23. 自己紹介!

「「本当の化け物……?」」


「ああ、そうだ。出るんだな、これが」


 クヴィットの発言に、シソとフナは一斉に沈黙してしまう。


 シソは確かによく分からないモヤモヤした黒い変なものを見て、化け物かもしれないと思ったけれど、フナが見ていないと言うものだから、じゃあただの幻覚か、忘れようと思っていたところに、クヴィットの化け物はいますよ発言ときた。現実逃避する為に眠ろうとしていた時に、現実の雨をばじゃりとかけられた気分だった。


「あの、クヴィットさん。その化け物ってまさか黒くてモヤモヤした感じのヤツじゃありませんよね?」


「わお、なんでわかったんだ?大当たりだよ」


 はははっ……大正解でした。こんなに嬉しく無い大正解は初めてだった。まあこれまでの人生で、正解なんてあまりしてないんだけど。


「化け物ってどんな化け物なんですか?」


「それがだな……見た目は、シソが言ったように、黒くて何かモヤモヤしてるヤツなんだよ」


 うーん。抽象的な化け物だな。ただ、シソもその怪物を見て、どんなヤツなのか説明しろと言われても、黒くてモヤモヤしているとしか、いいようがない。それぐらい変なヤツだった。


「へえ!面白そうだね!見てみたいな!どこで会えるのかなーー?」


 フナは興味津々のようだ。


「えっと……お前は確か……シソだったよな?」


 クヴィットがシソの方を指差し……


「そうです!僕はシソです。オヌルラの村から空を飛びながら、爽やかな風と共に、マチの町へやって来ました。夢は世界征服です」


「いや、何だよその自己紹介!怖過ぎるよ!?あれ、審査だからやったんじゃ無くて、マジで世界征服目指してるの!?」


 クヴィットは酷く驚いている様子だ。審査の時にある程度話したつもりだったが、印象に残る為の演技、冗談として受け止められてしまったのだろうか。


「あれ?そういいませんでしたっけ?まあ、最終的には……それに近い権力を手に入れたいです」


「わあ、凄い!世界征服か!シソくんは凄いなぁ。やっぱりシソくんは面白いよ!面白いだけじゃ無い、凄いよ!」


 フナがシソの世界征服の夢を称賛してくれる。そういえば、村を出たいとお願いした時に、ベバムを説得してくれたのは、フナだった。その時の理由は、面白いから、こんなに面白い人滅多にいないからとフナは話していた。シソから見れば、世界征服を夢だと主張する変人を面白いと言えるフナこそ、面白い人だとシソは思った。普通の人間ならそんな事言わないはずだ。


「いやいやいや!?この子、世界征服を夢見てるんだぜ!?どう考えてもおかしいだろ!?」


 そう、これがふつーの反応だ。「俺世界征服するんだ」なんて言って、「うわぁ!凄ーい!おもしろーい!」なんて言う人は、フナぐらいしかいないだろう。


「そうかな?私は面白いと思うよ!」


フナからすれば、世界征服は面白い夢のようだった。シソも面白いとは思っている。


「いや、恐ろしいよ……やっぱり恐ろしいよお前ら……」


 クヴィットが恐れるような目で、シソとフナを見てくる。


「審査で大体は分かってたんだよ。シソに関しては、最初はまともな子かと思ってたら、全然違ってヤベェヤツだったし。そっち子に関しては、見た瞬間分かっちまったよ。明らかにヤベェヤツだってな」


ヤベェヤベェ言われても、何がヤバイのかよく分からない。すると、今度はフナが「そういえば、私自己紹介して無かったね!」と言い出す。

 フナは、そのまま立ち上がると……


「オヌルラの村から、ベバム君、シソ君と一緒に空を飛びながら、マチの町へ夢と希望を運びに、再び戻って参りました!フナと言います!将来の夢は、世界中の皆を笑顔に笑顔にする事です!よろしくお願いします!」


 フナが最後に決めポーズをして、自己紹介を終える。


「「おおおおお!」」


 素晴らしき自己紹介に、シソとクヴィットは、大きな拍手を送る。


「何という有り難い言葉!素晴らしい!」


「僕は夢とか希望とかそういう理想を持たせる言葉が嫌いでしたが、フナさんの言葉には胸を打たれました!素晴らしいです!」


 シソ自身よく理解出来ていないのだが、今のフナの自己紹介を聞いて、どこか納得したというか、説得力があるというか、共感してしまったというか。いや、これ洗脳に近いヤツだよね?あれれ……?


