16. ほわほわほわほわーん!

 ***


 オヌルラの村に(色々ありつつも)別れを告げた(別れ方は最悪だったけれども)ベバムたちは、最寄りの町であるマチに入ろうとしていた。

 何故なら、ベバムたち(シソを除く)は特待客としてマチの自治会に招かれており、マチで過ごす間、宿泊費免除などの様々な恩恵を受ける事が出来るからだ。

 ただ、マチの町に入るには、入り口にある自治会の建物で行われる審査に合格する必要がある。この審査は、マチの町に入る人間が必ず受けなければいけない審査らしく、合格した場合、許可証(やたらゴージャスなデザインのカード)を貰う事が出来る。

 ベバムとフナは、既に審査に合格して、許可証を貰っている。シソは許可証を貰う為、審査を受けることにした。


 ***


「じゃあ、審査を始めるぜ」


「は、はいっ!」


 シソと男、一対一の審査が始まった。


「ああ、そういえば、自己紹介をしてなかったな。俺はクヴィットってもんだ!マチ自治会で審査長をやってる」


 審査長。つまり、クヴィットはマチ自治会の中で、街に入るための審査を担当する人間の中では、トップということか。


「まあ、最近は自治会の支配力も衰えていってな。審査員も俺しかいないわけだが」


 そうか、審査員はクヴィットしかいないのか。だからこんな小さな事で家で、だった一人で審査を続けているのか。審査業界も人手不足なのだろうか。大変だな。うん?たった一人で審査をしている?これっておかしくないか?


「あれ、でもマチへの入り口ってここともう一つありましたよね?審査員がクヴィットさんしかいないなら、あっちはどうやって……」


「……審査長だからって、全ての業務を引き受けている訳じゃ無いぜ?俺の仕事は、”ここ”で街に新しく入ってくるヤツを審査することだ。あっち(もう一方の入り口)から入ってきたヤツが、中でどんな目に遭おうが、自治会及び審査長クヴィットは一切責任を負いません」


 ーーうーん、随分と凄いやり方をしてるな!人手不足過ぎるよ、審査業界!

 え、だって、許可証を持ってないと、”人間”扱いされないんだよね!?じゃあ、何も知らずにもう一方の入り口からマチに入った人は、どうなるんだ……?


「安心しろよ。さっきもいったが、”まとも”な人間は、こんな場所には来ないんだぜ?マチに来るやつなんて、どーせろくな奴じゃ無いんだから、どんな目に遭おうと、因果応報ってヤツだろ」


 ーーいやいや、それを阻止する為に(“人間扱い”して貰う為に)審査があるんだよな!?だって許可証が無いと”人間”として扱ってくれ無いんだから!

 それとも、許可証に頼らないといけない程脆弱な人間は、そもそもマチに入る資格は無いってことだろうか?

 もはや”怖い”が口癖のようになってしまったけど、怖過ぎるよ!マチの町!まだ入ってすら無いけど!


 クヴィットは机に置かれている紙にカリカリと何かをメモしているようだ。あの紙に、審査についての情報が書かれているのだろうか。



「じゃあ、早速質問に入らせて貰うぜ。まずは一つ目の質問だ。好きな女の子はいるか?」


「……ふぇ?……ええ!?」


 思いがけない質問キタァぁぁぉぁ!?


「何をそんなに動揺してるんだ?はいかいいえの二択しかないだろ」


 クヴィットは呆れたように言うが、シソとしては大問題だ。ベバムとフナの話を聞く限りでは、自分の長所や魅力についてアピールする為の質問をされると思ったのだが、いきなりまさか異性や恋愛に関する質問が来るとは思わなかった。



「いや、でもそんな!いきなり恋愛に関する質問なんて……その、心の準備が……!」


「ガハハハッ。可愛いなぁ、お前。女の子にちょっと声をかけられただけで、心臓ドキドキの鈍感系純粋ド真面目主人公みたいだぜ?」


 鈍感系純粋ド真面目主人公……の意味はよくわからないけど、本当に予想外の質問だったのだ。緊張でバクバクしていた心臓が更に激しさを増す。

 れ、冷静に……!


「で、どうなんだ?好きな女の子はいるのか?いないのか?」


「……特にいないと思います」


「本当は?」


 本当は?って、こっちはいないって言ってるんだから、本当も何も無いだろ!と思ったが、こんな時は嘘でも適当な話を作り上げて話した方が好印象なんだろうか。いや、そもそもこの審査は何の為にやってるんだ?てっきりシソの魅力をアピールする為かと思ったが、どうも違うようだし……いや、こういった質問にも冷静に答えれるかどうか、見極めているのかもしれない。だとしたらマズイ!やはり嘘でも答えるべきだったか!


「あ!い、いました!僕好きな人いましたよ!」


「おお!どんなやつだ?」


「こほん。答えは僕の大好きな回想でお教えしましょう」


「回想?何それ?」


 ***


 ほわほわほわほわーん。回想のお時間ですよぉぉ。ほわほわほわほわーん。


 ーーお、おい何だ今の効果音は。

 ーー今のは回想を始める時の効果音ですよ。ほら、よくあるじゃ無いですか。もくもくした雲みたいなのがもやもや出てきて、回想が始まるヤツ。

 ーーいや、わかんねぇよ!何だよそれ!?

