第6話 砂場と幼女と初キス
俺の能力が発揮される前に三人が全て終わらせてしまう事が多かったので、愛華姉さんは少し不機嫌だった。いつもは優しいのに、今日は何だか怒っているようだった。
「ねえ、君達三人は聖斗君の能力を恐れているのかな?」
そう言われても三人はその言葉に反応することは無かった。俺も反応はしなかったんだけど、俺が三人と目を合わせたのは今週になって一二回くらいしかないだろう。
「あのね、言わせてもらうんだけど、君達みたいに強かったら聖斗君ごときの能力なんて無効になるんだよ。それに、今から聖斗君の力を強くしておかないと後々困ると思うんだよね。君達が手も足も出ないような妖怪が襲ってこないとも限らないし、その時の為にもみんなの協力が必要なんだからね。お姉さんは君達の淫らでふしだらな姿が見たくて行っているんじゃないんだよ。この世界と向こうの世界が繋がったら大変だと思って行動しているんだからね。もう一度言うけど、君達の淫らでふしだらな姿が見たいわけじゃないんだからね」
愛華姉さんの言葉は三人には届いていないと思うんだけど、愛華姉さんはそんな事は気にせずにみんなを集めて円陣を組みだした。これに何の意味があるのかわからないけど、俺は麗奈とアリスの間に入っていた。
二人は少し嫌がっていたけど、俺に触っても何も変わらなかったようで安心していた。なぜか、それを見ていた鵜崎さんだけ呼吸が荒くなっていた。
「鵜崎さんは体調悪いのかな?」
「うるさい、私に話しかけないでください」
「ちょっと、聖斗は心配してるんだからそんないい方しなくてもいいでしょ」
「ごめんなさい、鈴木君の事を考えるとちょっと変な気持ちになってしまうの」
「そう言う事は聖斗のいないところで言った方がいいよ。聖斗だって顔が赤くなってるんだからね」
麗奈が余計な事を言ったせいで俺も少し意識してしまったじゃないか。他の二人と違って鵜崎さんは普通に人間だし、この中では一番仲良くしたいとも思っているんだよね。麗奈とアリスは普通に仲が良いと思うんだけど、鵜崎さんは僕の能力を知る前から距離を取っていたような気がするんだよな。鵜崎さんに憑いているお姉さんの霊がそれとなく俺の事を解説しているのかもしれないしね。
「次は三丁目の公園に幽霊なのか妖怪なのかわからないけど、そんな感じのが現れるって話なんで行ってきてちょうだい。今まで見たいにいきなり大技で倒したりしたら聖斗君の能力を五段階引き上げちゃうからね。どれくらいかわからないと思うから説明してあげるけど、いきなりそれだけの力を解放してしまったら聖斗君は正気を保てなくなって本能に従って行動すると思うのよね。もちろん、そういう意味にとってくれていいんだけど、聖斗君の力をそこまで解放しちゃったら君達が強いと言っても抗う事は出来ないと思うんだよね。でもね、荒療治になっちゃうかもしれないけど、能力を向上させるのには一番手っ取り早いんだよね。聖斗君も含めてだけど、君達の気持ちを無視すればって前提になっちゃうから、あんまりお勧めできないんだけどさ。ちなみに、もっと深いところまで解放できると思うんだけど、そんな事をしてしまったら、この街にいる能力者の女の子たちは下着を交換する事すら出来なくなっちゃうと思うのよね」
愛華姉さんの説得に耳を傾けていた三人は快く僕のサポートを買って出てくれた。と言っても、僕はとてもじゃないけど戦うことが出来る感じではないので、相手の近くに出来るだけ立っているという事になるのだが。
俺たちが問題の公園についた時には数人の子供たちが砂場で遊んでいたのだけれど、不思議な事に誰一人声を発していなかった。それどころか、誰一人動いているモノがいなかったのだ。
「ねえ、あの子達って変じゃない?」
「こんな時間に子供だけで遊んでるのも変だけど、服も何だか昔っぽいよね」
「もしかしたら、いきなり発見しちゃったんじゃないかな」
三人と鵜崎さんのお姉さんがそれぞれ砂場を囲むように立つと、そこに居る子供たちが逃げないように簡易的な結界を張りだした。簡易的と言っても、この四人が作り出しているのでちょっとくらいの強敵でも突破することは出来ないだろう。とても強い三人と神の域に届きそうな守護霊の作り出している結界なのだから、この世界に来られる程度の妖怪や幽霊では何も出来ないだろうと愛華姉さんが言っていた。愛華姉さんの言葉はどこまで信用できるかわからないけれど、今までは三人で結界を作って残った一人が全力で戦うスタイルだったのだけれど、その攻撃側の一人も結界側に回っているのだから丈夫には違いない。
「ねえ、私達はここでサポートしてるんだから、さっさとあいつ等から経験値を獲得してきなさいよ。ちょっとまって、妖怪の類だとしてもあんな小さな子供を毒牙にかけようとしているなんて、聖斗って最低ね」
「マサトは最低ですね」
「鈴木君ってそんな人だったのね」
