第31話 F級の僕は、ダンジョン最奥部で神樹の雫に救われる


5月15日 金曜日4



アンデッドセンチピードは、どうやら名前通り、アンデッド系のモンスターのようであった。

僕が今隠れている場所から、添田さん達が戦っている場所までは、結構距離があった。

しかし、添田さん達の攻撃で、モンスターの肉がえぐられるたびに、何かが腐ったような嫌な臭いが、僕の所まで漂ってくる。


添田さん達は、苦戦しているように見えた。

多分、モンスターの物理攻撃に対する耐性が高いのであろう。

添田さん達が、斬りつけるたびに、傷はドロドロぬめりながら、塞がっていく。

佐藤達C級の魔法アタッカーが放つ魔法も、B級モンスターであるアンデッドセンチピードには、決定打に欠けているように見えた。

と、アンデッドセンチピードが、突如何か紫の霧のようなものを、口から吹き出した。

それをまともに吸い込んでしまったらしい、C級が、数名、ヨロヨロしながら倒れ込んでしまった。

アンデッドセンチピードが、倒れたC級に襲い掛かろうとする所に、添田さんが飛び込んだ。


「くっそー!」


添田さんは、動けなくなったC級をかばうように立つと、襲い掛かってきたアンデッドセンチピードに、思い切り、槍を突き出した。

カウンター気味にその攻撃を食らったアンデッドセンチピードがった。


―――ギェェェェ!


しかし、そこでわずかな油断が生じてしまったのだろう。

添田さんは、側面から襲い掛かってきた、アンデッドセンチピードの尻尾の攻撃をまともに食らって、吹き飛ばされてしまった。


「ガハッ!」


添田さんは、盛大に血を吐いてうずくまったまま、動かなくなった。

もしかしたら、気を失ったのかもしれない。


「添田さん!」


関谷さんが、急いで駆け寄り、添田さんに治癒魔法を掛け始めた。

そこへアンデッドセンチピードが、追撃を掛けてきた。


「詩織ちゃん、危ない!」


佐藤が、関谷さんに駆け付け、無理矢理関谷さんを添田さんから引きはがした。

直後、アンデッドセンチピードの大あごが、添田さんの右足を食いちぎった。


「ぐわーっ!」


添田さんが、絶叫を上げた。

傷口からは、おびただしい量の血が噴き出している。

B級が戦闘不能になるのを目にしたC級達の間に、動揺が広がった。


「無理だ……」

「に、逃げろ!」


まだ立って動けるC級達が、次々と戦意を失い、我先にと逃げ出した。


「お、おい、お前ら!」


佐藤が慌てたように声を掛けるが、誰も立ち止まらない。

その時、関谷さんが、佐藤を振り切って、添田さんの方に駆け寄った。


「添田さん、今、治しますから!」

「詩織ちゃん!」


佐藤は、声を上げたが、すくんでしまっているのか、その場から動かない。

やがて、少し逡巡した後、逃げて行ったC級達のあとを追うようにして、走り去って行った。


今や、僕等の班は、壊滅状態に陥っていた。


C級が1名殺され、同じくC級が4名、紫の霧を吸い込んで動けなくなっている。

そして、瀕死の重傷を負った添田さんを、関谷さんが、必死に癒そうとしている。

そこへアンデッドセンチピードが、襲い掛かろうと身構えるのが見えた。


常識的に考えれば、僕も早くここから逃れるべきだろう。

あのアンデッドセンチピード、どう見ても、前に戦ったウォーキングヴァインなんか足元にも及ばないような強力なモンスターだ。

こんな時のためにこそ、A級が来ているのだ。

しかし、均衡調整課やA級の安藤さんが駆け付けた時、今、ここにいる人々は、最早生きてはいないだろう。


唐突に、さっき、関谷さんが僕の為に佐藤と口論してくれた事を思い出した。


「クソッ!」


僕は、荷物の中から、丸めていたエレンの衣を取り出して、頭からかぶった。

神樹の雫10本も腰のベルトに差し込んだ。

そして、魔族の小剣を手に、柱の影から躍り出た。


幸い、今、アンデッドセンチピードは、僕に背を向け、関谷さん達に襲い掛かろうとしていた。

今なら、後ろから不意打ち出来そうだ。

僕は、素早く駆け寄ると、魔族の小剣でその身体に斬りつけた。


―――ギェェェェ!


