第106話 F級の僕は、A級と戦い窮地に陥る


5月23日 土曜日4



「【異世界転移】……」


―――ピロン♪


緊迫した今の場面とは、明らかに不釣り合いな、間の抜けた効果音と共に、ポップアップが出現した。



イスディフイに行きますか?

▷YES

 NO



▷YESを選択すると、周囲の情景が一瞬にして切り替わった。

僕は、『暴れる巨人亭』2階の自分の部屋に転移していた。

のどかな陽射しが窓から差し込んできている。

階下から何かを片付けているような物音が聞こえてくる以外は、概して静かな空間。

先程までのダンジョン内の緊迫した雰囲気とは無縁な、午後の気怠けだるさが、辺りを支配していた。

高ぶっていた感情が、急速にクールダウンしていくのを感じながら、僕は、インベントリから、必要な装備とアイテム類を取り出した。

手早く着替えを済ませた僕は、一応、【隠密】状態になってから、再び【異世界転移】のスキルを発動した。



僕が戻って来るまで、ほんの2~3分だったはず。

しかし、田町第十最奥の大広間の状況は一変していた。

3名のC級達が、ある者は腕をもがれ、ある者は足を失い、血まみれで床の上をのた打ち回っていた。

関谷さんは、佐藤に羽交い絞めにされていた。

なんとか逃れようともがいているものの、恐らく筋力の値で関谷さんを上回っている佐藤に抑え込まれている。

そして、茨木さんだけが、全身から血を流しながらも、まだなんとか富田と相対していた。

富田に破壊されたのであろうか?

かたわらには、今日、茨木さんが使用していた剣が、無残にも砕かれて転がっていた。

徒手空拳の茨木さんが、何かの格闘技のような構えを取った。

富田が、小馬鹿にした感じで茨木さんに語り掛けた。


「へ~、最後はお得意の空手に頼るのか?」


茨木さんは、無言のまま凄まじい速度で一気に富田の方に踏み込んだ。

しかし、茨木さんの繰り出した正拳突きは、空を切った。


「全く、良い世の中になったもんだぜ!」


宙を舞い、茨木さんの拳を楽々とかわした富田は、ニタニタ笑いながら言葉を続けた。


「空手の全国大会5連覇様のこぶしが、元ニートの俺にかすりもしねえ。経験よりも、ステータスやら等級やらが圧倒的に物言うこの世界に、俺は心底感謝してるんだぜ?」


僕は、【隠密】状態のまま、静かに富田の背後に回り込んだ。

そして、そのまま、ヴェノムの小剣を富田の背中目掛けて突き出した。

しかし……


―――ガキン!


意外な事に、僕の攻撃は、富田が無造作に背中に回した右手の黒い小剣で弾かれてしまった。

ゆっくりとこちらを振り返った富田が、少し怪訝そうな表情になった。


「おやあ……? そこにいるのは、誰よ?」


僕は、少し横に移動してから、再びヴェノムの小剣を突き出した。

しかしその攻撃も、富田に紙一重の差でかわされてしまった。


やはり、【隠密】状態の僕の姿が見えてるのか?


諦めた僕は、【隠密】状態を解除した。

と、富田の表情に変化が現れた。


「へ~。姿を隠すスキルか。結構レアなの持ってんじゃん? ま、あんだけ殺気バリバリだと、すぐバレちまうけどな」

「!」


こいつはもしかして、【隠密】を見破ったわけじゃ無くて、僕が攻撃する時の殺気を感じ取ってけていた!?


富田が、少し目を細めた。


「なんだそのチンケなフードは? 顔隠しやがって……そういや、F級の姿が見当たらねえな。まさかお前、あのF級か?」


僕は、無言のまま、再び富田に肉薄した。

そして、ヴェノムの小剣を突き出すと同時に、スキルを発動した。


「【影分身】……」


富田を囲むように、僕の影の中から、2体の【影】が湧き出て来た。

【影】は、出現するや否や、富田に斬りかかった。

しかし、富田は、僕の予想を上回る反応速度で、その攻撃に対処した。


―――ガキキキン!


僕と2体の【影】の“奇襲”は、富田が両手に1本ずつ持つ2本の小剣で、さばき切られてしまった。

富田が大きく後ろに跳躍した。

僕は、攻撃が失敗に終わったのを確認すると、MPの消費を強いる【影分身】のスキルを直ちに停止した。

2体の【影】が、僕の影の中に吸い込まれていく。

少し離れた場所にたたずむ富田の顔からは、余裕の表情が消えていた。


「今の攻撃、そのスキル、お前、本当はF級じゃ無いだろ?」


と、富田の姿が消えた。

いや、消えるよりも早く、富田は、僕の懐に踏み込んできていた。

そして、何かを呟いた。

瞬間、僕の立っている場所が大きく陥没した。


土属性の魔法!


