第37話 F級の僕は、ミミックと戦う


5月16日 土曜日2



「じゃあ戦って」


エレンが、そう言って指差したのは、僕がいる場所から10m程向こうに置かれた宝箱だった。

衣装ケース位の大きさのその箱は、壮麗な装飾が施されていた。

しかし、エレンが戦えと言う事は、やっぱり……


「アレって、モンスターって事で良いんだよね?」

「そう、ミミック」


僕の予想通り、どうやら、部屋の隅に鎮座しているのは、宝箱型のモンスターのようであった。

それにしても、ここに来る直前、僕とエレンは、亜空間魔法について話していたはずだ。

ミミックと亜空間魔法とは、どんな関係があるのだろうか?


「一応、確認だけど、アレやっつけたら、僕も亜空間魔法を使えるようになるって事?」

「亜空間魔法は使えるようにはならない。亜空間にアイテムを収納出来るようになるだけ」


亜空間魔法が使える事と、亜空間にアイテムを収納できるようになる事とは、同じ意味では無いのだろうか?

僕は、若干混乱しながらも、一番重要な事を聞いてみた。


「ミミックって、どんな攻撃してくるの?」

「開けたら中に引きずり込まれる」

「えっ!?」


なにそれ、怖い……


「引きずり込まれないように戦うと良いって事?」

「引きずり込まれないと、倒せない」

「?」


どういう事だろう?

ヤドカリみたいに、宝箱の中に本体があって、わざと引きずり込まれて、本体を倒すって事だろうか?


「とにかく戦って」

「う、うん」


なんだか途轍とてつも無く不安になって来た。


でも、ミミックを倒せば、亜空間にアイテムを収納できるようになる。


僕は、センチピードの牙を右手に構えると、ミミックに慎重に近付いた。

そして、すぐ傍まで来ると、センチピードの牙で、どう見ても普通の宝箱にしか見えないミミックをつついてみた。


―――コツコツ


手に伝わってくる感触は、普通の硬い箱って感じだ……


僕は覚悟を決めて、箱の蓋に手を掛けた。

そして、蓋を開けた瞬間……

いきなり、視界が暗転した。


「うわっ!?」


次の瞬間、僕は、どこまでも白い不思議な空間に立っていた。

そして、少し向こうに何者かが立っているのに気が付いた。

その何者かは、目元以外、全身黒ずくめのローブを頭からすっぽり被り、右手に奇妙に捻じれた、妖しい紫色の武器を手に……


「えっ!?」


僕が驚くより早く、その何者かが、こちら目掛けて突っ込んできた。


―――ガキン!


僕は、慌てて右手のセンチピードの牙で、相手の攻撃を受け止めた。

相手は、素早く僕から離れると、再びこちらに突っ込んできた。


―――ガキキン!


小剣同士が弾き合い、火花が散った。

数合打ち合ううちに、僕は、最初の疑念が、確信に代わってくるのを感じた。


間違いない!

こいつは、僕に擬態している!


状況から考えて、擬態しているのは、ミミック本体に違いない。

どこまでコピーされているのか不明であったが、とにかく、どこかで相手の隙を見付けて……


と、考えながら戦っていた僕の方に、隙が生じてしまったようであった。

ミミックの振り回す小剣を僕は避け切れず、その切っ先が、頬をかすめた。

瞬間、身体が硬直した。


まさか、麻痺した!?

センチピードの牙の性能までコピーされてる!?


ミミックは、僕が麻痺した事に気が付いたのか、いったん、攻撃を停止した。

あいつが、フードの下の僕の顔までコピーしているなら、きっとその顔は、勝利を確信した笑みを浮かべているに違いない。


どれ位で麻痺の効力は切れる?

確か、持続時間は、相手とのレベルやステータスの差に依存するはず。

はやく麻痺が解けてくれないと……!!


気ばかり焦るが、身体は動かない。

ミミックが右手の小剣を高々と振り上げるのが見えた。


「逃げなきゃ 逃げなきゃ 逃げなきゃ……あれ?」


僕は、急にデジャブに襲われた。

前もこんな事、無かったっけ?

身体は麻痺はしているものの、意識は鮮明だ。

もしかしたら、スキルは発動できるのでは?



「【異世界転移】……」


―――ピロン♪


ポップアップが立ち上がった。



地球に戻りますか?

