第45話 番外編 白の憂鬱 後編①

 何度見てもため息が溢れるほどに美しい石室。

 前回は僕自身が幼かったからこの場所がいかに貴重な場所であるかなど気にも留めていなかったが、理解した上でこの場に立ってみるとさすがの僕も鳥肌が立ってきた。

 白翡翠の天井と床、四方の壁は物珍しい氷水晶でできているのに、外から中を窺い知ることはできない。それだけでもトリッキーな場所であるのに、恐ろしいほどに無機質で無音の空間がただそこにはある。

 数千年間、単独の血のみで一族を維持してきいる宗像の謎や秘密が凝縮されているであろう場所。石室の壁には小さな窪みが無数に掘られており、そこには指輪の箱ほどの木箱が無造作に並べられているだけだ。

 木箱には故人を特定する名を打つこともないが、ぐるりと見渡してみて気がつくこともあった。最上部はぐるりと紅の組紐がかけられており、2段目以降は白、緑、紺が混在する。

 紅が最上位なのだなと志貴の髪を結っている組紐の色を思い出して、なるほどねと頷いた。

 

「泰山と道反では方針が違いすぎて理解できんだろう?」


 酷い言いようだなとほんの少しの苛立ちを匂わせたままで背後に立っている宗像一心の方へ振り返ってやる。

 方針が違いすぎると表現されるのは致し方ない事だが、どちらかというと、宗像こそが異例中の異例であることを理解していないのはお前の方だと睨みつけたい気分だ。

 同業者は全世界共通で血縁が亡くなった場合、故人を武器に変じ、使用することを厭わない。ゾンビのように使用するわけではないが、彼らの屍体を鋼と混ぜ合わせ、刀剣や鏃として使用する。

 屍体を悪鬼に喰われてたまるかというところが始まりだったようであるが、これが定着してしまったには深刻な人材不足も背景にある。武器一つにも頼らねばやっていけないのが全世界共通の悩みであるのに、宗像は貴重な資源を骨灰一つ残さずに逝かせてしまうという噂は真実だったようだ。

 彼らは髪の毛一本残さずに肉体を焼き切り、骨灰すら残ることを許さない。

 故人をしのぶものは生前に残しておいた柄飾りのみで、その柄飾りすら一度封をしたものは二度と目に触れる事はないそうだ。

 これが数千年間一度も破られずまことしやかに続けられていたと知り、僕は思わず苦笑いしてしまいそうになる。狡猾という言葉で表現する以上の敵だと理解したからだ。

 硬く閉じられた木箱の中身の多くはそれだろうが、おそらくその内の数個は中身が別物だ。これは確認していない以上、僕の推測の域を超えない考えではあるが、敵が千年王であればその推論は限りなく正解に近づくことだろう。

 教えてやりたくはないが、宗像泰介にはこの考えの根拠を示しておいた。

 その上で、彼らが数千年続いてきた掟を破るのかはわからない。

 何せ、蛇が飛び出てくる程度では済まない可能性の方が大きいとわかっていて決断するにはそれ相応の覚悟が必要になるから。


「確認すべきはできたのか?」


 一心の言葉にいちいち棘があり、僕は大ため息だ。

 宗像の素直具合と馬鹿さ加減の確認は済んだと言ってやろうかと思ったが、やめておくことにした。


「藪蛇になるやもしれないが一見の価値はあると泰介さんに伝えてください」


 一心の表情が硬い理由は泰介がその内容を彼一人の胸にしまいこんでいるからだ。己に深く関わる内容であるのに知らされないのはお腹立ちのことであろうが、一心にとってこの内容は最後まで知らない方が身のためという奴だけどなと思っている。

 物言わぬ僕が気に食わないのだろう。一心は僕と向かい合ったままでひき下がろうとしない。


「さて、志貴は僕が預かります。 今のあんたじゃ役不足も甚だしいからね」


 舌打ちをした一心が僕の胸ぐらを思い切り掴んでくる。別に怖くもなんともない。だから、僕も彼の腕に渾身の力を込めてやった。


「鴈楼蘭!」


 フルネームで呼ぶなよとイライラしながら、いちいちムカつくこの身長差に僕は一心の顔を見上げる。

 色男台無しだなと言ってやると、彼はその目を血走らせながら奥歯を鳴らした。


「僕に噛み付けるのですか? 不条理は世の常ですがね、それすら指先一つで弾き飛ばせる力が必要だと僕は思っています。 たかだか『ワンコ』の縛りから逃れられないあんたには僕と同じことはできない。 さて、反論できるならいくらでも聞いてやりますけど何か言ってみますか?」