アンデッドセンチピードが、絶叫を上げ、仰け反った。

ダメージは通っているようだが、やはりドロドロと傷は塞がっていく。

僕は、アンデッドセンチピードが、こちらに向き直る前に、素早く距離を取った。


瞬間、関谷さんと目が合った。

関谷さんは、信じられないモノを見る目でこちらを凝視していた。


目元以外、全身黒ずくめの謎の助っ人参上!

格好かっこよく行きたいところだが、生憎あいにく、僕にはそんな余裕は無かった。

まともに戦って、こいつに勝てる未来図が、まるでえがけない。

僕に出来るのは、少しでも、こいつを僕に引き付けて、均衡調整課やA級が駆け付けるまで時間を稼ぐ事のみ。


わざと大きく動いて、アンデッドセンチピードの気を引こうとした僕に、モンスターの尻尾が、死角から襲い掛かってきた。

僕は、それを避け切れず、床に盛大に跳ね飛ばされてしまった。

全身の骨が砕ける感覚が襲い掛かってきた。


まずい。

エレンの衣を装備しているにも関わらず、今、確実に僕のHP、9割がた持っていかれた自信がある。


遠くなりそうな意識を必死で繋ぎ止めながら、僕は、腰のベルトに差した神樹の雫を一つ取り出し、震える手でアンプルの首を折った。

そして、アンデッドセンチピードが、迫る中、必死にそれを飲もうとして……

手からそれを滑らせてしまった。

僕の手から滑り出した神樹の雫は、放物線を描きながら、偶然、こちらに迫っていたアンデッドセンチピードの身体にぶつかり、砕け散ってしまった。


―――ギャアアアアア!


アンデッドセンチピードが、今まで聞いた事の無いような、異様な叫び声を放ち、仰け反った。


見ると、神樹の雫がかかった場所は、シュウシュウと湯気を放ち、ただれてしまっていた。

傷が塞がる様子は無い。


もしかして……?


神樹の雫は、HP全快効果のあるポーションだ。

そして、ゲームなんかだと、アンデッド系のモンスターは、よく、回復効果のある魔法やポーションで、ダメージを受ける設定があったりする。

ただ、ここはゲームの中の世界では無い。

以前、海外で、アンデッド系のモンスターに回復魔法を当ててみても、特に効果は無かった、とも聞いた事がある。


しかし……


この地球には、そもそも、HPを一部でも回復させることの出来るポーションのような薬剤は存在しない。

異世界イスディフイ産のポーションだからこそ、アンデッド系のモンスターに、ダメージを与えられたりするのではないだろうか?


ともかく、アンデッドセンチピードがひるんでいる今を逃す手は無い。

僕は、急いで腰のベルトから神樹の雫を取り出すと、今度は慎重に飲み干した。

すぐに、全身の傷が癒され、痛みも消え去った。

僕は、起き上がると、再びアンデッドセンチピードに駆け寄り、その身体に魔族の小剣を突き立てた。

そして、傷が塞がる前に、傷口の中に神樹の雫をねじ込んで、アンプルの首を折り、すぐさま距離を取った。


―――ギャアアアアア!


アンデッドセンチピードは、先程にも増して凄まじい絶叫を上げた。

先程、僕が付けた傷口を中心に、シュウシュウと湯気を放ちながら、みるみるただれた範囲が広がっていく。

アンデッドセンチピードは、余程苦痛なのか、のたうち回っている。


これなら、いける!?


僕は、慎重に間合いを図りながら、魔族の小剣でアンデッドセンチピードの肉をえぐっては、そこに神樹の雫を流し込んでいった。


そして、9本目の神樹の雫をアンデッドセンチピードの傷口に捻じ込んだ直後……


―――ギャアアアァァァ……


アンデッドセンチピードは、一際大きな断末魔の叫び声を上げた。

そして、そのままゆっくりと、光の粒子に変化し始めた。


「倒した……?」



―――ピロン♪



アンデッドセンチピードを倒しました。

経験値12,409,358,192,000を獲得しました。

Bランクの魔石が1個ドロップしました。

センチピードの牙が、1個ドロップしました。

レベルが上がりました。

ステータスが上昇しました。



―――ピロン♪



レベルが上がりました。

ステータスが上昇しました。



―――ピロン♪



レベルが上がりました。

ステータスが上昇しました。



―――ピロン♪

…………

………

……



以前、ファイアーアントを倒した直後よりは数は少ないものの、連続してポップアップが立ち上がった。

ポップアップが消え去った直後、僕は、全身に今まで以上の力がみなぎっているのを確信できた。



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