第57話 F級の僕は、両手に花を体験する


5月19日 火曜日2



「アリア、君が優しい心の持ち主だって事は、僕もよく承知している。だけど、現実、こいつは、僕達が襲撃された時、あの焚火の傍にいなかった。そして今、こうして無傷で僕達の前に現れた。つまり、こいつは、見張りを放棄して、どこかでブルブル震えながら隠れてたんだ」


カイスは、アリアに諭すようにそう語り掛けた。


なんて言いがかりだ。

僕も思わず声が大きくなった。


「違う!」

「違わない! いいか? お前はさっきまでいなかった。襲撃者がどこかに逃げて、僕が、ノエミさんをそこの麻袋の中から救出したのを確認したから、出て来たんだ」


カイスの視線の先に、あの黒装束の相手が引き摺っていたと思われる麻袋が落ちていた。

すると、あの黒装束の相手、やはりノエミちゃんを麻袋に詰め込んで、拉致しようとしていた?

ノエミちゃんに再度視線を向けると、その首にいつかと同じ首輪が嵌められていた。


「ノエミちゃん、それ……」


ノエミちゃんに近付こうとした僕の肩を、カイスが掴んだ。


「皆に謝れ!」

「カイス!」


アリアが、僕の代わりに抗議の声を上げてくれる中、僕は、少し冷静さを取り戻した。


僕にも色々言い分はあるが、襲撃者の侵入を許し、皆を危険に晒し、ノエミちゃんまで拉致されそうになったのは事実だ。

その点に限っては、僕の見張りは、結果的に、失敗したと言っても過言ではない。


「僕は見張りをわざと放棄したりはしていない。だけど、見張りが失敗したのは事実だ。だから、その点に関しては、すみませんでした」


僕は、皆に深々と頭を下げた。


カイスが、憤懣やるかたない様子で、僕の肩を小突いた。


「なんだ? 謝るんだったら、言い訳無しでちゃんと謝れよ!」


僕は、カイスに聞いてみた。


「ノエミちゃんの首輪、気付いてる?」

「首輪? 何の話だ?」


カイスは、ノエミちゃんをまじまじと見てから、ようやく気付いたようであった。


「これは?」

「多分、襲撃者がノエミちゃんをさらおうとして付けたんだと思う」


カイスに説明した後、僕は、ノエミちゃんに問いかけた。


「ノエミちゃん、もしかして、また喋れなくなってる?」


僕の言葉に、ノエミちゃんがこくこくうなずいた。

カイスが、僕を押しのけてノエミちゃんの前に立った。

そして、自身の腰の剣を抜いた。

どうやら、首輪の破壊を試みるらしい。


「ノエミさん、そのまま動かないで」


―――キン!


カイスは、自身の剣を振り抜いた。

しかし、首輪には、傷一つ付ける事は出来なかったようだ。

カイスの仲間の一人、確か攻撃魔法を得意としている女冒険者が、その首輪を調べ始めた。


「これは、魔法的な封印が施されてるわ。魔術師ギルドあたりにいかないと、解除できないかも」


僕は、カイス達の注意が、ノエミちゃんの首輪に向いている隙に、こっそりインベントリを呼び出し、魔族の小剣を取り出した。


前回は、時間を掛ければ、ホームセンターの金切鋸で切断できた。

なら、あの時より、レベルが上昇している今、金切鋸より確実に攻撃力の高い魔族の小剣を使用すれば、切れるんじゃないかな?


「ちょっとどいて。僕が試してみるよ」

「なんだと? 僕で破壊できない首輪を、お前みたいな駆け出し冒険者が破壊できるわけ無いだろ?」


カイスが、僕を睨みつけて来た。


「試してみないと分からないよ?」

「試す必要は無い!」

「カイス!」


再びアリアが、声を上げた。

カイスは、しぶしぶ、ノエミちゃんから離れた。


「いいだろう。無様に失敗して恥をかくと良い」


僕は、ノエミちゃんに近付くと、そっと囁いた。


「ごめんね。ちょっと目を閉じて、じっとしていてね」


ノエミちゃんは頷くと、素直に目を閉じた。

僕は、居合い抜きの要領で、魔族の小剣を抜き放った。


―――キキン!


