第105話 F級の僕は、富田の裏切りを知る


5月23日 土曜日3



「やった! 勝ったぞ!」

「よっしゃー!」


生き残ったC級達が歓喜の叫びを上げる中、僕は先程まで弁当を食べていた場所へと、素早く戻って行った。

そして、装備をインベントリに収納すると、【隠密】状態を解除した。


そう言えば、とどめを刺したのは、C級の誰かだろうけれど、異世界イスディフイと違って、ここ地球では、戦闘支援での経験値は入らないんだな……


僕がそんな事を考えていると、暗がりの向こうから、三々五々、C級達が戻って来た。

数えてみると、茨木さん、関谷さん含めて6人しかいない。

戻って来た関谷さんが、僕の姿に気付くと駆け寄ってきた。


「中村君、大丈夫だった?」


心配そうに問いかけてくる関谷さんに、出来るだけ平静を装って、逆に問いかけてみた。


「うん。さっき、奥から凄い物音聞こえてきてたけど……?」


僕の言葉に、茨木さんが沈痛な面持ちで答えてくれた。


「奥でコボルトキングに襲われた。2人られてしまったよ」

「コボルトキングですか?」

「ああ。松田君が奥で黒い巨大な結晶体のような物を見つけてな。調べようとしたら、突然そこからB級モンスターのコボルトキングが出現した。調べる前に、折角せっかく、関谷君が注意するように呼び掛けてくれたのにな……」


関谷さんの方を見ると、彼女はうつむいて歯を食いしばっているように見えた。


黒い結晶体。

調べようとしたら出現した強力なモンスター。

まるで、N市黒田第八ダンジョンの焼き直しのようなシチュエーションだ。


僕と関谷さんは、あの黒田第八の“生き残り”だ。

恐らく、黒い結晶体を目にした関谷さんの脳裏にも、僕と同じ想いがよぎった事だろう。


「でも、倒せたんですよね?」

「なんとかな。だが少し、いや、だいぶ妙な戦いになった」


そうだよな、と同意を求めるように振り返った茨木さんの言葉を補完するように、他のC級が口を開いた。


「それにしても、あの黒い影は、何だったんでしょうか? それに、コボルトキングも、最後なぜか硬直してしまいましたし」

「分からんが、今は生き残れた事を喜ぼう」

「でも、これからどうします?」

「あの魔法結界は、我々では破壊できない。佐藤君達もいる事だし、ここで待っていれば、夜までには均衡調整課が救援に来てくれるだろう」


皆の会話に耳を傾けながら、僕はあの崩落個所を覆うように浮かんでいる魔法陣へ視線を向けた。

と……

突然、魔法陣が一際強く輝いた。


―――ゴゴゴゴ……


「な、なんだ!?」

「見ろ、結界が!」


通路を塞いでいた岩塊が、逆再生されたビデオのように、壁や天井へと戻っていく。

1分も経たずして、浮かび上がっていた魔法陣も消滅し、通路は再び元の姿を取り戻していた。

そして……


「あっれ~? 結構、生き残ってんじゃん」


ぼやきながら誰かが大広間の方に入ってきた。


あれは……富田さん?

確か、佐藤の従兄弟で、F級の……

今日は、佐藤のチームで荷物持ちしてるはずだけど?


彼と一瞬、目が合った。

途端に、僕の背筋を凄まじい悪寒が走った。

悪意、憎悪、負の感情。

先程、コボルトキング出現直前に感じたのと同種の黒い何か……


なんだこれは?


戸惑う僕の視界に、富田さんに続いて大広間に入って来る佐藤の姿が飛び込んできた。

佐藤は、なぜか顔面蒼白であった。

何かをぶつぶつ呟いている様子の佐藤は、顔を上げるとこちらを見た。

彼の顔が、少し明るくなった。


「詩織ちゃん!」


佐藤は、関谷さんの方に駆け寄ってきた。


「良かった、生きてた」

「佐藤君、もしかして、助けに来てくれたの?」

「そうだよ。さ、詩織ちゃん、すぐここから出よう」


佐藤は、半ば強引に関谷さんの腕を掴んで引っ張った。


「痛い痛い! ちょっと、どうしたの?」

「いいから!」


なんだか妙な事になっている。

二人の間に割って入ろうとした僕より一瞬早く、茨木さんが口を開いた。


「佐藤君、一体、何のまねだね?」

「あんたには関係ない!」

「関係無い事は無いだろう? 大体、関谷君をどうするつもりだ?」

「どうするもこうするも、助けに来たんだ!」


様子のおかしい佐藤との会話を諦めた感じの茨木さんは、少し離れた場所で、にやつきながらこちらを見ている富田さんに声を掛けた。


「君、どうなってるのか説明して貰っても良いかな?」

「説明っすか。まあ、こうなってるって事っす」


富田さんの姿が消えた。

そして……


―――シュバッ!


