代理のテイリ
結城十維
第1話 出会ったのは同性
「別れる?」
「ああ、早紀とはもう上手くやっていけない」
彼とはうまくいっているはずだった。
「わ、私のどこが駄目なの?私頑張ったよ。大介のためにしてきたよね。ねえ、ねえ教えてよ!」
「早紀はさ、俺がいなくてもやっていけるじゃん。ぶっちゃけ、俺がいようといまいと関係ない。自分一人で生きていける。それが男の俺にとって、何だか物足りないというかさ」
「どういう、こと?」
彼の言葉が理解できない。物足りない。一人でも生きていける?
「バリバリ仕事もしているしさ、しっかりと趣味を持っている。自分があるんだ、早紀には。けど、俺にとってはその強みはいらない」
話を聞いても理解できなかった。
「さよなら、早紀」
29歳になった秋。私、重村早紀は彼氏に振られた。
友達に話を聞いてもらおうと電話するも、「今日は彼とデート!」と断られ、家に一人でやけ酒だ。
「あー、世界なんて滅んでしまえ」
彼とは1年付き合った。会社の同僚と行った合コンに大介はいた。彼からのアプローチで付き合い始め、私もいい年齢だったので、このまま結婚するんだろうなと考えていた。そう思っていた矢先に振られたわけだ。
「もう、何でなのよ……」
一人で愚痴を言いながらも、振られる理由は何個も浮かぶ。
仕事人間。恋愛よりも仕事優先で動いてしまう。営業の仕事なので、もたもたしていたら周りの人間に営業成績で負けてしまう。そういった思いから常に仕事に全力で生きてきた。
あとは、趣味のカメラ。高校の頃から撮影するのが好きで、働き出してからはついつい高い一眼レフを買い、休みの度にふらふらと撮影に出かけてしまう。時にはデートを断って、「今日朝日を撮影しにいくから!」と言ったこともある。そりゃ振られる。彼氏よりカメラが大事な女など願い下げだろう。
けど、彼にだって問題がある。私の趣味に歩み寄ろうとはせず、「早紀はそのままでいいよ」と放置してきた。私はこのままでいいんだと勘違いしてしまった。あれ、私が歩み寄ってあげるべきだった?
缶ビールをくいっと持ち上げ、飲む。
テレビ番組では婚活を特集していた。
「婚活ね……」
振られてすぐに次の男!と切り替えられるほど、ポジティブじゃない。
でもモタモタしていたら婚期を逃してしまうだろう。今ですら、周りの友達はほとんど結婚しているのに、私だけが取り残されている状態だ。
「代理婚活?」
テレビを見ていると、聞いたこともない言葉が聞こえてきた。
どうやら親が娘、息子に代わり、親同士で子供をアピールして、婚活相手を探してあげるらしい。
世も末だ。
結婚はあくまで当人同士のもの。家族のこともあるだろうが、親に決められた相手なんかまっぴらだろう。
でも、うちの母親もやたら「結婚相手はまだなの?」、「孫が早く見たいわ」と電話をしてくる。他人事じゃない。このままだったら、この番組の親たちのように勝手に進められてしまうかもしれない。
プルル。
電話が鳴った。
表示画面を見ると、母親だった。
タイミングが良すぎる。嫌な予感がした。
「はい、早紀です」
『最近、どうなの早紀?』
「どうって。仕事は順調だよ」
『違うわよ。彼氏。結婚はどうなの?」
また結婚の話だ。
「またそれ?ないってない」
というかさっき振られた。今は本気で結婚なんてない。
『そうだと思ったわ』
「……もう切っていい?」
『待ちなさい。そんな冴えないあんたのために相手を探してきたの』
「は?」
ちょっと待ってくれ。
『明日の19時に待ち合わせの約束をしたわ。ちゃんと待ち合わせ場所に行きなさいよ』
「いやいや何言っているの?」
『察しが悪いわね。だからモテないのよ。婚活してきたの、早紀のために」
「は?婚活?私のため?私がその場に行っていないのに婚活?」
『そう、代理婚活っていうらしいわ。昔でいうお見合いね。親同士でいい人を探すの。とてもいい人だったからあんたも気に入ると思う」
