第46話 F級の僕は、この世界の秘密に触れる


5月16日 土曜日11



エレンは、とりあえず、僕の言う通り、部屋の隅に移動して、地べたに座った。

ノエミちゃんは、そんなエレンに油断なく目を配りながら、僕と一緒に、エレンから一番離れたベッドの隅に腰を下ろした。


ノエミちゃんが、魔王について語り出した。


500年前、魔王エレシュキガルが、突如この世界に現れた。

魔王は、それまでばらばらに暮らしていた魔族を一つにまとめ上げ、モンスターを使役して、世界を闇に閉ざそうとした。

そこで、創世神イシュタルは、異世界より勇者を召喚した。

勇者は、イスディフイの人間では、決して成し得ない恐るべき速さで成長した。

そして、この世界の人々の限界を超え、遥かな高みに至った勇者は、ついに魔王を封印する事に成功した……


話を聞き終えた僕は、ノエミちゃんにたずねてみた。


「それじゃあ、結局、魔王は封印されただけで、完全に倒されたわけじゃないんだ」

「はい。魔王の闇の力が余りに強大で、伝説の勇者様ですら、そのお命を燃やし尽くして封印なさるのが精一杯であった、と伝えられております」

「もしかして、ノエミちゃん的には、その封印が解けて、魔王であるエレンが、復活しちゃった、とかそんな感じ?」


僕の言葉に、エレンが口を挟んだ。


「私は魔王ではない」


ノエミちゃんは、エレンに厳しい視線を向けながら、僕の言葉に答えた。


「完全には復活出来ていないはずです。今は、ようやく封印から逃れて、こうして自由に行動し、自らの完全復活を狙っている最中かと」

「私は、完全復活も狙ってない」


再び、エレンがやや抗議するような声を上げた。


「ノエミちゃん、そもそも、どうして、エレンが、その、魔王エレシュキガルだと思ったの?」

「魔王エレシュキガルは、魔族の女性であった、と。その髪は漆黒の闇色に輝き、右の瞳が燃えるように赤く、左の瞳が若草のように黄緑色であった、と伝承されています」


確かに、その特徴は、エレンにも当てはまる。

しかし……


「その程度の特徴なら、魔王じゃ無くても、いっぱいいるんじゃないの?」

「いいえ、魔族は、ほぼ全員、その髪は、白いのです。黒髪の魔族は存在しません。おまけに、左右の瞳の色が違う者など、魔王以外にあり得ましょうか?」

「そうなの?」


僕は、エレンの方を見た。

彼女は、小首を傾げて何か考え込んでいた。


「それに……」


ノエミちゃんが、言葉を続けた。


「創世神イシュタル様の啓示を受けたのです」

「啓示?」

「闇が再び世界を覆わんとしている、と。そして、異世界より再び勇者が、この地に降臨した、と」

「それって……」

「はい。再び世界を覆わんとしている闇こそ、闇を統べる者、魔王エレシュキガル。そして、再びこの地に降臨された勇者様こそ、まさにあなた様に間違いありません」

「ええ~~~!?」


話のスケールが大き過ぎる。

僕が勇者?

F級の僕が?

いくらなんでも、それは無いだろう。


「ノエミちゃん、どうして僕がその、勇者だと思ったの?」

「ステータスを見せて頂いて、確信しました。異なる世界を渡ることが出来るのは、勇者様だけです。それに、タカシ様、アリアさんや他の冒険者達と比べて、成長率が異常に高くはありませんか? それも、勇者様の特徴の一つです」


確かに、理由不明に、モンスターを倒した時、アリア達と比べて、僕は、100倍の経験値を獲得出来るけど……


その時、僕は、この世界に来るきっかけになった事件、アルゴスが白い光の柱の中に消滅する直前、聞いた声と言葉を思い出した。



―――あなたにチャンスを与えましょう。その代わり……



あれは、創世神イシュタルとやらの声だったとでもいうのだろうか?


その代わり……

その代わり、この世界を救えとでも言いたかったのだろうか?