 怒髪天を突いているらしい覇気が爆発した一心の細く艶のある銀髪の一部がわずかに金色に輝いた気がして、僕は本能で身構えてしまう。

 千年王でもないくせに、こいつにはこれがある。だから嫌なんだ。

 琥珀色の瞳の奥に眠っている別の色が溢れてくるのかもしれないと小さく息を飲んだが、彼はゆっくりと瞳を閉じ、顔を背けた。

 結局、彼は自分自身を優先することはないから、己の怒りすら飲み込んでしまう。それだけ、宗像一心という男は馬鹿みたいに志貴のことが大切なのだ。

 だから、今、どこに匿えば最も効果的に護ることができるのかを理解しているから、反論しない。正確には反論できないのだろうけれど。

 胸ぐらを掴んでいた指先の力が抜け落ち、目を合わせずに一言だけ頼むと言葉をこぼし、ゆっくりと背を向けた。


「一心は悪くない」


 千曳の石に背を預けるようにしてうとうとしていた志貴がゆっくりと瞼を持ち上げた。

 悪いのは私の方だと目を伏せ、ゆっくりと立ち上がった志貴が泣きそうな声で一心を責めるなともう一度言った。

 足元もおぼつかないくせに一人で立つなと僕が肩を貸したら、彼女は苦笑いをしながらも、一心の背に声をかけた。


「迎えに来てくれるんだろう?」


 びくりと体を震わせた一心が言葉を発しないまま、拳を握りしめている。

 何とか言えよと僕の方がイラついてしまう。


「一心が迎えに来なかったらさ、この懸賞首、冥府に差し出してやるからな」


 志貴がぶっきらぼうに言うと、流石にたまらないという顔をして一心が振り返った。


「クソッタレ共に易々と首を狩られてやる」


 志貴が嘘じゃないぞとちょんちょんと自分の首のあたりを指で突き、どうするんだというように一心の目をじっとみた。


「いらんことせんと大人しく待っとけ」


 一心が志貴の鼻先に指を突きつけて、ニヤリと笑んだ。

 いつもの小馬鹿にしたような彼の笑顔ではなく、必死に取り繕ったような口元がわずかに震えている。

 一心の唇の色がないのは志貴の顔色が急激に悪くなったのと同じ理由だ。

 数センチでこれかよと一心がグッと眉間に皺を寄せて、近づけた手を下げようとしたが、志貴がその手をぎゅっと掴んだ。

 だめだ、離せと慌てた一心とは対照的に彼女は覚悟を決めた顔をして、僕のそばからするりと抜け出して行った。

 彼女は一心の襟首に手を伸ばし、ひきよせた。一心の唇に軽く触れてから、その胸に額を押し付けた。


「触れたら死ぬ? それがどうしたってんだ」


 ずるりと志貴の体が力を失い、その場に崩れ落ちていく。

 それを慌てて一心が手を伸ばし、受け止めた。

 ごぼりと血を吐きながら、それでも志貴は嬉しそうに笑った。

 彼の腕にしがみつくように腕を回して、志貴がその温度に目を閉じる。


「いっそ触れて死んだ方がマシだ」

「お前、今、何て」


 一心が志貴の言葉を飲み込んでみて、ほんの一瞬だけ視線を空に向けてから、負けたわと小さくぼやいて笑った。


「そりゃそうか」


 一心の目の奥に何かが灯った。彼はしっかりと志貴を抱きしめて、その髪に顔を埋めた。


「一心がいないのは生きていないのと同じことだ」


 離れることで護っているつもりになっているのならお門違いだと呟き、志貴の腕は急速に力を失っていき、眠りに誘われるように意識も落ちてしまった。


「なんて奴」


 正しい引き金の引き方だと思った。

 宗像志貴の言葉は強烈な弾丸として確実に宗像一心の胸を貫いただけでなく、宗像一心が選びかねなかった最悪の選択肢をあっさりとうち消した。


「究極の呪いの言葉だね」


 僕のこの言葉に一心が唇を噛んだ。


「この身を差し出しても、命を差し出しても、心を差し出しても、褒められやしない」

 

 一心も真っ青な顔をしているのに、苦痛を一切外に漏らさず、僕に志貴の身体を委ねてきた。

 

「貸にしておいてあげるよ。 早く、迎えに来てやってよ」


 わかったとだけ一心は呟き、踵を返していった。

 その後ろ姿がいつもよりひ弱に思えるのは、そのすぐそばに彼の宝物がいないからだ。

目障りなほどに群を抜いたレベルの猛者の癖に、これほどまでに簡単に叩き落とされるとはなと思いはしたが、同時に羨ましくも思った。

 自分自身の進退に易々と影響を与えてしまうほどの相手が僕にはいない。何を失っても、伽藍堂の僕には痛くも痒くもないから、本当に羨ましくなってしまう。


「すっごい殺し文句だったな」


 腕の中のお預かり商品の眠りこんだ顔をまじまじと眺めてしまう。

 宗像志貴が欲しいと思ってしまうのはこういうところがあるからだ。

 でも、無理に彼女を自分のものにしても僕が欲しいものは何一つ手に入らないし、余計な虚しさを味わうだけだ。


「君はどこまでも潔いしな。 何がどうなっても一度としてブレることなく、宗像一心しか見ていない。 彼が骨になったとしても見つけてしまうのだろう。 千年王にはそれができてしまうからな」