 ーー分からないならいいです。それより、回想始まっちゃったんで、静かに見守りましょう。

 ーーお、おう。よくわかんネェけど、見守るぜ。


 シソの家の隣にシソと同じ年齢、幼馴染みの女の子が住んでいた。


 ーー幼馴染みか。恋のきっかけとしては、よくあるパターンだな。


 彼女の名前は、オサナ。とても可愛らしい元気な女の子だった。

 内気でいつも一人でいるシソに、オサナは優しく声を掛けてくれた。


「シソくん、あそぼーよ!ほら、みんな広場に集まってるよ!」


「あーゆー何の得にもならない無意味な行動をすること自体が僕には理解出来ないね。馬鹿みたいに遊んで、将来の事なんて何も考えてない。このゴミみたいな村に飼い慣らされてるだけじゃないか」


「えっと……シソくん?」


 一人木の下で座っているシソを、オサナは心配してくれる。


「ゴミみたいな村にお似合いの馬鹿なヤツら。村長も大人も腐っているとは思っていたけど、そんなゴミみたいな連中から生まれてきた子供もゴミみたいな人間に決まってるよな。くだらない」


 ーー思えば、オサナはフナさんに似ているんですよね。最初にフナさんのショーを見た時、オサナがもう少し成長したら、こんな感じになるのかなぁって思ってました。あ、すいません。審査とは全く関係ない話です。

 ーーいやぁ、俺はお前の捻くれぶりに驚いてるよ。この年齢でここまで、すげぇ。

 ーー何でそこに注目するんですか……じゃあ、続き行きますね。


「でも、それだと、シソロス君もゴミになっちゃうよね?」


「……え?」


「だって、オヌルラの村の大人がみんなゴミで、産まれてくる子供たちもみんなゴミだったら、シソロスくんもゴミになっちゃうよ。それともシソロス君だけは違うってことなの?」


「……ああそうだよ!僕の両親も村長の脅しに反抗することすら出来ないゴミだ!だけど僕は違うんだ!他の奴らとは違うんだ!」


「具体的にどこが?」


「え?」


 ーーこの子結構グイグイくるな。


「シソロス君は、私も含めた他の村人、もっと限定するなら、あそこで楽しそうに遊んでいる子供たちと、具体的に何が違うのって聞いてるの」


「え、えっと。ほ、本当は外にすら出たくないんだけど、オサナがどうしても来いって言うから来たんだけど、やっぱり集団に混じって遊びたくは無いから、こうして木の下にいる訳で……遊ばないところ……とかかな?」


「そっか。私シソロス君の気持ち考えて無かった。”余計なお世話”ってやつだったね、ごめんね!」


「あ、でも僕は人間観察も出来たし、ここに来たことで、デメリットばかりって訳でも無いんだけど……」


「そっか!じゃあね!」


 そう言うと、オサナはシソの元を去っていった。楽しそうにワイワイしながら遊んでいる、他の子供たちの元へ行ったのだろう。


「そっか。じゃあね、か。はっ。本当に人間ってヤツは……」


 以降、オサナがシソに声をかけてくることは無くなった。


 回想終わり。


 ***


「……おい、何なんだよ、今の回想は」


 ベバムと全く同じ反応をするクヴィット。


「やっぱりダメでした?これまでの僕の人生の中で、”女の子”という概念と接触した記憶が、これぐらいしか無いんですよ」


「ダメって訳じゃないが、見ていて悲しくなったな」


「そうですか。じゃあ、オサナさんはやめて、フナさんにします。フナさんは僕の師匠です。これでいいですか?」


「まあいいや、それで。”フナさん”っと」


クヴィットはカリカリとメモする。


「お前みたいな捻くれ者にも、一緒にいてくれる人間がいるんだな。変わり者には変わり者が惹かれるというが、正しくその通りだな」


 変わり者?シソ変わり者ってことか?ベバムやフナはともかく、シソが変わり者っておかしくないか?


「お前は”まとも”そうに見えると言ったが、やっぱりこの町に来る人間に、”まとも”なヤツはいねぇよなぁって再確認出来たよ」


「そうですか、良かったですね」


 つまり、クヴィットはシソの事をまともじゃないと判断したってことか。残念だな。シソは個性爆発なシソやフナ、オヌルラのバカたちと違って、自分は”まとも”で常識的な人間だと認識している。バカには”まとも”な人間がバカに見えるらしいし、気にする必要も無いと思った。あれ、もし仮にクヴィットが”まとも”な人間だったとして、シソはクヴィットのことをバカにしているのだから、この場合、シソがバカになるのか。

 うん、つまり、人をバカにするのは良くない、そういうことだな。


「じゃあ、これで一つ目の質問は終わりだ。なんかすっげぇ疲れたが、二つ目の質問にいくぞ」


「はい!」


 まともな二人によるまともな審査は続く!





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