第136話 F級の僕は、S級が瞬時にドラゴンを屠るのを目撃する


5月27日 水曜日1



翌朝―――


―――ジリリリリ


午前6時きっかりに、目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響いた。

今日は、いよいよ富士第一ダンジョン調査行に出発する日だ。

顔を洗って歯を磨いた僕は、急いで服を着替えた。

そして、昨日のうちに用意しておいた荷物を背負うと、6時20分にはアパートの部屋を出た。

空は曇っているものの、既に外は明るくなっていた。


スクーターを走らせ、均衡調整課の駐輪場に到着した僕は、昨日指定されていた通り、均衡調整課の職員用通用口から中に入った。

そのまま1階の小会議室に行くと、既に四方木さん、真田さん、更科さんの3人が集まり何かを話していた。

僕にいち早く気付いた四方木さんが、笑顔で声を掛けて来た。


「中村さん、お待ちしてましたよ。さあ、行きましょうか」


四方木さん達と一緒に屋上に上がると、そこには、全長20m近い大きなヘリコプターが僕等を待っていた。

僕等を乗せたヘリコプターは、大きなローター音を響かせながら離陸した。

ヘリコプター内では、朝食としておにぎりとお茶が配られ、今日これからの調査についてもう一度おさらいのような説明を聞かせて貰った。


僕にとっては初めてのヘリコプターでの移動。

しかし、進路上の天候が良好だったためか、はたまた、ヘリ自身に魔石か何かで細工がなされているのか、揺れも少なく、意外と快適な空の旅となった。

やがて、前方に雪の無い富士山とその頂上を覆う銀色に輝くドーム状の構造物、通称『富士ドーム』が見えて来た。

四方木さんが、皆に黒色のガスマスクのような道具を手渡してきた。


「これは何ですか?」

「魔石を使用した酸素マスクですよ。装着すれば、呼吸する時、自動で吸気を与圧してくれる優れモノです。富士山山頂は、地上の2/3位の気圧ですからね。高山病になって動けなくならないよう、外ではコレ、付けといて下さい」


装着してみると、意外と息苦しさは感じない。

さすがは魔石と科学の融合の産物ってところだろうか?


僕等のヘリコプターは、富士ドーム脇に設置されたヘリポートに着陸した。

外へ出ると、さすがに吹き渡る風は肌寒い。

僕等はそのまま、出迎えてくれた均衡調整課の職員の案内で、近くの白い3階建ての建物へと向かった。

建物の中は、約1気圧に与圧されているとの事で、僕等はすぐに酸素マスクを外す事が出来た。

結団式と合同ミーティングは、大講堂のような場所で行われた。

参加するメンバーが紹介され、調査における細かい注意点等の通達と申し合わせが行われた。

事前に知らされていた通り、日米のS級4名、A級9名、B級15名、研究者8名、それに僕を加えた総勢37名の大調査団。

斎原さん含めて何人かが僕をちらちら見てる気がして少し緊張したものの、式次第自体は、予定より少し早く終了した。


そして、装備を整えた僕等は、いよいよ富士第一ダンジョンに向かう事になった。


富士第一ダンジョンへの出入り口は、富士ドーム内部、富士山の火口中央部にそびえ立つ、高さ10m近い陽炎のように揺らめく空間の歪みであった。

その空間の歪みをメンバー達が、次々と潜り抜けて行く。

彼等に続いて潜り抜けた僕の目の前に、事前に再現CGで見せて貰った通りの、大広間のような空間が広がっていた。

少し向こうには、灰色の2階建ての建物が建っている。

昨日、再現CGの中で見せて貰った研究棟だ。

僕は、その場所になぜか既視感デジャブを覚えた。


余りにも神樹第1層と似ている。

いや、似すぎている?

研究棟が無いままここに連れてこられれば、神樹内部の巨大ダンジョンだと言われても疑わないかも。


僕の戸惑いを他所に、少し離れた場所にある転移ゲート、通称エレベーター脇に設置された機器を、均衡調整課職員達が操作し始めた。

やがて、半径5m程のその魔法陣が発光し始めた。


「90層に繋がりました。皆さん、順番にどうぞ~」


一度に全員は転移できないとの事で、数人ずつ、次々と90層へ転移して行く。

やがて僕の順番がやってきた。

促されるまま、僕は、真田さん、更科さん他、各地の均衡調整課から派遣されてきているB級達とともに、魔法陣の上に乗った。


「それでは、お気を付けて」


機器を操作する均衡調整課の声に見送られる中、僕の視界は、一瞬にして切り替わった。


煌めく陽光の降り注ぐ中、吹き渡る風が、頬をそっと撫ぜ、周囲に広がる草原を優しく波打たせている……

事前に再現CGで見せて貰った以上に美しい風景が広がっていた。

富士第一ダンジョン90層。

草原のフィールド。

事前に聞いて無ければ、ここがダンジョン内部であるとは到底信じがたい風景だ。


刹那の間、その風景に見惚れてしまっていた僕の頭の中に、ふいにノイズのような雑音が聞こえて来た。


―――ザザ……ザ……ザザザ……


何だろう?


