20. いしゃ!
「良くありませんね」
目の前の医者が一言呟いた。
「まあ、そうだろうな」
医者から告げられた言葉にベバムはふつーに納得していた。
「ありゃ、それだけですか。もっと良い反応が貰えると思ったんですが」
医者が残念そうに言う。
非常に整った顔をした、年齢的にはベバムより少し上ぐらいの年若い白衣の小柄な女だ。無気力そうに見えて、実は身長はベバムよりも少し低い程度で、シソが大人になったら、こんな顔になるんだろうなぁとベバムは思った。
まあ、マチの町で働いている時点で、お察しの通りだが。
彼女の名はイシャ。マチの町で働いている医者だ。
シソがいる場所は、マチの町の片隅にひっそりと存在している診療所だった。何度も言うが、マチの町で営業している時点で、評価はお察しの通りで、よくない噂しか流れない。
患者に不必要な薬を与えて実験しているだとか、過剰な手術をして患者を殺しているだとか、イシャの趣味嗜好がヤバいだとか、まあそんな所だ。イシャとはまだ数日の付き合いだが、恐らく噂は全て真実なんだろうなとベバムは考えていた。
「良い反応って言われてもな。本当はこんな場所、もう二度と来る気はなかったんだが」
「こんな場所って酷いなぁ。私がいなければ、ベバムさんの腰、ますます悪くなってましたよ。もっと感謝して欲しいです」
「患者の反応を楽しんでいるような医者に感謝する筋合いは無い」
「別に楽しんでなんかいませんよ。ただ、あなたみたいな堅物から吐かれる悲鳴は、とても心地よいモノです」
ーー何を言ってるんだこいつは。
「安心して下さい。悪いか悪く無いかで言えば、物凄く悪いのですが、死ぬことは無いのでご安心を」
「……そうか」
ーー物凄く悪いが死ぬ事は無い。全く安心出来ないな。
「あと少しでも負荷がかかれば重大な後遺症が残ったかもしれませんがね。残念でしたね」
一体何が残念なんだか。
「ただ、私は警告したはずですよねぇ。体を動かすショーは控えた方が良いと」
それについては、何も言い返す事が出来ない。が、一応反論しておく。
「ショーは仲間に任せて、俺はテントで休んでいた。オヌルラへは行ったが、お前の警告はしっかり守ったぞ」
オヌルラでのショーはフナに一任した。結局、この怪我の原因は、シソとフナを乗せてハイスピードモードを使ってしまったからだ。これしか方法が思いつかなかったとはいえ、無理をした自分には反省している。
「ショーが原因じゃ無いなら、どうしてここまで悪くなるんですか?教えて下さいよ」
嫌味たらしくイシャが言うので、ベバムは簡潔に答えた。
「はいすぴーどもーど」
「は?」
イシャは「何言ってるんだこいつ」といった表情だ。
「はいすぴーどもーど?何ですかそれは。子供じみたネーミングセンスですね」
「お前は一々人を馬鹿にしないと生きていけないのか?……まあ、簡単に説明するとハイスピードモードは、空をビュンビュンハイスピードで飛ぶことを言うんだ」
「ああ、思い出しました。あなたたち馬鹿みたいに”空飛ぶ芸人”を自称してましたもんね。なるほど、馬鹿みたいに空を飛んで腰を痛めたと。愚かですね」
本当に失礼なヤツだ。馬鹿だとか愚かだとか。
「ただ単に空を飛んでいたわけじゃ無いぞ。二人の人間を乗せて空を飛んだんだ」
ベバムは勝ち誇った表情でイシャに言い放つが……
「いや、ますます愚かじゃ無いですか。何勝ち誇ったような表情で、自慢げに語ってるんですか」
そんな勝ち誇ったような表情していたか?
