第3話 正しい姿

 代理婚活の相手が、侑佳さんじゃなかった。

 よくよく考えればそうだ。

 女性同士でマッチングするなんて、いくら運営が杜撰でも、そう簡単に起きるミスではない。

 私たちの出会いは間違いだったんだ。

 


「侑佳さん……」


 彼女と出会った噴水の前で、電話をかけるも彼女は出ない。

 早く事情を共有したかったが、繋がらない。

 足音がした。

 振り向くとそこにいたのは男性だった。


「こんばんは、重村さんですか。その、婚活のです」


 男性は藤間さんと言った。

 代理婚活で待ち合わせ場所を間違え、会うことのなかった男性。私の本当の婚活相手。


「こんばんは、そうです、代理婚活のです」


 今はそれどころではない。

 けど、精一杯愛想笑いを浮かべ、正しい相手との、正しい婚活をはじめた。




 藤間さんは、駅近くのレトロな外観の喫茶店に私を連れていった。

 女性客の多い、落ち着いた雰囲気のお店だ。


「先日は本当にごめんなさい。私の母親が待ち合わせ場所を間違えて伝えていたみたいで……」

「いえいえ!俺がちゃんと確認すれば良かったんですよ」

「けっこう待ちました?」

「1時間ほど」

「す、すみません!」


 こういうときは誤魔化すものかと思ったが、素直に話す男性だった。

 あの日と同じように、お互いの携帯に表示したプロフィールシートを交換し、話をした。

 仕事のことや、趣味など色々と聞かれた。


「カメラに旅行いいですね!俺、こないだ海外に行ってきたんですよ。ロサンゼルスです。海外に行くと、凄く刺激を受けますよね」

「え、ええ。そうですね」


 けど、結局は相手の話に持っていかれる。

 悪い人じゃないと思う。ついつい自分語りに走りがちな人だけど、嫌味で言っているわけじゃなそうだ。

 けど、違う。

 あの男と同じことを考えるのは癪だが、どこか物足りない。


「……」

「ど、どうかしましたか?重村さん?」

 

