21. ペチペチペチペチ〜!

 モヤモヤした黒い何かに疑問を抱きつつ、シソたちは町を進む。


「あ、みて!シソ君!宿が見えてきたよ!」


 フナが指差す先は、一つの古びた建物だった。看板は無く、建てられた時期が古いのか、建物全体がかなり汚れていた。看板も無いのだから、初見の人が見た時に、宿だと認識するのは難しいんじゃ無いだろか。


「まあ、夜だしね!人がいないんだから、明かりをつけたって意味ないよ!」


 人がいないからこそ、明かりをつけるべきだと思うんだけど……


「こんな夜中に入っても大丈夫なんでしょうか?」


扉が開いているとはいえ、あかりも付いていない建物に無断で入るのは気が引ける。


「大丈夫大丈夫!私たちは特待客だからね!きっと許してくれるはず!」


「許してくれる……のかな?」


 シソとフナは、宿の扉の前に立つ。

 勿論明かりはついていない。

 中に人がいる気配すら無いのだが、大丈夫だろうか。


「入るよーー!」


 シソが心配している中、フナは友達の家に遊びに来た子供のように叫び、扉を開け、中へと入っていった。

 そんな入り方で大丈夫なのかと疑問に思う暇も無かったので、素直にシソもフナに続いた。

 フナのこの勇気というか、行動力は一体どこから来るのだろうか。


「フナさん、ちょっと待って……あれ?」


「まっくら……?」


 扉の先は真っ暗で何も見えなかった。シソたちが入ってきた扉から入る月の光のみが、うっすらと中を照らしていた。


「何も見えませんね……」


「でも扉は開いてたから、営業してるはずなんだけどなぁ……」


  この町で、鍵を閉めずにいるなんて無用心なことするはずがない。単に閉め忘れたのか、営業していないのか。


「おーい!誰かーー!いるーー?」


 フナが大きな声で叫ぶ。

 が、その後に残るのは静寂のみだった。


「いないみたいですね。帰りましょうか」


「そうだね!他に泊まれる場所探そっか」


他に泊まれる場所……全くわからないシソは、フナに頼るしかなかった。こんな状況で空いている宿なんてあるのだろうか。町の様子が明らかにおかしい。一体なにが起こったのだろうか。



「ですね。しっかし、無用心な宿ですね。明かりは消えてて、誰もいないのに、ちゃっかり扉の鍵はかけてないって……何考えてるんだか」


「泥棒さんに入って欲しかったんじゃ無い?」


「そんな人いませんよ……」


 泥棒さんに入って欲しかった。

 つまり、シソたちは泥棒……?

 フナと一緒にそんな事を話しながら、シソは宿を出る。すると、待っていたのは……


「ふぇ?」


「ん?」


 シソとフナを見下ろす鬼のような形相をした化け物がそこにいた。


「「ぎゃあああああああああああ!!!??????」


「ええええ!?ぎゃあああああああ!?」



 シソとフナの悲鳴が静かな町に響き渡る中、やけに低い悲鳴がシソとフナの悲鳴に交わり、美しい(?)ハーモニーを奏でていた。低い悲鳴の正体はどうやらこの化け物のようだ。


「いや、なんであなたも驚いてるんですか!?」


 シソは思わず叫んでしまう。

 そして、本能的にか反射的にか意図的にか分からないが、


「ひゃああああああ!!」


 と大声を出しながらフナが怪物の顔面に思いっきり拳を叩き込んだ。


「ぐぶはぁ……!?」


 声にもならない悲鳴を上げながら、怪物は吹っ飛ばされ、そのまま地面に倒れた。怪物は気を失ってしまったのか、そのまま動かなくなった。



「わぁ。びっくりしたぁ。思わず殴っちゃったけど、大丈夫かな?」


「いきなり殴るって凄いですねフナさん。大丈夫そうですよ。ほら、ピクピク動いてるし」


 シソは怪物の体をペシペシと叩く。

怪物は、「うぅ……」と小さな呻き声を上げる。シソは男の様子を確認してみることにする。


「あれ……フナさん、この人……」


 よく見てみると、この化け物は、化け物なんかでは無く、ただの人間のようだ。先程のか弱い悲鳴からは考えられないぐらい屈強ながっしりとした身体をしており、顔に関しても、かなりの強面のように見える。いかにも、 荒くれ者といった感じの男だった。暗くてよく見えなかった上に、こんなに屈強な体をした男と鉢合わせては、化け物と勘違いするのも、仕方がないだろう。


