24. 夜のばけもの!

 階段を上がり、左から二番目の部屋へ。


「ここですか」


 シソはクヴィットから貰った鍵を使って、扉を開け、部屋の中に入る。


 ベッドに小さな机、イス。ランプ。質素な部屋ではあったが、丁寧に掃除がされているのか、ゴミひとつ落ちてない綺麗な部屋だった。見栄えを良くする為に、家具の配置などを工夫し、努力しているのが分かった。

 外見は薄汚れた汚らしい宿だが、宿の中は綺麗に掃除されている。これはクヴィットでは無くクヴィットの母親や従業員の努力だろう。外見をもう少し良くすれば、客がもっと入るのではとシソは考えた。

 クヴィットから聞いた話だと、宿の経営はあまりうまく行っていないらしく、賃金も安くなり、従業員も次々と辞めていき、残っているのは数人だけで、彼らも辞職を検討しているとか。そうなれば、ロミホロートにはクヴィットの母親しかいなくなってしまう。だが、そもそもマチの村にやってくる物好きな旅行者なんて殆どいない。泊まるのは顔馴染みの住民ばかりで、一人でも宿が回せそうな程客がいないらしい。今回、マチの町から外出したのも、宿を経営について勉強しに行くためらしい。熱心なお母さんだ。現状ロミホロートの管理者は、クヴィットしかいないので、母親がいない間は自由に泊まってよいと。ただ、シソは特待客なのでお金がかかるらしい。あと、食事に関しても、自分たちで何とかしてくれと言っていた。何とかしないと。


 とりあえず、シソはフナをベッドに寝かす。フナはスヤスヤと眠っている。

 これで大丈夫だろう。


 シソは再びクヴィットの元へと戻る。


 ***


「オヌルラからマチへ行こうなんて……どうやったらそんな考え思いつくんだよ……」


 クヴィットが帰ってくるなり発した言葉がこれだ。


 クヴィットはオヌルラの本当の姿を知らないのだろうか。オヌルラとマチの自治会は繋がっていて、お互いに情報やら物資やらを交換していると聞いた事がある。これは恐らくシソの両親を含めた村人たちが知らないこと、村長を中心とした一部の村人しか知らない事なのだが、シソは知っていた。


 村長は村の地下に何やら怪しげな研究施設をつくっているという情報をシソは知っていた。シソが村長からマークされるようになった最大の原因が、シソが研究施設の入り口を突き止めようとしたからである。元々村に反抗的な態度をとってきたシソは村長から目をつけられていたのもあるが。リスクを承知した上で、シソはあらゆる手段を使って研究施設の情報を集めた。その際に、村長にシソの動きがバレてしまったのだろうが、シソを突き動かす好奇心には関係無かった。結果として、研究施設の入り口を突き止める事は出来ず、村長からかなり嫌われてしまったのだが、そんなの関係ない。村長の手先である両親にも勝手な行動をするなと怒られたが、村と決別するきっかけとなる良い経験になったと考えている。


