29. 道を聞いただけなのに!

「……消えろ」


 こ、怖すぎる……!

 な、何なんだこの人は……!

 鋭い眼光、冷え切ったような暗い口調、怖すぎる!

 しかも「消えろ」って!いくらシソが邪魔な存在であっても、初対面の人間に「消えろ」って!


 ん?ちょっと待てよ……

 シソは冷静に考えてみる。そもそもシソは、男の貴重な時間を割いて、道を教えて貰おうとしているのだ。男からしてみれば迷惑な存在でしか無いし、時間の無駄でしかない。

 シソが男に対して文句を言う権利なんてあるのだろうか?

 だけど、初めて会った相手に「消えろ」と言う方もなぁ……

 とにかく、諦めずに自分の意思を伝える事が大切だ。


「あの……僕はマズイという店に行きたいんです」


「……マズイ?」


 お、おお!男が初めて「……消えろ」以外の言葉を発してくれた。これは一歩前進だ!よしこの調子で……!


「そうです!マズイです!」


 シソは喜びを頬に浮かべながら、男にマズイへ行きたいと主張する。


「…………わかった」


 分かってくれたようだ!良かった!!

 男に分かって貰えて、シソは一安心する。

 あれ……?一体何を分かったんだろう?


「……はぁ」


 男はため息のような力のない言葉を吐く。今度は、はぁか。はぁ。はぁ……ね。はぁ……。……はぁ?

 はぁ……って何だ?何が”はぁ”何だろう?

 怒ってるのか、呆れているのか……

 男は形容できない妙な表情をしていた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ーーえぇ……

 どう反応すればいいんだ全く……

 男は気怠気そうに、シソでも分かるような大きなため息をついた。

 今度はシソにもはっきりと分かった。


「あの……」


「サギ」


「ふぇ?」


 サギ?サギって何だ?まさか”詐欺”?


「サギ」


 男はシソの目を見てはっきりと力強い口調でそう言った。


「サギ……ですか」


 全く意味が分からない。何が言いたいのだろうか。サギ、詐欺、つまりシソの事を騙すってことか?怖い!

 そういえば、フナも詐欺っぽい話をしていた。まさかこの人が……


「サギは俺の名前だ」


「いや、あなたの名前だったんですか!?」


 そんなに暗い口調で自分の名前を紹介しなくても!!


「マズイ……サギ……はぁ……」


 また大きなため息。こっちもため息つきたいよ。


「……」


「……」


 男とシソが互いに黙って見つめ合う謎の時間がしばらく続いた。何なんだこの時間は。

 ……えっと、どうすればいいのかな。男ーーサギは、しばらく黙った後口を開く。吐いた言葉は……


「じゃ」


 そう言い放つと、サギはそのままその場を去ろうとする。


「え!?それだけですか!?」


 サギは面倒くさそうに振り返ると、小さく頷いた。すると、グッと指を立てて、フナと同じように「頑張れよ!」と応援してくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 シソは頭を下げてお礼を言う。

 サギはそのまま人混みに紛れて、去っていった。

 いやぁ、これで解決解決。


 …………あれ?

 マズイの場所は?何が解決したんだ?

 シソは何を頑張ればいいんだ?

 なぜサギはシソを応援してくれたんだ?


「えぇ……」


 サギとの会話を終えて、シソに残ったモノは何とも言えない虚無感だけだった。

 ……戻るか。


 ***


 サギと別れ、シソが向かった先に待っていたのは、満開の笑顔のフナだった。


「楽しそうだったね!シソ君!」


「あれのどこが楽しそうに見えたんですか……めちゃくちゃ怖かったですよ」


「でもあの”変な髪型”のお兄さん喜んでたように見えたよ」


 またそうやって、人の感情を逆撫でしそうな事を平気で……。

 ……うん?喜んでた?


「サギさん、喜んでたんですか?」


「サギさん?犯罪してそうな名前だね!」


 それには同意します。って!そうじゃ無くて……


「もしかして、シソくんサギさんに詐欺られちゃったの?」


「違いますよ!詐欺られてません!」


サギさんに詐欺られる。中々面白い言葉だ。


「うん、私には喜んでいるように見えたよ。途中から急に雰囲気変わったんだよあの人」


「雰囲気が変わった……ですか」


 思い当たるのは一つしか無い。シソが”マズイ”を口に出した時だ。壊れたように消えろしか言わなかったサギが、ここで態度を変えたのだ。

 考えられる理由として、サギとマズイの間になんらかの関係があるのかもしれない。

 ただ、マズイの場所は結局わからなかったけど。


「じゃあ、今度は私が聞いてくるね」


「え?フナさんが行くんですか?」


「うん!だってシソ君頼り無いし、見ていて心配になっちゃうからね!」


 た、頼り無い……!!

 その一言がシソの心に突き刺さった。フナの無垢で純粋満開笑顔が目に染みる。おまけに見ていて心配になっちゃうとも言われてしまった。

 フナを守る為にと思ったのだが、情けない。


 その後、フナはスタスタと歩いて行き、個性的なキャラクターが描かれている看板がある薬屋から出てきたおばさんと、しばらく話した後、シソの元へと戻ってきた。


「聞いてきたよ!バッチリ教えて貰ったよ!」


 フナがグッとガッツポーズをしながら結果を報告してくれる。


「流石ですね!フナさん!」


 ただ、シソの努力は何だったんだ……と思わなくも無い。


「じゃあ、マズイに行こーー!!」


「おおーー!!」


「シソ君、隊長の私についてきたまえ!」


「了解ですっ!フナ隊長!」


 シソ隊員とフナ隊長による新たな冒険が、今始まるっ!!