 千年王には時間がありすぎる。

 こぼれ落ちてしまったものを拾い集め、その一つ一つから探し出してしまえるほどの膨大な時間がある。


「蒼は揺蕩う者の名。 何をどう揺蕩うかはその時々の人物に左右されるだろうが、この度の蒼は質が悪い」


 蒼が紅と白と同格に扱われないのはその名の性質によるものだ。

 蒼は紅と白を超えることはない。だけれど、たった一つだけ超える方法がある。

 己を己として扱わない状態になることだ。


「三千世界に一度に開く梅の花とはよく言ったものだな」


 梅を最も美しい花として仰いでいる宗像にとって蒼の王の存在は皮肉だ。

 彼らはその皮肉の意味すらわからないだろう。

 梅の花とは天の浮き橋のことを指す。

 肉体を離れた魂であれば過去も未来も見通してしまう。


「自分は何もせずして、その時々の人を動かせば良いだけ」

 

 皮膚を刺すような寒風が吹いたかと思うと、ついぞ先ほどまで目の前にあった石室は魔法がかかったように視界から消えていた。いよいよ、宗像は気色の悪いことだなと思う。


「さて、お持ち帰りしましょうかね」


 志貴をもう少しちゃんと抱き抱えようとして、背後に殺気を感じて足を止めた。悪いとは思いながらも、彼女の身体を小脇に抱え、右手に大剣を握った。


「李博!」


 志貴の身体をすぐ横に顕現した白鷹に託し、こちらに向かって飛んでくる無数の氷の矢を咄嗟に叩き落とした。氷には粘稠性の高い赤紫の液体が付着しており、鋭利すぎる切先は怪我をさせること以上の目的がありありとわかる。

 高濃度の猛毒が塗り込められている様子からして、本気で殺しにかかってきている。

 面白いのは分かりやすいほどに志貴を避けて飛んできている事だろうか。

 志貴を殺したくない。もしくは、志貴を傷つけられない理由がある。

 それが愛情ゆえのものであるというのなら、半笑いだ。鬼畜すぎる。

 氷の矢は足元で蒸発し、嫌な匂いを撒き散らす。

 これを食らったのが宗像であったのなら、そこそこに効いたのだろうが僕には残念ながらこの手のものは通用しない。

 でも、一応、効いているふりだけでもしておくか。こちらの手の内を明かすつもりはないしとふらついてみる。

 すると、途端に足元がぬかるみに変わり、そこから複数の悪鬼の手が伸びてくる。悪鬼を禁域に招けるというのか、なるほどと小さく息を漏らした。

 道反でこれができるとしたら志貴か、志貴と同等の宗像の人間で確定。

 それにしてもあの手この手と必死だな。

 これだけの猛攻は想定していなかったが、それほどまでに泰山へ連れて戻られたら困るってことか。

 

「出てきなよ。 場合によっては手を組んでやっても構わないよ」

『宗像は宗像で完結する。 部外者が宗像の者を連れ出すのはよしとはしない』


 声はすれども姿は見えずか。

 なかなかの練度をお持ちの覇気を纏うお声ではあるが、生きている千年王とは思い難い。あるべき音が聞こえないのだ。 


「宗像の強度を保つためであれば多少の犠牲は厭わないと聞こえるけれど、合ってます?」

『関わるなと言っている』

 

「おやおや、お言葉が過ぎるのでは? そうだ! これ、ご存知です? 生きている者だけが千年王の敬称で呼んでもらえるって事」

『よちよち歩きの千年王に何ができると? ここいらが引き時だぞ』


「脅しに屈するほど、僕、弱くないみたいなんですよ」

『紅の動向すら操作できるこの私に噛み付くとは良い度胸だ』


「本当に操作できているんですかね。 できているのなら、取り上げてみてください。 できないはずだ。 何せ、志貴は今、この僕の間合いにいる」

『千年王である以前に志貴は宗像を受け継ぐ者だ。 お前が何をしようとも、この手の中からは逃れられはしない』


「なるほど、そう来たか。 これでようやく分かりましたよ。 あんた、やっぱり鬼畜だな。 千年王の時間を何に代えたんだ?」


 返答はないが、その代わりにあたり一面が紅蓮の炎に包まれる。

 燃やせるものは燃やし尽くすと言わんばかりの猛威。

 草木どころか土も何もかもが灰へと変わっていく。

 時折吹きつけてくる熱風は頬の高い部分を焼く。チリリと皮膚が焼けるとこれまた嫌な匂いがする。この傷を一瞬で完治させようものなら、攻撃がランクアップしそうだからとりあえずおいておくか。


