第30話 F級の僕は、ダンジョン最奥部で予想外の出来事に遭遇する


5月15日 金曜日3



その後も添田さん達は、出現するモンスターを危なげなく倒していった。

やがて、前方に明かりが見えてきた。

どういう理屈かは分からないが、ダンジョン内の明るさは一定ではない。

回廊は薄暗く、広間はそれより遥かに明るかった。

どうやら、前方に見えている明かりは、広間のそれであるらしかった。


添田さんは、広間の大分手前で皆を停止させた。


「このダンジョンは、スタンピード目前だ。きっとあの広間には、モンスターどもがうようよ集まってるに違いない。こっちの回廊におびき出して殲滅するぞ。おい、C級の攻撃魔法使える奴、前に出ろ」


佐藤を始め、C級の魔法アタッカー3人が、添田さんの言葉に応えて、前に進み出た。


「よし、ぶちかませ!」


佐藤達は、前方の広間に向けて魔法を解き放った。

火球や氷の礫が、前方の広間に吸い込まれ、彼方で盛大に弾け散った。


―――ブゥゥゥン……

―――ササササ……

―――シュー……


広間に集まっていたのであろう大量のモンスター達が、攻撃の源を探して、回廊の方へと殺到してきた。

しかし、狭い回廊では、彼等の数の優位は生かしきれず、添田さんやC級達の攻撃の前に、次々と光の粒子に変わって行く。

たまにC級が手傷を負うが、それを関谷さん達ヒーラーが、癒していく。

30分程過ぎると、モンスター達の攻撃が下火になった。

まだ広間には何匹かのモンスター達が生き残っているようであったが、こちらを警戒しているのか、回廊の方へはやって来ない。


添田さんは、C級達に手で合図を送ると、慎重に広間の方へと進んで行った。

床には、モンスター達が残した大量の魔石が散乱していた。

僕は、谷松さんや神田さんと一緒に、それら全てを手分けして拾っていった。

回収した魔石を三人で数えてみると、Cランクの魔石が61個。

改めて、今の激戦が思い起こされた。


「さすがB級がいると違いますね」

「まあ、私達は、せいぜい足手まといにならないよう、のんびりついて行きましょう」


三人で話しながら、リュックを背負い、僕等も前方の広間へと足を踏み入れた。


僕等が到着した時には、広間のモンスター達も、殲滅されたあとであった。

広間で、関谷さんと一緒に休憩していたらしい佐藤が、目ざとく僕等を見付けて近付いて来た。


おせえよ、お前ら。どうせ落ちてる魔石、ネコババする相談でもしてたんだろ?」


谷松さんと神田さんは、卑屈な笑みを浮かべて、一生懸命言い訳をしている。

僕は、佐藤を無視して、広間に散らばる魔石の回収を始めようとした。

佐藤は、無視されたのが気に入らなかったのか、身をかがめた僕の背中を、思い切り蹴飛ばした。

僕は、盛大に前に転び、顔から床に突っ込んでしまった。

鼻頭はながしらがヒリヒリ痛い。

起き上がって鼻を触ると、擦りむいたのか、血が滲んでいた。


背中から佐藤の嘲笑する声が浴びせられた。


「どんくせえな。これだからF級はダメなんだよ!」


どんくさいも何も、突き飛ばされれば、誰だってつんのめると思うんだけど……


僕が佐藤の言い分に、心の中で突っ込んでいると、関谷さんが、慌てたように駆け寄ってきた。


「中村さん、大丈夫ですか?」


彼女はすぐに何かを唱えると、僕に治癒魔法を掛けてくれた。

瞬く間に痛みと傷が消え去った。

それを見ていた佐藤が、苛ついたような声を上げた。


「詩織ちゃん、いちいちそんな奴に回復魔法掛けてやる必要無いって。唾でもつけときゃ治るっしょ」


関谷さんは、珍しく怒ったような顔を佐藤に向けた。


「佐藤君、わざと突き飛ばしたでしょ? ダメじゃない。せっかく皆の荷物運んでくれてる人に、そんな事しちゃ」

「荷物運んでくれてる、じゃなくて、運ばせてやってるんだよ。そいつらF級は、俺らの荷物運ぶくらいしか役に立たないんだから……」

「荷物運んでもらわないと、私達は戦えないでしょ?」


僕は、佐藤と口論を始めた関谷さんの横顔を、やや意外な想いで見つめていた。


もしかして、関谷さん、純粋に良い人?