顔をしかめながら、そのノイズに聞き耳を立ててみようとした矢先、声を掛けられた。


「中村さん、大丈夫ですか?」


気付くと、更科さんが、少し心配そうな顔をしていた。


「だ、大丈夫です」

「顔顰めてましたけど?」


まだノイズは聞こえ続けている。


「ノイズ、聞こえませんか?」

「ノイズ? 耳鳴りですか?」

「ザザザって感じの、テレビやラジオの受信状態悪いときみたいなの」


更科さんは、少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「何も聞こえませんね」


話していると、四方木さんが近付いて来た。


「どうしました?」

「所長、中村さんが何か耳鳴りみたいなのがするそうです」

「耳鳴り?」


僕は慌てて首を振った。


「あ、いや、多分昨日寝るの遅かったんで、ちょっと寝不足なだけかも」


四方木さんが僕の背中をパンパン軽く叩いてきた。


「健康管理も仕事の内ですよ?」

「いや、まだ僕均衡調整課の……」


……職員じゃないですよ?


言いかけて、少し離れた場所からこちらをじっと観察している斎原さんに気が付いた。

僕と目が合った彼女が笑顔を見せるのと同時に、四方木さんが囁いた。


「不用意な発言は避けた方が賢明ですよ? ここには、他にもたくさんS級様いらっしゃってますから」


僕等は、研究者達が持ち込んだ機器のセッティングが終了するのを待って、移動を開始した。

今回の目的はダンジョン攻略では無く、学術調査だ。

所々で立ち止まっては、研究者達が何かを採取したり、機器を使って調べて行く。

その間は、僕等が周囲に目を配りながら、モンスターが襲撃してこないか目を光らせる。


最初は緊張していたが、段々慣れて来た僕は、他のメンバー達の様子をそっとうかがった。

日本のS級達は、各々、自分達のクランメンバーのA級達と一緒に固まって行動しているようであった。

そして、今回初参加という話のアメリカEREN国家緊急事態調整委員会所属のS級、ティーナ=サンダースさんは、やはり同じEREN所属のB級調査官2人と共に、何かの機械で時折周囲を調べている。

僕はと言えば、四方木さん、真田さん、更科さんに周囲をさりげなく固められており、他のメンバー達と会話したり出来そうな感じでは無い。


それにしても良い天気だ。

なんだか、のどかな遠足みたいな……


と、ふいに咆哮がとどろいた。


―――オオオオン!


見上げると、上空から2頭の巨大な飛竜が僕等目掛けて襲い掛かってきた。


「モンスター出現! エルダードラゴン2体!」


誰かの叫びと共に、僕等を包み込むように、巨大な魔法陣が出現した。

エルダードラゴン達は、その魔法陣に弾かれて、再び上空に舞い上がった。

見ると、S級とA級達の何人かが、何かの詠唱を行っていた。

そして、斎原さんが、拳銃のような物を上空に向けるのが見えた。


殲滅の業火ルイナム・イグニス


斎原さんの拳銃が、文字通り“火”を噴いた。

より正確に表現すれば、凄まじい熱量を孕んだ炎の奔流とも言うべき何かが発射された。

それは、上空のドラゴン達にまとわりつくと、瞬く間に焼き尽くした。


―――ギャアアアァァァ……


2頭のエルダードラゴンは、光の粒子となって消滅した。

そして、上空から、Sランクの魔石が2個、降ってきた。

四方木さんが、そっと耳打ちしてきた。


「斎原様は、自身の魔力を弾体に生成して、それをあの拳銃のような武器から発射する事でモンスターを殲滅します。彼女が本気を出したら、都市一つ吹き飛ばす事も可能と言われています」


さすがはS級というところだ。

恐らく、他のS級達もそれぞれ凄まじい能力を秘めているのだろう。


その後も何度か調査中の僕等の前にモンスター達が現れた。

しかし、その全てがS、A級達によって瞬殺に近い形でほふられていった。

午後5時、日がやや傾いてきた頃、1日目の“調査”は、予定通り無事終了した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る