ニュース映像が蘇る。代理婚活。親が勝手に息子、娘のためにする婚活。
「私、そんなの頼んでないんだけど」
『こうでもしなきゃ私が元気な間に孫に会えないでしょ』
「いやいや私にも予定が。それに明日は平日だし、なかなか仕事抜けられなくて」
『詳細は後でメールするから宜しくね』
「待ってよっ!」
電話が切れた。呆然とした顔で電話を耳から離す。
最悪だ。
もうお酒を飲む気にはなれなかった。
「何なんだ、これは!」
朝一番で、部長に呼び出され、怒られる。
12階フロアにうちの部署はあり、30人ぐらいの社員が作業している。
その中で、公開説教。怒号が響く中、周りは我関せずで、黙々とPC画面を見ている。
「このエリアは我らの管轄だったはずだ。そこで急に何件も取りやめってどういうことだよ」
「申し訳ございません」
「謝罪はいらない。具体的にどうするかって聞いてんだよ」
無茶苦茶だ。もうこのエリアに人は少ない。再開発の失敗。よそのエリアに注力した方が良い。
……なんて、言えないのけどさ。
「このエリアは顧客も少ないので、別商品のアピールを」
ドン。
話している途中に、部長が机を拳で叩き、無理やり会話を止められた。
「あ?俺の采配に文句言うっていうのか」
「そういうわけでは」
その後も説教は続いた。
最悪だ。
説教も終わり、一息つくためにフロアから逃げ出す。
自販機コーナーで缶コーヒーを買う。
「やってらんない」
私の仕事は、ビールをメインとしたお酒の営業だ。
入った当初は私の初々しさもあったのだろうか、契約してくれるお客さんも多く、順調だった。
しかし、ここ最近になって、私が衰えたのか、そもそもお酒を飲む人が少なくなったのか、営業成績は振るわない。
「はぁ……」
コーヒーを啜りながら、携帯電話を見る。
親からのメールで、待ち合わせの詳細が書かれていた。
ただ相手の情報はない。
こんなので行くと思っているのだろうか?
再び溜息をつき、画面から目を離す。
「ああ、やってらんない」
× × ×
今日は外出せず、社内でずっと仕事をしていた。
時刻はすでに19時。待ち合わせの時間。
「……」
もし、仮にだ。
相手が来ているとしたら、ずっと待ってくれているのだとしたら。
相手は悪くない。巻き込まれただけ。私と同じように迷惑を被っただけ。せめてその気がないことだけは伝えないと。
椅子から立ち上がった。
急いで向かったが、電車が遅れ、時刻は19時半を指していた。
どうせもういない。
けど、もしいたらとしたら、待っていたとしたら。そう思うと足が早まった。
待ち合わせ場所の噴水広場の前に着く。
息を整えながら、辺りを見渡すと、一人で待っている男性を発見した。
あの人だろうか?
そう思い近づこうとしたら、女の人が男性に近づき、二人は笑顔で去っていった。
違った。
苦笑いをし、噴水前に腰かける。
「……」
人々が歩くのを眺める。
カップル、学生。急いで帰っている会社員さん。皆、誰かといて、そこにいなくても待ってくれている人がいるのだろう。
「もういない、か」
私だけが、一人だった。
「いや、元から来なかったんだ」
親が勝手に決めたことだ。反発するに決まっている。
良かった、私を待つ人なんていなかったんだ。
帰ろう。
そう思い、立ち上がると、携帯電話が鳴った。
プルル。
「うん?」
プルル。
もう1つ音が鳴った。
目の前には電話を耳にあてている女性がいた。
ベージュのコートを着た、顔は幼く見えるが、服装からは社会人とわかる女性。
「「え」」
声が合わさり、目が合った。
ちょうど時間になったのか、ライトアップされた噴水が噴き上がり、音楽が流れ始めた。
目の前の女性が口を開いた。
「もしかして代理婚活の方ですか?」
電話の音は止まらなかった。
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