28. おはなししよう!

 クヴィットから教えて貰った料理屋マズイに向かうシソとフナ。

 夜の間は、人影がなくひっそりとしていた通りも、今は沢山の人で賑わっていた。道路脇で雑談する人、露店で買い物をする人、ベバムが話していたような荒くれ者の町には見えなかった。もっと殺伐とした雰囲気の町だと思っていたのだが、町並みは綺麗だし、住民は楽しそうだし、この通りも店が立ち並び、賑わっている。

 オヌルラの町は、店が立ち並ぶメインの通りと、荒くれ者たちが住む居住地に大きく別れている。メインの通りは自治会の管理下である事もあり、比較的治安が良いのだが、居住地の方は、自治会の目が行き届いていないためか、治安はあまり良くないという。

 オヌルラに来る(物好きな)旅人や、観光客は居住地への立ち入りを禁じらているという。といっても、荒くれ者の町である事は変わりなく、この通りでも喧嘩や強盗などの犯罪行為は日常茶飯事らしいが。


「あっ……」


 料理屋マズイに向かう最中、突然シソが何かを思い出したように立ち止まる。


「ん?シソ君、どうかしたの?」


 フナが不思議そうに、シソに聞く。


「クヴィットさんから料理屋マズイの場所を聞いてませんでした」


「ああ!そういえば教えて貰って無かったね!」


 クヴィットから聞いた情報は、”ロミホロートからは少し離れてしまう”だけだった。うーん、具体的な場所が分からない。

 仕方ない、あんまり喋りたくはないけど、住民に聞いてみるしかないか。

 フナに荒くれ者を近づけさせるわけにはいかない。ここはシソがやるしかない!