確かな手応えと共に、首輪は、真っ二つになって地面に落下した。


「えっ?」


カイスの目がこれ以上ない位見開かれる中、ノエミちゃんが、僕の胸の中に飛び込んできた。


「ありがとうございます。タカシ様!」


それを見たアリアが、やや上ずった声を上げた。


「ちょ、ちょっと、ノエミ?」

「あ、すみません、嬉しくてつい……」


アリアの様子に気付いたノエミちゃんは、すんなり僕から身を離した。

そして、その場の皆に頭を下げた。


「申し訳ございません。私の油断で、皆様にもご迷惑をお掛けしました」

「そんな事は無いよ。悪いのは、見張りを放棄したこいつだ。君じゃない」


カイスが、僕を忌々し気に見ながら言い放った。


「その事についてなのですが……」


ノエミちゃんは、チラッと僕の方を見てから、皆に語り始めた。


「私をさらおうとした相手は、どうやら姿を隠すスキルを使用していたようでした。なので、タカシ様はじめ、皆様に気付かれる事無く、この野営地に入り込めたのだと思います」

「姿を隠すスキル? もしかして、【隠密】を使用していた……?」


カイスが、眉根を寄せながら、呟いた。


「恐らくそうだと思います。姿を隠したまま皆様を攻撃し、その混乱に乗じて、私を攫ったのです。私も、ふいを突かれて、声が出せなくなる首輪をめられ、麻袋に詰められ……ですが、その襲撃者を撃退して下さったのは、タカシ様なのです」


その場の全員がざわめいた。

中でも、僕の心が一番ざわめいた。


「ノエミちゃん?」


まさか、僕のレベルやら、色々ここで開帳する気じゃ無いよね?


「タカシ様。謙譲は美徳とは申せ、ご自身の名誉はお守りになるべきです」

「いや、もう皆には謝ったから、見張りの話はこの辺りにしとこうよ?」

「見張りの話ではございません。皆が右往左往する中、的確に襲撃者に肉薄し、これを撃退した、とどうしてご自身で説明なさらないのですか?」

「いや、そんな……」


僕の言葉にかぶせる様に、カイスが声を上げた。


「それは、有り得ない。もしそう思ったとしたら、それは、君の勘違いだ。襲撃者は、相当な手練てだれだった。駆け出しのこいつがどうこう出来る相手では無いよ。それに、誰も、こいつが襲撃者と戦っている姿を見ていない」

「いいえ、麻袋に入れられ、引きずられていく途中で、タカシ様のお声がしました。そして、タカシ様が襲撃者と戦う物音も聞こえてきました。タカシ様が戦って下さったからこそ、襲撃者は、私を入れた麻袋を放棄したのです。そうでないとおっしゃるのでしたら、襲撃者は、どうして私を攫うのを途中で諦めたとお思いですか?」

「それは……」


カイスの目に明らかな動揺が生じていた。

アリアが、何かを思い出したように、声を上げた。


「タカシは、隠れてなかったよ。だって、私、あの騒ぎの最中に、タカシと喋ったもん。タカシにノエミがいないって伝えたら、探してくるって駆けて行ったよ」


カイスが、搾り出すような声で呻いた。


「例えそうであっても、こいつが襲撃者を追い払えるはずは……」


ノエミちゃんが、静かに問いかけた。


「どうして、そう思われるのですか?」

「こいつは、駆け出し冒険者で……」

「ですが、カイスさんが、破壊できなかった首輪、タカシ様は、易々と砕かれましたよ?」

「あれは、多分、僕が一回斬りつけたから、もろくなっていて……」

「カイスさん、タカシ様は、本当は……」

「ノエミちゃん!」


僕は、大きな声を上げた。


この場で、色々なし崩し的に、僕について語られてしまうのは、僕にとっては全く不本意だ。

どうして、急にそんなにレベルが上がったのか、とか、どうしてそんなスキルを持っているんだ、とか、魔王だとか勇者だとか。

内輪の間だけならともかく、世間一般に公表されて、色々ややこしい事に巻き込まれてしまう位なら、何も出来ない駆け出し冒険者扱いで馬鹿にされる方が、まだましだ。


僕は、わざと明るい声で皆に声を掛けた。


「皆さん、そろそろお開きにしましょう。まだ夜明けまでは少し時間もありますし。今度は、不覚を取らないように、一生懸命見張りをするので、皆さんは、どうか休んで下さい」


カイスは、なおも何か言いたげであったが、最後はしぶしぶ自分のテントへと戻って行った。

皆が三々五々、去って行った後、僕の傍には、アリアとノエミちゃんが残っていた。


「二人も、もう少し寝とくと良いよ」

「あの騒ぎですっかり目が覚めちゃった。見張り、付き合うわ」


アリアは、僕の右隣に腰を下ろした。


「私も、また攫われてしまうかもしれません。タカシ様のお傍にいて守って頂かないと」


ノエミちゃんも、僕の左隣に腰を下ろした。

僕等は、その後、夜が明けて皆が再び起き出すまで、取り留めのないお喋りを楽しんだ。


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