第103話 F級の僕は、久し振りに地球のダンジョンで荷物持ちをする


5月23日 土曜日1



―――ジリリリリリ……


けたたましい目覚まし時計の音で目を覚ました僕は、顔を洗って身支度を整えた。

そして、手早く朝ご飯を済ませてから、8時半には、アパートを後にした。

8時50分頃、僕が到着した時、昔の採石場跡地にその入り口が存在する田町第十の駐車場には、既に大勢の人々が集まっていた。


「中村君!」


呼び声の方に顔を向けると、関谷さんが、笑顔で駆け寄ってきた。


「おはよう、中村君。今日は宜しくね」

「関谷さん、おはよう。僕の方こそ、宜しく」


挨拶を交わしていると、向こうから、誰かがこちらに近付いて来た。

僕と同じ位の体格で、短髪を黄色に染めたその男性は、僕より一回り上の年代に見えた。

軽薄そうな笑みを浮かべたその男性は、僕と目が合うと声を掛けて来た。


「どうも~。富田とみたです。俺もF級なんだ。今日は、よろしく」

「初めまして。僕は中村です。同じくF級なので、宜しくお願いします」


富田と名乗ったその男性は、関谷さんにも目を向けた。


「君が関谷さん? 聞いてた通り、綺麗な方だ」


関谷さんが、少し怪訝そうな表情になった。


「どこかでお会いしましたっけ?」

「佐藤知ってるだろ? あいつ、俺の従兄弟なんだよ。あいつがよく、君の事話題にしていてね」


佐藤博人。

火炎魔法を得意とするC級で、僕がF級と判明した瞬間、手の平を返したように、散々僕をいたぶってくれるようになった、高校時代の元同級生。

今回の田町第十攻略の主催者、つまりリーダーだ。


そんな事を思い返していると、当の佐藤が、僕等の方に近付いて来た。


「富田さん、お久し振りっす」

「おう、久し振りだな」


談笑する二人を見ていると、少し不思議な気持ちが湧いてきた。


富田さんは、僕と同じくF級。

しかし、二人は、ごく普通に、いや、どちらかというと、むしろ、佐藤の方がへりくだって会話を交わしている。

さすがの佐藤も、従兄弟で年上の富田さんを、等級だけを理由に、邪険には扱えないって事なのだろうか?


佐藤は、富田さんと少し談笑した後、今日の参加者達に駐車場の一角に集まるよう声を掛けた。


「今日、これから潜る田町第十は、結構でかいダンジョンだ。入ったら、二手に分かれて攻略を進める事にする」


そう話した佐藤は、参加するC級を2チームに分ける名簿を発表した。

第一チームは、佐藤以下のC級8名と、荷物持ちとしての富田さんで、計9名。

僕は、関谷さん達C級8名と共に潜る第二チームの荷物持ちと言う事になった。

第二チームのリーダーは、茨木いばらき康夫やすおさんという50歳位のC級。

短く刈り込まれた頭髪には白いものが混じっているが、ボディービルダーのように鍛え上げられた筋肉が、茶色のタンクトップの上からもはっきり分かる大柄の男性だ。

腰に剣を下げている所を見ると、近接の物理アタッカーだろうか?


簡単な打ち合わせの後、僕等は、揺らめく陽炎のような時空の歪みを抜けて、次々と田町第十へ足を踏み入れて行った。


内部は、灰色の石畳が敷き詰められたような造りになっていた。

入ってすぐ、通路が二つに分岐していた。

佐藤や富田さん達の第一チームは、右の通路へ、僕等のチームは、左の通路へとそれぞれ別れて進んで行った。

僕等のチームの最後尾を歩く関谷さんが、皆の荷物を背負ってついていく僕の方を振り返った。


「急に誘ったのに、来てくれてありがとう」

「ははは、まあ、今日は他に予定無かったしね」

「今日は中村君が来てくれて、ホッとしてるんだ」

「僕が来て? ホッと?」


関谷さんの言葉が少し心にひっかかった。

F級の僕は、少なくとも、ここ地球では、戦力としてはまるで当てにはされていないはず。

そんな僕が来た事と、関谷さんがホッとする事との間に、どんな関係が有るのだろうか?


関谷さんが少し声を潜めた。


「実は、佐藤君と……」


その時、前方で誰かの叫び声が上がった。


「モンスターだ! 皆、気を抜くな!」


―――ギェギェギェ!


