第7話 F級の僕は、一度地球に戻ろうと思う


5月10日 日曜日6


街への道中で、アリアが、僕に相談を持ち掛けてきた。


「ねえ、ウサギ肉、ギルドに届けるのは、3個位にしといた方が良いと思うんだ」

「どうして?」

「だって、本当は、ジャンピングバニー10匹倒して1個程度のウサギ肉、私達2人で15個も持ち込んだりしたら……」

「あっ!」


午後の比較的短時間で、150匹のウサギ大殺戮を行った計算になる。

何があったのか、勘繰られる可能性大だ。


「そうだね。じゃあ、残りの12個、どうしよう?」

「任せて。知り合いのお肉屋さんで買い取ってもらえるから」


ルーメルの街に戻った僕等は、アリアの知り合いだというお肉屋さんへと向かった。

そのお肉屋さんは、大通りに面した場所に店を開いていた。


「マーサおばさん!」


アリアの元気な声に呼ばれて、店の奥から、恰幅の良いおばちゃんが一人現れた。


「おや、アリアちゃん、いらっしゃい。そちらの方は……」

「タカシです。今日冒険者になりまして、アリアさんから色々教えてもらっている所です」


僕は、マーサさんに、軽く頭を下げた。


「へぇ~、アリアちゃんが、他の人と一緒に冒険だなんて、珍しいわね。しかも男の人とだなんて」

「もう、おばさん、茶化さないで」


アリアが、少し赤くなって口を挟んできた。


「ところで、今日はどうしたの? もしかして、またウサギ肉?」


どうやら、アリアは、何回か、ここでウサギ肉を買い取ってもらった事がありそうだ。


「そうなの。それで、今日はちょっと多いんだけど……」


話しながら、アリアは、袋から取り出したウサギ肉12個を、マーサさんの前に並べだした。


「二人で狩ったのかい? 結構頑張ったね」


マーサさんは、並べられたウサギ肉を1個ずつ、丁寧に確認し始めた。


「じゃあ、1個700ゴールドで、合計8,400ゴールドでどうだい?」

「ありがとう、おばさん」


アリアが喜んでいる所を見ると、これは、お得に買い取ってもらえたって事なのだろう。

アリアは、僕に近付くと、囁いた。


「ギルドに持ち帰っても、1個600ゴールドでしか買い取ってもらえないからね」

「それなら、ギルド通さずに、全部マーサさんの所に持ち込んだ方が、得なんじゃ?」

「それが、そうもいかないのよ。まあ、一言で言えば、世の中の仕組みってやつね」


よく分らないけれど、冒険者ギルドに所属している以上、ギルドを通して依頼を達成した方が、金銭的な面に目をつぶっても、何かメリットがあるのかもしれない。


僕等は、マーサさんに別れの挨拶をして、お肉屋さんの外に出た。

夕日が、間も無く沈もうとしていた。


そろそろ、元の世界に帰らないと……


僕は、アリアに話しかけた。


「今日は、本当にありがとう。午後の分は、約束通り、全部アリアに上げるよ。僕は、そろそろここで……」

「えっ? どこか行くの?」

「まあ、行くというか、今日は、もう帰ろうかと」

「記憶、戻ったの?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ、どこへ帰るの?」


言い方がまずかったかな。

さて、どう話してこの場を離れようか?


