第25話 F級の僕は、均衡調整課からの電話にドキドキする


5月13日 水曜日9



僕等が転移した場所は、どこかの森の中だった。

既に日は沈み、木々が夜風に吹かれて、かすかにざわめいている。

僕は、隣に立つ謎の女性に話しかけた。


「ここは?」

「ルーメルの街の近く」

「もしかして、この前の時と同じ場所?」

「そう」


とりあえず、安全そうな場所に移動出来た事に、僕は心底ホッとした。


理由不明に、謎のダンジョンに連れていかれ、いきなり強力なモンスターと戦わされて、今日は疲れた。

早く、自分のアパートに戻って寝たい。


僕は、借りていた【エレンの衣】を脱いで、謎の女性に返そうとした。


「これ、ありがとう。返すよ」


謎の女性は、しかし、すぐには受け取ろうとしなかった。

その代わり、小首を傾げて何かを考えているように見えた。

しばらくして彼女が、口を開いた。


「これ、気に入った?」

「うん、軽いし動きやすいし。それに、なぜか僕の身体にフィットしていて、本当に助かったよ」

「アラーニェの糸を使ってるから、伸縮自在」

「そうなんだ」


アラーニェ?が、よく分らないが、特殊な糸を使っていて、着用者の体格に合わせて、大きさが変わる、と言う事だろうか?


「じゃあ、あげる」

「え? ほんとに?」

「ほんと。その代わり、レベルを上げて」

「う、うん。ありがとう」


これを貰う事で、レベルを上げる事を約束させられた気がしないでもなかったが、僕は素直に喜んだ。

【エレンの衣】は、防御力も高く、特殊な効果もついている。

地球で同等品を買おうと思えば、軽く社会人の年収位は吹き飛ぶはずだ。


僕は、とりあえず、脱いだそれを、丸めてリュックにしまおうとした。

その時、不思議な事に気が付いた。

いくらでも丸めてしまえるのである。

それなりの厚さがあったはずの【エレンの衣】は、とうとう、サイコロ位の大きさにまで、丸めてしまえた。


「えっ?」


慌てて、僕は、それをもう一度広げてみた。

すると、それは、すぐに元の厚手の黒いローブへと戻っていった。


「どうなってるんだろ、これ?」


僕の様子が面白かったのか、謎の女性は、少しだけ笑顔になった。


「アラーニェの糸は元々伸縮自在。さらにそれを魔力で加工した」


よく分らないが、色々魔力を使って、この不思議なローブを編み上げたって事なのだろう。

僕は、【エレンの衣】を再び小さく丸めると、リュックの内ポケットにそれをしまいこんだ。


「それじゃ、また明日」

「待って!」


彼女が、どこかに去りそうな雰囲気を感じた僕は、彼女を呼び止めた。


「何?」

「君の名前は?」

「エレン」


そうか、それで、あの黒いローブ、【エレンの衣】なんだな。


「僕の名前はタカシだよ」

「知ってる」


そりゃそうか、彼女には、何度もステータスを見られてしまっている。


思わず苦笑いした僕を気にする風も無く、彼女がそっけなく言葉を繋いだ。


「じゃあ」


今度こそ、彼女は、どこかへと転移して去って行った。


それを見送った後で、僕はある事に気が付いた。


「また明日って言ってなかったっけ?」


エレン的には、また明日、僕をどこかのダンジョンに連れて行って、レベルを上げさせるつもり、と言う事だろうか?

しかし、僕は、明日、この世界に来るかどうか決めていない。

それに、もし、来たとしても、エレンは、僕をどうやって見つけるつもり……


そこまで考えた僕は、夕方、エレンが、『暴れる巨人亭』の僕の部屋で待っていたのを思い出した。


彼女の事だ。

僕が、どこに行こうが、何らかの方法で僕を見つけ出せるのかもしれない。

とにかく、ここで考えていても仕方ない。

帰ろう……


夕方、アリアやノエミちゃん、それにマテオさん達が、あの後どうしたのか、少し気になったが、結局、僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。


―――ピロン♪



地球に戻りますか?

▷YES

 NO



ようやく、僕は、自分のアパートの一室に戻って来た。

ちなみに、荷物は、全て持ち帰る事に成功していた。

机の上の時計に目をやると、午前00:46

既に、日付は変わっていた。


死んだ山田達の荷物、持って帰ってきたは良いけど、どうしよう?


