第27話 F級の僕は、申請無しにE級ダンジョンに潜ってみる


5月14日 木曜日3



3番窓口には、いつもの更科さんが座っていた。

彼女は、僕から25番の番号札を受け取ると、笑顔で挨拶してきた。


「お疲れ様、中村さん」

「こんにちは、更科さん。いつもの、持ってきました」


僕は、Fランクの魔石を2個、更科さんに手渡した。

更科さんは、いつも通り、手際よく書類を作成しながら、僕に話しかけてきた。


「中村さん、明日、どこかのダンジョン潜る予定ありますか?」

「明日ですか? 特に予定無いですが……」


何だろ?

更科さんの話の意図が見えない僕は、少し怪訝そうな顔をしてしまった。

更科さんは、そんな僕の様子に構わず、話を続けた。


「でしたら明日、私達と一緒に、ダンジョン潜りませんか?」

「えっ?」


話が益々見えなくなってしまった。

私達と一緒って事は、更科さんもダンジョンに潜るのだろうか?

確か、均衡調整課の職員は、魔石集めのノルマ、免除されていたはずだけど……?


訝る僕の様子に気付いたらしい更科さんが、笑顔で説明してくれた。


「実は、そろそろスタンピード起こしそうなダンジョンがあるんですよ。それで、明日、モンスターの討伐に向かうんですが、荷物運んでくれる方が足りなくて……」


ダンジョンの中のモンスターは、普段は外に出て来ない。

しかし、一定数を超える等、条件が整うと、外に溢れ出してきて、周辺地域に深刻な被害が発生する事がある。

その現象を、僕等は、スタンピードと呼んでいた。

スタンピードを起こしそうなダンジョンは、均衡調整課主導で、定期的にモンスター討伐が行われていた。

これに参加すると、例え荷物持ちであったとしても、1週間分のノルマが免除される。


「そうなんですか……」


そう相槌を打ちながら、僕は考えていた。


どうしよう?

均衡調整課の職員たちは、基本的には、皆、C級以上の高いステータスを持っている。

スタンピード起こしそうな位、ダンジョン内部にモンスターが溢れていても、そんなに危険は無いだろう。

参加すれば、1週間分のノルマからも解放される。

それに何より、F級の僕に、いつも普通に接してくれている更科さんからのお誘いだ。

断る理由は見つからない。


僕は、笑顔で更科さんに返事をした。


「分かりました。是非参加させて下さい」

「こちらこそ、急な話なのに、助かりました。では、明朝9時に、N市黒田第八ダンジョン前集合でお願いしますね」

「はい。では、また明日」


ノルマの魔石提出の証明書を受け取った僕は、更科さんと笑顔で別れの挨拶を交わして、均衡調整課をあとにした。



外は、本降りの雨になっていた。

土砂降りの雨の中、スクーターを飛ばした僕は、アパートに戻ると、一息ついた。


さて、今からどうしよう?


僕は、スマホを取り出して、N市均衡調整課のHPに再度アクセスした。

そして、改めて、先程目を付けたダンジョンの最新情報をチェックしてみた。



■ N市笹山第十三ダンジョン

等級;E

大きさ;小

出現モンスター;ヘルハウンド E級、キラーバット E級

入場者;無し

入場予定者;無し

更新時間;17:20



今の時刻は、17:32。

現時点で、N市笹山第十三ダンジョンには、誰も潜っていないようだ。

ダンジョンに潜る時は、事前に申請書を提出する事が義務付けられていた。

理由はいくつか挙げられる。

一つのダンジョンに人が集まり過ぎて、モンスター討伐の効率が悪くなるのを事前に防止する事。

事故発生時に、速やかに救援に向かえるようにする事等々。


ちなみに、事前申請無しにダンジョンに潜っても、罰則は無い。

とは言え、事前申請せずにダンジョンに潜るメリットも無いので、殆どの人々は、ダンジョンに潜る際、事前申請を行う。

だから、もし僕が、N市笹山第十三ダンジョンに潜りたいなら、当然、事前申請するべきであろう。

しかし、F級が、一人でE級ダンジョンに潜りたい等と申請すれば、絶対に目を付けられる。

というより、既に均衡調整課の四方木さん達に目を付けられている可能性のある僕としては、これ以上目立つ事はしたくない。


「でもなあ、自分の力は試してみたいんだよな~」


僕は、床に寝転がりながら、そうひとちた。


今までに、僕は、複数のモンスターを倒してきた。

昨日は、あの明らかに格上と思われるウォーキングヴァインすら、倒す事が出来た。

まあ、全て、異世界イスディフイのモンスター達ではあったが。

あ、3日前に倒したファイアーアントは、ここ地球のモンスターだった。

でも、あれは、僕が倒したというより、エレンがくれたスクロールが倒したようなものだ。


しかし、今なら……


今なら、自力で、ここ地球のダンジョンの中のモンスターも、倒せるのでは無いだろうか?