「まあ、適当に宿屋にでも泊まろうかな、と」

「だったら、私が泊ってる宿屋に来なよ。明日も一緒に冒険するんだし」


まずい。

アリアを振り切る良い案が浮かばない。

仕方ない。

最悪、宿屋に泊るフリして、客室から元の世界に戻ろう。

諦めた僕は、アリアに返事をした。


「……そうだね。そう言えば、宿屋がどこにあるかも分からないし。安くて良い宿屋、連れてってもらおうかな」

「じゃあ、先にギルドで換金済ませちゃおう」


ギルドに戻った僕等は、依頼達成の報告を済ませて、午後の戦利品を換金した。


ウサギ肉3個で1,800ゴールド。

ジャンピングバニーの魔石15個で、7,500ゴールド。


午後の依頼の報酬は、マーサさんの肉屋で売れた分と合わせて、17,700ゴールドになった。


「結構、コスパ良いね。タカシのおかげよ」


アリアは、上機嫌だった。


「僕の方こそ、アリアに感謝だよ。君のお陰で、モンスターも倒せたし、レベルも上がったし」

「フッフン。今の気持ち、忘れちゃダメよ? タカシのレベル早く上げて、楽させてもらうんだから」


随分、正直なアリアの物言いに、僕は苦笑した。


「とりあえず、宿屋に向かおうか」

「そうね。ついてきて」


アリアが案内してくれたのは、大通りから少し入った静かな場所に建つ小さな宿屋であった。

こぢんまりとしたその宿屋の看板には、『暴れる巨人亭』とある。

大通りから筋一つ入った場所にあるせいか、静かで落ち着いた佇まいであった。

アリアは、慣れた感じで、宿屋の扉を開けた。

入り口すぐの受付カウンターの向こうには、ガタイの良いおじさんが、腰かけていた。

おじさんが、アリアに声を掛けてきた。


「お帰り、アリア」

「ただいま、マテオ。部屋一つ空いてる?」

「どうしたい? おっ? 珍しいな、アリアが他の冒険者とつるんでるなんて」


ここでも、マーサさんの肉屋での再現のような会話が交わされている。

どうやら、アリアは、本当に今まで、ほぼ一人で冒険者をやってきたようだ。

何か理由でもあるのだろうか?


「今日から、一緒に冒険する事になったタカシよ。泊る所決まってないみたいだから、彼用の部屋を……」


アリアが、ちょっと考えてから、言葉を続けた。


「1ヶ月程借りたいんだけど」

「ちょ、ちょっと!?」


僕は、慌てて彼女の言葉を遮った。

アリアには悪いけれども、今夜には、一旦、元の世界に戻るつもりだ。

そして、明日は、月曜日。

大学の講義がある。

つまり、次、いつこの世界に来れるかは不明。

最悪次の土曜日までは、来れないかもしれない。


「とりあえず、今晩一晩って事で」

「え~。ここ良い宿だよ? 半年ここに泊ってる私が言うんだから、間違いないよ。どうせしばらく一緒に冒険するんだから、ここの部屋押さえといた方が、何かと便利だって」

「くぅ~、アリア、良い事言ってくれるな。よし、今夜は夕飯、奢ってやる!」


アリアと宿の主人らしいマテオさんが交わす会話の様子から察するに、多分、本当に良い宿なのだろう。

だからこそ、今夜、一旦失踪予定の僕は、安易に部屋の長期賃貸契約を交わすべきじゃない。


「とりあえず、一泊でお願いします。明日以降は、また、明日起きた後で考えたいんで」

「え~~」


僕の出した結論に、アリアは、あからさまに不機嫌そうな顔になった。

マテオさんが、茶化ようにアリアに声を掛けた。


「アリア、振られたな」

「そんなんじゃないもん」

「ま、こいつには、こいつなりの考えがあるんだろうよ。あんまり我儘言ってると、嫌われちまうぜ?」

「そんな事……ないもん。ね?」


アリアが、珍しく上目遣いでこちらに視線を向けてきた。

その仕草に、少しドギマギした僕は、平静さを装って、返事した。


「アリアの事、嫌いになるわけないじゃん。僕の方こそごめんね、せっかく、色々気を使ってもらってるのに」

「仕方ないな……」


アリアは、しぶしぶ納得してくれたようだ。

僕は、改めてマテオさんに話しかけた。


「改めて、一泊したいんですが、お部屋ありますか?」

「丁度一部屋空きがあるぜ。ただ一泊だけだと多少割高になるけどな」

「おいくらですか?」

「一泊、4,000ゴールドだ。朝食はサービスだ」

「それでお願いします」


話しながら、僕は、懐から4,000ゴールド分のコインを出して、カウンターに並べた。


「おっ? 前金で入れてくれるのかい? 気前がいいね」


マテオさんは、お金を金庫にしまうと、僕を2階の客室まで案内してくれた。

案内されたのは、6畳位の広さで、掃除がよく行き届いた感じの清潔感のある部屋だった。


「分からない事があったら、アリアに聞くといいぞ」

「何それ? 私、従業員じゃないんですけど?」


マテオさんは、アリアとひとしきり掛け合いのような会話を交わした後、階下に戻って行った。


「一休みしたら、一階で一緒に夕ご飯食べようね」


アリアも自分の部屋に戻って行き、僕はようやく一人になった。

ベッドに横たわり、自分のステータスウインドウを改めて表示してみた。



Lv.4

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+3)

知恵 1 (+3)

耐久 1 (+3)

魔防 0 (+3)

会心 0 (+3)

回避 0 (+3)

HP 10 (+30)

MP 0 (+3)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】

装備 鉄の小剣 (攻撃+10)

   皮の鎧 (防御+15)



()カッコの中の数値が、レベルアップで上昇したステータスって事かな?」


それにしても、今日は一日、色々あり過ぎた。

夕食済ませたら、元の世界に戻ろう。

あれ? 戻るのって、念じたら良いのかな……


取り留めも無い事を考えている内に、僕はいつの間にか、眠りの世界へといざなわれていった。


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