第134話 F級の僕は、第84層のゲートキーパーに挑む


5月26日 火曜日7


部屋にやってきたアリアは、既にミスリルの甲冑に身を固めていた。

そして、クリスさんはいつもの灰色の帽子と茶色のポンチョという出で立ちだった。

ちなみに、エレンは、今日は、昨日同様、黒地に赤の刺繍が施された素材不明の衣装を身にまとっている。

クリスさんは、エレンを目にすると、少し目を細めた。


「……君が噂のエレンさんだね? 僕はクリス。宜しく」


一方、クリスさんに視線を向けたエレンは、少し怪訝そうな顔になった。


「あなたは、何者?」

「だからクリスだよ。オッドアイの左右の瞳の色が違う魔族さん」


心なしか、クリスさんの言葉に険があるように感じられる。


「名前じゃ無くて……」


エレンは、怪訝そうな表情のまま、言葉を続けた。


「あなたの中にあるソレは何?」

「僕の中に? 何があるって言うんだい?」

「……自覚していない?」

「もしかして、魔族の血とかそういうの?」


エレンはその問いかけにすぐには答えず、しばらくクリスさんをじっと見つめていた。

が、ふいに視線を逸らした。


「なんでもない。勘違いかも」

「なになに? そういう言い方されると気になるんだけど」


しかし、エレンは、その話題に興味を無くした感じで、僕の方に話し掛けてきた。


「神樹、行く?」


そうだ。

今夜の目的は、神樹第84層のゲートキーパー、ブネの打倒。

そのために、クリスさんに力を貸して欲しい、とアリアを通じてお願いしていたはず。


僕は、クリスさんの方に顔を向けた。


「クリスさん、ここに来てくれたって事は、今夜、神樹での戦闘、手伝ってくれるって事でしょうか?」


クリスさんは、にっこり微笑んだ。


「僕で良ければ手伝うよ。アリアさんから聞いたんだけど、神樹第83層のゲートキーパー、ロノウェを単独で撃破したんだって?」

「まあ、運良くって感じです」

「あの黒いのをたくさん呼び出すスキル使ったのかい?」


クリスさんは、『カロンの墳墓』で、僕が【影分身】を使って敵を倒すのを目撃している。


「そんなところです」

「で、今夜は第84層のゲートキーパー、ブネに挑もうとしている」

「そうなんですよ。ただ、仲間達から、僕一人ではちょっと勝てないって言われちゃって」

「なるほど。君は、魔法って使えるのかい?」


魔法……

ステータスを表示させた時、僕の使用可能な魔法が記載されるべき欄には、『無し』の二文字が燦然と輝いている。


「魔法は使えないんですよ。結構、MP消費して敵を倒せるスキル持ってるんで、魔法、無くても良いかなって」

「そっか……」


クリスさんは、少し考える素振りを見せた後、言葉を続けた。


「言いにくいんだけど、ブネは、物理攻撃に対する耐性が、90%を超えている。おまけに、HPも高いから、もし君があの黒いのを呼び出すスキルだけで倒すなら、君のステータスを2倍に底上げして、なおかつ100体以上、同時に呼び出さないと倒せないと思うよ」


100体!

この前、ベリト戦で50体呼び出した時は、割れそうな位頭痛くなって気を失った。

100体呼び出したら、本当に頭が割れてしまうかも?

それ以前に、【影】100体呼び出したら、1秒間にMP100消費するわけで、気を失うことなく、女神の雫の一人早飲み大会開催と言う非現実的な事態に直面する事になる。


魔法、確か魔法書買って読めば、使えるようになるんだっけ?


