9.臨死体験ならぬグール化体験からの復活

 目を開けると、眉間の間に突き込まれようとしている鋭い剣の切っ先。

 少しでもおかしな様子を見せれば、ロータグの鋭い突きが俺の脳天を突き通すだろう。

 横で泣き叫ぶクーガと、必死で対抗魔法を唱え続けるサンサス。

 頬に当てられたその手の感触が心地よくもう少しこのままでいようかなと思ったが、ロータグの眼がマジで怖い。

「あ、ちょっとまった。大丈夫。なんない。グールになんない」

 慌ててロータグの眼を見返すと、正気を感じ取ってくれたのか、剣が引かれた。

 だから、怖いっての。

 サンサスにもう大丈夫だと告げ、俺は半身を起こした。

 泣きながら抱きついてくるクーガをよしよししつつ、俺は辺りを見回す。

 それほど時間は経っていないようだ。

 一息ついて、左手で髪をかき上げようとする。

 腕が軽いってか、ない。

 ああ、夢でなかったのね。

 俺は左腕を見て、そして、首をかしげておどけてみせた。

 顔色はたぶん、青ざめていただろう。

 だって、左腕がなくなっちゃったんだもの。

 痛みがないのがせめてもの救いだった。

「すまない。呪いが全身をまわる前に、切り落とさねばならなかった…」

 俺の様子を見て、頭を下げるサンサス。

 いやいや、こちらこそ助かったよ。

 なんか、いいやつじゃん。

「それと…」

 ん?どうした?

「ありがとう」

 言うやいなや、立ち上がりそっぽを向く。

 一瞬見えた赤く染まった顔がとてもチャーミングだ。

「わだじわ、かまれてもだいじゃうぶなのに、おまえはばがか?ばかなのかぁ~~~~?」

 眼から藁の粉をパラパラと落としながらクーガがまだ泣きじゃくっている。

 藁人形、いやもとい、かかしの呪いを受けてから幼児化が進行してないか?

「ばかなのか?ばがなのかぁ~?」

 うるさい。クーガの頭をぼふっとたたいて立ち上がる。

「大丈夫だよ。ありがとうな」

 クーガ照れくさそうに、えへへと鼻をこする。

 こいつ、バカなだけで、そんなに悪い奴には見えないんだよなぁ。


 見張りを交代にして小休止を挟み、一息入れることになった。

 ロータグから渡された革袋製の水筒に入ったワインを一気にあおって、ドラゴンに渡そうとしていないことに気がつく。

 あいつら大丈夫かなぁ。

 まあ、いざとなったらキッドが変形してくれるだろう。旅の途中で色々、かっこいいロボットについて教えたら、かなり興味をもっていたしね。

「どうだ、傷は痛むか?」

 近衛兵達との軽い打ち合わせが終わったサンサスが近づいてくる。明らかにこれまでと違って心を許している感じだ。

 大丈夫だよと答えて、この際だからと気になっていたことを質問してみることにする。

「クーガのことなんだが、あいつの魔法を解いてやることはできないかな。そんなに悪い奴には見えないんだけど」

 サンサスはにべもなく、

「それは無理な相談だな。まあ、スパイクもそのうち分かると思うが…まあ、今はダメだ」

 あ、「貴様」から「名前」で呼称に昇格。けれど、この質問はこれ以上続けない方が良さそうだな。明らかに不快そうだし。

「ところで、何故オズを目指しているのだ?」

 あれ、言ってなかったっけ?魔女にあまりべらべらと色々な事を話すとろくなことにならそうだったしな。まあ、この際話してみるか。

「俺は、別の世界から来たんだよ。なんで、戻るためにオズ王に会う必要があるんだ。もっとも、このまま帰るわけにもいかないけどな」

 俺は左手をあげてみせる。さすがにこのまま帰るのは嫌だった。このファンタジーな世界でなんとかしてから帰りたい。

「別の世界というと、あのドロシーと同じところなのか?」

 まあ、そんなところだよと適当に答えておく。

「なるほど。では、ロータグとも話が合いそうだな」

 うん、どういうことだ?ロータグも飛ばされてきたって事か。

 サンサスが目配せするとロータグがこちらに会釈する。

 後で話してみるかな。

「ところで、その腕のことだが…」

 サンサスの白く美しい手が、腕の切断面に触れ、一瞬ドキリとする。

 傷の具合を確かめるように、塞がれた傷口をなでる。

「この騒ぎが一段落したら、直す方法を考えよう。いくつか心当たりがある」

 切断された肉体が残っていれば再生は結構簡単らしい。グールがやっかいなところは、噛まれた部分から呪いが進行するため、切り落とした腕を繋ぐわけにはいかないそうだ。

「それは助かるよ。なら、さっさと首謀者を見つけて、このバカ騒ぎを終わらそう」

 俺は腰掛けていた階段から立ち上がった。

「ところでスパイク」

 サンサスが少しそっぽを向いた。ん?どうした?

「おまえが私につかった技…あれはなんだ?」

 さっきサンサスにかけた腕のサブミッションのことかな。

「あれは、俺の国に昔からある武術みたいなものだよ。まあ、あんなに綺麗にかわされるとは思わなかったけどね」

「そうか…」

 少し言いよどむと、

「もし気が向いたらで良いのだが…私にお前の使った術を教えてくれないか?」

 なんか、下を向いて遠慮がちに言ってくる。

 生粋の剣士然とした態度から一変、女子っぽい態度に変えてくるこの急襲攻撃に俺の心は一気にぐらついた。

 人が恋に落ちる瞬間を、僕はその時始めてみたんだ…

 とかなんとか、少女漫画なら言っちゃう感じ?俺だとキモいけどw

「あ、ああ。もちろん。まあ、サンサスに教えられるようなことがあればだけどな」

 俺がそう言うと、妙に嬉しそうに頷く。それも一瞬で、きびすを返し颯爽と部下の元へと歩き出した。

 俺はまた左腕で頭をかこうとして失敗する。

 さてさて、俺の腕を奪ってくれた、この騒ぎの元凶とやらに会いに行こうか。

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