「なるほど、体を動かす事を控えるよう警告したのにも関わらず、二人の人間を乗せて馬鹿みたいに空を飛んで、腰を痛めたから、こんな深夜に助けを求めてきたと。実に愚かですね」
イシャは本当に容赦がない。また愚かと言われてしまった。
「愚かな人間でも助けるのが医者の仕事だろう」
「いえ、愚かな人間から金を毟り取るのが医者の仕事です」
ーーそのセリフを医者が言うか。
「世の中には”愚かレベル”というモノが存在するんです。ベバムさん、知ってました?」
ーーまた物騒なワードを。
「そんな物騒なワード知らん」
「愚かレベルとは、その人間がどれだけ愚かなのか、10段階で私が勝手に判別するものです」
「ほう。ちなみに俺は?」
「ベバムさんは愚かレベル8です。おめでとうございます」
「まあまあ高いじゃないか。全く嬉しくないが」
すると、イシャが部屋の壁に貼ってあるポスターを見るように言ってくる。
「何だこの表は」
「私が作った愚かレベル早見表です」
愚かレベルを早見で見たいとは誰も思わないだろう。こいつ以外は。イシャがつくったと思われる表には、愚かレベルの基準が10段階で書かれていた。最初の方は丁寧に(悪口が)書かれていたのだが、途中で飽きてしまったのか、後半はただの暴言になっていた。
「これ……後半はただの暴言じゃないか?」
「愚かな人間を煽るかっこいいセリフを入れようと思ったのですが、途中で何故愚かな人間の為にわざわざ私が時間を使わないといけないのか、という疑問を抱いてしまったので、後半は暴言を入れておきました」
一番愚かなのはお前だよ。
「この町の住民は、皆愚かレベル10です。いや、それ以上です。ああ、愚か愚か」
こいつもこの町の住民に含まれているんだがな。愚かな住民が嫌なら、どうしてこの町にいるんだこいつは。
「愚かな人間から金を搾取する為に決まってるじゃ無いですか。あなたみたいな」
ーー俺のような愚かな人間から金を搾取する……か。まあ、実際その通りだしな。
「はあ……愚かなのは理解したから、俺の症状は結局どうなのか教えてくれ」
「そうですねぇ。まあ、後数週間はここで、診させて貰いますよ。正直に暴露しちゃうと、かなり悪いですからね、ベバムさんの腰」
ーー最初からそう言えばいいのにな。 うん?ちょっと待てよ……
「数週間はここで診させて貰うってまさか、ここでずっと過ごすって事じゃ無いよな?」
「本当は私だってベバムさんなんかと一緒にいたくありませんよ。ただ、あんまり勝手に動かれると、本当に取り返しのつかない事になりますよ。しばらくは、私の目の届く場所にいた方が良いです。これ以上悪化させたくないならね」
「うむ……」
シソには腰の事を話していないので、大丈夫だとは思うが。だが、問題はフナだ。これ以上フナに心配をかけたくないし、金銭的な問題もある。正直言ってフナに任せてしまうのは、心配で仕方ない。シソがいるから多少は大丈夫だとは思うが。
宿に関しては、特待客の権利で、フナは無料で泊まれるはず。ただ、シソに関しては料金がかかるかもしれない。フナにはちゃんとお金を持たせているし、宿泊費に関しては大丈夫だろう。
後は食費か。あの宿は食費に関しては別料金で、これは特待客特権が使えないから、自分で払う必要がある。
訳あって、ベバムとフナは、”空腹を感じず、何も食べなくても生きていける体”になっている。だが、フナは食べる事が大好きだった。宿の料理も美味しい美味しいと言って、嬉しそうに食べていた。シソもいる為、食費も必要だろう。
「……まあ、大丈夫か」
色々考えた結果、まあ、大丈夫だろうという結論に落ち着いた。一応数日間帰れないかもと伝えてあるし、診療所の場所も伝えてある。何より頼れる少年シソがいるから安心だ。このバカ医者を見ていたら、シソの捻くれなんて本当に可愛いものだ。
「じゃあ、めんどくさいけどベッドに案内しますね。歩けますか?」
「ああ、歩ける。本当に一言余計だなお前は」
椅子から立ち上がった時に、腰にピリッとした痛みを感じた。医者から腰が悪いですよとはっきり告げられ、意識してしまうと、余計に痛みを感じてしまうのだろうか。
ハイスピードモードの時は、そこまで痛みは感じなかったのだが。
よろよろと、イシャに続き、診療所の奥にあるベッドへ。
イシャのことだから、監獄のような劣悪な環境かと身構えていたのだが、意外と綺麗なベッドだった。部屋も綺麗だった。
「そういえば、ベバムさんって特待客でしたよね?」
「ああ、そうだが」
「なら、治療費は問題なさそうですね。良かった良かった」
「……」
費用は自治会の金で支払われるのだろうが、こいつのことだから、余分に入院させて治療費を貰おうとしているのではと疑ってしまった。
まあ、いっか。
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