 にしても、この顔、この体、そしてあの悲鳴。悲鳴というよりこの男の声だ。どこかで聞いた事がある気がするのは気のせいだろうか。最近というレベルの話ではない。ついさっきのレベルの話だ。これまでの登場人物をまとめてみると、シソ。フナ。ジイさん、バアさん……村長、後は……。


 あれ?ついさっき会ったばかりで、まだ名前を挙げていない人といえば……


「あっ……」


「ん?どうしたの、シソくん。死体でも見つけたような顔して」


「例えが怖いですよ、フナさん。この化け物……じゃ無くてこの人、自治会の審査長ですよ」


「自治会の審査長?」


 フナは何それと言った感じだった。


「フナさん、審査の時、会ってないんですか?」


 フナはうーんとしばらく考えた後に、ピカーンと思い出す。


「あっ!審査の時に優しくしてくれたおじさんだね!思い出したよ!」


  優しくしてくれたおじさん?クヴィットが?

 そういえば、シソもそうだった。ドキドキ、緊張しながら審査会場へ入る。待ち受けていたのは、いかにも怖いですよオーラを放ちまくっている屈強強面おじさんだった。第一印象は、顔が怖い(これはコンプレックスなので、本人の前では言っちゃダメだよ)おじさんだったのだが、最後の印象は、意外と優しいおじさんに変わっていた。


 フナも恐らくシソと同じように優しいおじさんだと感じたのだろう。


 そんな優しい審査長おじさんがどうして、こんな場所にいるのだろうか。審査を受けれる時間、クヴィットの勤務時間がいつからいつまでなのかは分からないが、もうお寝んねする時間だろう。

 よく考えたら、あの審査会場はあくまでクヴィットの仕事場であり、ベッドなども見当たらなかったため、自宅は別の場所にあるのだろう。

 そう考えれば、自宅に帰る為に、たまたまこの道を歩いていて、たまたまシソたちと遭遇して、たまたま怪物と勘違いして、殴られる可能性もあったのだ。


「どうしよ、シソくん……」


フナが心配そうに倒れているクヴィットを見つめている。


「まあ、クヴィットさん優しいから多分大丈夫ですよ」


 ただ、気絶したまま放置しておくわけにはいかない。何と言っても自治会の人間だし、マチの町で過ごす以上、関係を悪くするわけにはいかない。


「おーい、クヴィットさ〜ん。大丈夫ですかぁ???」


 ペチペチペチペチペチペチペチペチ



「そんなにペチペチして大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ。ほら、”優しい人にはペチペチしろ”って言葉あるじゃ無いですか」


「なるほど!じゃあ、私もやろっと!ペチペチペチペチ〜」


「ペチペチペチペチ〜」


 シソとフナは今度はクヴィットの頬をペチペチしまくる。


 ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ


 すると、ようやく……


「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!ペチペチすんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 クヴィットが奇声を上げながら、起き上がった。


「うひゃあ!?」


「うわぁ!?生きてた!?」


 シソはついついまるで死んでいたかのような発言をしてしまう。


「生きてるよ!死んでねぇよ!!はぁ……ったく……」


「あははっ。すいません。つい……」


クヴィットは(当然だけど)お怒りのようです。


「それとお前!何だよ”優しい人にはペチペチしろ”って!そんな言葉聞いたことねぇよ!!」


「あははははっっ。すいませんすいません。ついつい……」


 クヴィットは酷く興奮している様子だ。強面の顔が真っ赤に染まっている。怒らせてしまっただろうか。


「ったくよぉ。めんどくせぇ審査を終えてようやく家でのんびり出来るかと思ったら、この仕打ちかよ……はぁ……」


「まあまあ、元気だして下さいよ。怒ったり泣いたり悲しんだりしてクヨクヨしても、希望は見えてきませんよ」


 シソはクヴィットを慰めようとする。


「そうだよ!辛い時ほど笑顔だよ!笑おうよ!わっはっはっ」


「そうですよ!笑いましょう。わっはっはっ!」


フナとシソがクヴィットを励まそうとする。



「笑えねぇよ!辛くさせたのはお前だろうがよぉ!?」


 その後は、何とかクヴィットを慰めて、落ち着いた場所で、お話することになった。

 落ち着いた場所とは、シソたちが入ろうとしていた宿だった。クヴィットは仕事を終えて、帰宅しようとしていた。

 クヴィットの家はまさかのシソたちが入ろうとしていた宿だったのだ。クヴィットは自宅の目の前で、シソたちに襲われてしまったのだ。


 シソたちは、詳しい話を聞くことにした。











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