「えへへ。ありがと」


 フナは照れ臭そうに笑みを見せる。

 いやあ、恐ろしい子だ。


「じゃあ、最後に俺の自己紹介だな」


「お!待ってました!」


「楽しみ!」


「そ、そんな期待されてもな……」


 完璧で美しい自己紹介、爽やかな風と共に風の自己紹介、こんなインパクトがある自己紹介2連発の後に、クヴィットがどんな自己紹介を見せてくれるのか、興味があった。


「うーん……うーん……」


 クヴィットは悩みに悩み抜く。


「そんなに真剣に悩まなくても大丈夫ですよ。言いたい事言えばいいんですから」


 ーー(その言いたい事が見つからねえんだよなぁ。どうすれば……)


「大丈夫だよ!別にクヴィットお兄さんの自己紹介なんて、ぜんっぜん、期待してないから!だから気軽にね!」


「それはそれでちょっと傷つくな!あと、さっき楽しみって言ってたよね!?」


 クヴィットは、覚悟を決めて自己紹介をする事にする。そもそも覚悟が必要な自己紹介とは何だと思ってしまったが、そんな些細な疑問、この二人の前では、簡単に打ち消されてしまう。だから深くは考えない事にした。


「えー。クヴィットです。マチの町で自治会の審査会長してます。趣味は料理。ロミホロートという宿の主人の息子です。時々料理とかは手伝ってます」


「あの美味しい料理はクヴィットさんだったんだ!」


 ロミホロート……の宿の料理はとても美味しいと、フナが言っていた。どんなに美味しいのかとシソも期待していたのだが、まさかクヴィットがつくっていた料理だったとは、意外だった。


「いや、違うよ」


 クヴィットがバッサリ否定する。

 


「俺は審査の仕事があるからさ、宿の料理は大体は母さんがつくってる」


 クヴィットは宿での仕事では無く、審査が本業なのだ。人手不足で、審査員はクヴィットしかいないと言っていたし、宿を手伝う余裕があまり無いのかもしれない。


「後は……そうだなぁ。世の中に対する不満について話すかな!」


「それ自己紹介で話す内容ですか!?」


「仕方ねぇだろ。ネタが無いんだから。そうだなあ、自治会のそもそもの収入源ってのは、物好きな住民からの寄付と、自治会に協力的な店から受け取る税金とかで……」


 その後もクヴィットは自治会に対する(主にお金に関しての)愚痴だとか、気に入らない住民の話だとか、変わった受験者の話などを続けた。

 シソからすれば、中々に面白い内容で、マチの町の情報を得る良い機会と考えたのだが、フナにとっては難しい(つまらない)話だったのか、眠たそうにしている。確かに、時間が時間だし、仕方ないだろう。

 そもそも、二人が寝ていたところを、シソが起こしてしまったのだから。


「てまあ、そんな感じで、よろしく」


 クヴィットが自己紹介を終えると同時に、シソは大きな拍手を送る。

 隣を見ると、フナは完全に眠ってしまったようだ。


「流石に眠たいよな……嬢ちゃんには悪い事しちまった。シソ、嬢ちゃんを二階の客室へ連れて行ってあげてくれ。化け物の話はその後にしようぜ」


「分かりました」


「これが鍵だ。階段上がって、左手から二番目」


 シソはクヴィットから鍵を受け取ると、眠っているフナを背負って……


「軽い……」


 本当に背負っている感覚が無くなってしまいそうな程、フナの体は軽かった。


「どう考えてもこれは……」


 シソは二階にある部屋へと向かった。

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