ちょっとだけ……


ちょっとだけ潜って、一回だけ戦ってみよう。

危なくなったら、神樹の雫飲んで、走って逃げれば何とかなるのでは?


自分の力を試してみたい誘惑に負けた僕は、神樹の雫10本と魔族の小剣、それに、サイコロ大に丸めたエレンの衣その他をカバンに詰めると、アパートの部屋を出た。

そして、降りしきる雨の中、カッパを着た僕は、スクーターを一路、N市郊外、笹山第十三ダンジョンに向けて走らせた。


目的地には、40分程度で到着した。

同じ笹山の名を冠する笹山第五ダンジョンとは、やや離れた位置にあるこの場所に、他に人影は見当たらなかった。

僕は、ダンジョン入り口から100m程手前の場所で、スクーターを下りた。

そして、少しドキドキしながら、ダンジョン入り口に歩いて近付いた。

ダンジョンと僕等の世界とを繋ぐ時空の歪みが、陽炎のように、不定形にうごめいている。

もう一度周囲を見渡した後、僕は、カバンの中から取り出した装備を身に付けた。

頭からすっぽりとエレンの衣をかぶり、腰に魔族の小剣を差した僕は、自身のステータスを確認してみた。



―――ピロン♪



Lv.43

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+42)

知恵 1 (+42)

耐久 1 (+42)

魔防 0 (+42)

会心 0 (+42)

回避 0 (+42)

HP 10 (+420)

MP 0 (+42)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】

装備 魔族の小剣 (攻撃+100)

   エレンの衣 (防御+500)

効果 物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)


よし、いける!

いけるはずだ。

いける、といいな……


僕は、ステータスウインドウを消して、もう一度、周囲を確認して、N市笹山第十三ダンジョンへと足を踏み入れた。


中は、以前来た時と同じ、手掘りの洞窟のような造りになっていた。

他のダンジョンについても言える事だが、壁が仄かな燐光を発しており、懐中電灯等の灯りが無くても、行動に支障は生じない。

僕は、入ってすぐの場所で、右手に魔族の小剣を握りしめ、辺りの様子を伺った。


「さすがに、入ってすぐの所にモンスターはいないか……」


スタンピード目前のダンジョンならいざ知らず、通常は、入り口からしばらく進まないと、モンスターには遭遇しない。

周囲にモンスター含めて何の気配も感じられない事を確認すると、今更ながら、今、自分が一人ぼっちだという事実を再認識した。

同時に、僕の中で、急速に心細さが膨れ上がってきた。


「どうしよう……」


しかし、せっかく来たのだ。

少しだけ、少しだけ進んでみよう……


僕は、そろそろとダンジョンの中を移動し始めた。

移動を始めて5分程で、前方から、唸り声が聞こえてきた。


―――ガルルルル……


来た!


僕は、ともすれば震えそうになる自分を無理矢理落ち着けながら、身構えた。


と、3m近くもある大きな犬型モンスター、ヘルハウンドが、2匹、同時に飛び掛かってきた。

僕は、夢中で、右手に持つ魔族の小剣を振り回した。


―――シュパパ!


ヘルハウンドは、2匹とも、悲鳴も上げずに光の粒子となって消滅した。


「へっ?」


余りの手応えの無さに、僕は、拍子抜けしてしまった。

そして、聞き慣れた効果音と共に、ポップアップが連続して立ち上がった。



―――ピロン♪



ヘルハウンドを倒しました。

経験値3,787,700を獲得しました。

Eランクの魔石が1個ドロップしました。

ヘルハウンドの牙が1個ドロップしました。



―――ピロン♪



ヘルハウンドを倒しました。

経験値3,787,700を獲得しました。

Eランクの魔石が1個ドロップしました。

ヘルハウンドの牙が1個ドロップしました。



「倒した……んだよな?」


いつの間にか、僕は、地球のダンジョンでも、E級のモンスターなら、瞬殺できる位には強くなっていたらしい。


僕は、嬉しさ半分、不思議さ半分で、ドロップ品を拾い上げると、さらに奥へと進んでみる事にした。


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