10.シャム襲来

「これを抜ければ城の北門なんだな」

 タクティカルライトで用心深く照らして、グールが飛び出してきた穴の中を見る。

 ここ通って行くのやだなぁ。また噛まれたらことだし。

「なんか他に抜け穴はないのかよ」

 クーガの方へと振り返ったときだった。

「おまえらが来るのが遅いので、こちらから来てやったぞ」

 聞き覚えのある淫靡な美しい女性の声。

 二股にわかれた階段上の広い踊り場で、キャバ嬢も更にビックリなくらいに髪をおっ立てた、あの女がこちらを見下ろしていた。

「シャム!!」

 クーガと俺が同時に叫ぶ。気があうな。

 俺は、危うく飛びかかっていきそうになるクーガの首根っこを、むんずとつかんでこちらに引っ張る。

 バタバタと手足を動かして突進しようと暴れる布と藁のかかし娘を後衛の兵士に投げて渡した。

 裏切り者ー!年増女ー!美魔女とか言われていいきになんてんじゃねーぞー!おっぱいオバケー!

 等々、兵に抑えられながら、あまり効果の無い悪口を言って暴れている。

「やっぱ、あんただったか。良かったよ。会いに行く手間が省けて」

 俺はゆっくりとホルスターから抜いたマテバを、シャムの眉間にポイントした。

 見たところ一人でやってきた感じなんだけど、伏兵があるか?

 チラリと横を見ると、ロータグ、そして近衛兵達も油断なく武器を構えてシャムを包囲しつつあった。

 サンサスは腰に納めたレイピアの、その柄の部分の水晶に左手をかざして詠唱準備に入っている。

「ふふ、スパイク。まさか、この城塞にまんまと入り込むとはな。おかげで首尾良くこの城にグール達の魔法触媒を持ち込めたぞ」

 余裕な感じでこちらを睥睨してくるシャム。

 俺はマテバのセイフティをパチリと外し、左手のない分のバランスを全身でとる。

 おかしなそぶりを見せたら引き金を引くつもりになっている自分に少し驚く。

「シャム!禁忌の魔法に手を出すとは!気でも狂ったか?!」

 サンサスが俺の前と出た。脇を守るようにしてロータグも進み出て、距離をとって対峙する。

「ふふ…優等生のサンサスは、知るよしもないだろうよ」

 禍々しい浴びせるような圧力のあるオーラが俺たちに吹き付ける。

 こちらを見下ろすその顔が悪魔のようにつり上がった。

「さて、貴様らとおしゃべりしに来たわけではないのでな」

 シャムが大きな水晶のついた魔法杖をかざすと、我々の間に城内の一部が青く映し出された。

 サンサスとロータグのうめき声が聞こえたようだった。

 大量のグールがサンサスの部下達が守る拠点を中心に埋め尽くしていた。

 どの通路も、武装したグールの群れであふれかえっている。

 一息に押し込まれたらなすすべもないだろう。

 サンサスのオレンジの瞳が燃え上がった。

 魔法通信で連絡をとって確認したのであろう。手が強く握られ震えている。

「降伏しろ。部下達の命だけは助けてやる」

 シャムが指先を軽く振ると、背後にいくつもの黒い影が盛り上がるようにして現れる。

 完全武装のグール達がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 しばしの沈黙。そして、

「わかった。降伏しよう。部下達には手を出さないと約束しろ」

 サンサスが腰からレイピアを外して前に放った。

 ロータグも剣を自分の足下に静かに置く。

 俺はこの状況を打破できないか必死に頭をフル回転させる。しかし、すでにこの場が詰んでいるのは明らかだった。

「お前達には予定通り、ノーム王の穴に落ちてもらおう」

 俺の方を向いて楽しそうに微笑む。そんなに楽しいならお前が落ちろよ。

 グールの一隊がサンサスのレイピアを拾い上げる。そこだけは赤くぬれぬれとした口蓋を大きく開き、大量のよだれを垂らしながら、腐敗した肉塊がじわじわとサンサスを取り囲む。

 俺はシャムに向けた銃の引き金に力を込めた。

「やめろ!スパイク!」

 サンサスの叫び。にらみ付けるその先のシャムはまるで悪魔のよう。

 グール達の一団がゆっくりと近づき、サンサスを拘束達するかに見えた。

「喰え」

 ニヤリと笑ったシャムが冷たく言い放った。

 ま、まじかっ?!