「宗像はまるで墓石から生まれ落ちるNoblesseだな」


 宗像がどうして倒れないのかは同業者達の七不思議の一つだった。

 世界のどこを探しても始祖の強度を維持できる血統を絶やしていないのはこの宗像だけだから。それを可能にした方法についての推測は確信に変わった。

 血がこれほどまでに宗像の人間の心身に強い影響をもたらす理由は意図されて作られている。

 

「交渉決裂。 僕はね、一度でも僕に矢を放った奴とは手を組まないって決めているんだ」

『最初から組む気などないだろう?』

「そうでもなかったのにね、残念だよ。 僕はお花畑で育ってきている宗像の連中とは違うからね。 多少の汚さは飲み込める小狡さはあるんだよ。 使えるものは使うスタンスだし、欲しいものを手にいれるためには手段を選ばないのも美徳だよね」

『志貴がそれほどに欲しいのか?』

「欲しいね。 ただ、こういう嗜好はないんだ。 僕が気に入ってるのは器やそういうんじゃないからね。 それに、僕は大切なものを囮にするような品のない闘い方だけはしない」

『宗像の仇となる者を早々に排除しているだけだ』

「朔は宗像の宝だと思っていたけれど、その朔が仇?」

『朔に問題などない』

「おやおや、これは愉快なことを言う。 どう見ても、朔が排除対象にしか思えないのに、苦しい物言いだね。 ならば問題とは何? 紅の王に問題があると? それなのに、志貴は消したくはない。 あれあれあれ? そうか、朔ではなく、問題は宗像一心か。 彼の何を恐れているの?」

 返答がないところを見ると核心に触れたか。

 さらに紅蓮の炎の勢いが増した。

 炎の輪の中央には強烈な上昇気流が生まれる。

 先ほどより強烈な熱風はジリジリと肌を焼く。熱波に煽られた髪の先が焦げ付いて嫌な匂いがする。

 志貴が覚醒すれば、炎は彼女の十八番だから秒で片がつくが、如何せん意識不明だ。さて、どこまでうっかりのフリを続けていられるか。こちらの手の内はまだ見せたくないが、そろそろ限界かもしれないな。


「道反を思うままにされ放題とは宗像の連中は無防備すぎるな」


 道反でこんな襲撃を受けているというのに、宗像の中核が駆けつけてこないのはおかしい。

 先刻までここに一心がいたのに、その一心ですら対処行動をとれていない。

 いよいよ、この対峙している輩が巧妙な魔物であると自覚すべきなんだろうなとペロリと舌を出した。


「ところで、一つ、言ってもよろしいか? 降参しますって僕が言うとでも?」


 指先を歯で傷付け、手のひらに傷口から溢れてくる血液で雪の紋様を描く。


「冬帝、来たれ」


 舐めるなよ、僕は志貴を除けば現存の千年王の中じゃ一等強い。

 この程度の炎であれば眠らせることができる。

 大剣を宙に放り投げると一回り小さくその姿を変える。より細身の諸刃の剣を手に取り、その透明な刃に指を這わせる。血を吸い上げていく刀身が毛細血管が広がっていくように複数の網目となる。

 僕の予想であれば彼は自分自身では動けない。

 だから、誰かの体を利用して、僕に仕掛けている。

 僕の動きに一歩遅れがつきまとうのはその操作されている肉体が志貴にとって手痛い人物の恐れがあるからだ。それすら奴はわかっているのだろう。

 ぎりりと奥歯を噛み締め、致命傷にならないように手加減しながら突き進むしかない。

 影を纏っている身体が目の前に現れたかと思うと、その狼の仮面も闇色であり、そこから覗く瞳の色が金色に輝いている。

 背丈はそれほど高くない。


「女かよ」


 悪いと思いながらも、腹部に蹴りを入れる。

 確実に入っているのに、痛みの声すら上がらない。

 全ての感覚を支配され、傀儡にされるのはお気の毒だな。

 痛みも疲労もない人形は間髪入れずに突っ込んでくる。

 

「ガードもしないのか」


 まるで殺してくれても構わないという体裁だ。

 待てよ、どうして投げやりに戦わせるんだ。

 僕に切り捨てられたとしても、奴に旨みがあると言うことだ。

 

「なるほど、やってくれる」


 使い捨てでも構わない個体だが、それ相応の人物。何なら、この目の前の彼女が命を落とすと連動して引きずられていく大物がいる。

 足を止めて、相手をまっすぐに見た。

 僕の目には仮面の奥のものを覗ける才がある。


「いやらしい闘い方をする」

 

