第78話 F級の僕は、獣人の少女を匿う事にする


5月20日 水曜日14



「それで、どこへ転移するの?」


ターリ・ナハを包んだ袋を抱えて戻って来た僕に、エレンが話しかけて来た。


「ルーメルの『暴れる巨人亭』の僕の部屋に……」


エレンは、僕の服の裾を掴むと、何かを呟いた。

次の瞬間、僕の視界は、見慣れた『暴れる巨人亭』2階の客室に切り替わっていた。

僕は、抱えていた袋をゆっくりと床に下ろし、【隠密】スキルの発動を停止した。

そして、袋の中のターリ・ナハに声を掛けた。


「もう大丈夫だよ」


袋の中から、ターリ・ナハがそっと顔を出した。

僕等の姿を目にした彼女は、少しぎょっとしたような表情になった。


そっか……

今、僕もエレンも頭からすっぽり覆う黒いローブ、“エレンの衣”を被っている。

彼女から見れば、怪しさ満載のはず。


僕はエレンの衣を脱ぎ、ターリ・ナハに笑顔を向けた。


「改めて初めまして。僕の名前はタカシ。ルーメルの冒険者だよ。それで、こっちはエレンって言って……」


僕は、チラッとエレンの方に視線を向けた。

しかし、彼女は僕等の会話に大して関心無さそうな雰囲気だった。


「僕の仲間の一人なんだ」


ターリ・ナハは、部屋の中を見回しながら、たずねてきた。


「それで、ここはどこですか?」

「ルーメルの宿屋『暴れる巨人亭』の僕の部屋だよ」

「ルーメル!? アールヴではなく?」

「うん。その……ここにいるエレンは、転移魔法が使えるから、ここまで転移させて貰ったんだよ」

「転移……!?」


ターリ・ナハは、一瞬、大きく目を見開いた。

しかし、すぐにエレンの方に向き直り、頭を下げた。


「ありがとうございました」

「タカシに頼まれただけ」


僕は、エレンに声を掛けた。


「ちょっと、マテオさんに事情を説明してくるからさ。ここで待ってて貰ってもいい?」

「分かった」


僕は、ターリ・ナハにも声を掛けた。


「とりあえず、今夜は、ここに泊るといいよ。宿の主人のマテオさんは良い人だし、君をいきなりアールヴに突き出したりしないはず。マテオさんに君を紹介したいから、一緒に来てもらってもいいかな?」

「待って下さい。少し確認したい事があります」


ターリ・ナハは、そう話すと、【アク・イールのネックレス】を取り出した。

そして、ロケットペンダントの蓋を開けた。


「この蓋の裏に刻まれた記号と数字は、父から私に当てたちょうです」


符牒?

確か、仲間内にだけ通ずる暗号みたいなのを意味する言葉だったはず。


ターリ・ナハは、指でその記号と文字をなぞりながら、何かを呟いた。


突然、部屋の中に、立体映像のようなモノが出現した。



ひざまずくアク・イールと、もう一人……これは……

ガラクさん?



ガラクさんが、口を開いた。


「これは、最重要案件だ。この任務を達成した暁には、【黄金の牙アウルム・コルヌ】との盟約は再び強固なものとなろう」

「その言葉に偽りはございませんか?」

「偽りがあろうか。先程申した通り、これは、至尊の意思である」

「では、これに御誓い下さい」


アク・イールは、自身のネックレスを外し、ガラクさんに差し出した。

ガラクさんが、不機嫌そうな顔になった。


「私の言葉が信じられぬか?」

「そうではございません。ですが、光の巫女を宮中よりさらい、永遠に封印せよとの任務、明らかに今までのご命令とは次元が違いますれば……」

「良いだろう」


ガラクさんは、不承不承ふしょうぶしょうな感じで、ロケットペンダントに触れた。

ロケットペンダントが一瞬だけ輝いた。


「ありがとうございます。このアク・イール、必ずや任務を達成して見せましょう」


…………

……



立体映像は、溶けるように消え去った。


今“見えた”情景に、僕は衝撃を受けた。

やはり、アク・イールは、ノエミちゃんを巡る事件の実行犯の一人?

そして、ガラクさんがその黒幕?

だけど、ガラクさんは、『これは、至尊の意思』と話していた……?


