19. 黒くてもやもやしたへんなもの!
「ベバムさーん!」
審査を終えたシソは、クヴィットと別れた後、入り口付近で待機していたシソたちと合流した。
「遅かったな、シソ。落ちて一人寂しく泣いてたんだろう。可哀想に」
「いや、なんで落ちてる前提で話してるんですか。流石に受かりましたよ!」
茶番審査に落ちる訳にはいかない。詳しい審査基準、合格基準は分からなかったけど、合格証が貰えたのだから、合格基準には達していたのだろう。
「今フナとどうやって励まそうか話し合っていたところなんだ。そうか、受かったなら良かった」
「私は何か美味しいものを食べさせてあげようって提案したんだよ!」
優しいフナさん。
「荒くれ者の町だから料理もマズイんだろうなと身構えていたが、案外美味いんだなこれが」
「私達が泊まった宿のご飯も美味しかったよね!シソくんの傷ついた心もきっと癒してくれると思うよ!」
「まあ、人生色んなことがある。良い事もあれば、悪い事もある。元気出せよ」
ベバムがさっきと同じように肩に手を当てて、励ましてくれる。
「いや、だから僕合格したんですって!何で二人とも落ちたみたいに言うんですか!?ほら、許可証!」
シソはクヴィットから貰ったやたらゴージャスな許可証を二人に見せる。
「おお!やたらゴージャスなカードだね!私達と一緒!」
確かに、やたらゴージャスなカードだ。荒くれ者の町と馬鹿にしていたけど、街並みは綺麗だし、意外と良い町なのかもしれない。分からないけど。
「シソも許可証を貰えたことだし、マチの町に入るか」
「「わーい!」」
「そんなに喜ぶ事か……何も無いと思うけどな」
何も無いとベバムは言うが、早速面白い経験(審査)をする事が出来たのだ。気になったことは、分かるまでとことん調べたい。
シソはそう考えていた。
***
ベバムたちは、借りていた宿へそのまま戻ることにした。ベバムは、マチの町でショーをしていた際に、腰をやってしまっている。医者からはこれ以上悪化させない為にも、安静にするように言われていた。だが、フナの説得で、オヌルラの村に行く事になってしまった。テントで安静にしていたおかげか、症状は回復していた。
ハイスピードモードはベバムの腰にかなりの負荷を与えていた。表には見せなかったものの、ハイスピードモードの乱用により、ベバムの症状は確実に悪化していた。緊急時で仕方がなかったとはいえ、ハイスピードを何度も使い、飛行してしまったのだ。
“今フナとどうやって励まそうか話し合っていたところなんだ”
ベバムはこう言っていたが、実際は違った。シソが審査を受けている間、ベバムはフナに腰の事を打ち明けていた。ハイスピードモードを乱用したせいで、腰の調子が悪く、一度診療所で診てもらいたいと。その間、夜も遅いので、シソと一緒に先に宿に戻っていてほしいと。宿に関しては、特待客であるシソたちは、宿を無料で利用出来るという素晴らしい権利を持っている。
ベバムはシソに余計な心配をかけまいと、フナに腰の事を黙っているよう伝えた。
***
「うわぁ。綺麗な町ですね、マチ」
シソはマチの街並みを見て感激している。荒くれ者の町とは思えない程綺麗な町だった。道路はしっかりと整備され、家々はどれも美しい外見をしている。
「これ、本当に荒くれ者の町なんですか?ベバムさん嘘ついたんじゃ……」
「ベバムは嘘なんてつかないよ!」
シソが疑っていると、フナがプンプン怒る。
「シソ、俺は今から用事があってある場所に行かないといけない。もしかしたら、数日間帰れない可能性もある」
「……え?」
「だから、フナと一緒に先に宿に帰っていてくれ。宿に関しては、フナに任せるんだ。なるべく二人一緒に行動して欲しい。何度も言うが、この町は”ふつー”の町じゃ無いんだ。綺麗な外見に騙されてはいけない。くれぐれも気を付けてくれ」
「は、はい……」
ベバムの真剣な言葉に、シソは頷くことしか出来なかった。シソがナイフ使いシソロスを名乗り、ベバムを裏切ろうとした時と同じだった。
「フナ、このメモを渡しておく。何かあったら、ここまで来てくれ」
ベバムは、ポケットから小さな紙を取り出し、フナに渡す。
ベバムがこれ程真剣になるような用事が、マチの町であるのか。用事の内容を直接聞く事も考えたが、やめておいた。フナに聞く事も考えたが、それもやめておいた。フナさんが、ベラベラと喋ってしまい、ベバムに怒られて、二人の関係が悪化する可能性があるからだ。シソは二人の弟子(一応)で、連れて行ってもらっている身だ。二人の関係を壊すような権利は無いだろう。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃーい!」
フナが元気にお見送り。
「何があるのか知りませんが、頑張って下さい、ベバムさん」
「ああ、ありがとう」
シソの言葉に、ベバムはそう答えた。
ベバムが町の奥へと去っていく。
こうして、シソとフナは、一旦ベバムと別れる事になった。
***
「じゃあ、シソ君!行こ!」
フナがシソの手を握って、先へ進もうとする。
「うひゃあ!?」
「ど、どうしたの?シソくん」
いきなり手を握られてしまい、シソは思わず変な声を出してしまう。
ーーこ、これは……!恥ずかしい……!
