第70話 F級の僕は、王宮へ向かう


5月20日 水曜日6



しばらく待つと、騎乗したイシリオンに先導されて、瀟洒しょうしゃな馬車が近付いて来た。

馬車は、僕等の馬車に横付けされる形で停車した。

先導してきたイシリオンが、馬から降り、僕等の馬車に近付いて来た。

彼は、片膝をつくと、僕等の馬車の小窓から顔を出しているノエミちゃんに話しかけた。


「こちらにお移り下さいませ」


ノエミちゃんが、イシリオンに言葉を返した。


「分かりました。ですが、こちらにいらっしゃるお二方も御同行させて頂きます」


ノエミちゃんが、僕とアリアの方に顔を向けた。

ノエミちゃんの言葉にイシリオンが、困惑したような顔になった。


「殿下は、あなた様お一人をお連れするようにと……」

「このお二方こそ、私を救い出して下さった命の恩人です。この方々がいなければ、私は、生きてここに戻って来る事は出来なかったでしょう」


イシリオンは、僕等の方に視線を向けた。


「お前達の所属と名前を聞こう」

「私は、アリア。ルーメルの冒険者よ」


アリアが、先に答えた。


なんて答えよう?


ちょっと考えた後、結局、僕は、アリアの答えの真似をする事にした。


「僕は、タカシといいます。アリアと同じ、ルーメルの冒険者です」


イシリオンは、まずアリアの顔をしばらく凝視した後、僕の方に視線を向けて来た。

彼と視線が合った瞬間、僕は、背中の毛が逆立つような、異様な圧迫感を覚えた。


この感覚は……?


得体の知れない感覚。

しかし、すぐにそれが、本物の強者が発するオーラのような物だと直感で理解出来た。


レベルやステータスは分からないけれど、少なくとも、この男は、僕より遥かに強い!


イシリオンの視線をそのまま受け止め続ける事が出来なくなった僕は、思わず目を逸らしてしまった。

彼は、そんな僕を凝視しながら、不思議そうな顔になった。


「ルーメルの冒険者? 聞いている話では、彼の地の冒険者は、最高でもレベル41程度のはずだが……」

「!」


イシリオンの言葉に、僕の緊張感が一気に高まった。


まさか、僕のレベルが見破られいてる?

あ、でも、大分前に、僕のステータスは、“初期値”に【改竄】してあるから、例え、ステータス見られても……

いや、均衡調整課の精密検査はすり抜けられたけど、エレンやノエミちゃんには、僕の本当のステータス見えてるみたいだし……


僕がドキドキしていると、ノエミちゃんが口を開いた。


「イシリオン、私の命の恩人でいらっしゃるお方にそのような言葉遣い、礼を失していますよ」


イシリオンは、再び片膝をつき、こうべを垂れた。


「申し訳ございません。そちらの冒険者が、ヒューマンらしからぬオーラを発しておりましたので……」


オーラ?

僕が、イシリオンから感じたのと同じ類のものだろうか?

イシリオンは、相手が発するオーラなる物で、その力量を推し量ることが出来るスキルでも持っているのかもしれない。


イシリオンが、改めて僕等に話しかけた。


「では、お客人も、御同行頂きましょう。さあ、こちらへ」


僕は、ドルムさんに向き直った。


「すみません。ここで一旦、お別れみたいです」

「分かりました。私は、しばらく、アールヴのドルム商会本部に滞在していますので、いつでも気軽にお越しください。報酬の200万ゴールドも差し上げねばなりませんし。それと、アク・イールの件は、私の方から、しかるべき部署に届け出ておきますので、ご安心下さい」

