第139話 F級の僕は、S級二人の思惑に巻き込まれる


5月27日 水曜日4



僕は、傍らに降ってきた僕の武器と防具を収めたリュック、それに魔導電磁投射銃が入ったケースを指差した。


「これは?」

「こんな事もかろうかと、Takashiさんを散歩に誘う前、持ち出してました」


持ち出してましたって……

ティーナさん笑顔だけど、それ、普通に犯罪だからね。

それはともかく……


「どうやって、ここまで運んできたんですか?」


まさか、荷物だけ、ここまで転移させた?


「乗ってきた箒に吊り下げてましたよ?」


吊り下げて?


と、僕は重要な事を思い出した。


「そうだ、マクロケリア巨大ガニは!?」


今、僕はマクロケリアと無理矢理戦わされそうになっている途中だったはず。


「ご安心を。しばらく待ってもらってますから」


見ると、マクロケリアは、数m先で微動だにせず硬直している。


「……ティーナさんがやったんですか?」

「そうです」


僕を浮遊させたり、飛行したり、S級モンスターを拘束したり。

さすがはS級というべきだろうか?


「さ、今のうちに戦う準備をして下さい」

「……理由を聞いても良いですか?」

「理由?」

「僕をそこのマクロケリアS級モンスターと戦わせようという理由を」

「それは……」


ティーナさんが、少し言葉を濁した。


「もっとあなたの事を知りたいから……つまり、国際親善?」


僕は溜息をついた。


この人、エレン並み、いや、エレン以上に掴みどころがない。

だけど……

この人は、確実に何か計算ずくで動いている。

その何かが分からないけれど。


「分かりました。ただし、条件があります」

「どんな条件ですか?」

「マクロケリアと戦ったら、国際親善とかそういうの無しで、今日の事、まとめてちゃんと説明して下さい」


ティーナさんの目が細くなった。


「善処します」


僕は、荷物から装備品を取り出して身に付けた。

ヴェノムの小剣 (風)、エレンのバンダナ、エレンの衣。

ちなみに月の指輪は、今日は朝から装着済みだ。

本当は、カロンの三つの小瓶や女神の雫、神樹の雫なんかも用意したいけれど、それらは生憎インベントリの中だ。


どうしよう?

ここでインベントリから物品を出し入れするところを、ティーナさんに見せるわけにいかないし……


と、ティーナさんが声を掛けて来た。


「inventoryに収納しているitemは使わないんですか?」

「!」


なぜティーナさんは、インベントリの事を知っている?

もしや、読心術みたいなスキルを持っている?


僕は、顔が自然に強張るのを感じた。

と、ティーナさんが苦笑いをした。


「ごめんなさい。どうも警戒させ過ぎてしまったみたいですね」


彼女は、笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「ご心配なく。私、こう見えて口堅いんですよ? そうだ、お詫びに私の秘密も少し教えてあげます。そうすれば、お互いfifty‐fiftyですよね?」

「ティーナさんの秘密、ですか?」

「そう。私はなんと、重力を操る事が出来るのです。より正確には、graviton重力子の流れを“視て”、“操る”事が出来ます。コレ、一応国家機密なんですよ? ですから、他の方々には他言無用でお願いします」


重力子じゅうりょくし

確か、重力と関係する素粒子の一種。

だから、僕を浮遊させたり、飛行したり、荷物を“ぶら下げて”運んだり出来る?

それはともかく……


「そもそも、僕がインベントリなるものを使えると思った理由は何ですか?」


やはり読心術か何かだろうか?


「それは……」


ふいに、ティーナさんが箒に腰かけ、急浮上した。

同時に、凄まじい力の奔流がこちらに急接近するのが感じられた。

次の瞬間、ティーナさんに拘束されていたあのマクロケリアが、弾け飛んだ。

破片がキラキラ輝く光の粒子となって消滅していく。

そして、あとには、Sランクの魔石が1個残されていた。


一体何が?