 予想通り操られているのは白川巳貴だった。


「トメロ」


 弱々しい声色で、まるでロボットのように言葉を吐き出した。


「ロウランハアメジスト」


 何を言い出すんだと息を飲んだ。突如として激しい頭痛がくる。


「アメジスト」


 僕の瞳の色はアメジストの如く美しい紫なのだそうだ。

 おや、誰にこんなことを言われたのだっけか。

 知っている。


『封を解いたあなたの瞳はアメジストより美しい色なのね。 その瞳に私が魔法をかけておきます。 良いですか? 忘れないで。 数十年後のとある日、あなたは人生最大の魔物と会敵します。 その時、あなただけが記憶を保持しているように仕向けます。 トリガーとする言葉はアメジストにしましょう。 楼蘭、絶対に忘れないでください。 その時が来たのなら、私のここを貫いてください。 約束ですよ。 その時の私が何を口走ろうと、必ず貫いてください。 そうしなければ、あなたの先に連なる大切な絆も潰えてしまう。 記憶できましたか? 良いですか? 魔物が恐れているのは二人います。 一人は宗像一心、もう一人はあなたですよ、雁楼蘭。 私の雁楼蘭、どうかこの願いを聞き届けてください』


 紺色の髪は緩やかに波打っていて、風に舞うと柔らかに舞う。

 瞳の色は志貴よりは穏やかなひだまりのような琥珀色。

 口調はきついのに、本当は恐ろしいほどに優しいし、気遣いがすぎる人。

 大きな楠の下に落っこちていたのを見つけたのは僕だ。

 拾ったその人は女の子の格好をしていていた僕を見て、間違うことなく僕を『僕』だと認識していたから、ひどく驚いた。

 その上、すぐに彼女は『間に合った』と咽び泣いて、僕を抱きしめた。

 この僕が見ず知らずの人に抱きしめられてしまったのだ。しかも、何の警戒心を抱くこともせず、丸腰のままで僕は彼女に抱きしめられてしまった。


『楼蘭、助けて。 お願い、宗像を助けて』


 彼女はそれだけ言うと意識不明になってしまった。よくみてみると、身体中に切り傷があり、大怪我以上の様相をしていたから、僕は李博にこっそりと我が家まで運ばせて、母が介抱してくれた。


『楼蘭、これだけは覚えておいて。 これから先、絶対にご両親だけで任務に行かせてはいけませんよ。 お願いです。 あなたのためなんです。 だから、お願いだから、ご両親だけで任務に行かせないと私と約束してください』