笹山第五の時のお礼って話も、僕を呼び出して色々詮索する口実とかでは無く?


僕は、関谷さんに声を掛けた。


「関谷さん、僕は本当に大丈夫ですから」

「でも……」

「ありがとうございました。皆さんが休憩している間に、拾ってしまわないと……」


僕は、再び魔石集めに戻った。

関谷さんは、しばらくそんな僕を見つめていたが、やがて、他のC級の人達の方へと戻って行った。


僕等が広間の魔石を全て回収するのを見計らったように、添田さんが、再び出発の合図を出した。

皆、連れ立って、広間からさらに奥へと続く回廊に足を踏み入れて行った。

その後も頻繁にモンスターが姿を現したが、添田さん達は、危なげなく倒していく。

回収する魔石の数も増え、僕等の背中のリュックも次第に重くなっていった。


その後、3ヵ所の広間を掃討した僕等の班は、昼を待たずに、割り当てられていた区画の最奥部に到達した。

僕と谷松さん、神田さんのリュックの中に収められた魔石も総計、300個に届こうとしていた。

最奥部は、天井の高い広大な空間になっていた。

あちこちに天井を支えるかの如く太い柱が立ち伸び、今までの広間とは、明らかに異なるおもむきの場所だった。

拍子抜けする事に、そこには、モンスターの気配は無かった。

ただ、その中央に、今まで見たことも無い奇妙な物体が存在していた。


高さ数mはある黒く巨大な水晶のような結晶体。


「なんだありゃ?」


添田さんが、怪訝そうな顔で呟いた。


「前に、ここ潜った時は、あんなの無かったですよ?」

「なんでしょうね、あれ?」


ざわめくC級の仲間達に、添田さんが声を掛けた。


「おい、誰かあそこ行って、調べてこい」


皆、お互いに目配せしあいながら逡巡していたが、一人のC級の男性が、諦めたように、その謎の結晶体に近付いていった。

遠目に皆が見守る中、その男性が結晶に手を触れようとした瞬間、閃光がほとばった。


―――シャアアアアア!


同時に、巨大な何かの咆哮が響き渡った。


閃光が収まると、黒い結晶は消滅し、そこには、長さ10mはあろうかと思われる、巨大なムカデのような化け物が出現していた。

しかも、その身体は、腐っているかの如く、動くたびに、ドロドロ崩れて行く。

添田さんが、上ずった声を上げた。


「アンデッドセンチピード!? なんで、こんな所で、B級のモンスターが出やがるんだよ!」


突然出現したアンデッドセンチピードのすぐ脇には、先程のC級の男性が尻もちをついているのが見えた。

腰を抜かしてしまったのだろうか、ガタガタ震えているだけで、逃げようとしない。

アンデッドセンチピードは、その男性を見下ろすと、やおらその大あごを広げ、無造作に襲い掛かった。


「ぎゃああああああ!」


断末魔の絶叫が響き、その男性の腰から上が無くなった。

それを目にした皆から悲鳴のような声が上がった。

添田さんが、叫んだ。


「落ち着け! おい、F級、至急戻って均衡調整課と安藤さんに知らせろ。他のC級は、あいつをここに押し留めるんだ!」


添田さんは、C級の仲間達に指示を飛ばすと、自身は槍を構え直し、アンデッドセンチピードに肉薄した。

なにかの攻撃スキルを発動しているらしく、手の中の槍が眩しく輝いている。

佐藤達C級の魔法アタッカーが攻撃魔法を放ち、他のC級も散開して、戦闘が開始された。

僕と谷松さん、神田さんの三人は、巻き込まれないように、柱の影に避難した。


「な、中村君、どうしよう?」


僕の隣では、谷松さんと神田さんが、ガタガタ震えていた。

僕も怖いはずなのに、なぜか心は落ち着いていた。


「とにかく、応援を呼んできて下さい」

「中村君はどうするの?」

「僕はもう少しここに留まって、添田さん達の戦いを見届けます。あ、荷物は、ここに置いとくと良いですよ。僕が見ときますから」

「分かった。じゃあな」


谷松さんと神田さんが、あたふたと、回廊を入り口方向に走り去って行くのを確認した僕は、改めて、添田さん達の戦いに視線を向けた。


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