第80話 F級の僕は、神樹の間に向かう


5月21日 木曜日2



「毒でも入ってたら嫌だな~って」


アリアの言葉に、僕は、思わず噴き出してしまった。

アリアが、ふくれっ面になった。


「ちょっと! 笑う所じゃないよ?」

「ごめん、ごめん。でも、毒って、匂いで分かるの?」

「分かる時もあるよ。それに、用心に越した事は無いでしょ?」

「いきなり食事に毒は入ってないと思うよ。昨日の晩餐も大丈夫だったし」

「でも、今は私達二人っきりよ? 昨日、私達がノエミと連絡取りたがってたっていうのは、あの王女様にも伝わってるだろうし。私達を始末するなら、食事に毒を盛るのが一番簡単でしょ?」


どうだろう?

ノエル様は、少なくとも僕を“勇者様”と呼び、神樹の間に連れて行きたがっていた。

仮に、ノエル様に何か思惑があったとしても、そんな僕と同行者のアリアに、今の時点で毒を盛るとは考えにくい。


「じゃあさ、僕が毒見してあげるよ」

「あ!? ちょ、ちょっと!」


僕はアリアの制止を振り切り、素早くパンを一口かじって見せた。


ほはほらはひひょうふだいじょうぶ


僕が、口の中のパンを食べ終えると、アリアが、少し怒ったような顔になった。


「何かあったら、どうするつもり?」

「何も無いと思うから、食べて見せたんだけど」

「前から思ってたけど、タカシは、もっと色々疑ってかからないとダメだよ。その内、凄く悪い人に引っ掛かって、とんでも無い事になっても知らないよ?」

「その時は、アリアを頼ろうかな?」

「それって、か弱い女の子に向けて発する言葉じゃ無いんですけど」


アリアは、少しむくれながらも、ようやく席に着いた。



料理は、見た目や匂い通りに、とても美味しかった。

朝食後、アリアは、一旦、自分の部屋に戻るという事で、メイド姿の女官と共に僕の部屋を去って行った。

僕が、しばらくベッドの上で寛いでいると、再び扉がノックされた。


―――コンコン


アリアが戻って来るにしては、早過ぎるな?


扉を開けると、ノエル様が立っていた。

ただし、今朝は、昨夕と違い、数人のメイド姿の女官達と一緒であった。

ノエル様は、僕に笑顔で話しかけた。


「勇者様、おはようございます」

「ノエル様、おはようございます」

「入らせて頂いても宜しいですか?」

「どうぞ」


ノエル様は、引き連れて来た女官達とともに、僕の部屋の中に入ってきた。

女官達は、大きさの違う大きな箱を四つ持参していた。

それらの箱は、いずれも意匠を凝らした、精緻な装飾が施されていた。


「ノエル様、これは?」

「ふふふ、ご自身の目で直接お確かめ下さい」


そう話すと、ノエル様は、女官達に箱を開けるよう命じた。

四つの箱には、それぞれ、剣、兜、鎧、盾が収められていた。

いずれも、青を基調とした美しい装飾が施され、何か神々しいまでのオーラを放っていた。

僕が、それらの美しさに見惚れていると、ノエル様が声をかけてきた。


「我が国に伝わる、勇者様専用の武具でございます。どうぞ、ご着用下さいませ」


言われるがまま、僕はそれらを装備してみた。

そして、ステータスウインドウを呼び出した。



―――ピロン♪



Lv.63

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+62、+12)

知恵 1 (+62、+12)

耐久 1 (+62、+12)

魔防 0 (+62、+12)

会心 0 (+62、+12)

回避 0 (+62、+12)

HP 10 (+620、+120、+1000)

MP 0 (+62、+12、+100)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】

装備 光の剣 (攻撃+400)

   光の兜 (防御+150)

   光の鎧 (防御+800)

   光の盾 (防御+300)

効果 一定の確率で耐性の無い相手に一撃死 (光の剣)

   MP100上昇 (光の兜)

   HP1000上昇 (光の鎧)

   一定の確率で相手の攻撃を物理魔法問わず完全に防御 (光の盾)

   ステータス常に20%上昇 (エレンの加護)

セット効果 状態異常回避100% (光の武具 4部位)



凄い……

各々の光の武具単体でも凄まじい性能だが、セット効果までついている。

って、あれ?

【エレンの加護】って何だろう?


