて、僕も後に続いた。

同じクランのA級達に囲まれていた斎原さんが、近付いてくる僕等に気が付いた。


「四方木、それに中村君」


四方木さんは、うやうやしく頭を下げた。


「斎原様、この度は均衡調整課ウチの中村の救出要請に応じて頂きまして、まことにありがとうございました」

「困った時はお互い様よ。それで……」


斎原さんが、少し周囲をうかがう素振りを見せた。


あの女ティーナ=サンダースはどうしたの?」


ティーナさんは、いつの間にか姿を消していた。

自身に割り当てられたテントに戻ったのであろうか?


「サンダース女史は一足先に戻ってきました。今夜の件に関しては、追って、こちらからも正式に抗議する予定です」

「そう……」


斎原さんが、少しそわそわした様子で僕の手を引いて来た。

それに気付いたらしい四方木さんが声をかけてきた。


「どうされました?」

「ちょっと、中村君借りるわよ?」


斎原さんは、そのまま僕を少し離れた場所まで引っ張っていった。

彼女は懐からSランクの魔石を取り出すと僕に手渡してきた。

恐らく、ブラックセンチピードの落とした魔石。


「中村君、それで、あれはどうなったの?」


“あれ”

恐らく、ブラックセンチピードの遺留品、『センチピードの外殻』の事だろう。

まさか、インベントリに収納してます、と正直に話せるはずも無く……

僕は、ティーナさんが先程話していた提案に、一部乗る事にした。


「あれ、とは何でしょうか?」

「あなたが倒したブラックセンチピードの遺留品よ!」


ティーナさんに色々出し抜かれた形になってイライラしているらしい斎原さんの声が、少し大きくなった。


「……すみません。実は、ブラックセンチピードを倒した直後辺りの記憶がぼんやりしてまして……」

「記憶が?」

「はい。気が付いたら、ティーナさんの箒に乗せられてこの野営地に戻って来たって感じです」


斎原さんの表情が一気に険しくなった。


「あの女、妙なスキルを持っていると思ったけれど、もしや、精神干渉系かしら? だとしたら、少々厄介ね……」

「精神干渉系、ですか?」

「ええ。さっきもモンスターを倒した直後、あなたをさらってアイテムを持ち逃げしようとしたあの女に拳銃を向けたのだけれど、気付くと消えていたわ。その前後、奇妙な違和感があった。あの時、精神干渉系のスキルを使用されたのかも」


……どうやらティーナさんは戻って来る際、追撃を阻むためか、斎原さんの時間を一定程度、遅らせたらしい。


「こうなったら、あの女を直接問い詰めるしかなさそうね」


後は、ティーナさんに任せよう。

元々、今夜の騒ぎは、彼女が元凶なわけだし。



結局、ティーナさんの問題は、明日の合同ミーティングで議題に取り上げられる事になった。


深夜、割り当てられたテントの中で横になった僕は、今日の出来事を思い返していた。

神樹第1層に酷似した富士第一ダンジョン1層目。

朝から絶え間なく続くノイズのような耳鳴り。

地上と同じように昼夜がうつろい、ダンジョンの内部と思えないここ90層に広がる草原。

そして、異世界イスディフイにいるはずのエレンに届いた念話……

そうだ、ティーナさんの騒ぎですっかり忘れていたけれど、エレンとの念話、尻切れトンボになっていた。


僕はもう一度、呼びかけてみた。


『エレン……』


すぐに返事があった。


『タカシ。今はどこにいる?』

『さっきと同じ、地球の富士第一ダンジョン90層だよ』

『今夜は来ないの?』

『イスディフイに? さすがにちょっと疲れちゃったかな』


今夜は色々あり過ぎた。

今から神樹に行って戦う気力は残っていない。

僕はふと思いついた事を口にしてみた。


『そうだ、エレンは、こっちには転移してこれないの?』

『……無理。そこの座標が分からない』

『そっか……』


しばらくの沈黙の後、エレンが念話で呼びかけて来た。


『もしかして、記憶を覗かれた?』

『記憶をってどういう意味?』


エレンの唐突な問い掛けに、僕は少し戸惑ってしまった。


『あなたとのパスに外部から干渉を受けた痕跡がある』


パスに干渉ってどういう意味だろう?

記憶を覗かれた云々と関係のある話なんだろうけど。


『そういうのって分かるの?』

『分かる』

『誰が記憶を……』


言いかけて、僕ははっと気が付いた。

まさか……


『ティーナさんかな?』


思えば彼女は、僕が置かれている状況に精通し過ぎていた。

記憶を覗いたと考えれば、合点がてんはいく。


『ティーナ? あなたの世界の人間?』

『うん……』


僕は心の中でティーナさんの顔を思い浮かべた。

背中にかかる長さのブロンドの髪、紺碧の瞳、彫りが深い整った顔立ち。


『そう。その人物』


エレンは、僕が心の中で思い浮かべた彼女の姿を読み取ったようだ。

こういう事が可能なのは、やはり彼女とパスが繋がっているからであろう。


『ティーナさん、どうやって僕の記憶を覗いたんだろう?』


何も無しで、読心術みたいな事されるなら、最早防ぎようがない。


『多分……手の平を合わせる事で記憶を覗いていた……だけど、パスには干渉しただけ……障壁に阻まれてイスディフイの事までは覗けなかった……』


あっ!

そう言えば、夕方、干渉装置の実験とやらに立ち会わせてもらった際、ティーナさんが唐突に手の平を重ねてきたっけ?

それに、朝、四方木さんもティーナさんと会った時、握手をして“手の平を重ねて”いた。


今更ながら、ティーナさんとのやりとりを思い出した……



『……あなたの実際のステータス値と機器を使った計測値との間で乖離かいりがある、というのは、本当ですか?』

『すみません。どなたがそのような話を?』

『Mr. Yomogiから教えて貰いました』



……あれは文字通り、朝の握手で、勝手に“教えて”もらったという事だろう。

もっとも、四方木さんは、“教える”つもりはなかったはずだけど。


時間と重力を操り、他人の心の中を覗ける女性。

特徴的なつば広三角帽を被り、ローブをまとい、箒に腰かけ空を自在に飛び回る魔女。

ティーナさんは、想像以上に厄介な存在かもしれない。


そんな事を考えていると、睡魔が襲ってきた。


『エレン、おやすみ。明日は行けたらそっちに行くよ』

『分かった。おやすみ』


僕はそのまま夢の世界へといざなわれていった。


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