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第38話 F級の僕は、インベントリに感動する
第38話 F級の僕は、インベントリに感動する
5月16日 土曜日3
僕が指輪を出すと、エレンは、自分の腰に差していた小剣を引き抜いた。
「指出して」
もしかして……?
僕が、指輪を持ってない方の手をエレンに差し出すと、彼女は、僕の人差し指に小さな傷をつけた。
指先に血が玉を作った。
「指輪に血を付けて」
言われた通りにすると、指輪がほんの数秒、ぼんやり発光した。
「その指輪、はめてみて」
「どの指でも良いの?」
エレンが頷くのを確認した僕は、インベントリの指輪を、左手の中指にはめてみた。
それは、まるで初めからそこにあったかの如く、違和感なくフィットした。
「インベントリと念じてみて」
言われるがまま、念じてみた。
「……インベントリ……」
―――ピロン♪
突如、ポップアップが立ち上がった。
そこには、一覧表が表示されていた。
武器、防具、指輪、ポーション……
様々な目録が並んでいるが、どの表示も少し暗い。
このポップアップが、亜空間に繋がっているのだろうか?
僕は、試しに、魔族の小剣をそのポップアップに向けてみた。
魔族の小剣は、ポップアップの向こう側の何も無いはずの空間に向けて、ズブズブ飲み込まれていった。
そして、一覧表示の『武器』の欄が明るくなった。
恐らく、目録に分類されるアイテムがイベントリ内にある場合は明るく、無い場合は暗く表示されるのだろう。
僕は、そのポップアップに右手を差し込んでみた。
肘から向こうが、僕からは虚空の中に消えたように見えた。
そのまま魔族の小剣を取り出したい、と念じると、直ぐに、僕の右手に何かを掴んだ感触が伝わってきた。
そのまま引き出してみると、右手には、魔族の小剣が握られていた。
「凄い……」
僕は、こうして亜空間の収納スペース、インベントリを手に入れた。
僕が、インベントリのポップアップを消去すると、エレンが僕の手を取ろうとしてきた。
……恐らく、どこか別の、本格的にモンスターと戦う場所に転移させられる!
エレンの行動を多少なりとも学習した僕は、手を引っ込めながら、エレンに話しかけた。
「ちょっと待って!」
「何?」
エレンは、僕に向けて手を差し出したままの姿勢で返事した。
「今日は、レベル上げるの、休みにしない?」
「どうして?」
「昨日の疲れがまだ残ってるし、ルーメルの街で色々済ませたい用事もあるし」
僕のアパートの部屋の中には、誰かに見られたら困る荷物が、現在進行形で鎮座している。
早くこっちへ持ってきて処分しないと……
僕の話を聞いたエレンは、少し困った顔をして、小首を傾げた。
う~ん、理由不明だが、エレンは、是が非でも僕のレベルを上げたいようだ……
明日は、日曜日。
特に、地球で予定が入ってるわけでも無い。
僕は、
「じゃあさ、夜、2時間だけレベル上げしない?」
「夜?」
「うん。今夜は、『暴れる巨人亭』に泊ると思うから、夜10時過ぎから2時間位なら付き合うよ」
エレンは、またしばらく考えていたが、やがて頷いてくれた。
「分かった。じゃあ、夜10時に迎えに行く」
「待ってるよ。それで、またルーメルの街の近くの森に転移させて貰っても良いかな?」
「分かった」
エレンは、僕の手を取ると、何事かを呟いた。
次の瞬間、僕等は、いつものルーメル郊外の森の中に転移していた。
「それじゃ」
「待って!」
僕は、恐らくどこかに転移して去ろうとしていたエレンを呼び止めた。
「何?」
僕は、今更ながらな事を聞いてみた。
「ここからルーメルの街ってどう行けば良いのかな?」
「あっち」
エレンは、そっけなくある方向を指差した。
「あっちに向かえば、ルーメルの街があるって事?」
「そう」
エレンの指し示した先には、特徴的な形の大きな木が見て取れた。
これなら、この前みたいに、山賊の砦に迷い込んだりなんて、余計なイベントは体験せずに済みそうだ。
「それじゃ」
エレンは、今度こそ、どこかへ転移して行った。
再び一人になった僕は、改めて【異世界転移】スキルを発動した。
時刻は、朝の8時を過ぎたところだった。
再度アパートの自分の部屋に戻って来た僕は、改めて部屋の中を確認した。
今朝、異世界イスディフイに持ち込み予定だった荷物を含めて、特に異常は見られない。
今夜は、初めて異世界イスディフイの『暴れる巨人亭』に宿泊予定だ。
帰ってくるのは、明朝以降。
一応、僕は、部屋の戸締りを厳重に確認した後、インベントリを呼び出してみた。
―――ピロン♪
聞き慣れた効果音と共に、インベントリがポップアップした。
この地球でも、同じように呼び出せた事に、僕は、少し感動してしまった。
さっそく、インベントリに、ヘルハウンドの牙とキラーバットの翼でパンパンに膨れ上がったリュックを押し込もうとした。
すると、軽い抵抗感を感じた後、メッセージがポップアップした。
荷物を仕分けしますか?