 幼い僕は当然その理由を聞いたが、その人は言えないとだけ答えた。

 だけれど、僕のためだと、心のためだと繰り返し同じ内容を口にした。


「僕は約束を忘れてしまっていたみたいだ」


 どうして今頃思い出す。

 僕は知っていたのに、みすみす両親を失ってしまったのか。

 今更、涙がこぼれ落ちたってもう遅いのに。


『楼蘭、聞いて。 あなたを狙うものはあなたの心が美しいのを知っていて、あなたの心に影をつくろうとするでしょう。 でもね、大丈夫。 私が護るから』


 何を護るというのか。

 僕の両親はもうこの世にはいない。


「やるしかないのか」


 貫けと言ったのは彼女だ。

 ならば、それを叶える。

 罠かもしれないという迷いは捨てた。

 女性に対する扱いを排除して、僕はその首に手を伸ばし、思い切り、地面に叩きつけて、腹部に足を乗せた。

 朔の一心がこの場に現れるまでに数秒もないはずだ。

 素早く屈んで、ここだと言っていた左の鎖骨あたりに迷うことなくまっすぐ切先を突き立てた。

 パリンとガラスが割れたような音があたりに反響し、遅れて爆風が吹き荒れた。数秒もせずして、違和感に苛まれた。己の足の下にあったはずの身体の感触がない。

 一心が来たのかもしれないと身構えた。だが、彼はその場に倒れ込んでいるだけだ。


「卵が先か、鶏が先か。 やってみなければわからない。 だから、今からあなたの心を護りに行きます。 それが全てを護る一歩になる」


 えっと振り返ると、僕の背後に仮面をしていない彼女がいる。

 しまった。

 一心の方に意識を割きすぎてぬかってしまった。

 僕は眼を閉じたのか。いつだ、いつ、瞼を閉じてしまったのか。

 白川巳貴の右手が僕の目を背後からそっと覆う。


「一心さんは心配はいらない。 楼蘭、よくきいて。 私にできることがあると教えてくれたのはあなたです。 だから、全て取り返してあげるから待っていて」


 嘘だろうというくらいに膝から力が抜け落ちていく。

 この僕が背後を取られた。

 しかも、どうして僕の弱点をこいつが把握しているというのか。

 ダメだ、意識が落ちる。

 このままでは志貴を護れない。

 ここにはあいつがいるというのに、何てことをするんだ。

 李博と声に出たかすらわからない。

頼む、志貴だけは何が何でも隠せ。



 強烈な頭痛がして、目が醒めると僕は暗がりにいた。

 天井からぽたりぽたりと落ちてくる水滴が夢でないことを僕に把握させた。

 ここはどこだ、なんて台詞を口にしながら、体を起こすと節々が痛む。

 目が痛むのはさっきの衝撃のせいだ。

 右目にそっと触れてみると、やはり滑りある液体が触れた。

 やられたかと思ったが、殊の外、痛みも変調もない。

 袖口で拭うとそれきりで、何の影響もないというのがやけに気味悪い。


「楼蘭!? こんなところで何をしてるんだ? いつまで経っても来ないから見にきてみたら、こんなところで寝てるからびっくりだよ」


 すぐ近くの磐座の上に馴染みある声がして見上げると志貴がおり、そのすぐそばには仏頂面の一心がいる。


「一緒にいても平気なのか!?」


 僕の問いに二人は顔を見合わせて、ほぼ同時に首を傾げている。


「いつもと変わらず一緒だけど、なんで?」


 志貴の困惑した顔を見て、さらに困惑するのはこちらの方だ。


「待て、待て、待て! 何だ、これ! 落ち着け、落ち着けよ!」 

 

 目を閉じ、呼吸を整えると、左手のすぐ横に何か包みがあることに気がついた。これは母から託されたものだ。


「母から託された!? 待て、どうなってる」


 僕の記憶は確かだ。

 母から泰介に届けてくるようにと託された。

 だが、母は父と共に惨殺死体となって晒されたはずだった。


「千年王となる前のことだろう。 どうなってるんだ?」


 パニックになりそうだが、母とつい数時間前に話をした記憶もしっかりとあるのだ。


「改変されてる」


 急激に冷や汗が吹き出し、激しい頭痛がする。

 宗像志貴と一心の間に何があったのか、もう一度、整理すると別の記憶が確かに存在する。


「志貴、変なことを聞くけど、白川巳貴という人物は道反に呼ばれている?」


 志貴が驚いて言葉を飲んでいる横で、一心が怪訝そうに眉を顰めた。


「今夜、労うつもりの相手だ」


 どうして知っているのかと志貴は首を傾げた。

 今度は僕が息を飲む番になってしまった。

 時間が戻っている上に、過去が改変されている。

 数秒間の沈黙。

 過去の改変などできるやつがいるはずがないが、宗像ならば或いはと思ってしまうこともない。

 あの惨事を引き起こした敵に勝てるかもしれないが、あるいは、これすら読まれていて、僕をも諸共に消し去るつもりかもしれない。 

 

「二人は僕を信じられる?」


 志貴と一心がこれまた不思議な顔をしたままで首を傾げた。

 

「宗像の王となる位置につきかねない人間には時を遡る能力が付与されている可能性があるのかだけ教えてほしい」


 これには志貴の表情が凍りついて、それが正解であると語らずして把握できてしまった。

 あからさまに一心が警戒心をむき出しにして、志貴の体を下げた。


「警戒するのは仕方ないことだ。 ただ、これだけは聞いてくれ。 過去が改変された。 改変された事を僕だけはどうしてかわかっている。 にわかに信じがたいと思うが、信じてくれないと困る。 今夜、白川巳貴という人間に志貴と一心さんの関係性がぶっ壊されてしまう。 王と朔の契約が破棄されるのだけは避けなくちゃいけない」


「楼蘭、お前、とんでもなくおかしな事を言ってるって自覚あるか?」


 一心の言葉に僕はあると頷いた。

 その上で、この過去の改変を起こしているのがおそらく白川巳貴であることを説明した。

「白川巳貴は己が操作されて引き起こされてしまった未来を潰すために動いた。 蒼の千年王の支配が及ばない僕に頼むと命懸けで頼みに来たんだ」

「蒼の千年王はある意味でこの宗像の根幹を作った神棚に上げてるほどの王やぞ?」

 志貴が一心の体を押しのけるようにして少し身を乗り出して、困り果てたような顔をした。

「それに白川の子が王と朔に何ができるって言うんや?」

「彼女はただの白川じゃない。 宗像の王にスペアが用意されている話を一度も聞いたことはないか?」

 スペアだとと一心が苦虫を噛み潰したような顔をした。そして、ふっと何か思い当たることがあるのか、沈黙して俯いた。

 どうしたんだと志貴が一心の横顔をみつめると、彼は渋い顔をして口を開いた。

「黄泉の鬼についた時、現存する宗像の黄泉使いが全滅したとしても、宗像の王だけは潰えることはないから、禁域死守を最優先とすることと言われたことがある。 あの時は宗像の黄泉使いの全滅なんて有り得んし、何を言ってんだと思ってたがそれに裏があったと言うことか? そうだったとしたら、楼蘭の言ってることはあながち的外れでもないってことになる」

 一心が視線を持ち上げて、僕を見た。詳しく話せと言うことだ。

 僕はこれから起こり得る未来について詳細に説明すると、志貴は目眩を覚えたようでその場で膝を折ってしまった。一心の表情にもありありと恐怖が張り付いている。

 