僕は、話の大きさに、眩暈めまいがする思いになった。


「ノエミちゃんは、啓示を受けたって言ったけど、それは、本当にその、神様の啓示だったの?」


ノエミちゃんは、居住いずまいを正すと、話し始めた。


「私は、アールヴ神樹王国第二王女にして光の巫女、ノエミ=アールヴです……」


アールヴ神樹王国の王族には、代々特殊な能力を持つ女性が誕生する。

歌声により精霊と交信し、祈りの力で全世界のモンスター達の活動を鎮め、時に創世神イシュタルの啓示を受け取り、それを世に伝える事が出来る女性。

その女性は、光の巫女と呼ばれる。

その特殊性から、次代の光の巫女にその責務を引き継ぐか、王位を継承し、即位するまでは、その存在を秘匿される。

光の巫女は、その間、王宮最奥の神樹の間にて、ひたすら祈りの日々を送る……


「私は、光の巫女としての責務に一刻も早く復帰するため、そして、勇者様を神樹の間にお連れするため、是が非でも、タカシ様と一緒に、急いでアールヴ神樹王国に戻る必要があるのです」


ノエミちゃんって、実は凄い人だったんだ。

でも、そうか。

だから、ノエミちゃんは、“急いで”、“僕と一緒に”、アールヴ神樹王国に帰ろうとしてたのか。

帰ろうと……?

元々、王宮最奥の神樹の間にいるべきノエミちゃんは、僕と出会った時、その力を封印され、山賊の砦に閉じ込められていた。


「ノエミちゃん、言いたくなかったら答えなくていいんだけど、それじゃあ、どうして、山賊に捕まってたの? お姉さんが、どうとか言ってたけど……」

「私には、双子の姉がおります。その……姉は、私ほどには光の巫女としての適性が無く、王位継承者にも選ばれなかったので……」


なるほど、大体の推測はついた。

つまり、ノエミちゃんは、双子のお姉さんにめられて、あそこにいた……

そう考えれば、アールヴ神樹王国が、エルフの入国を規制するきっかけになった、“王女暗殺未遂事件”とやらも、何かの陰謀の臭いしかしない。


僕は、改めて、ノエミちゃんに話しかけた。


「話してくれてありがとう」

「いえ、今までなかなかお話しできず、申し訳ございませんでした」

「謝る事無いよ。まあ、色々びっくりしたけど」

「私としては、タカシ様には、一刻も早くレベルを上げて頂いて……」


ノエミちゃんが、エレンに厳しい視線を向けた。


「……闇を打ち払って下さる事を願うばかりです。」


エレンが、口を開いた。


「話は、終わった?」

「えっ? ああ、終わった……のかな?」


僕は、ノエミちゃんに聞いてみた。


「はい。私からの話は一応、これで終わりです」


エレンが、立ち上がった。


「じゃあ、今から行こう」


エレンが、すたすた僕に近付いて来た。

しかし、僕とエレンの間に、ノエミちゃんが割り込んだ。


「闇を統べる者よ。今、ここで私達に倒されるか、逃れ去るか。あなたに許された選択肢は、二つだけです」


エレンが、やや困ったような顔で僕を見た。

ノエミちゃんが、険しい顔で、再び、エレンに問いかけた。


「一体、タカシ様をいずこへ連れ去ろうと企んでいるのですか?」

「タカシのレベルをもっと上げないと」

「やはり、タカシ様のレベル上げを阻止するつもり……え?」


ノエミちゃんが、怪訝そうな顔になった。


「今、なんと?」

「だから、今からタカシのレベルを上げにいかないと」

「な、な、な!?」

「ノエミちゃん?」


なぜか、少しパニックを起こしているらしいノエミちゃんに、声を掛けてみた。


「な、何を企んでいるんですか? そもそも、魔王が、勇者様のレベル上げを……?」

「だから、私は魔王じゃない」


エレンが、若干、うんざりした顔になった。


「タカシは、まだレベル56。もっとレベル上げないと。まだ足りない」


ノエミちゃんは、目を泳がせながら、僕の顔を見た。


「タカシ様、この者は、本当に、タカシ様のレベル上げを手伝っているのでしょうか?」

「うん、まあそうだね。理由はよく分らないんだけど。エレン的には、僕のレベルをもっと上げたいらしいよ。実は、今夜も、なんか、僕のレベルを上げるために、夜2時間だけモンスター狩りに行く約束していたというか……」


僕は、少しバツの悪い思いで答えた。

ノエミちゃんは、しばらくじっと考え込んでいた。

やがて、顔を上げた彼女は、宣言した。


「分かりました。私もタカシ様のレベル上げ、お付き合いさせて頂きます」


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