「…………」
鵜崎さんのお姉さんまで何か言いたそうにしているけれど、俺だって好きでこうしてるわけじゃないんだけどな。とりあえず、あの子達の仲間に入れてもらう事から始めてみよう。
「ねえねえ、君達は砂で何をしているのかな?」
俺は興味本位で覗いてみたのだけれど、子供たちの中心には深めの穴が開いていて、その中には小さな昆虫や小動物の死骸や何かの骨が入れられていた。少しだけ後ずさりしてみたけれど、子供たちはそんな事を気にしている様子はなく、どこから取り出したのかわからないのだが、その中にさらに骨や死骸を投げ入れていた。
「お兄ちゃんも何か持っていたらここに入れてね。そうしたらいい事あるからさ」
「俺は何も持ってないんだけど、良い事って何かな?」
「お兄ちゃんは何だか優しそうだから教えて上げるけどね。もう少ししたら、この砂で遊んだ子供の魂を取れるようになると思うんだよね」
一人がそう言うと、残された子供たちはいっせいに笑い出した。その笑い方はとにかく不快で、見た目以外で子供らしさは微塵も感じられなかった。
「君達はまだ小さい子供なんだからそんなことしちゃだめだよ。楽しく遊ぼうね」
「おいおい、何言ってんのさ。私達ってお兄ちゃんよりだいぶ年上だよ。こんな姿になっているのは、砂場で大人が遊んでたらおかしいって思われるからだよ。それに、これは遊びじゃないんだけどね」
「いや、こんな夜遅くに明かりを持たないで遊んでいるのはおかしいでしょ」
「ところでさ、お兄ちゃんって、なんで私達とそんなに普通に話が出来るの?」
「なんでって言われても、普通は話が出来ないものなの?」
「話が出来ないってより、私達の姿が見えてるのが問題なんだよね。一応、私達も気を使って人間から見えないようにしてるはずなんだけど、なんで私達の中に入ろうとするのかな?」
「そりゃ、こんな時間に子供だけで遊んでたら気になるでしょ」
「だからよ、私達は遊んでるんじゃねえって言ってんだろ。面倒になって来たから、お兄ちゃんもこの穴の中に入れてやるよ。そのでかい図体じゃ入りきらないだろうから、バラバラに切り刻んでやるからこっち来いよ」
最初は可愛らしい女の子だなって思っていたのだけれど、こうしてみるとちゃんと妖怪なんだなって思えていた。その証拠に、人間とは違う何か嫌な感じのオーラが出ているような気がしたのだ。
「こんなところに一人で来るお兄ちゃんが悪いんだぜ。観念して切り刻まれちまいな」
おそらくリーダー格だと思われる女の子に手を引かれた瞬間、そのリーダーは動きを止めた。そして、ゆっくりとこちらを振り向きながら上目遣いで微笑んできた。
まだまだ弱い俺の能力が発動したみたいだけれど、相手に触れないといけないってのは結構厳しい条件のように感じていた。全身に武器を仕込んでいるような妖怪や触れるだけで怪我をするような妖怪だと困るし、触れただけで体がどうにかなってしまうような妖怪だっているだろう。どうにか強くなって相手に触れなくてもよくなるといいのだけれど、このままこの子を放置しておいていいのだろうか。よくないと思うので、頭をひと撫でしてみた。
「な、なにするの?」
困っているような口調だったけれど、目は下がっていて口角も落ちているので説得力がない。今も一生懸命に穴の中に色々と投げ入れている女の子たちも気になって近付いてきたのだけれど、みんな同じ見た目なので区別がつかなかった。
おそらく、普段と違うリーダーの様子に戸惑っているのだろう。近付いてきた子供たちが明らかに動揺していた。どうしたらいいのかわからないようだったのだけれど、俺が何かしたのは気付いたらしい。俺が何かをしたのは確かだけれど、俺の意志とは無関係だという事は理解してもらいたい。説明する機会はなさそうだったので諦めるけれど、近付いてきた子供たちが俺の足に触れた瞬間、先ほど見たような光景が繰り返されていた。
「お兄ちゃん、何か、私、変な気持ちになってきちゃったよ」
そう言いながらもモゾモゾしているのだけれど、俺の両手両足は抱き着かれていてどうする事も出来ない。何もしないのだけれど。
「ああ、お兄ちゃんに触れていると、心の奥が、暖かくなっているように思えるよ。お兄ちゃん、もっと私に触れてよ」
その時、俺の右手と両足に抱き着いていた女の子が消えてしまった。大きくなった風船が割れた時のように、一瞬の出来事だった。
「これでお兄ちゃんは私のモノだね。もう、この気持ちは我慢できないよ。お兄ちゃんはこのまま横になってくれていいんだからね。ただ、横になって立っているだけでいいんだからね」
その言葉を最後に女の子の体は消滅していた。満足して消えたのではなく、無理やり消されていたのだ。
「ねえ、鈴木君は何でされるがままだったのかな?」
「いや、俺は戦う術を持っていなかいから」
「そうだとしても、抵抗は出来るよね?」