 慌てる男性を無視し、沈黙が流れる。隣の女性客二人の会話がよく聞こえる。

 侑佳さんと話したい。侑佳さんに会いたい。

 どうしようもない自分の感情に、嫌でも自覚してしまう。

 自分の正しくない気持ちを、知ってしまう。




 喫茶店を出た後も男性はめげずに、私を誘ってくる。

 私から気まずい雰囲気にしたので、申し訳なさもある。


「この後、何処か行きますか。美術館とか映画とか」

「うーん……」


 けど察しが悪すぎる。いっそ強く言った方が良いだろうか。


「普段、何処かよく行くところは?」

「……サッカー観戦です」


 男性が頭にハテナを浮かべる。


「意外ですね、サッカー観戦なんて」


 ああ、自分でも意外だ。彼女に会わなければ行くこともなかった。

 侑佳さんに出会わなければ、知ることもなかった。


 プルル。

 電話が鳴った。


「あ、出ていいですよ」

「すみません」


 藤間さんがわざわざ気をつかってくれたので、いちお謝っておく。

 画面に表示された名前は、侑佳さん

 慌てて電話に出た。


「侑佳さん、話したかったんです!」


 でも、電話の相手は侑佳さんではなかった。


『あ、重村さんの携帯で良かったですか?』


 電話から聞こえたのは、知らない男性の声。

 そして告げられた出来事に、顔を強張らせる。

 電話を切ると、待っていた藤間さんに急いで話しかける。


「ごめんなさい、急用ができてしまって。本当に申し訳ないんですけど、今日は解散にしましょう!」


 男性が返事をする前に、慌てて駆け出す。

 「ぜひ今度!」と男性が言った気がしたが、聞き返す余裕もなかった。

 車道で、急ぎタクシーを捕まえ、病院へ向かった。




 病院に着くまで気が気じゃなかった。

 勢いよく病室の扉を開く。


「侑佳さん!」


 ベッドには侑佳さんがいた。


「早紀さん!?」


 良かった、侑佳さんが生きていた。

 息をぜえぜえと切らしているが、止まらず、私から話しかける。


「良かった、無事だった。侑佳さんの友達から連絡があったんだ。交通事故にあったって」

「早紀さんから電話来ていたので、お願いしました。でも来てくれるとは思いませんでした」

「来るよ、来るに決まっているよ!何があったの?」

「ぼーっとしていたら信号無視してきた車にぶつかって」


 彼女の両足が包帯で巻かれている。


「幸いにも骨折だけで済んで、命には別状ありません」

「そう、それはよくないけど、よかった」

「でも、当分はサッカー観戦も、早紀さんのカメラ教室も学べないんで幸いでもないですね」

「生きていればいつでもできるよ」

「そうですね、当分はカメラの本を読んで勉強します」


 侑佳さんが微笑む。

 良かった。侑佳さんが無事で本当に良かった。

 安心からか、足の力が抜けそうになり、慌てて椅子に座る。


「だ、大丈夫ですか?」

「けが人に心配されることはないよ。そういえば、私達間違えていたみたいだね」

「みたいですね。電話鳴ったタイミングがバッチリすぎたんでついつい勘違いしてしまいました」

「女同士で婚活なわけないよね」

「ですよね」


 彼女と笑い合う。仕組まれたものではなく、間違いでもなかった。

 なら、それは、それは何と呼べばいいのだろう。


「早紀さんは会ったんですか、代理婚活の男性と」

「うん、会ったよ。さっきまで一緒だったの」

「え、デート中だったんじゃないですか!すみません、邪魔しちゃいました?」


 むしろ帰りたい気持ちだったので、電話はありがたかった。


「いやいや、いいの。侑佳さんが無事だったからそれでいいの」

「えへへ、愛されていますね私。ありがとうございます」


 照れ臭く笑う彼女に、今度は私が問いかける。


「侑佳さんは会ったの?」

「ええ」


 そう答えた時、病室の扉がノックされた。

 彼女が「どうぞ」と言い、ドアが開く。

 カーディガンを来た、優しそうな顔をした男性が入ってきた。


「こんにちは」


 聞いたことのある声。

 侑佳さんの携帯から、私に電話してきた相手だった。




 病院外のベンチで、私に電話をかけてきた相手、安野さんと話す。

 外は少し肌寒いが、あたる日差しは温かい。


「重村さん、お会いできて光栄です。侑佳さんから何度もお話は聞いています」

「電話していただき、ありがとうございました」

「いえいえ」


 30歳の公務員の男性。

 彼が、侑佳さんの代理婚活の相手だった。

 侑佳さんが、本当に会うべきだった人。


「代理婚活の話を親から聞いたときどうでしたか?」

「そうですね、最初は戸惑いました。親が勝手に応募していたので」

「はは、私と同じですね」

「何処の親も勝手ですよね。親の世代とは違って、結婚する年齢も違うし、価値観も変わっているんです。同じように見ないでほしい」

「ですよね」


 笑顔だった安野さんが、「でも」と言い、急に真剣な顔をして、私を見る、


「侑佳さんに会って、ああこういう人もいるんだなって思いました。とても優しくて、俺の話を真剣に聞いてくれて、歩み寄ってくれて」

「侑佳さん、いい人ですよね」


 彼は頷き、答えた。


「ええ、俺、侑佳さんのこと好きです」

「……そうですか」


 うまく笑えたか、わからない。


「重村さん、俺とも友達になってくれますか」

「え、私と?」

「はい、あなたと」


 安野さんが手を差し出す。私は困惑しながらも、手を握り返した。


「よ、よろしくお願いします」

「侑佳さんはあなたの話ばかりするんです。重村さんは凄い、あの人はカメラが上手で、話も面白くて、一緒にいて楽しいって。ちょっと嫉妬しちゃいます」

「私は、女ですよ?」

「負けませんから」


 彼の言葉に、思わず苦笑いを浮かべた。





 後日、あげる約束をしていた一眼レフを持って、侑佳さんの病室を訪れた。

 

「侑佳さん、カメラ喜んでくれるかな」


 扉を開けようとしたら、中から楽しそうな声が聞こえた。

 バレないように扉を少し開け、覗き見る。


「ははは」

「ふふふ、面白いですね。安野さん」


 侑佳さんが安野さんと楽しそうに話していた。

 二人の楽しい姿に、心が静まる。


 ……これでいいんだ。これが正しい姿なんだ。


 私は微笑み、カメラを扉の前に置き、その場を後にした。

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