第2話 楽しい勘違い

 その場で話すのもどうかと思い、会ったばかりの女性とファミレスに行くことになった。

 私の目の前にはドリアがあり、彼女の前にはハンバーグのミックスグリルセットがあった。けっこう食べるらしい。

 私から話を振る。


「まさか間違えるなんてね」

「いやーびっくりですね。親が勝手に婚活で相手を探してきたと思ったら、女性と会うことになるなんて」

「ですよね、ありえないですよね」

「ええ」


 あははと二人で笑い合う。

 親が代理婚活したと思ったら、同性の女性に出会う。面白い冗談だ。


「せっかくだから、プロフィールシート交換しときます?」

「はは、いいですね、やりましょう」


 携帯画面に自分のプロフィールシートを表示させ、相手に渡す。


「親が勝手に書いたものですけどね」

「私も、私も。普通、娘に相談して書くもんでしょ」


 彼女のプロフィールを見る。

 原侑佳、27歳。『ゆうか』ではなく、『ゆか』とのことだ。都内に一人暮らしで、エンジニアをしているらしい。


「27歳なんですね。まだ20代前半かと思いましたよ」

「重村さんこそ、もっと若く見えました」

「よしてよ。私なんてもういいおばさんだよ」

「私だってアラサーなんで同じですよ」


 彼女と話していると気分が楽になる。

 自分がどれだけ最近切羽詰まっていたかがわかる。

 誰かと話したかった。安らぎたかった。


「おっ」


 彼女のプロフィールを見ていて、気になる記載があった。


「どうかしました?」

「カメラ欲しいんですね」


 侑佳さんが目を輝かせる。


「そうなんですよ!私、旅行に行くのが好きで、景色を撮るのによいカメラ欲しいなーってずっと思っているんです。でも全然わからなくて」

「実は私、カメラにはけっこう詳しいよ」

「え、本当ですか!?あ、本当だ。プロフィールにもきちんと書かれていますね!」


 親公認の趣味というわけだ。


「私も撮影をしに、よく旅行に行くよ。今年はひたちなかにネモフィラの青い花の一群を撮りに行ったり、倉敷の街並みを撮りに行ったり、つい最近は竹原の竹灯りも撮りにいったんだ」


 そう言いながら、携帯で撮った写真を見せる。「すごい!」、「綺麗ですね~」、「うわーいいな」と嬉しそうに感想を述べてくれるのが嬉しい。


「私のも、携帯で撮ったものなんですが、見てくれますか?」

「もちろん!」


 侑佳さんがスライドするたびに写真が現れる。人の写真を見るのは久しぶりだ。

 渦潮の写真。美術館に、徳島ラーメン、鳴門金時といった場所がよくわかる写真の数々。

 次に出てきたのはサッカー場の写真だった。サポーターの応援する姿。フィールドに立つ選手。


「サッカー好きなんだね」

「そうなんです!旅行好きも、サッカー観戦の影響というか」


 サッカー観戦。

 付き合っていた人の趣味の影響かな?と思ったが、すぐに違うとわかった。


「うちの両親が地元のサッカーチームが大好きで、子供のころからよく連れていってもらったんです。英才教育ですね、アハハ。大学の時はなかなか行けなかったんですが、お金に余裕ができた今、久しぶりに行ったら大ハマりしちゃって、気づけばいつも一人参戦なんですが、遠征もしちゃうようになりまして」