唐突に、昨晩、エレンと口付けを交わした事を思い出した。

彼女は、パスを繋いだ、と言っていたが、あの時、ついでに【エレンの加護】も授けてくれたのかも?


僕は今更ながら、少し赤くなってしまった。

そんな僕に、ノエル様が話しかけて来た。


「勇者様、いかがですか?」

「はい。凄いですね。セット効果までついてますし」

「セット効果には、何と表示されていますか?」


どうやら、ノエル様には、僕のステータスウインドウの中身は、見えてないようであった。


「状態異常回避100%、と出ています」


僕の言葉に、ノエル様が嬉しそうな顔になった。

彼女は、背後に控える女官の一人に声を掛けた。


「勇者様にあれを……」


声を掛けられた女官は一礼すると、ワイングラスとボトルを取り出した。

そして、ワイングラスに、ボトルの中の液体を並々と注ぎ入れた。


「勇者様、どうぞお召しを」


何だろう?

祝杯みたいなものかな?


僕は、差し出されたワイングラスを受け取ると、紫色のその液体に口を付けた。


あれ?

舌が何だかピリピリして……



―――ピロン!



唐突に、ポップアップが立ち上がった。



【猛毒】を受けました。



えっ!?



―――ピロン!



【猛毒】を浄化しました。



ええっ!?


僕は、状況が良く把握できないまま、ワイングラスを手に持ったまま、ノエル様に視線を向けた。

ノエル様は、少しおどけた感じで口を開いた。


「さすがは勇者様。砂漠エルピネより抽出した猛毒さえ、浄化されましたね?」

「え~と、どういう事でしょうか?」


ノエル様が、頭を下げた。


「申し訳ございません。ちょっとした遊び心でございます」

「遊び心……ですか?」

「はい。光の武具は、真の勇者様が装備された時にのみ、そのセット効果が発現します。その効果を、勇者様ご自身にも体感して頂こうと思いまして」


それって、僕がノエル様の言う“真の勇者”で無ければ、猛毒に冒されて死んでたって事じゃ……


しかし、ノエル様は、僕のそんな心の中の声に気付く様子もなく、言葉を続けた。


「それでは、神樹の間にご案内しますね」



ノエル様と女官達に先導されて向かったのは、王宮最奥部、広い吹き抜けになった場所であった。

ぽっかりと空いた天空から陽光が降り注ぎ、色とりどりの花々が咲き乱れる場所。

その中央に、白銀色に輝く丸いドーム状の建物が建っていた。

ノエル様が、その建物を指し示しながら、説明してくれた。


「あそこが、神樹の間です。光の巫女が、神や精霊と交信する神聖なる御座所にございます」


神樹の間……

ノエミちゃんが、光の巫女として祈りの生活を送る場所……


ノエル様は、女官達にその場で待つよう指示すると、僕を建物の中へと案内してくれた。

内部は、広いホールのようになっていた。

足元には、手入れの行き届いた芝生が敷き詰められ、天井全体が太陽の光のように輝いていた。

そして、中央部に円形の磨き上げられた大理石のような床が設置されていた。

その表面には、魔法陣と思われる、複雑な幾何学的模様が描かれていた。


ふと違和感を抱いた。


この静かで神聖な場所に、本来いると期待される人物の姿が見当たらない。


僕は、ノエル様にたずねてみた。


「ノエミちゃ……光の巫女は、いらっしゃらないのでしょうか?」


ノエル様が、少し悲し気な顔になった。


「妹は今、体調を崩して静養中にございます。恐らく、慣れない外の世界での生活が、祟ったのでしょう」


慣れない?

外の生活??


僕は、改めて、僕等とともに過ごしていたノエミちゃんの姿を思い起こした。


マテオさんの宿屋の手伝いをするノエミちゃん。

ドルムさんの馬車から外を眺めるノエミちゃん。

エレンに激しく突っかかりながらも、ともに神樹内部の巨大ダンジョンに赴いたノエミちゃん。


僕が気付かない内に、彼女は、心労を溜め込んでいたとでもいうのだろうか?

それとも……


「ノエミちゃんは、今、どこで静養されてるのでしょうか? 可能であれば、お見舞いさせて頂きたいのですが」

「申し訳ございません。妹は、昨日、ようやく帰還したばかりです。今しばらくはそっとしておいて貰えないでしょうか?」


ノエル様は、そう話すと、僕に、魔法陣の中央に立つよう促してきた。


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