迷った僕は、スマホ等自分の荷物を取り出したあと、とりあえず山田達の荷物を詰めたリュックサックを、押し入れの隅に押し込んだ。

その他の荷物の整理を済ませ、スマホを充電器に繋いだ僕は、いつもの万年床に潜り込んだ。


目を閉じると、睡魔がすぐに襲い掛かってきた……



5月14日 木曜日1



翌日、僕は午前中、大学の講義に出席していた。

今日は、朝から生憎の曇り空。

昼からは、雨の予報だった。

窓辺に座っていた僕は、講義に耳を傾けながら、見るとは無しに、窓から外を眺めていた。

鈍色にびいろの空に目を向けていると、昨日の、怒涛のような一日が、脳裏に蘇ってきた。


昨日は、朝から均衡調整課に行って……


―――ブーブーブー……


昨日の出来事を反芻しようとしていた僕の耳に、カバンの中のスマホが出すバイブレーションの音が聞こえてきた。

どうやら、誰かからの着信のようだ。

講師に気付かれないよう、そっとカバンから取り出してみると、通知されている番号は、均衡調整課のものだった。


―――ドクン!


心臓の鼓動が跳ね上がった。


なんだろ?


均衡調整課から電話がかかってくる心当たりは……ありまくりだ。

亀川第二やら、笹山第五やら、精密判定やら……

全部ネガティブな話ばかりだけど。


スマホは、僕の手の中で、そのまま15回ほど鳴動し続けた。


その後の講義の内容は、全く頭に入ってこないまま、時間だけが過ぎて行き、やがて、昼休みを迎えた。


どうしよう?

やっぱり、こっちから掛け直さない訳にはいかないよな……


諦めた僕は、スマホを手にすると、履歴で直近の着信番号の発信ボタンを押した。

呼び出し音2回ほどで、均衡調整課に繋がった。


「こちらN市均衡調整課です。どうなさいましたか?」


電話に出たのは、若い女性のようであった。

一瞬、よく窓口で顔を合わせる、更科さんを思い出した。


「あの……午前中に、そちらからの着信がありまして、折り返しお電話したのですが」

「お調べしますね。お名前をお伺いしても宜しいですか?」

「はい、N市在住の中村隆と申します」

「少々お待ち下さいね……」


音楽が流れ、待つこと10秒ほどで、再び誰かが電話口に出た。


「あ~もしもし、中村さん? 四方木です」


電話に出たのは、N市均衡調整課の所長の四方木さんだった。


「あ、いつもお世話になってます。中村です」

「中村さん、スマホ、復活してたんですね。なくしたっておっしゃってましたけど、あれから見つかったんですか?」

「はい、おかげさまで」

「へ~、確か、この前は、山田さん達の荷物と一緒に、どっかいっちゃったって仰ってませんでしたっけ?」

「!」


しまった!

そう言えば、亀山第二の事件の後の事情聴取で、そんな話をした記憶がある。


「あ、勘違いだった、と言いますか……自分の部屋を調べたら、昨日になってから、出てきたもので……」

「不思議な事もあるものですね」

「そ、そうですか?」

「実は、わたくしども、中村さんのスマホの位置情報、チェックさせて貰ったんですよ。あの日、確かに、N市亀山第二ダンジョン入り口まで追跡出来たんですけどね~」

「……実は、ポケットに入れてたのを忘れていて……いつの間にか電源も切れてしまってたみたいで……昨夜まで、気付かなかったというか……」


僕は、完全にしどろもどろになってしまった。


まずい。

これで、四方木さんの僕に対する疑惑が、益々深まったに違いない。

激しく動揺する僕を他所に、四方木さんは、やおら、話題を転換してきた。


「そうそう、午前中、こちらからお電話した件でしたよね?」

「は、はい」

「関谷詩織さん、覚えてらっしゃいます?」

「あ、笹山第五で一緒だった方ですね?」


彼女は、救出された時、熱中症で意識が朦朧としていた。

あれからすぐに救急車で運ばれていったけど、大丈夫だったのだろうか?


「そうです、そうです。実は、彼女が、あなたと連絡を取りたい、と」

「えっ?」


何だろう?

彼女は、僕が【隠蔽】スキルを使用しているのでは? と疑っていた。

その件かな?

或いは、服を脱がせちゃったこと、後から他の人に聞いて、怒ってる?

いや、でも、あれは、彼女を助けるため、仕方なく……


すっかり、思考がネガティブになってしまった僕が、ドキドキしながら身構えていると、四方木さんが、意外な言葉を口にした。


「彼女、お礼を言いたいそうですよ? それで、中村さんの連絡先、先方にお伝えしても良いですか?」

「えっ? あ、そうなんですね。勿論構いませんよ」


僕は、心底ほっとしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る