▷YES
NO
荷物を仕分け?
もしかして、リュックの中身を、分類して収納出来る、という事だろうか?
僕は、試しに▷YESを選択してみた。
すると、リュックは、ずぶずぶ虚空の向こうへと消えて行った。
そして、一覧表示の中の『素材』の表示と『その他』の表示とが明るくなった。
『素材』に入ったのは、モンスターのドロップ品だろう。
『その他』は何だろう?
僕が、『その他』に指を触れると、中にリュックが収納されているのがイメージされた。
なるほど……『その他』は、ここに表示されている一覧に分類できない物が収納されるスペースっぽいな……
僕は、押し入れの奥に押し込んであった、山田達の荷物を思い出した。
あれも、インベントリに収納出来るのかな?
僕の予想通り、山田達の荷物も収納する事が出来た。
あらかじめ、魔石は取り出しておいたので、全て『その他』に収納された。
これで、僕の押し入れの中から、誰かに見られたら困る物は、全て無くなった。
インベントリって、滅茶苦茶便利だな……
インベントリが使用できる幸せを噛みしめながら、僕は、異世界イスディフイに向かう準備を始めた。
装備していく武器防具は、迷ったけれど、エレンの衣とセンチピードの牙を選択した。
他の武器防具、皮の鎧と魔族の小剣は、インベントリに収納した。
あの森、ルーメルの街近くだし、この前遭遇したのもワイルドドッグっていう大して強くないモンスターだけだったけど、一応、念のため。
もっとも、この格好でルーメルの街中歩けば、目立つ事この上ないので、街に入る前には、皮の鎧に着替える事にした。
よし、問題無いかな……
僕は、もう一度部屋の中を見渡した後、【異世界転移】のスキルを発動した。
ルーメル近郊の森の中に再び降り立った僕は、早速、エレンに教わった方向に向けて歩き出した。
木々がまばらに生えている森の中を歩く事10分程で、僕の耳に、誰かが何かを叫んでいるような声が聞こえて来た。
ん?
誰かいるのかな?
と、いきなり僕の進行方向から、何かが近付いて来る音が響いてきた。
―――ドドドド……
直後、前方の茂みから、巨大なイノシシが飛び出してきた。
―――シュパッ!
僕は、咄嗟に抜いたセンチピードの牙で、巨大イノシシを斬り払った。
巨大イノシシは、一瞬にして、光の粒子となって消え去った。
―――ピロン♪
ビッグボアを倒しました。
経験値2,600を獲得しました。
Fランクの魔石が1個ドロップしました。
イノシシ肉(小)が1個ドロップしました。
何だったんだろ?
僕は、ゆっくりとFランクの魔石とイノシシ肉(小)を拾い上げた。
すると、またしても、前方の茂みがガサガサ揺れると、今度は、鎧を着こんだ女の子が現れた。
彼女は、僕に気が付くと、見る見るうちに不機嫌になった。
「ちょっと、あなた、もしかして、私のビッグボア、横取りしたでしょ?」
「えっ?」
「とぼけたって無駄よ! 今、あなたが手に持ってるの、ビッグボアのドロップ品じゃない!」
「これは……」
僕が状況を説明しようとした時、再び前方の茂みがガサガサ揺れると、複数の人物が現れた。
1人の男性と、4人の女性。
いずれも、ローブや鎧を身に付け、武器を手にしている。
冒険者の一団かな?
先程の女性が、振り返って、後から来た仲間と思われる男性に声を掛けた。
「ちょっとカイス、聞いてよ。こいつ、私のビッグボア横取りしたんだよ?」
カイスと呼ばれたその男性は、年齢は僕と同じ位。
高価そうな鎧を身に纏い、剣を腰に吊るした金髪のイケメン……
あれ?
この名前、この顔、なんか記憶にあるぞ……
確か、アリアに絡んでた冒険者じゃなかったっけ?
カイスが、僕に向き直った。
「君、良い度胸してるね? 僕の可愛い子猫ちゃんの獲物、横取りするなんてさ」
こうして僕は、意外な場所で、カイスとの再会を果たしたのであった。
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