「ただ、これを僕が君たちに話すことまで蒼の王が予測しているとしたら、どう攻め手を変えてくるかはわからない」


 一心がそっと志貴を抱きしめて、その背を撫でてやっている。

 志貴が言葉一つ発さない理由は一心だけでなく、僕だってよくわかっている。

 彼女は脆いし、千年の長い時を与えられるには不向きな人間だからだ。


「しかしながら、手の打ちようがまるでないわけでもない。 蒼の王にもどうしようもない契約方法なら僕が一つ知ってる」


 千年王の縛りがたかだか一血族の縛りを越えられないはずがない。


「蒼の王に気づかれずにそれをやってのけると勝率ははねあがる。 勇気がいると思うけれど、やってみないか? 一度、王と朔の関係性を自ら破棄するんだ」


 何を言ってるんだと言うように怯えた目で見る志貴に僕は大丈夫だと頷いてみる。


「君たちは宗像すぎるんだ。 宗像は独特すぎる風習が多すぎて、思考が狭められてる。 冷静になって状況を整理しろ。 宗像志貴、君は宗像の王である前に紅の千年王だ。 宗像一心は君の朔である前に、紅の千年王の愛する夫になるのだろう? どうして、朔としてそばに置いておくことにこだわる? 君の膨大なエネルギーの受け皿でいてもらうためか? 王と朔の関係性をそのまま昇華させてしまえ。 君が選んだ夫を唯一の番として縛りを結びなおせと言ってるだけのことなんだ。 そうすれば宗像の血有りきの縛りを一度越えることになるから、血に組み込まれた制御の遺伝子は君たちには影響し辛くなるはずだ」


 簡単に言うなと一心が声を荒げた。

 この時の彼はまだ己が狙われている等と気がつけていないのだから仕方のないことだと、珍しく僕は彼の反応に苛立つことは無かった。

 

「蒼の王に都合の良いストーリーに引っ張られるなよ。 いいかい? 朔が生まれ、そのそばに王が生まれ落ちると言うこの宗像のストーリーが本当は違っていたら? 全てが嘘と言っているわけじゃない。 朔と王は生まれながらに定められているものではないって疑ったことはないのか? 王はともかく、朔の役割が振られるのは後天的なもので、王となる者が己に最も必要な相手を朔として選択しているだけかもしれない。 他族から見たらこの関係性はある意味で互いが弱点となるように仕組まれているようにも見えるんだよ。 一心さん、あんたが朔だと自覚した時期はいつ? 志貴を認識した以降ではなかったのか?」


 一心が息を飲んでから、額に手を当てた。

 その様子に志貴が心配そうに顔を覗き込んでいる。


「志貴が生まれてからしばらくして俺が抱くと泣き止むからって面倒見せられて、寒そうにしてたからあっためてやるかと思った時に自分の体が毛むくじゃらなことに気がついて、狼になれることがわかった」


 最初から狼になれるなんて知らなかったと一心はつぶやいた。


「狼になるってことの意味がすぐにはわからんかったから混乱したのは事実。 でも、しばらくして朔の役割を振られたんやと理解した。 それも、たぶん、志貴が庭先へ転げ落ちそうになって、あかん、怪我するって思ったタイミングやったと思う」 


 体が自分の意志より先に動くことがあると知ったとつぶやいた一心は目を伏せた。


「ほら、答えはあった。 志貴があんたを朔にしたんだ。 最初から定められていたわけじゃない。 このシステムは王にとって最も必要なものを朔として炙り出す効果もあるってことだよ。 宗像の王の中の王、千年王がたった場合のそれを炙り出すことができたとしたら、蒼の王はご満悦だと思うよ。 弱点を押さえられた千年王はどうあっても自分を越えることができなくなる。 最も大切なものを奪われてからの満身創痍のスタートでは良くてもせいぜい引き分けだ。 しかも、宗像の血の中に刻み込まれている呪いのような縛りに支配されれば、あっさりとしてやられて、牙を削がれて終わりだ」


 宗像の血の維持方法は恐ろしいほどに蒼の王の手の内だ。

 蒼の王が必要とする宗像の血筋をキープするために、これまで幾度となく断罪と破壊を繰り返しては再生させてきたはずだ。

 血で血を洗うような闘争を起こすことすら厭わなかったことだろう。

 そして、破壊され尽くした後に、ポンと始祖に近い血を持っている王を差し出すのだ。


「でも、俺達の体に流れている血には蒼の王の印が刻まれていて、制御されてるってことやろう? それをどうやって排除するんや?」

「正確に言うのならば排除はできない。 だけど、上書きはできるってことだ。 朔としての役目を一度解いて、千年王の番としての縛りを先行させる。 その上で、宗像の王として志貴が朔の役割をもう一度付与する。 朔としての役割を付与すればリスクを再び背負うことになりかねないけれど、朔ではないことがバレるとさらに何をしてくるかわからない」