「ありがとうございます」


僕は、ドルムさんに頭を下げて、馬車を降りた。

そして、僕等のキャラバンの方を振り返った。

キャラバンの馬車の小窓から、三日間旅を共にしたカイス達も顔を出して、こちらの様子を伺っているようであった。

僕は、彼等に軽く頭を下げると、ノエミちゃんやアリアに続いて、瀟洒な馬車に乗り込んだ。


車内では、メイド服に身を包んだ、一人の美しく気品のあるエルフの女性が、僕等を迎えてくれた。


聖下光の巫女付き女官長のエルザにございます。この度は、聖下をお守り頂きまして、誠にありがとうございました」


僕とアリアも簡単に自己紹介を行った。

彼女は笑顔で僕等に席に座るよう促してきた。

扉が閉じられ、馬車は静かに動き出した。

馬車の内装は、上品で落ち着いた雰囲気のものであった。

しかし、なぜか小窓は固く閉じられていた。

僕は、外の様子を見たくて小窓に手を伸ばそうとして……

エルザさんに、やんわりと制止された。


「申し訳ございません。聖下御移動の際には、小窓を開けてはいけない事になっておりまして……」

「そうなんですね。気付かないですみませんでした」


僕は、素直に頭を下げた。

この世界にとって、光の巫女は、秘匿されるべき存在。

それゆえ、本来は、移動中も人目に触れないよう、こうした処置が取られるのだろう。


でもこれって、別の見方をすれば、“護送”されてるのと同じだよね……


僕がそんな事を考えていると、ノエミちゃんが、エルザさんに話しかけた。


「エルザさん、私の留守中に、何か変わった事はありませんでしたか?」

「女王陛下が体調を崩されまして……」

「お母様が!?」


ノエミちゃんの表情が険しくなった。


「はい。ですが、ノエル王女様が摂政として、御立派に名代を務めておられます」

「そう……」


僕は、エルザさんにたずねてみた。


「ノエル様って、ノエミちゃ……様のお姉さんなんですよね?」

「はい。大変ご聡明な方でございます」


僕は、ちらっとノエミちゃんの方を見た。

ノエミちゃんは、何か考え事をしているようで、僕の視線に気付いた感じは無かった。


「ノエミ様とノエル様は、双子とお聞きしていますが」

「左様でございます」


エルザさんの話し振りからは、ノエル王女に対して、特に悪感情を持っているようには感じられない。


ノエル様は、ノエミちゃん絡みの事件に、本当に関わっているのだろうか?


僕は、気になる事をエルザさんに聞いてみる事にした。


「すみません、こういうのお聞きして良いかどうか分からないのですが……」

「なんでしょうか?」

「アールヴ神樹王国が、エルフの入国を規制するきっかけになったという王女様暗殺未遂事件って、どんな……」


僕が、その話題を口にした瞬間、エルザさんの雰囲気が変わるのが感じられた。

彼女は、僕が最後まで話し終わる前に、被せるように口を開いた。


「申し訳ございません。その件に関しまして、私からお話しできるものは、何もございません」


なんとなく重くなった雰囲気のまま、さらに走る事30分程度で、僕等の馬車は停止した。

再び馬車の扉が外から開けられた。

まず、一番入り口近くにいた僕から外に出て……

その光景に圧倒された。


僕等が到着したのは、広い中庭のような場所であった。

地面には白く輝く磨き上げられた大理石のような素材が敷き詰められていた。

馬車から少し離れた場所には、壮麗な建物が建っていた。

馬車からその建物の入り口までは、10m程であろうか?

その間には、金色に輝く敷物が、一筋の道のように敷かれていた。

そして、その両脇には、銀色に輝く甲冑に身を固めた衛兵達が武器を片手に、直立不動の姿勢で並んで立っていた。


僕に続いて馬車を降りたアリアも、僕と同じ位圧倒されているようであった。

そして、最後に、エルザさんに手を取られながら、ノエミちゃんが、馬車から降りて来た。

いつの間にかノエミちゃんは、顔を隠すように、頭からすっぽりと白いベールのような物を被っていた。

ノエミちゃんが姿を現した瞬間、衛兵達が全員、片膝をつき、こうべを垂れた。

その中を、まず、イシリオン、続いてエルザさんに先導される形でノエミちゃん、僕、アリア、そして、イシリオンの部下の騎士達の順番で、金色に輝く敷物の上を通って、壮麗な建物へと歩いて行った。


建物の入り口では、年配のやや肥えた体格のエルフの男性が、僕等を出迎えてくれた。


「聖下! よくぞ御無事で……」


その男性は、話しながら、僕とアリアの方に視線を向けて来た。


「イシリオン殿、そちらの方々は?」

「ガラク閣下、こちらのお二方は、タカシ殿とアリア殿と言うルーメルの冒険者達だ。聖下がおっしゃるには、聖下を御苦難からお救い下さった方々であるとの事で、一緒にお連れした」

「そうであったか」


ガラクと呼ばれた高官らしき人物が、僕等の方に向き直った。


「よくぞ聖下をお救い下さった。その方達の働き、厚い恩賞で報われようぞ」


僕とアリアは、黙って頭を下げた。

ガラクさんは、再度ノエミちゃんに声を掛けた。


「ささ、王女殿下もお待ちでございます。こちらへ」


僕等は、ガラクさん達に導かれるように、建物の中に入って行った。


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