第4話 小さくなる街

 彼女のことを忘れようとした。

 私はもう邪魔者だった。ちゃんとした相手が、侑佳さんにはいるのだ。

 侑佳さんからは何度か連絡が来たが、出ることはできなかった。

 出たら、会いたくなる。声を聞いたら、どうしようもなくなる。

 自分で思った以上に、彼女のことを求めていた。


 

 週初め、朝礼で部署のメンバーが集められた。

 部長が前に立ち、話をする。


「年末年始のこれからが勝負だ。他社に負けずに精一杯やってくれ」


 仕事は順調だった。もう怒られることもなくなり、褒められることが多くなった。

 けど、それはどうしようもない気持ちを、仕事をすることで誤魔化していたからだ。

 どんなに褒められても、どんなに良い成績を上げても、心にぽっかりと開いた穴は埋まらない。


「それと福岡支部に欠員が出て、社内公募することになった。興味あるものがいたら私に声をかけてくれ。それではこれで朝礼は終わりにする」


 部長の突然の募集に、周りの社員たちがざわつく。


「いきなり福岡はな」

「観光や出張でならいいけど、仕事でしばらくいるのはな」

「だよな。飯は最高なんだけどな」


 皆の言葉とは裏腹に、私は拳を握った。

 


 朝礼後、早速部長の机に向かった。


「部長」

「なんだ重村君、営業の報告か」


 成績が良いからか、部長の態度もかなり柔らかくなった。

 そんな優しくなった部長の顔を曇らせる言葉を発する。


「私を福岡に行かせてください」

「は?お前が、か」


 大きな声に、周りからの注目も集めた。


「はい、私が、です」

「何でだ、今の体制が不満か」

「いえ、不満などありません」


 なら、どうして?

 そんな顔をしている。

 実際、理解できないだろう。


「最近の君の働きには私も感心している。いなくなられると困るんだ。福岡支部なんぞ、正直若手に行かせればいい。君が行く必要はない」

「それでも行きたいんです」

「どうしてだ」


 言葉が強くなるも、怯まない。


「新たな環境で自分を見つめ直したい。今、あるもの、環境に頼らず、自分の力でどこまでやれるか試したいんです」


 嘘は言っていない。

 言っていないが、正しい言葉ではない。

 仕事を言い訳に、彼女から離れたい。


「ここじゃ駄目なのか。別の部署への異動でも」

「駄目です。一からリセットしたいんです」


 気軽に会えなくなる場所へ飛び立ちたい。


「強情だな」

「ええ、営業には強気な心が大事ですから」


 険しかった顔が崩れる。部長が渋々だが、折れた。


「わかった、上には俺が話しとく」

「ありがとうございます!」


 そう、ここにいたらもう私は駄目なんだ。






「すでに懐かしいな……」


 年明けから福岡に転勤することになり、急ピッチで引っ越しの準備中だ。

 家の壁にかかっているユニフォームをじっと見る。

 でも、これももう使うことはない。

 ユニフォームをハンガーから外す。

   

 プルル。

 携帯電話が鳴った。


 画面を見ると、侑佳さんからだった。

 最後に別れの挨拶でも。

 そう思ったが、電話には出なかった。


「これでいいんだ」


 ボードに貼ってあった写真と一緒に、ユニフォームを段ボールに入れた。


 


 飛行機が飛び立ち、東京の街が小さくなっていく。

 色々なことがあった街。辛さも、苦労もたくさんあった。

 でも、最後は素敵な思い出ができた。

 その思い出を糧に、私は生きていける。

 彼女がいない人生を、歩むんだ。元に戻るだけ。一人になるだけ。

 だって、それが彼女にとって幸せなのだから。


 彼女が幸せなら、それでいいじゃないか。

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