22. 質問するよ!
話を聞くことによれば、クヴィットはベバムとフナが泊まった宿の主人の息子らしい。おお、何という偶然。恐ろしいぐらい運命的だな。
シソたちは、クヴィットに案内されて、宿の中にある従業員の部屋らしきな場所にいた。その際、シソたちは特待客特権で、宿に泊まろうとしている事、宿の中が真っ暗だった事、外に出ようとしたら、丁度化け物……じゃなくて、クヴィットと遭遇してしまった事を伝えた。
「まあ、とりあえず座れよ」
とクヴィットが言うので、目の前にあるテーブルの前に置かれてある椅子にシソとフナは座った。
クヴィットが奥の椅子に座る。
「まあ、色々言いたい事はあるが、とりあえず何で俺を殴ったか、理由を教えて貰おうか」
ここは、間違っても顔が怖くて化け物に見えたからなんて言ってはいけない。視界が悪く、辺りも暗かったので、不審者のように見えたから、みたいな適当なそれっぽい理由を考えるしかない。フナに喋らすとロクでもない事を言いそうだ。ここは、シソが上手く取り繕うしかない!
「審査官おじさんの顔が怖くて、化け物みたいに見えたからだよ!ごめんね!」
フナがサラリと回答した。
あぁ。言っちゃった。シソが考える暇も無かった。早い、早すぎるよ。そしてヤバい。ヤバすぎるよ!
フナさんの笑顔、怖い!笑顔で恐ろしい事をさらりと言えるその度胸が怖いよ!怖すぎるよ!
「ちょっ、フナさん!?いきなり何言ってるんですか!?」
「え?どうしたの?シソくん。シソくんだってこのおじさんの顔が怖かったから、化け物みたいって思ったんでしょ」
それは本当だけど。
「まあ、確かにその通り何ですけどね。ただ、本人を目の前にして、言うのは流石に失礼ですよ」
「いや、お前も十分失礼だけどな!?」
クヴィットがツッコむ。
「じゃあ、何で言えばいいのかな?」
「そうですね……視界が悪く、辺りも暗かったので、不審者のように見えてしまいました。だから殴りました。ごめんなさい。みたいな感じでいいんじゃないですか?」
「なるほど!それ採用!」
フナはシソの案を即採用してくれた。ありがたい。
「採用じゃねぇよ!お前もう本音言ったじゃねぇか!」
再びフナはクヴィットに理由を説明する。
「えっと……視界が悪く、辺りも暗かったので、不審者のように見えたから、殴ってしまいました。ごめんなさい……」
「いや、普通に最初のが本音だよね!?訂正して謝られると、余計に傷つくよ!?」
「やった、許してもらえた!」
フナがシソの方を振り返って、嬉しそうに燥ぐ。
「良かったですね、フナさん」
「うん!」
シソとフナが喜び合う。
「いや、何も良くないよね!?許したとも言ってないよね!?てかさ、結局、俺の顔が怖いからだよね!?」
「「そうです」」
「そこは即答すんのかよ!!??」
***
「で、俺を殴ったのは、まあ腑に落ちねぇが、俺の顔が原因って事で良いけど……いや、良くないよ!?良くねぇけど、俺の顔が原因としておくよ。良くないけどね!そこは分かるよ。いや、分からないけどね!?良くないし、分からないけど……」
「何回肯定と否定を繰り返すんですか」
シソが冷たく指摘する。
「まあ、殴った事はもういい。それで、あれだよ。あのペチペチだよ。あのペチペチペチペチは何なんだよ」
ペチペチペチペチ、クヴィットが言うと可愛い。
「それはあれですよ、”優しい人には腹パンとペチペチしろ”ってハラパンが言ってましたから」
「また出てきたよハラパン!再登場するとは思わなかったよ!!」
説明しよう!ハラパンとオヌルラ一の腹パン男であり、常日頃から所構わず色んな人に腹パンしまくってる恐ろしい子のことである!
説明終わり!
「生存確認の意味を込めて、あと愛も一緒に込めてペチペチしました」
「そう!私も”アイ”を込めてペチペチしたんだよ!」
そう、全ては生存確認と愛のためなのだ!