エレンが、呟くように口を開いた。


「今のは、獣人族に伝わる秘術の一つ……」

「知ってるの?」

「聞いた事があるだけ。自らの生命力を代償に、真実を記録する、と」


ターリ・ナハが、エレンの言葉を引き継いだ。


「その通りです。父は、やはりアールヴ内部の抗争に巻き込まれていたのですね」

「やはりって事は、君も多少は予想出来ていたって事?」

「詳細は不明でしたが、噂だけは耳にしていましたから。しかし、至尊の意思となると……」

「至尊って?」

「通常は、女王陛下を意味します」


女王陛下?

ノエミちゃんやノエル様のお母さん、ノルン=アールヴ女王の事であろうか?

確か、ノエミちゃんが行方不明になった後、病に伏せっている、と聞いたけど……。

言葉通りなら、母親である女王陛下が、娘である光の巫女をいずこかに永遠に封印せよ、と命じた?


僕が首を捻っていると、ターリ・ナハが、声を掛けてきた。


「では、宿の御主人であるマテオさんにご挨拶させて下さい」


僕は、ターリ・ナハを連れて、階下へと下りて行った。

夜も更けたこの時間帯、階下には宿泊客らしき人影は見当たらなかった。

そして、マテオさんは、半分うたたねしながら、受付カウンターに座っていた。

僕は、マテオさんに呼びかけた。


「マテオさん」

「……ンガッ?」


マテオさんは、寝ぼけまなこで僕を見た。

そして、もう一度目をゴシゴシこすると、大きく目を見開いた。


「タカシ! お前……アールヴに行ってたんじゃ無かったっけ?」

「実は……」


僕は、ノエミちゃんが実は光の巫女である事、そして、アールヴへの道中でノエミちゃん絡みで起こった事件の数々をマテオさんに伝えた。

さらに、今夜の経緯についても、簡単に説明した。


僕の話を聞き終えたマテオさんは、しばらく絶句していたが、やがて口を開いた。


「そんな事になってたとはな……」


僕は、そんなマテオさんに、おずおずと切り出してみた。


「それで、出来れば、今夜、この子を僕の部屋に泊めて欲しいんですが」


マテオさんは、チラッとターリ・ナハの顔を見た。


「まあいいぜ。どの道、部屋代は貰ってるんだ。タカシが誰連れ込もうが、他の客に迷惑かけないなら、問題ないさ」

「連れ込むわけじゃ無いんですが……」


僕は苦笑した。

マテオさんは、ターリ・ナハに向き直った。


「まあ、今夜は上で泊まるとして……お嬢ちゃんは、明日からどうするんだ? ここはアールヴの領土じゃないし、お嬢ちゃんがしばらくここでゆっくり過ごしたいって言うなら、俺の方は、構わないんだが」


ターリ・ナハは、少し考えてから、頭を下げた。


「それでは、しばらくご厚意に甘えさせて下さい。宜しくお願いします」


マテオさんが、僕の方を見た。


「で、タカシは、あのエレンとかいう魔族と、今夜はアールヴに戻るのかい?」

「はい。アリアも待たせちゃってますし」

「そうか……。ま、あんまり無理すんなよ?」

「ありがとうございます」


僕は、マテオさんに頭を下げて、ターリ・ナハと一緒に、2階の僕の部屋に戻った。

部屋の中では、エレンが、手持無沙汰な感じで、ベッドの縁に腰かけていた。


「話終わった?」

「うん、ありがとう」

「じゃあ戻る?」

「うん、お願いするよ。でも、ちょっと待ってね」


僕はインベントリを呼び出した。

そして、その中から、Cランクの魔石100個を取り出した。

ターリ・ナハには、僕が虚空から魔石を取り出したように見えたはず。

しかし、彼女は、思った程驚いてはいなさそうだった。


「もしかして、インベントリ、知ってる?」


彼女は頷いた。


「父が使用していました」


アク・イールが使用していた……

確か、インベントリは、レベル55のモンスター、ミミックのドロップアイテム、【インベントリの指輪】があれば使用できる。

しかし、【インベントリの指輪】、普通はミミックと1万回位戦わないと入手出来ないレアアイテム。

それを入手して使用していたのなら、やはりアク・イールの力量は、相当な物だったと言えるだろう。


僕は改めて、ターリ・ナハに、取り出した魔石を全て差し出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る