一瞬の間をおいて、茨木さんの隣に立っていたヒーラーのC級男性の首が宙を舞った。


「えっ?」


首を失った男性の身体は、その切り口から盛大に血飛沫ちしぶきを噴き上げながら、ゆっくりと床に崩れ落ちた。


「きゃああああ!?」

「なんだ、これは!?」


その場はパニックになった。

僕は、再びインベントリを呼び出した。

今、富田が、F級とは思えない動きで、C級男性の首を一撃でねたのを見てしまった。


「皆、落ち着け! 戦闘準備だ!」


茨木さんが叫び声を上げた。

C級の皆も慌てて身構えた。

僕等の背後に移動していた富田が、愉快そうに話しかけて来た。


「そうそう、頑張って足掻あがいてよ。簡単に死なれたら、こっちも張り合いないっつうか」

「貴様、どういうつもりだ!?」


C級の一人が、富田を睨みつけた。


「どうって、見ての通りだけど?」

「佐藤君! 説明してくれたまえ!」


茨木さんが剣を構えながら、佐藤に問いかけた。

まだ関谷さんの腕を掴んだままだった佐藤は、茨木さんの言葉が耳に入らないのか、ぶつぶつ呟いている。


「こんなつもりじゃなかったんだ。俺は悪くない、俺は悪くない……」

「離して!」


関谷さんは、無理矢理佐藤の手を振り払うと、佐藤と距離を取った。

佐藤が、ハッとしたように顔を上げた。


「ダメだ、詩織ちゃん! ここにいたら死んでしまう!」


再び関谷さんの方に駆け寄ろうとした佐藤に、関谷さんは、右手に持つ杖を突きつけた。


「近付かないで!」

「そんな! 詩織ちゃん、僕は君だけの為に……」


富田が、口を開いた。


「さて……そこの“詩織ちゃん”以外はっちゃう予定なんだけど。準備はOK?」


富田は、両手に黒光りする小剣をそれぞれ1本ずつ手にしていた。

C級の1人が声を上げた。


「富田、貴様、ステータスを【隠蔽いんぺい】してたのか!?」

「ご名答!」


富田は、さも愉快そうに、くくっと笑うと言葉を続けた。


「ひいふうみい……生き残ってるのは、C級5人と役立たずのF級1人。B級モンスターは奇跡的に倒せたみたいだけど、本当はA級の俺と戦って、果たして何分粘れるかな?」


B級モンスター?

こいつは、僕等がコボルトキングと戦った事を知っている!?


僕は、そっと周りの皆の様子をうかがった。


C級達の顔は皆引きつっていた。

無理もない。

A級は、B級5人がかりで何とか勝負になる位強い。

C級5人なら、天地がひっくり返っても、A級に勝利する事は出来ない。


富田は、皆の反応を楽しんでいるような視線を向けて来た。


「安心しな。簡単には殺さねえよ。殺しは過程を楽しまなくちゃな。お前達のHPいのち、ゆっくり時間をかけて、じりじり削ってやるよ。大抵の奴は、途中で殺してくれって懇願して来るけどな。アヒャヒャヒャ」

「狂ってる……」


茨木さんが、そう呟いた。


「くそぉ! こんな所でこんな奴に殺されてたまるか!」


C級の近接アタッカーが、槍を片手に、富田目掛けて突撃した。

それを援護するかのように、C級の魔法アタッカーが、火炎魔法を放った。


―――シュバッ!


富田は、C級の攻撃を余裕を持ってかわすと、手にした小剣で、C級の近接アタッカーの目元を斬り裂いた。


「ぎゃあああ! 目が! 目がー!」


目を斬り裂かれ、視界を失ったらしいC級の男が、目元を押さえて床を転げまわった。


「鈴木さん! 今いやしますから!」


駆け寄ろうとする関谷さんに、石のつぶてが、雨のように降り注いだ。

どうやら、富田が、無詠唱で土属性の初級魔法を使用したようだ。


「きゃああ!?」


関谷さんが、頭を抱えて、その場にうずくまってしまった。

富田が、佐藤に声を掛けた。


「おい、約束通り、この女だけ助けてやるから、早く連れていけ。さもないと、こいつもっちゃうよ? どのみち、ヒーラーは邪魔だしな」


佐藤がフラフラと夢遊病者のように、関谷さんに近付いていく。


どうする?

インベントリは呼び出しているけれど、ここで悠長に着替えていれば、富田あいつられてしまうだろう。

【隠密】状態になってから装備変更しようか?

いや、富田は自分が本当はA級だと言っていた。

イシリオンと同じく、【隠密】が通用しないかもしれない。

かといって、このまま今の格好でA級と戦うのは、自殺行為だ。

今更だけど、コボルトキング戦の後、装備を戻したのが悔やまれる。

仕方ない……


「【異世界転移】……」


僕は、異世界イスディフイに転移した。


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