「出来ると思うけど、それで反撃されたら俺は何も出来なくなっちゃうし」
「その時は私が助けるんだから安心していいのよ」
俺の危機を救ってくれたのは鵜崎さんだったみたいだけど、他の二人は何をしていたのだろう。後から聞いた話なのだけれど、俺と女の子達の事を見るのに夢中で何もしていなかったらしい。もう少しで俺が死ぬかもしれなかったのだけれど、それでも見ている事しかしなかったようだ。
「あの二人は妖怪なんだからああなってしまうだろうし、私だけは鈴木君をちゃんと見てあげるからね」
そう言ってから、俺はなぜか鵜崎さんにキスをされていた。そのキスはとても短い時間だったけれど、今まで味わった事の無いような幸せな気持ちに満たされていた。
「ちょっと、抜け駆けはダメだって言ってたでしょ」
「そうよ、ミハルは抜け駆け女ダメ女」
「悔しかったらあなた達も鈴木君の事を助けてみなさいよ」
二人が本気なのかはわからないけれど、妖怪二人から本気で逃げ回っている鵜崎さんの様子を見ていると、少しだけ可愛らしい一面もあるのだなと思った。
掘られていた穴をそのままにしておいていいのかわからなかったので、愛華姉さんに電話で聞いてみると、その穴は専門の人が処理してくれることになった。穴を埋める専門家がどんな事をするのか気になっていたけれど、今は愛華姉さんのところに戻って報告をしなくてはいけない。
「ねえ、鈴木君って今までキスしたことあったの?」
「小さい時には何度かね」
「じゃあ、思春期になってからは?」
「……ないけど」
「ふふ、そうだったのね」
鵜崎さんはそれっきり話しかけてこなかったけれど、その横顔は嬉しそうに見えた。前を歩く二人はどことなく不機嫌な感じだった。それもこれも、追いかけっこをしていた三人だったけれど、鵜崎さんが捕まりそうになるとどこからともなく集まった霊が二人に攻撃を仕掛けていたのだ。妖狐とヴァンパイアと言えども、体を持たないものに適切な攻撃を繰り出すことも出来なかったようで、いたずらにスタミナを消費しているだけだったようだ。
愛華姉さんの家に戻ると、俺は公園であった事を報告した。キスのところは省略したけれど。
「そいつはきっと子供に恨みを持って死んでいった魂が妖怪になったんだろうね。でも、恨みを持っていた相手と同じ姿になっているのは気付いていなかったのかな。まあいいさ、どんな形でも解決したことには変わりないし、今回は聖斗君もちゃんと成長したみたいだしね。うん、三人もよく頑張ったと思うよ」
愛華姉さんは俺の顎に手をかけると、そのまま何事もなかったかのように元に戻っていた。親戚のお姉さんとはいえ、近くで顔を見るとドキドキしてしまった。
「で、三人のうち誰が聖斗君にキスしたのかな?」
愛華姉さんがそう言うと、俺は一瞬にして固まってしまった。何となく見てしまった鵜崎さんも固まっているようだった。
「ねえ、アイカは何でそんなことまでわかるの?」
「それはね、聖斗君の能力に関係あるからさ」
「キスが関係あるんですか?」
「ああ、この子の能力は女の子を気持ちよくさせるって変わった能力だろ?」
「うん、戦闘向きではないと思う」
「確かに、戦闘向きではないかもしれないけど、相手が女性だったらそうは言えないかも」
「それもあるんだけどさ、どうしたらその能力が強くなると思うのかな?」
「たくさん気持ちよくさせたら?」
「それも重要な事なんだけど、それはあくまでも経験値として蓄積されているに過ぎないんだよね。で、それを自分の能力に振り分けるために必要な事が、自分より強い相手とキスをする事なんだよ」
「へー、じゃあ、今ならウチラの誰でも良いってことだよね?」
「誰でもいいと思うよ。今回は幽霊ちゃんがその権利を獲得したみたいだけど、初めての経験をした聖斗君の感想はどうだった?」
「えっと、少しの時間だったけど柔らかくて幸せな気持ちになったよ」
「もう、その感想は今度ゆっくり聞かせてもらうからさ。妖怪と戦ってみた感想はどうだったのかな?」
「そっちか、そうだね、戦ったと言っても手を繋いでいただけだから何とも言えないよ」
「そりゃそうさ、最初っから殺人鬼みたいな女を相手にさせるわけにもいかないからね。慣れてきたら少しずつ戦闘が好きな感じにしてあげるからね。それまでは諦めないでね」
ちょっと恥ずかしい経験をしてしまったけれど、俺は嘘を言っているつもりはない。嘘は良くないと思うからだ。
「それにしても、聖斗が幼女好きだったなんて意外だよね」
「レナと違ってあたしは背が低いから守備範囲かもしれないです」
「前に聞いた時は興味ないって言ってたと思うよ」
「それはレナも同じです」
「俺は幼女好きじゃないよ」
ちゃんと訂正は出来る時にしておかなくちゃね。
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