 シソは握り拳にグッと力を入れて、覚悟を決める。


「フナさんはここで待っていて下さい。あそこにいる怖そうなお兄さんにマズイの場所を聞いてきます」


 あそこにいる怖そうなお兄さんとは、雑貨店の壁にもたれかかりながら、俯いている変な髪型のお兄さんの事だ。


「怖そうなお兄さんって、あの”変な髪型”をしたお兄さんのこと?」


 フナが怖そうなお兄さんを指差し、確認する。


「ちょ!?フナさん!?ダメですよ!指差さしちゃ!」


「え?あっそっか!これから聞く相手に失礼だもんね!」


 恐ろしや……下手な事したら、何されるか分からない。変な契約書を書かされたりするかもしれない。


「それに、変な髪型なんて正直に言っちゃダメです!」


 実際、物凄い髪型だから言いたくなっちゃう気持ちは分かる。だけど、本人に聞こえるような声で言うのは……


「分かった!これからは正直に言わないように気をつけるね!嘘ばっかりつく!」


「嘘ばっかりも良くないとは思いますけど……」


 ただ、フナは心配事があるようだ。


「あの人”俺に近づくなオーラ”凄く出してるけど、大丈夫かな?」


「”俺に近づくなオーラ”?」


「うん!”俺に近づいたら、……やっちゃうぜ?”みたいな」


“俺に近づいたらやっちゃうぜ?”みたいな”俺に近づくなオーラ”か。


 男が俯いている状態なので、顔はよく見えないが、確かに“俺に近づいたらやっちゃうぜ?”みたいな”俺に近づくなオーラ”を放っているように見える。

 男に近づいたらシソもやられてしまうのだろうか。


「やっちゃうって具体的に何をやっちゃうんですかね?」


「うーん。殺しとか?」


「いきなり凄いの来ましたね!?」


 男に声を掛けただけで、


『てめー!!よくも俺に近づいて来たな!しかも声まで掛けてきやがって!』


『え、で、でも!僕は道を聞きたかっただけで……!』


『うるせえ!“俺に近づいたらやっちゃうぜ?”オーラが見えなかったのか!?」


『な、何ですか!?“俺に近づいたらやっちゃうぜ?”って!そんなモノ見えないですよ!』


『じゃあ、お前に生きる価値は無い!おらぁぁぁぁぁ!!くらえ!俺のキルパンチを!!」


『うぎゃぁぁぁぁ!?』


 みたいな感じになってしまうのだろうか。恐ろしい……


「シソ君本当にやるの?」


 フナが心配そうに話すが、もう決めた事なのだ。やるしか無い。


「勿論やりますよ!死ぬ覚悟は出来ていますから!」


 シソの姿はまるでこれから死地に赴こうとしている兵士のようだった。


「やるのは良いけど、死ぬのはダメだよ!」


「安心して下さい。死ぬ覚悟は出来ていますが、死ぬつもりはありませんから」


「そっか!なら安心だね!」


 フナの理解を得る事が出来た。いよいよこの時が来たようだ。


「じゃあ、行ってきます。フナさん、僕にもしもの事があったら……頼みますね」


「分かった!ベバムと一緒にオヌルラの村のご両親にシソくんの死体を届けるね!」


「相変わらず恐ろしい事をサラリと言いますね……」


 そんなプレゼント感覚でシソの死体が届けられたら、両親はどんな反応をするだろうか。


「じゃあ改めて……行ってきます!」


「いってらっしゃ〜い!」


 笑顔のフナに見守られながら、シソは歩みを進めた。


 ***


 雑貨店の間には相変わらず変な置物が置かれていた。化け物と遭遇した時にフナが変な置物と言っていたヤツだ。変な髪型だとか、変な置物だとか抽象的な描写ばかりで申し訳ないが、変な置物とは具体的に言えば、変な生物(シソの記憶上見た事が無い)が変な表情で変なポーズをしている置物の事だ。

 ……抽象的だぁ。



 そんな変な置物が置かれている雑貨店の壁にもたれかかっている男に、シソは声を掛けようとしている。

 頑張らないと。


 シソは後ろを振り返る。フナがグッと「がんばれよ!」と、指を立てて応援してくれる。嬉しい。

 シソは恐る恐る男に近づいていき……


「あのぉ……」


 シソは、相手に不快感を与えないようなへりくだった口調で、男に声を掛けた。


「……」


 ーーあれぇ……声が小さかったかな。


 シソの問いかけに、男は俯いたまま何も答えない。


 なら、もう少し声を大きくして……


「あのぉ……すいません」


「……」


 反応なしか、ふむ。これはこれは。


「あのぉ……すいません!」


 かなり大きな声で問いかけると、男はシソの存在に気づいたのか、ようやくこちらを向いてくれる。

 ここで、初めて男の顔を見る事が出来た。だらんと垂れ流されたボサボサの髪の毛。顎の下まで生えた無精髭。暗く淀んだ目。ズボンも着ている服も茶色く汚れており、ボロボロだった。


「……何だ」


 男が冷え切ったような暗い口調で答えた。


 ーーこ、これはぁ……!

 ヤバイ人に声を掛けてしまったかもしれない。シソの直感がそう告げていた。


「あの……ちょっと道を聞きたいんですけど……いいですか?」


 シソは勇気を振り絞りながら、相手を怒らせないように聞くのだが……


「……消えろ」


 男の返答はその一言だけだった。

 ーーこ、怖すぎる!!何なんだこの人は!!

 いきなり消えろって……!?


「ちょっと待って下さい!僕は道を聞きたかっただけで……」


「……消えろ」


 また消えろと言われてしまった。消えろと言われて消えるわけにはいかない!


「お店の場所を……」


「……消えろ」


 またまた消えろと言われてしまった。

 まだ諦めない!


「教え……」


「……消えろ」


 教えて下さいと言い終わる前に消えろで遮られてしまった。うん、この人ベバムと同じく「ふん……くだらない」系の人間だ。ただ、ベバムと違うのはベバムはまだまともというか、話が分かるというか、話に合わせてくれるというか、とにかく!まともな「ふん……くだらない」系なのだ!だが、この男は違う。ヤバイ方の「ふん……くだらない」系なのだ!


 何とか、話を聞きたいけど……






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