心配そうにシソを見るフナ。
「いや、何でもないです!大丈夫です!ちょっと……手が……!」
シソは顔を赤くしながら、必死に話す。
「あ、ごめんね!いきなり手を握ったからびっくりしちゃったんだね!」
「びっくりしたというより……そのぉ、えっと……!」
ーーああ!言葉が出てこない!うまく話せない!何をやってるんだ僕は!ちょっと手を握られただけで、こんな……!こんな……!
「じゃあ、ゆっくり握れば大丈夫だね!ゆっくり、ゆっくり……そおっとそおっと……」
「…………」
ーーそ、そうゆう問題じゃぁ……!!
結局、シソとフナは仲良く手を繋いで歩くことに。
「シソくんはまだ子供だからね!大人である私がしっかりしないと!」
ーーフナさんだってまだ子供じゃあ……
だめだ、フナにはどうやっても勝てる気がしない。どうにもできない。
何とか落ち着かないと……!
「ぷはぁぁぁぁぁ!」
「シソくんどうしたの?すっごく汗かいてるし、顔も赤いよ?大丈夫?熱??」
「はぁ……はぁ……全然大丈夫です。僕は……はぁ……元気です」
「元気には見えないけど……」
久しぶりに変なテンションになってしまったため、普段のテンションに戻すことができない。女の子と手を繋いだだけで、こんな風になっちゃうなんて……情けない……。
「今は真夜中ですからね。辺りも暗いですし、気を付けて行きましょう」
「そうだね!でも大丈夫だよ!私がいるから!」
シソたちは店が多く立ち並ぶ通りを歩いていた。当然ながら、どの店も営業していない。だが、シソが気になったのは、通りに誰一人人が見当たらないことだった。荒くれ者の町と聞いていたから、夜中まで騒いだり、暴れたりしてる人がいると思ったが、どうやら違うようだ。
「えっと、今から行くのは宿……ですよね?」
「そうだよ!私達は”特待客”だから、宿が無料で借り放題!泊まり放題!」
中々に凄い待遇だな、特待客。だけど、マチの町のことだから、ぼったくられたりしないだろうか。
「ぼったくり?大丈夫!大丈夫!この前泊まった宿の料理は美味しかったよ!」
料理の事を聞いている訳では無いんだけど……。ただ、今の状況で頼れる人は、フナしかいない。オヌルラに閉じ籠もっていたシソからすれば、何もかもが、未知であり、分からないことだらけなのだ。今は、フナについて行くしか無いだろう。
「とりあえず、この町行った宿に行ってみよっか!」
「そうですね、一度泊まったことがある場所なら安心出来ますし」
シソたちは、目的の宿へと向かう。
***
「……」
誰一人いない、物音一つしない通りをひたすら歩き続ける。コツコツと、二人の足音だけが辺りに鳴り響く。
「フナさん、マチの町っていつもこんなに静かなんですか?」
「うーん。私達がショーを開いたのは、お昼だからなぁ。その時は沢山人がいたし、この通りも賑わってたよ!」
昼間は賑わっている……か。
「夜はやっぱり誰も出歩かないんですかね?」
「そうだねぇ。夕方には宿に戻ってたし、時間が時間だしなぁ。みんな寝てるんじゃ無いのかな?」
シソも最初はそう考えていた。オヌルラの村から抜け出して、綺麗な夜空を経て、マチの町へ。審査にも時間がかかったし、今は真夜中だ。ふつーならもう寝る時間。だけど、何だろうか。この違和感は。
「マチの町って、荒くれ者の町で、治安が悪いんですよね?」
「ベバムはそう言ってたねー。私はそうは思わないんだけどなぁ」
「料理が美味しいからですか?」
「うん!」