思わずバランスを崩した僕は、両足に焼けつくような痛みを感じ、転倒した。

急いで起き上がろうとする僕に、富田が小剣を突き付けて来た。


「やっぱりな。その反応速度、この耐久性、本当は、B級、いや、A級か?」

「何を言って……」

「おっと、動くなよ? まあ、動けないか。足は斬り落としてやったからな」


その言葉に、僕は、初めて自分の両足首から下が無い事に気が付いた。

さっきの富田の攻撃で斬り飛ばされた!?


「なあ、お前も【隠蔽】で能力隠してたクチか?」

「……」

「なんだ、お仲間だったってわけか。今まで何人った?」


富田が残忍そうな顔でくくっと笑った。

激痛に耐えながら、僕は富田を睨みつけた。


「お前なんかと一緒にするな! 僕は……」


だが、僕の言葉の途中で、富田がいきなり横に飛び退いた。

入れ替わるように、僕の視界一杯に、茨木さんが、覆い被さってきた。

どうやら、富田が背中を見せている隙に、富田を攻撃しようとして、けられたようだ。

茨木さんは、僕の方に倒れ込んでくる寸前で態勢を立て直した。


「君は中村君だろ? よく頑張ってくれた」


茨木さんは、僕にねぎらいの言葉を掛けた後、富田の方に向き直った。


「貴様! 最初から俺達をなぶり殺すのが目的で、今回のダンジョン攻略に参加したのか!?」

「当り前じゃん。殺したらあっさり消えちまうモンスターより、悲鳴を上げてのた打ち回る人間殺した方が、百倍楽しいじゃん」

「正気か、貴様?」

「正気も正気。狂った人間が、こんなに緻密な計画で、C級16人……違うか、佐藤と関谷って女除いて、14人、見事に全滅させられると思うか?」

「いつか必ず均衡調整課に追い詰められるぞ!」

「均衡調整課? わりいが、俺は、奴らの誰よりもつええぜ? どうやって追い詰めるんだ? ん? お忙しいS級様でも連れて来るか?」


と、富田の足元の地面から、石筍せきじゅんのような土の槍が複数飛び出した。

同時に、炎の塊も、富田に襲い掛かってきた。

恐らく、土属性と火属性の魔法攻撃!

富田は、それらを悠々とかわすと少し不機嫌そうな顔になった。


富田の背後で、3人のC級達が、お互いを支え合いながら立ち上がっていた。

彼等は、腕や足を失ってはいるものの、傷そのものは癒えているように見えた。


「あのヒーラーか! 佐藤はどうした?」

「佐藤君なら、あそこで伸びてるよ。中村君が貴重な時間を稼いでくれたお陰でな」


見ると、佐藤は、先程まで関谷さんを羽交い絞めにしていた場所で、地面の上に仰向けになって倒れていた。

どうやら、僕と富田が戦っている間に、茨木さんが、佐藤を失神させ、関谷さんを救出したようだ。


「大丈夫ですか?」


C級の3人の傷を癒したらしい関谷さんが、こちらに駆け寄ってきた。

彼女は、足首から先を斬り落とされた僕の傷を見ると、顔を歪めた。


「酷い……今、癒しますね」


詠唱を開始しようとする関谷さんの手を、しかし、僕は押し留めた。


「MP結構、消費してるでしょ? 僕は大丈夫だから」

「その声は、中村君!?」


僕は、茨木さんに声を掛けた。


「あいつは僕が阻止します。だから皆さんは、逃げて均衡調整課に知らせて下さい」


関谷さんが声を上げた。


「何言ってるの! そんな足で。中村君も一緒に逃げないと!」


関谷さんは、半ば強引に僕の足首に手をかざして詠唱を開始した。

出血が止まり、傷が塞がって行くが、C級の関谷さんの治癒魔法では、斬り落とされた足首から先は再生されない。

僕等の様子を黙って眺めていた富田が口を開いた。


「くぅ~いいねぇ。友情、愛情、熱血、団結。そういうのを圧倒的な力で蹂躙できるかと思うと、ゾクゾクするぜ」


僕は、目を閉じた。

こいつは、間違いなくトップクラスのクズだ。

しかし、その実力は、限りなくS級に近いA級。

出し惜しみしてる場合じゃないな……


目を開けると僕は、腰に差していた神樹の雫を3本取り出した。


「関谷さん、これ、あそこのC級達に飲ませてあげて」

「これは、あの時の……!!」


関谷さんの目が大きく見開かれた。

黒田第八で、アンデッドセンチピードに足を食われた添田さんに、神樹の雫を飲ませて四肢欠損含めて全快させてあげた事があった。

あの時、関谷さんは、その場に居合わせた。

僕は、驚く関谷さんの手に、神樹の雫を握らせた。

そして、改めて茨木さんに話しかけた。


「関谷さんとC級の3人を連れて行ってください!」

「何を言うか、君を置いていくわけにはいかないだろ!?」

「僕は大丈夫ですから」


富田が、残忍な笑みを浮かべた。


「おいおい、足首斬り飛ばされたお前が殿しんがりか? どうやって俺と戦うんだ?」

「足首がどうしたって?」


僕は、神樹の雫を1本取り出して飲み干した。


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