 ***


「フナ隊長、本当にこの道で合ってるんですか?」


 意気揚々と先を行くフナ隊長に遅れぬよう、ついて行くシソ隊員であったが、フナの行先が表通りを外れて、薄暗い裏通りへと入っていくものだから、不安になってしまった。比較的賑わっていた表通りとは異なり、薄暗く静まり返っている。人通りも少なく、道の脇で座り込んでいる男がこちらを睨みつけている。怖い。案外とマチの町は普通の町なのかと思っていたが、違っていたかもしれない。クヴィットが言っていた居住地とは恐らく違う場所だとは思うが、怪しい雰囲気がプンプン漂う明らかにヤバイ通りなのは間違いない。シソの”ここはヤバイぞ”警報がガンガンに発令している。


「安心しなさいシソ隊員!私についてこれば地獄も奈落も泥梨もへっちゃらだよ!」


「いや、全部地獄じゃ無いですか!?全然安心出来ませんよ!!」


「大丈夫だよ!私バッチリ覚えてるから!」


 フナが自信満々に話す。

 とにかく、フナについていくしかない。


 フナに続き、裏道の更に先へ進む。

 奇声や怒鳴り声が耳に入ってくるのが分かるが、無視。時々店らしきモノもみえるが、営業しているようには見えない。先程の綺麗な表通りとは正反対の場所だ。道を歩いている人が全然いない。話し声も聞こえない。道の脇で座り込んだり、立っている複数の人がいるだけだ。シソとフナが通る度にジロジロとこちらを睨みつけてくる。恐ろしい……!確かにこんな場所で子供二人が堂々と歩いているのだから、目立つのは仕方がないとは思う。ただ、ジロジロ見られるのは心臓に良く無い。シソたちに敵意があるなら、はっきりと言ってくれればいいのに。襲われた方がまだマシのような気がする。別に襲われたいワケじゃ無いけど。

 シソはベバムの言葉を思い出していた。


「なるべく二人一緒に行動して欲しい。何度も言うが、この町は”ふつー”の町じゃ無いんだ。綺麗な外見に騙されてはいけない。くれぐれも気を付けてくれ」


 騙されてはいけない……か。


 そんなシソの気持ちなどお構い無しに、フナは何食わぬ顔でグングン進んでいく。


「フナ隊長……いや、フナさん。一回戻った方がいいような……明らかにヤバイ場所ですよ、ここ」


「えぇ。でもこの先って言われたんだけどなぁ」


「この先って……この裏通りの先ってこですか?」


「そうだよ!大丈夫だって!私を信じてついてこれば、どんな地獄も奈落も泥梨も乗り越えれるから!」


「いや、だから全部地獄じゃ無いですか!?この先に待っているのば地獄だけですか!?」


「地獄でも大丈夫!私がシソ君を守るから!」


「地獄に入ってからじゃ遅いですよ!」


 結局、またシソたちは歩き出す事になった。


「……」


「……」


 フナも疲れや不安が出てきたのか、何も話さなくなる。シソの”ここはヤバイぞ”警報が鳴り響き続け、すでに最大警戒レベル到達寸前だ。


「シソ君……」


 すると、突然フナが立ち止まり、不安そうにシソの名を呟く。


「フナさん……!」


 やっと分かってくれたかとシソは一安心するのだが……


「シソ君って何でナイフ持ち歩いてるの?」


 突然の質問。


「今、聞きますか!?それ!しかもこんな場所で!」


 周りが明らかにヤバそうな人ばかりなので、いざという時の為に、護身用ナイフを所持していた……と適当な嘘をつくか。いや、でも村であのナイフを見せてしまったし……

 シソの鞄の中に入っているナイフとは別に、もう一つナイフを持ち歩いていた。一つはニイから貰った大切なナイフだった。思えば、マチの審査では、クヴィットから持っている物を出せとは言われなかった。危ない物を所持していないかどうかを確認する、持ち物検査などはやっていないようだった。荒くれ者の町だから、犯罪を黙認しているのだろうか。

 ……じゃなくて!フナになんて答えればいいのだろう。


 素直に「ナイフ使いシソロスだからです」と答えれば良いのだろうか。いやいやいや!流石にそれは出来ない!恥ずかしすぎる!とりあえず適当に誤魔化して……!


「ま、まあ。僕はナイフを見たり、触れたり、嗅いだりするのが好きな、ナイフ愛好家なので……」


 ーーな……!?何を言ってるんだ僕は!?今度のキャラはナイフを嗅ぐのが好きな変態か!?キャラ付けにも程があるだろ!?ますますおかしなキャラにするつもりか!?……と、この場にベバムがいれば言われてしまいそうだった。


「へぇ、そっか!良い趣味してるね!」


「良い趣味ですか!?今の!?」


「シソ君世界征服が夢なんだもんね!なら、大好きな大好きなナイフでお目当ての相手をグサっと……!」


「ち、違いますよ!!僕はそんな意味で言ったんじゃないんです!」


 逆にどんな意味だよとシソは自分に問いかける。わかりません!



 そんなやり取りをしていると、突然……


「世界征服が夢マズね!マズイにも教えて欲しいマズ!」


「「ふぇ?」」


 シソとフナが同時に振り返った先にいたのは……


「やあ、マズ!」


 挨拶をしてくる妙な髪型をした少女がそこにいた。背丈はフナよりも少し低い、シソと同じぐらいの高さだろうか。見た事も無いような派手な服装をしている。裾が下までばっちり伸びており、地面に触れてしまっている。髪型は……うん?奇抜な髪型を可愛らしいリボンで繋ぎ止めているのが分かるが、この髪型どこかで……!?


「って!?あなた誰ですか!!??」


「び、びっくりしたよ……」


 フナもシソも突然の事で動揺してしまう。まさか、こんな場所で突然声をかけられるなんて……!





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