「それで勝ちきれるのか?」

「正直、今は無理だろうな。 何せ、敵が見えないだけでなく、目的が掴めない。 それに、本音を言えば、千年王の縛りを先行させることが狙いだとしたら、とんでもないことをまことしやかに僕に言わせているのかもしれない」 

「千年王の縛りが先行するリスクも十分にあるわけだしな」

「やっぱり気づきましたか。 今の志貴は千年王としての器が別にあるから、朔を奪われても宗像の王としての自分を切り離せば最小限の被害で食い止められる。 だけれど、千年王の番としての縛りを優先させれば、あんたを叩き切られたら、今度こそ、直結してその魂に手が伸びる」

 一心の伏せた眼の中にありありと不安が浮かんでは消える。

 自分が傷つくのは耐えられるが、志貴を傷つけられることを彼は極端に恐れている。


「私は一心を取り上げられたのなら別に生きていたくはないからリスクでもなんでもないけれどな。 縛りの仕切り直しを行うことに迷う必要がどこにあるんだ? そんなことより、手の込んだことを繰り返し繰り返し行ってまで私達を抑え込みたい理由の方が知りたい」

「そんなことより? お前、本気なんか?」

 一心が呆気に取られて志貴の方をみた。

 僕は思わずその様子に吹き出してしまった。

 志貴は何をそんなに驚くのかと言うように首を傾げたままだ。


「志貴はそんなもんでしょ? ただの虚弱体質ではないってことくらいわかってたでしょ?」


 僕がくすくすと笑って言うと、一心はうっと言葉を詰まらせた。

 当の志貴は自分の疑問と不安に精いっぱいなのか、僕らの様子にはまるで興味を示していない。


「ちょっと二人とも真剣に考えてくれ! だって、変だろ? 時間の概念を超えることができるのは一定水準の宗像の人間、ことに朔を持つに値する人間にしかできないことだ。 それを行えた者がいるのなら、宗像においての血統順位はかなり高いはずだ。 そんな類の者がどこに隠れていたというんだ? あの父や叔父ですら時間の概念には触れる勇気がないと言うのに。 それほどの能力者なら、隠れていることの方が難しいだろう。これまで上手く隠れてきたと言うのなら、このタイミングでどうして出てくるんだ?」 


 志貴の声に緊張が滲んでいる。流石に本物の感性には頭がさがる。

 お察し機能が大活躍しているらしい志貴の額に汗が浮かんでいる。

 志貴への回答こそが、君たちの血族の墓所に眠っているはずだと言うべきか迷った。最悪の展開が待っているかもしれないと僕の脳裏をよぎったからだ。

最悪の展開。

 白川巳貴はおそらくその一人だ。

 そして、今、目の前にいる志貴自身もその可能性がある。


「言いにくいことでもかまわん、頼む、教えてくれ」


 僕が押し黙ったことに何かを察した一心が珍しく穏やかな口調で問うた。


「道反の石室にはおそらくかつての千年王の一部が保存されているはずだ」


 僕がこれを口にした途端、一心がもう言うなと首を横に振った。

 一心は一瞬にして全てを悟ったのだろう。


「志貴の誕生する瞬間を見た者はいる。 だから、違う」


 一心の言葉に僕はふうっと息を吐いた。

 僕が怖がっていたことを流石に彼は見事にまでに見抜いていた。 

 当の志貴は一人わかっていないようで、一心と僕の顔を繰り返し見て首を傾げている。


「傷をつけずに鎮静化させ、獲得するには根を断ちさえすれば良い。 これが第一段階だと思います」


 一心がそう言うことかよと呟きながら、志貴を力いっぱい抱きしめた。

 一心の背に激しい怒りの炎が立ち上っていくように見えた。

 僕はそれを見つめながら、白川巳貴の顔を思い出していた。記憶の中にいる彼女も必死だったなと。


「一切合切、救いたおしてみる?」


 僕の声に、一心が当たり前だと強い口調で吐き捨てた。


「売られた喧嘩は買う。 いっそ、ボッコボコにしてやるわ」


 一心は志貴を荒々しく肩にかけるようにして、立ち上がった。

 志貴は粗雑に扱われているのに困ったように笑うだけで、どこか嬉しそうだ。


「何かようわからんけどさ、一心がこうなったらもう無敵だな」


 そうかもねと僕が笑ったら、志貴はにっこりと笑んで、こう言った。


「楼蘭はやっぱり最高の親友だ!」


 僕がガックリくることを満面の笑みで言ってくれるこの少女がいっそ憎たらしいが、それでも、僕はこの少女がやっぱり愛おしいと思ってしまう。


「そりゃどうも」


 僕の持つ記憶が追い風となるか、あるいは死の向かい風となるか。

 逃げる気はないし、負ける気もないが、宗像のパンドラボックスを開いた先にある何かが不気味で仕方がない。

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