コボルト達のものであろう、耳障りな叫び声が、最後尾の僕の所まで聞こえて来た。


ヒーラーの関谷さんも、直ちに詠唱を開始して、前方へと走って行った。

チームリーダーの茨木さんの指示のもと、僕等のチームは、10分程で、遭遇したコボルト達4体を倒す事に成功した。

散らばるCランクの魔石を拾い、背中のリュックに入れていると、茨木さんが声を掛けて来た。


「ご苦労さん、大学生かい?」


僕をF級と知っていてなお、普通に話しかけて来る人は、極めて珍しかった。

なので、僕の返事が少し遅れてしまった。


「は、はい。一応、二回生です」

「と言う事は、今20はたちか? ……俺の息子と同じだな」

「息子さん、いらっしゃるんですね」

「ああ。ま、F級の引きこもりだけどな」


茨木さんが、少し自嘲気味にそう話した。

僕等の社会では、F級は、最底辺。

就職含めてあらゆる面で差別の対象だ。

そういう社会的風潮を背景に、F級の判定を受けた者の内、少なくない数が、引きこもりになっている、と時々ニュースでやっている。


「君はその……誰にも会いたくないと思った事は無かったのかね?」

「ノルマがありますしね。一人暮らしですし、荷物持ちして魔石集めしないと、結局、かなりまずい事になるというか……」


ノルマ、僕等の世界では、週に魔石を最低7個、均衡調整課に提出しないと、収容され、懲役に従事させられる。


僕の言葉を聞いた茨木さんが、目を細めた。


「君はエライな。俺の息子に、君の半分でも根性があれば……」

「そんな事無いですよ。僕が根性なんて言葉とまるで無縁なの、自分自身が一番良く分かってますから」


今までいいようにこき使われ、いたぶられても黙々と荷物持ちとしてダンジョンに潜り続けたのは、別に根性があったからではない。

社会から完全にはじき出され、収容されて懲役に従事させられるといった面倒を避けたかっただけだ。


茨木さんが、ポンポンと僕の背中を叩いた。


「ま、今日は宜しくな」


その後も茨木さん達は、遭遇するコボルト達を卒なく倒していった。

次第に、僕の背中のリュックの重みも増してきた。

2時間半ほど進むと、天井の高い広間のような場所に出た。

まばらにそびえ立つ石柱が天井を支えるその場所は、僕がかつてアンデッドセンチピードと相対したあの場所と何となく雰囲気が似ていた。

暗がりの先を見通せない程奥行きがあるが、今の所、モンスターの気配は感じられない。


「予定通りだな。今のうちに、飯食っとくか」


丁度、時刻もお昼の頃合い。

茨木さんの一声で、皆、思い思いの場所に腰を下ろした。

僕は、リュックを開けて、他のC級達に、お弁当と飲み物を配って回った。

皆から少し離れた場所に腰を下ろした僕の方へ、お弁当を片手に関谷さんが近付いて来た。


「お疲れ様。荷物重くない?」


関谷さんは、僕と並ぶように腰を下ろした。


「大丈夫だよ。魔石は増えるけど、その分、飲み物や食べ物減るからね」


僕は、自分用に持ってきたお弁当を広げながら言葉を続けた。


「それにしても、このダンジョン広いね。佐藤達は、今、どうしてるんだろう?」

「私達と同じで、お昼してるんじゃないかな?」

「そういや、佐藤って、このダンジョン初めてだよね? どうして今日はここに潜ろうって思ったんだろ?」


関谷さんの表情が少し暗くなった。


「……もしかしたら、私のせいかも……」

「えっ?」

「この前、佐藤君からね……付き合ってって言われたんだ」


まあ、前から佐藤は、関谷さんに気がありそうだったしな。

告白しても、不自然じゃない。


「それで、付き合う事にしたの?」

「ううん。やんわり断ったんだけど、そしたら……」

「そしたら……?」

「大きなダンジョン攻略して、実力証明するから、それで判断して欲しいって……」


ん?

意味がよく分らないんだけど……?

佐藤的には、関谷さんが付き合ってくれない

→大勢の人間を指揮して大きなダンジョン攻略する

→佐藤君って素敵って論法なのだろうか??


「それはともかく、関谷さんは、どうして断っちゃったの?」

「私、無理なんだ」

「無理?」

「他人に優しくない人間」


佐藤は、僕をアルゴスから逃げる時のおとりにしてくれたり、いたぶってくれたり、とてもでは無いが、優しい人間とは言えない。

まあ、それを言い出したら、今の僕に優しい人間を探す方が、ここ地球では難しいわけだけど。


そんな事を話していると、突然、轟音が響いて来た。


―――ゴゴゴゴゴ……


「なんだ!?」


皆が一斉に立ち上がる中、僕等がこの広間に入って来た時通った通路の入り口が、完全に崩落して行くのが目に飛び込んできた。


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