「あれどこに愛が込めてあるんだよ!?込められてたのは悪意だけだぜ!?」
クヴィットはようやく落ち着いてきたようだ。
「ったく。ほんっと俺はついてねぇよ。やりたくもねぇ審査やらされて、クッタクタで帰ったら殴られるし、ペチペチされるし、何なんだよ俺の人生」
クヴィットがブツブツと呟く。うーん、随分と闇深そうなおじさんだ。現代社会に囚われた哀れなクヴィット。
「ああ、後俺はおじさんじゃ無いから、ギリギリおじさんじゃないから!まだ若いから!ギリ若いから!」
まあ、おじさんというには少し若いかもしれないが、シソやフナから見れば、十分おじさんだとは思う。
いつまでもこんな無駄な話をしていては、進まない。クヴィットの怒りも落ち着いてきたようだし、シソは気になっている事を聞いてみる事にした。
「それで、クヴィットさん?」
「ん?何だよ」
「クヴィットさんはこの宿……に住んでるんですよね?」
「ああ、そうだよ。この休憩室の隣が母さんの部屋で、その向かいが俺の部屋になってるんだ」
この部屋さ、思った通り従業員が使う休憩室だったんだ。宿の一階の奥が、クヴィットの家になっているようだ。
「僕たちは、審査が終わった後に宿に泊まろうと思って、入り口の扉から中に入りました。ですが、真っ暗で何も見えなかったし、とても営業しているようには見えませんでしたよ」
「まあ、実際営業して無かったしな。母さんがマチから出ていてな。俺も仕事があって手伝えないし、従業員たちだけだと宿を動かせないから、休業してたんだよ」
そういう事だったのか。クヴィットの母親は、この宿の主人をしている。主人不在のまま、宿を動かす事は出来なかったという事か。
「審査員おじさん!」
フナがクヴィットを呼ぶ。
「俺は審査員おじさんじゃ無い。クヴィットお兄さんと呼びなさい」
「クヴィットお兄さん!」
フナは素直にクヴィットの要求に応じた。
流石にその容姿でお兄さんはキツくないか?とシソは心の中で思った。だが、顔に出てしまったのか、クヴィットに気付かれてしまったようで……
「おい、今俺の顔にお兄さんは似合わねぇって思ったよな?」
シソとフナは驚いた様子で
「え?どうしてわかったんですか!?」
「え?どうして分かったの!?」
と口を揃えて言ってしまった。
「いや、少しは誤魔化そうぜ!?素直過ぎるよ!?」
気を取り直して、フナが質問する。
「宿がお休みって言ってたけど、扉は空いてたよ。何で?」
「ああ、それか。それは単に俺が鍵を掛け忘れただけだよ」
単なるクヴィットさんのミスでした。
「で、他に質問はあるか?」
他に質問か……うーんとシソとフナは真剣に考える。
「いや、無いなら無いでいいんだよ。そんな真剣にならなくても……」
ここから、またまた三人によるボケツッコミトークが始まった。
「年齢は?」
シソが質問。
「3……あ、言わない」
「趣味は?」
フナが質問。
「ああ……特にねぇな」
「なんで宿で働いてないんですか?」
シソが質問。
「まあ、ちょっと色々あってな。親父が死んでからは、母さん一人で宿を切り盛りしてな。一時期関係が悪くなって、俺は安定した収入が手に入る自治会に入った。今は安定してねぇけど」
「親不孝ですね。母親一人にやらせて、可哀想です」
「うるせぇやい!」
子供の喧嘩みたいだな。はて、母親……両親……う、頭が……!
「次わたし、わたし!」
フナが元気良く挙手をする。
「どうぞ」
クヴィットがフナを指名する。
「もう!クヴィット。あんたもいい歳なんだから、女の一人や二人、家に連れてきて来なさいよ!息子が家庭を持って、幸せになる姿が早く見たいねぇ。あたしもいつまで生きれるがわからないし」
フナが口調を変えて、息子の将来を心配する母親っぽい事を話す。
「ちよっ、何でお前母さんの口調を知ってるんだ!?似ていると言うより、喋り方そのまんまじゃねぇか!」
クヴィットが驚いている。
「この前泊まった時に、一緒に喋ったの!真似してみたんだよ!似てた?」
「ああ、びっくりするぐらい似てたぜ……セリフもな……」
「やったぁ!」
フナが嬉しそうに喜んでいる。
「クヴィットさんクヴィットさん」
「ん?何だ?」
今度はシソが質問する。
「この宿には、今、僕とフナさんとクヴィットさんしかいないんですよね?」
「ああ、そうだな。いや、俺とお前らと屋根裏の虫どもと化け物がいるか」
さらりと恐ろしい事を言うクヴィット。
「ちょ、怖い事言わないで下さいよ!」
「そうだよ!化け物はクヴィットお兄さんでしょ?」
「ちげぇよ!化け物は本当の化け物だぞ」
うん……?どういう事だ?
「「本当の化け物……?」」
「ああ、そうだ。知らなかったのか?出るんだな、これがぁ。へへっ」
シソたちを驚かせたのがよっぽど嬉しかったのか、クヴィットがニヤニヤと笑っている。審査当初の余裕をようやく取り戻せたようだ、良かった良かった。
「……」
クヴィットが言う化け物って、シソがさっき見たあの黒くてモヤモヤした……
マチの町に来たばかりだというのに、いまだにベッドで寝ることすら出来ないシソたち。
彼らに安眠は訪れるのか!?
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