いぶかる僕の耳に、遠くから、何かのエンジン音が近付いて来るのが聞こえて来た。

音の方向に視線を向けると、ヘッドライトのような物が見える。

やがて、そのエンジン音は、僕の近くで停止した、

ヘッドライトが切られると、それが、小型のバギー全地形対応車である事に気が付いた。


「中村君、助けに来たわよ」


バギーを操縦していた人物が、地面に降り立った。

そのままゆっくりこちらに近付いて来る亜麻色の長い髪をなびかせる女性。

その右手には、拳銃が握られている。


「斎原さん?」


彼女は、僕の傍まで来ると、上空を見上げた。


「What’s your game?」


斎原さんの視線の先、空中に浮遊する箒に跨ったティーナさんが答えた。


「彼と夜のお散歩を楽しんでいただけですよ」

「流暢な日本語だけど、単語の使い方、間違ってるわ」

「あら? どこが間違ってました?」

「相手の同意なくこんな所まで連れて来ることを日本語では“散歩”と言わない。“拉致”って言うのよ」


斎原さんが、右手の拳銃をティーナさんの方に向けた。


「中村君は連れて帰るわ。いいわね?」


斎原さんは、拳銃と視線を空中のティーナさんに向けたまま、僕に声を掛けた。


「さ、帰りましょ」


彼女は僕の手を取ると、乗ってきたバギーの方に歩き出そうとした。


「待って下さい」


僕は斎原さんに話しかけた。


「“助けに来てくれた”のなら感謝します。ただ、どうして助けに来てくれたのですか?」


斎原さんに、クラン『蜃気楼ミラージュ』に誘われた僕は、結果的にそれを断った形になっている。

その斎原さんが、わざわざ“助けに”来るのは、何か別の思惑があるのでは?


斎原さんが、にっこり微笑んだ。


「安心して。四方木に頼まれたのよ」

「四方木さんに?」

「そう。あなたが連れ去られたのに気が付いた四方木に、ね」


と、箒に腰かけ、上空に浮遊しているティーナさんが、斎原さんに呼びかけて来た。


「交渉しませんか?」


斎原さんはその言葉を無視して、僕の手を引きながらバギーに歩み寄っていく。

ティーナさんが、再び口を開いた。


DID次元干渉装置のdataをあなたのClanにだけ、条件付きで提供する用意があります」


斎原さんの足が止まった。


「さらに、明日ERENが91層で予定しているDIDを使用した特殊な実験に、あなた自身とあなたの選んだ研究者の立ち合いを認める用意もあります」


斎原さんが、上空のティーナさんの方に顔を向けた。


「随分な大盤振る舞いね。見返りは?」


ティーナさんが、僕を指差した。


「彼とMonsterが戦う場面を見せてもらう事です」


斎原さんが、怪訝そうな表情になった。


「中村君とモンスターが戦う所? そんなの見てどうするの?」

「どうもしません。強いて言うなら、国際親善です。同盟国の実力者の戦い方を見せてもらえれば、私にも勉強になります」


斎原さんの表情が冷ややかなものに変わった。


「面白い事言うわね。世界でも屈指の能力者であるあなたが、今更誰かの戦い方を見ても学べるものは何も無いと思うのだけれど」

「ですが、あなたにとっては悪い話では無いはずです」

あなた達アメリカ政府は、今までDIDに関する情報開示に応じてこなかった。あなたにそれを覆す権限があるとは思えないわ」

「今回の調査に関しては、ERENの全権代表者は私です。それに、dataも実験も、“あなたが”“勝手に”見るだけですから」


斎原さんの表情が緩んだ。


「それで? 中村君の安全は保障されるんでしょうね?」

「私とあなたがいて、90層この程度のモンスター相手に、彼が窮地に陥ると思いますか?」

「それもそうね……」


ん?

黙って聞いてたら、なんだか怪しい雲行きになって来ているような……


少し心配になってきた僕は、斎原さんに声を掛けようとした。


「あの、斎原さ……」

「中村君!」


僕の声にかぶせるように口を開いた斎原さんが、なぜか僕の両手を握ってきた。

彼女は満面の笑みを浮かべている。

しかし間違いない。

これ、確実に“悪い顔”だ。


「一回だけモンスターと戦って。大丈夫、私達がついてるわ」


…………

……


―――キシェェェェ!


数分後、月光に照らし出された90層の草原で、僕は、10m近くある黒い巨大ムカデ、ブラックセンチピードと対峙していた。


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