▷YES

 NO



ミミックの小剣に命を刈り取られる寸前、僕は、辛くも転移する事に成功していた。


自分のアパートの部屋に転移出来たものの、まだ身体の麻痺は続いていた。

それから、たっぷり1分以上かかって、ようやく、僕は動けるようになった。


今のが、センチピードの牙による麻痺だとすれば……

同レベル、同ステータスであれば、発動確率は不明だけど、1分以上は麻痺する可能性がある、という事になる。

麻痺している間は、恐らく、一方的に攻撃できるのだろう。

発動さえしてくれれば、かなり強力だ。


身をもって、センチピードの牙による特殊効果を体感した僕は、しかし、ここではたと困ってしまった。


どうしよう?

【異世界転移】スキルを使用すれば、再びあの、ミミックと戦った白い空間に転移してしまう公算が、大であった。

戦って、麻痺するたびに、【異世界転移】スキルで切り抜けようか?

それとも……


僕は昨日、魔石を売って、32万円を手にした事を思い出した。

32万円は、今日あたり銀行に預けに行こうと思ったまま、まだカバンの中に入っている。


このお金で、何かあいつを倒せそうな物、こっちで買って持っていけないかな?


均衡調整課の直営店では、魔石を加工した武器や防具が販売されている。

それらは、いずれも値段は張るが、魔石を使用していない武器や防具と比較すると、なかなかに強力だ。


しかし……


32万円程度で買える武器や防具じゃ、あのミミック相手に何の役にも立たないだろう。

さらに、もしかしたら、こっちで何か買った物まで、コピーされてしまうかもしれない。


どうしよう……


しばらく悩んだ後、僕は諦めて、再度【異世界転移】スキルを発動した。


転移先は、やはりあの、白い空間であった。

だが、様子が少しおかしい。

先程までいたはずの、僕に擬態したミミックの姿が見当たらない。

目を凝らして周囲を見回すと、不定形のうごめく何かがいる事に気が付いた。


スライム?

いや、こんなところでスライムって変だよね……


とりあえず、僕は、その不定形の蠢く何かに近付いて、センチピードの牙でそいつを切り裂いた。

そいつは、あっけなく光の粒子となって消滅していく。

同時に、白い不思議な空間が、砂のように崩れ出した。


「えっ? えっ?」


戸惑う僕の耳に、聞き慣れた効果音が聞こえて来た。



―――ピロン♪



ミミックを倒しました。

経験値215,197,256,300を獲得しました。

Cランクの魔石が1個ドロップしました。

インベントリの指輪が1個ドロップしました。



完全に白い空間が崩れ去った時、僕は、ミミックと戦う直前にいた、あの謎のダンジョン内に立っている自分に気が付いた。


僕が、呆然と立ち尽くしていると、エレンが近付いてきた。

そして、先程までミミックがいた場所に落ちている魔石と指輪を拾うと、僕に差し出してきた。


「これ、いらないの?」


慌てて僕は、それらを受け取った。


それにしても、あのミミック戦は何だったんだろう?

不定形の蠢く何かを倒した直後、ミミック戦が終了したところを見ると、アレがミミックの正体だったのだろうか?

でも、それなら、なぜ擬態が解けてたのだろう?

時間経過で擬態が解ける?

或いは、僕が【異世界転移】であの空間からいなくなったから解けた?


僕は一応、エレンに聞いてみる事にした。


「エレンは、ミミックと戦った事ある?」

「私は、モンスターとは戦わない」

「えっ?」


僕は、彼女の意外な返事に驚いた。

モンスターと戦わない?


「なんで戦わないの?」

「なんで? 戦う必要が無いから」

「でも、襲ってきたらどうするの?」


さすがに攻撃されれば戦わざるを得ないのでは?


「私は、モンスターには襲われない」

「そうなの?」

「そう」


う~ん、謎だ……

もしかして、魔族だから、モンスターとは友達、とかそういうのだろうか?

でも、それなら、なんで僕にモンスターを倒させるのだろう?

まあ、エレンが、いちいち謎な存在なのは、今に始まった話では無い。


それ以上の追及を諦めた僕は、改めてエレンに問いかけた。


「それで、ミミック倒したけど、どうすれば僕は、亜空間にアイテム収納できるようになるの?」

「インベントリの指輪出して」


ミミックがドロップした指輪が、確かそんな名前だった。


僕は、指輪を右の手の平に乗せると、エレンの前に差し出した。


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