3. かたろう!

「で、お前はどうしてここに来たんだ?ヤジヤジくん」


 ベバムが男の子に聞く。

 私達は一旦テントの中で話す事になった。狭いけど。狭い場所に私とベバムと男の子の三人が地べたに座ってお互いを見つめ合っている。いや、私とベバムが男の子を睨みつけているといった方が正しいのかもしれない。

 男の子は今日、私のショーにヤジを飛ばしたうるさい子だったようだ。メガネのいかにも捻くれてそうな顔をしている為、記憶によく残っていた。


「あの……そんなに睨まれると……ちょっと怖いんですけど……後、そのヤジヤジ君って呼び方もちょっと……」


男の子が困惑した表情で、私たちを見てくる。

ベバムも私も快適な睡眠を阻害されて、僅かながらもイライラしている部分があった。男の子にはそれが恐ろしく見えたのかもしれない。


「お前の足音のせいで、快適な睡眠が台無しになってしまった。本当に悔しい。悔しすぎる。責任とってもらおうじゃ無いか」


「そうだ!そうだ!」


 私はベバムに賛同する。


「責任って……僕はただ……お願いをしにきただけで……」


「「お願い?」


空飛ぶ芸人である私たちにお願いとは何だろうか。


「あ!分かった!お仕事の依頼だね!それならこの紙に……」


私は常に携帯している紙を取り出して、男の子に見せる。


「……え?」


「今はベバムが動けないからちょっと見栄えは悪くなっちゃうかもしれないけど、私も頑張るよ!金額はいくつかのプランがあって……」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