「つまり、まずは魔法を覚えた方がいい?」


クリスさんは、苦笑した。


「ま、今夜は僕も手伝うから、急いで魔法覚えなくても何とかなるとは思うけど」


話が一段落ついたところで、僕は確認しておかないといけない事があるのに気が付いた。

アリアに視線を向け、彼女の左耳に『二人の想い (左)』があるのを確認した僕は、自分の右耳の『二人の想い (右)』を触りながら、アリアに念話を送った。


『アリア、クリスさんはノエミちゃんの事、知ってるのかな?』


僕に念話で呼びかけられる事を予期していなかったらしいアリアの肩が少しぴくっとなった。


『一応、話したよ。私達の仲間だって。ダメだった?』

『ダメじゃないよ。ノエミちゃんも、是非紹介して欲しいって言ってたし』


昨晩、神樹第83層のゲートキーパーの間で、僕等はそんな話をしていた。


アリアとの念話を終えた僕は、クリスさんに話しかけた。


「クリスさん、神樹内部には転移できますか?」

「もちろん転移出来るよ」

「じゃあ、アリアを連れて、先に神樹第83層のゲートキーパーの間で待ってて貰えないですか?」

「分かった。もしかして、光の巫女を連れ出しに行くのかい?」

「そんなところです」


一足先に神樹へと転移して行ったクリスさんとアリアを見送った後、僕は改めてエレンに声を掛けた。


「行こうか?」



2時間後、僕等は、第84層のゲートキーパー、ブネの拠る大広間に続く大きな扉の前にいた。

第83層のゲートキーパーの間で落ち合った僕等は、そこから第84層へのゲートをくぐった。

そして、いつもの如く、エレンが最短経路で僕等を案内し、ノエミちゃんが罠と仕掛けを全て解除し、モンスターと一度も遭遇する事無く、僕等はここに辿り着いていた。

僕は、“カロンの小瓶”を使い、ステータスを底上げ済みだ。


クリスさんが口を開いた。


「それじゃあ、もう一度確認するよ。光の巫女は、タカシ君のステータスの底上げと、ブネの詠唱妨害。僕はブネの動きを魔法で封じる。そこに、タカシ君とアリアとで、ひたすら攻撃を加え続ける。余裕があれば、僕もタカシ君とアリアのステータス底上げするバフを掛けてあげるよ」


クリスさんの言葉に、僕等は頷いた。

そして、ブネの待つ大広間に続く大きな扉を押し開けた。


大広間は、今まで同様、高い天井をいくつもの太い柱が支える造りになっていた。

その奥から、美しく整った、しかし一対の角を有する悪魔が現れた。

両肩から、それぞれ狼と鷲の頭を生やしたその姿は、どこか巨大なドラゴンを連想させた。


「我が名はブネ。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


すっかり聞き慣れた口上を述べ、こちらに攻撃を掛けようとしたブネの周囲を無数の魔法陣が取り囲んでいく。

ブネの悪魔の顔が、醜く歪んだ。


「馬鹿……な。わた……しを……縛……る、だ……と?」


振り返ると、クリスさんがブネの方に両手を突き出し、何かを詠唱していた。

打ち合わせした通り、ブネの動きを抑え込んでくれているようだ。

それにしても、第84層のゲートキーパーを易々と拘束して見せるクリスさんって……?


クリスさんの凄さに束の間感心した僕は、しかし、すぐにブネ目掛けて飛び掛かった。

同時に、アリアもエセリアルの弓で矢を放ち始めた。


―――ガキン!


ヴェノムの小剣 (風)で斬りかかったものの、事前に聞いていた通り、余りダメージが通っている感じがしない。

そのまま、僕は【影分身】のスキルを発動した。

呼び出すのは、僕が安全に操れる上限近い40体。

【影】達は、僕の意思に従って、一斉に拘束状態にあるブネに襲い掛かった。


―――ガキキキキン!


甲高い金属音が響き渡った。

僕は少し距離を開け、女神の雫を適時飲み干しながら、状況を観察した。

一方的に攻撃出来てはいるものの、やはりあまりダメージは通っていなさそうであった。


僕は試しに、ヴェノムの小剣 (風)をブネ目掛けて振ってみた。

小剣から風属性の魔法攻撃である真空の刃が発射され、それがブネの身体を斬り裂いた。


もしかして、ヴェノムの小剣 (風)を振り回した方が、ダメージ与えられる?


僕は、【影分身】のスキルを停止して【影】を全て呼び戻すと、5分程、ひたすらヴェノムの小剣 (風)を振り回し続けた。

発射される真空の刃の威力は、使用者の知恵のステータス値の1/10。

今、カロンの小瓶やらノエミちゃんの精霊魔法やらで補正が掛かった僕の知恵のステータス値は、237だから……

相手が風属性の魔法に耐性が無いと仮定しても、真空の刃は1回あたり、最大23のダメージしか与えられない計算だ。

小剣をひたすら振り回し続けていると、腕も疲れてきた。


どうしよう?

クリスさんがブネを半永久的に拘束し続けられるなら、いつかは倒せるだろうけど。

今更だけど、魔法による攻撃の選択肢が乏しいのが悔やまれる。


ん?

魔法による攻撃?

そう言えば……


僕はインベントリを呼び出し、その中からあの魔導電磁投射銃が入ったケースを引っ張り出した。

ケースを開けると、そこには銀色に輝くライフルに似た武器が収められていた。

充填したMP×知恵のステータス値分の威力の無属性の魔法攻撃を発射できる武器。

僕はそれを手に取ると、ブネに照準を合わせながら、今の僕の補正が掛かったMP、301全てを充填した。


そして……


僕は、魔導電磁投射銃の引き金を引いた。


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