 自治会の審査長であるクヴィットならばオヌルラの秘密を知っているのではと考えたのだが、マチもオヌルラと同様、自治会の一部の人間しか知らないことなのかもしれない。


「オヌルラは良い村では無いですよ。それより、化け物についてです」


「ああ、そうだったな」


 クヴィットは思い出したかのように話す。


「といっても、俺もそんなに詳しく知ってる訳じゃねぇんだが……」


 詳しく知らないと言いつつも、クヴィットは化け物について知っていることを教えてくれた。


 ***


 マチの町の夜は本来、仕事を終えた荒くれ者たちが、酒を飲んだり飯を食ったりして騒いでいるのが常だった。そんなマチの楽しい夜を破壊したのが化け物だった。シソが確認したように、化け物は、黒くてモヤモヤした雲のような姿をしていた。化け物は夜にしか現れず、人間の前に姿を現しては、何をする事も無く、瞬きする間に姿を消してしまう。化け物退治を試みる者もいたが、化け物は人が沢山いる場には現れず、人気の少ない場にひっそりと現れる為、中々現れず、皆退治を断念していた。一番奇妙なのは、化け物の目的が分からないことだった。夜にしか現れない。人気が少ない場にしか現れない。現れても、何をする事無くすぐに消えてしまう。この化け物は、マチの町で一体何をしようとしているのか?何が目的なのか?奇妙な怪物の行動に、マチの町は不安に包まれていた。自治会の判断としては、化け物については謎が多いものの、人に危害を加える事例がない事から、無害と判断し、脅威は無いと考えていた。だが、マチの町では化け物に関して憶測や根拠の無い持論を含んだ様々な噂が流れていった。化け物と目があった者は、地獄に連れて行かれる。化け物に遭遇した者は、呪いをかけられる。化け物を見た者は、不治の病になってしまう。化け物を見た者と接触すると、呪われる、など、噂はエスカレートしていく。化け物についての明確な正体が分からぬまま、人々の不安は高まっていき、根拠の無い噂に発展していった。その先に待っていたのは迫害や暴動だった。そして、最終的に辿り着いたのが、この異様な静寂に包まれたマチの町の夜だった。


 ***



「荒くれ者の町を自称する割には、意外と皆臆病なんですね」


「それが最初の感想かよ!相変わらずよ容赦ねぇな!」


 シソの感想に不満げなクヴィット。

 マチを支配する自治会の人間の前で、マチの悪口を言うのは御法度のようだ。


「結局、化け物の正体は分からなかったって事ですね」


「ああ」


 化け物によって、夜の経済活動が止められてしまっているのだ。

 化け物の正体が分からない以上、不安に感じるのは分かる。ただ、自治会が脅威と認識していないのならば、住民に夜の活動を再開するよう呼びかければいいのにとシソは思った。


「実際夜のマチは、こんな風になっちまったしな。俺たちにはもうどうにも出来ねぇよ」


 自治会の支配力が落ちているとクヴィットは言っていた。クヴィットが出来る事には限界があるのかもしれない。


「諦めたらそこで終わりですよ。クヴィットさんならマチの町を救えるはずです!」


 シソはクヴィットを励ます。


「シソ……たまにはいい事言ってくれるんだなぁ。嬉しいよ、俺」


 クヴィットが嬉しそうに笑顔を見せてくれる。クヴィットのちゃんとした笑顔を見たのは初めてかもしれない。


「たまにはとは失礼ですね。僕はクヴィットさんを馬鹿にした事なんてありませんよ」


「それはさすがに無理があるぞ!?」


「僕は化け物を直接この目で見ています。クヴィットさんにやる気があるのなら、化け物調査に協力しますよ」


「ほ、ほんとかよ!?助かるぜ!俺怖いの苦手だからさ、さっきも誰もいない夜の通りをビクビクしながら、歩いててさ!もう怖くて怖くて!」


 強面外見に似合わず、本当に怖いモノが苦手らしい。そんな状態で、シソたちといきなり遭遇してしまったのだから、気絶するのは無理ないだろう。


「勿論協力費は貰いますよ!僕もお金を稼がないといけないので!」


「ガハハハッ!さすがにしっかりしてるなぁ。しゃあねぇ!オヌルラから逃げて来た勇気ある少年に、仕事を与えてやろうじゃねぇか!」


「ありがとうございます!」


 こうして、シソはクヴィットと一緒に化け物に関する調査をする事になった。お給料付きで!


「流石に今日は疲れただろ。フナの隣の部屋が空いてるから、そこ使えよ」


 という事で、シソはクヴィットから自分の部屋の鍵を貰った。

 クヴィットと別れ、二階へ。


 ***


 一応フナの様子を確認しようと、部屋を開けて、中へ。先程と変わらずスヤスヤと寝ている。起こすのは可哀想だし、宿の防犯機能を信じて、フナの部屋の鍵は、ベッドの隣にある小さな机の上に置いておいた。椅子に座って、ここで作業が出来るようだ。


 シソはフナの部屋から出ると、今度は自分の部屋へ。


 フナの部屋と若干、ベッドや机、椅子の置かれてある位置が異なっていた。

 この宿、お風呂はどうやら共同のようで、部屋には付いていない。

 流石に今日は疲れたので、そのまま寝る事にした。


 ふかふかのベッドで横になるシソ。天井をじーっと見つめる。

 同じベッドの上でも故郷とは全く違う場所にいるという、小さなワクワクを感じた。

 長い一日(いやもう朝に近い夜か)がようやく終わった。


 この先、シソを待ち受けているのは何だろうかーーー









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