 えへへと照れながら、彼女が話す。

 親近感が湧いた。私も1人で、勢いで、趣味に全力になってしまう。


「重村さんは」

「早紀でいいよ」

「え、じゃあ、早紀さんはサッカー観戦したことありますか?」

「日本代表をテレビで見たことはあるけど、現地観戦はないかな」

「それはもったいない」

「そう?侑佳さんはサッカー大好きなんだね」

「はい、生きがいですね。よし、早紀さんもサッカー観戦に行きましょう!」

「え、観戦?」

「そう、観戦。行かなければ絶対損しますよ」

「そんなに?」


 断言するほどか。


「ええ、勝ち負けは保証できませんが、面白さは保証します」

「そこまで言われちゃったらね」

「ちょうど明後日試合あるんで行きましょう」

「……急だね」

「善は急げですよ。お忙しいですか?」

「いや、これも何かの縁だよね。よろしく、侑佳さん」


 この歳で新しいことに挑戦するのは勇気がいることだけど、誰かと一緒ならそれはきっと楽しいものだ。




 × × ×

 やってきたのは新宿から電車に少し乗って、着くスタジアム。


「大きい所だな……」


 目の前のスタジアムを見上げる。

 ここがサッカー場か。周りにはたくさんのお客さんがいて、賑わっている。お祭りのようだ。

 待ち合わせは、会場入り口付近と約束していた。


「おーい、早紀さん」


 手を振る女性が見える。

 サッカーのユニフォームを着て、タオルマフラーを巻いている。けっこうな気合の入れようだ。

 彼女に向かって、手を上げると、彼女は微笑んだ。



 × × ×

「わああ」

「やったー」


 選手がゴールを決め、席から立ちあがる。


「早紀さん、早紀さん」


 侑佳さんが両手を上げ、私を見る。


「ハイタッチ?」


 彼女が頷く。

 ちょっと気恥ずかしさもあったが、その場の勢いだ。

 スタジアムにパシンっと音が響いた。 

 試合は2対1で勝利し、すっかりサッカーの虜になってしまった私は、帰りに今日ゴールを決めた選手のユニフォームを買ってしまったのであった。

 



 × × ×

 侑佳さんがカメラを構え、コスモスに近づく。


「こうですかね?」


 横から表示される画面を見て、頷く。

 パシャ、とシャッターの音が響く。

 撮った写真を見ながら、彼女がはしゃぐ。


「わー、やっぱり一眼いいですね。ボケ具合とかカメラマンになった気分です」

「でしょ。シャッター音も好きなの」

「わかります、わかります!」 


 こないだは侑佳さんの趣味に付き合ったので、今回は私の趣味のカメラ撮影に付き合ってもらっている。

 立川にある公園で、コスモスの撮影会だ。


「いいなー、やっぱり一眼カメラ欲しいな」

「古いのでよかったら、あげようか?」

「いえいえいえいえ、さすがにそれは悪いです!」

「そんなことないよ。カメラも使ってもらった方が嬉しいしさ」

「……いただいてもいいですか?」

「今度持っていくね」


 はいと元気よく笑う彼女にカメラを向ける。

 一面のコスモスの中で笑う彼女は綺麗で、映画みたいだなと思った。




 × × ×

 彼女と会ってから数週間が経った。

 仕事をしていると、部長が机に寄ってきた。


「重村君」

「はい、何でしょうか部長」

「最近、調子がいいな」


 突然の誉め言葉に動揺する。


「あ、ありがとうございます!」

「こないだは怒鳴って悪かった」

「そんなことないです。部長の叱咤激励のおかげでやる気が出ました」

「この調子でこれからも頼むよ」

「はい、頑張ります!」


 部長に頭を下げると、柔らかな表情のまま去っていった。

 彼女に出会って、仕事もうまくいきだした。

 メンタル面は仕事にも影響するのだなーと、しみじみ実感する。



 × × ×

 家で侑佳さんに渡すカメラを綺麗に拭く。

 次は、原宿に一緒に行き、食べ物を綺麗に撮る練習をする約束だ。

 ついつい顔がにやける。

 趣味を分かち合うことが嬉しい。何より彼女と一緒にいることが、楽しい。

 

 プルル。

 電話が鳴った。母親からだ。


「どうしたの、また電話?」

『あんた何で待ち合わせ行かなかったの?』


 思わず笑ってしまう。


『何がおかしいのよ』

「行ったよ、行った。行ったけど、いたのは女性だったよ。もうお母さんも男と女を勘違いするなんて早とちりだね」

『はい?そんなわけないじゃない。相手から待ち合わせに来なかったとクレームが来たのよ』

「え」


 クレーム?待ち合わせに来なかった?

 侑佳さんじゃない……?

 電話から何か言っている声が聞こえたが、耳に残らなかった。

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