抜群の笑顔で、フナが絶賛するのだ。宿の料理、食べてみたいなと思った。シソはこれまでの人生で、母親と父親、ジイさんバアさん夫婦の料理しか食べたことが無かった。世界には色々な料理があると”世界中で食べまくった俺がナンバーワン料理を紹介するぜ”という本に書いてあった。全ての料理がナンバーワンとかいう訳の分からない理論で書かれており、タイトルで読者を騙す卑劣な作者に腹が立ったが、本の内容自体は面白かったのを覚えている。
母親に一度だけあるページを見せて、「この料理つくって」と言ったら、物凄い嫌な顔をされたのを覚えている。母親があそこまで嫌な顔をしたのはあの時だけだった気がする。
話を戻す。
「普通に考えたら、人通りの無い真夜中の通りで、か弱い女の子と男の子が二人で歩いている。これって格好の獲物じゃ無いですか?」
「私はか弱く無いよ!シソくんをばっちり守ってあげるんだから!」
フナがその場でパンチとキックの練習をする。
頼れるというか、微笑ましいというか。和やかな気持ちにさせてくれた。
フナに頼ってばかりではいけない。シソだって、オヌルラでの経験(主に本の知識)があるのだ。大丈夫なはず。後は(使わないけど)ベバムに黙って隠し持っていた(バレたけど)ナイフ。後はメガネぐらいかな。
本当に物音一つしない。住民はみんな寝ているのだろうか。
シソはふと考えた。
***
「マチの町は居場所を追われた荒くれ者が集まる町でな。治安が良くないんだ。フナと滞在していた時は、鞄は盗まれるし、いきなり殴られるし、ぼったくられるし、大変だったよ」
居場所を追われた荒くれ者。
「まあ、ちょっと話すと長くなるんだがな。簡単に説明すると、マチの町がまだまともだった頃、ある事件が起きてな。その事件がきっかけで、自治会による審査が始まったらしいぜ」
影響力が落ちた自治会による審査。マチの町がまともだった頃の事件。
うーん気になるなぁ。
***
「うん?フナさん?」
シソはパンチキックしているフナに声をかける。
「どうしたの?シソくん」
「今、何か変なもの見えませんでした?」
「変なもの?あそこの雑貨店の前に置いてある変な置物のこと?」
「違いますよ!……いや、あの置物も十分変ですけど!」
シソが見たのは、黒いモヤモヤした何かだった。フナが指差す雑貨店のちょうど前の道の真ん中に、それはいた。
「黒いモヤモヤした変なヤツです!」
「あそこの薬屋さんの看板に描かれているキャラクターも、黒くてモヤモヤしてるよ。あれの事?」
「だから違いますって!……いや、あの看板のキャラクターも黒くてモヤモヤして変なんですけどね?」
フナが指差す薬屋さんの少し前のところにアレはいた。
「シソくん何をみたの?私何にも見えなかったよ」
「何をみたのと言われると、具体的には答えれないんですが……。変なモノをみたのは確かです」
「変なモノかぁ……」
どうやらフナは見えていなかったようだ。瞬きした瞬間、いなくなってしまったが、シソは確かに”アレ”を見る事が出来た。見間違いだろうか?だが、”アレ”の姿は明確にシソの記憶に焼き付いている。
“アレ”は一体何なんだろうか。どこかで見たことがあるような気がしなくもなくもないこともないような気がする。
「とりあえずもう少しで宿だからさ!行こ!」
シソたちは宿へと向かう。
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