 グールの一体が無造作に、がぶりとサンサスの首筋に噛みついた。

 赤い血しぶきが天井を打ち、恐怖に一瞬ゆがんだサンサスと目があう。

 逃げろ…サンサスの悲鳴に近い叫びが聞こえた気がした。

 数体のグールがサンサスの細い体に一斉に襲いかかる。

 サンサスが溺れるようにグールの集団に沈んでいく。白い肌が生気を失い、よどんだ灰色が支配していく。

 オレンジの瞳から色が消え、赤く染まった。

 ぶち切れた俺がシャムに一発、続けてサンサスを取り囲むグールどもに残りの全弾をたたき込む。

 マテバをホルスターに戻すやいなや、MP5で他のグール達の脳天を確実に打ち抜いていく。

 グールは撃ち倒せたものの、シャムに向かった弾丸は、乾いた音を立てて床に転がった。

 背筋が凍るようなすごい笑みを浮かべるシャム。

「サンサス。あの者どもを喰い殺せ」

 赤い肉を無様にさらし、血みどろになったサンサスの顔がゆっくりとこちらに向けられる。

 煌々と赤く染まった瞳が俺の目を捕らえて離さない。

 ペット・セメタリーでラストに墓場から主人公の奥さんが腐り始めた肉体を引きずるようにして帰ってきたシーンを思い出し、トラウマスイッチ発動。あの映画ほんと怖いよね。リメイクするんだって?

 サンサスはうなり声を上げながら、周辺のグール達をレイピアの一閃でなぎ倒すと、猛然とこちらに向かってきた。

 ちっ、万事休すかよ。

 こちらに向かってくるサンサスの姿は、そこら中を食いちぎられ血だらけのグールと化して尚、美しかった。

 まあ、絶世の美人にキスされると思えばいっか。って良くねーだろ。

 無意味としりつつ、コンバットナイフを胸元から引き抜くと、右手一本でかまえをとった。すると、唐突、

 フラッシュバン!

 強烈な炸裂音と光が空間を埋め尽くす。

 同時に、後ろの壁が派手ににぶち破られた。

 既に聞き飽きた陽気で現金な明るい曲調。

 車体に書かれた札束を握りしめるギャルと、高額収入の文字が目に飛び込んでくる。

 高らかにバニラソングを鳴らしながら壁をぶち破って突っ込んできたキッドが、俺の目の前で急停車した。

「御免!」

 ロータグが、開いたキッドのサイドドアにめがけて、俺をタックルで押し込む。

 一瞬置いて、身の軽いクーガがヘッドスライディングで飛び込んでくると、ロータグが後ろ手にバタリとドアを閉じた。

 振り向きざま、一体のグールの首を回し折る。

 しかし、さすがのロータグも武器を持たずにグールと対するのは難しい。

 一体のグールがロータグの首筋に食らいつくと、次々と襲いかかる。

 助けようとドアから身を乗り出す俺を、ドラゴンが食らいついて引きずり戻す。

 走り出すトラックの貨物室に、シャムのところから連れてきた兵士達数名がかけこむと、キッドは巨大な車体を器用にホイルスピンさせて、そのまま出てきた穴へと走り込む。

 明るい光が一瞬視界を奪う。

 出た先は城の中庭だった。

 そのままグールを跳ね飛ばして北門をぶち破ると、城下への道へと猛スピードで突っ走った。

 サイドウィンドウからサンサスを振り返ってみる。

 煌々と光る赤い目が俺をとらえた。

「待ってろ!必ず!必ず助けに来るからな!!」

 俺は追いかけてくるグールにMP5をたたき込みながら叫ぶ。

 キッドは城門をぶち破ると、そのまま城外へと飛び出した。

 ちきしょー!あんないい女をグールにしやがって。許さん!許さんぞ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る