私の説明を男の子が遮る。


「え?どうかしたの?」


「いや、僕は別に依頼をししに来た訳じゃ無いです。僕はあなたたちの芸が嫌いですから」


何だ、依頼じゃ無いのか。

しかし、はっきりと言うな、この子は。

嫌いですと本人の目の前で躊躇いも無く言えるのは素直に凄い。


「あんな子供騙しの芸で、純粋……いや馬鹿な子供たちを騙して金を巻き上げる。アリもしない幻想を抱かせる。最低です!」


最低と言われてしまった……。

ちょっと悲しいと思ったが、ヤジを飛ばすぐらいだから、相当私たちが嫌いなのだろう。

バカな子供たちを騙して金を巻き上げる。アリもしない幻想を抱かせる。

うーん。ちょっと考えてしまうな。


一方ベバムはちょっとお怒りのようで……


「そんな事をわざわざ俺たちに言う為にここに来たのか?」


睡眠を阻害した張本人は私なのだけど、ベバムの怒りは男の子に向けられているようだ。


「い、いえ!違います!」


男の子は否定する。

じゃあ、一体何をしに来たのだろうか。こんな夜中に。話したい事があるのならば、昼間私に直接言えば良かったのに。



「えっと……とりあえず、自己紹介しますね。僕はシソロスって言います。よろしくです」


ご丁寧に男の子が自己紹介してくれる。男の子はシソロスという名前らしい。


「よろしくされてもな。よろしくされる理由すら分からない訳だが。それでだ、シソ」


「シソ!?それって僕のことですか!?」


男の子は”シソ”というベバムの呼び方に驚いているようだ。シソロスを省略してシソにしたのだろうか。


「お前以外に誰がいる」


「いやでも、シソって……どうせならシソロスって呼んで欲しいです」


男の子はシソという呼び方がどうにも気に入らないようだ。


「シソロスだと長すぎる。せめて三文字だな。三文字が限界。ベバム、フナ、シソ。ほら完璧」


「いやなんですかその理論は」


すると、男の子……シソはこう言った。


「本題に入る前に、ちょっと説明しますね」


「説明……?」



 ***


ほわほわほわほわーん。回想のお時間ですよぉぉ。ほわほわほわほわーん。



 ここで、シソロスこと、思想家シソ君の人生について、振り返ろうと思う。


 ーーあっ。シソ君っていうのは、もう決まっているんですね。ちなみにこれは僕目線で動いています。変な事言わないか心配なので。


 シソは生まれも育ちもオヌルラの村だった。


 ーー生まれも育ちもというか、僕まだ10歳なんですよね。どうでもいいかもしれませんが。


 父親と母親もオヌルラの村で生まれ、オヌルラの村で育ち、オヌルラの村で働き、オヌルラの村で結婚し、オヌルラの村でシソを産んだ。


 ーーこんな狭い村で一生を過ごすとか、どうかしてますよ。


 シソは村の周りの子供たちと比べて、かなり頭が良かった。言葉を理解するのも早かったし、自分を優秀だと認識するのも早かった。村の中の同年代の子供と比較すれば(運動はともかく)優秀だった。村長や両親、大人たちから凄い凄いともてはやされた結果、自分に酔ってしまい、他人をゴミのような目で見て見下していった。当然、他の子供たちからはよく思われないし、シソ自身も考え方がかなり捻くれたちょっと危ない子になってしまったのだ。


 ーーちょっと危ない子ってなんですか!?僕はいたって普通です!周りがおかしいんです!あれ、これって普通じゃない……??


 世の中の全てに疑問を抱き、友達や村の大人たち、村長、両親さえも信用出来なくなった。自分の考えが一番正しいと常に確信していた。特に村長は一番嫌いだった。シソは自分がこんなちっぽけな村で馬鹿な人間たちとわちゃわちゃ暮らしているような人間じゃ無いと思っていた。もっと違う世界が僕を必要していると思っていた。監獄のようなこの村に子供たちを閉じ込めておこうとする村長は、自由と権利を奪う最低最悪の人間だと思っていた。


 ーー伝統ある村を若い人に引き継いで欲しいと村長は言っていましたが、僕の人生を両親や村長に決められるのだけは嫌でしたからね。特に村長。村の子供たちが僕を嫌っている事を知っておきながら、村には君が必要じゃみたいな事を言っていたのが本当に気に食わなかったです。


 村の中では限られた人間しか、外に出る事が許されていない。村には一つだけ学校があり、子供たちは大抵はそこで過ごす。畑の育て方だとか、動物の飼い方だとか、シソが知りたい事を学校は教えてくれなかった。学校に行く意味を感じない不登校のシソは両親に相談してみる事にした。


 ーーふ、不登校って何ですか!?僕はちゃんと学校には通ってましたよ!?行きたくは無かったけど……


 村長から釘を刺されていた両親がシソの考えを受け入れるはずが無かった。両親との話し合いは失敗に終わり、イライラが溜まっていく中、外から村に芸人が来る事を知った。子供たちの中にも村に不満を持つ子もいたので、少しでも不満を紛らわせる為だろうとシソは考えた。

 ただ、村の外から来た人間に興味があったので、少しは暇つぶしになるかと思い、ショーを見に行く事にした。


「えぇ。何ですか、今の。ちょっとよく見せて下さいよ!絶対何か仕掛けがあるはずです。みんな!騙されちゃだめっすよ!これはインチキなんです!」


「へぇ、鳩出せるんですね。ふ、ふぅん。ですが、小細工しようと思えば、いくらでも小細工出来るはずです。結局は小細工しないとこんな事出来るはずが無いんです!こんな下らないショー見てるだけ無駄ですよ!僕は帰ります!」


 ーーイライラしてたから、ちょっとキャラ変えてヤジを飛ばしただけですよ!あんなくだらないショーで、世の中にはこんな不思議な力を使える人がいるんだと、子供たちに認識させる事が気に食わなかっただけです!


 ***


「え?何、今の回想」


「き、気にしないで下さい!僕も見てて恥ずかしかったんで!」


シソが照れ臭そうに言う。中々な回想だったと思ったけど。


「気にしないでと言われてもな。で、結局何がしたかったんだヤジヤジくん」


ベバムがそう言うと、シソは決意を固めた表情で、少し間を開けて、こう言った。




「僕を連れて行ってください!お二方の弟子にしてください!」


「やだ」


 ベバムは即答した。



 思いもよらないシソの言葉にも驚いたが、シソの必死の言葉を一瞬で一刀両断したベバムに私は驚いた。


 ど、どうなるんだ、これ。

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