第46話 番外編 白の憂鬱 後編②

 見慣れた平屋の日本家屋の広い土間を通り過ぎて、上がりに立った瞬間、強烈な違和感を覚えた。

 巧妙に仕掛けられた結界はごく薄いヴェールのようで探知系のものであるとわかったが、すぐ前を歩いている一心は気づいていない。

 宗像の血が制御されたものである以上、こういった類の仕掛けに彼らは無防備ということだ。

 些細な会話の内容や個々が身に纏っている護りの結界の種類まで拾い集めるほどの緻密さを敵が持っている。

 悟られないよう細心の注意を払って周囲を素早く見渡した。

 前回の記憶の内容と照合しながら、何がどう違っているのか判定していかねばならない。しかしながら、前回の記憶では僕の登場は事後であったのだから、この段階での違いを判定するのは至難の業だ。

 こちらが警戒していると分かれば、おそらく相手はさらに巧妙なステップをふみ、レベルを上げてくる。

 不本意ではあったが、僕は脳内お花畑の楼蘭でいる必要があるようだ。

 宗像の中核相手に警戒していませんよと全ての護りの結界を外してやる。

 丸腰で練り歩くようなものだから、本当に愚か者そのものだ。

 致し方ないかと呟きたい声もしっかりと飲み込んでおいた。

 ここへ来るまでに僕と志貴、そして一心の3人だけで打ち合わせは済んでいた。

 一心には十分に釘を刺したが、志貴は嘘がつけないから困りものだった。

 道反にいる宗像の中に裏切り者がいるはずがないのだと言い切る志貴の扱いに僕と一心は骨が折れた。


「お前、あれだけ強烈に裏切られてしてやられたことを忘れたんちゃうやろな?」


 一心のこの言葉には強烈なパンチ力があったようで、志貴はグッと唇を噛んで押し黙ってしまった。

 強烈に何をどのように裏切られたのかの詳細は知らなかったが、志貴は胸を貫かれ、三途の川を渡りかけたらしいことは一心の話ぶりから察した。

 きっとその裏切りすら、蒼に仕組まれていた制御の一貫ではないのかと僕が問うたら、ギョッとしたような顔を浮かべて彼らは互いの顔を見合わせた。

 気づけていなかったとしたら本当に脳内お花畑だよとつぶやいた僕に、志貴がガックリと肩を落とし、一心がとぼけたような乾いた笑い声をあげて視線を逸らした。本当にわかっていなかっただろと突っ込んでみたら、二人とも僕から視線を逸らした。


「誰が裏切るとかじゃくて、血に潜ませているトリガーに触れて、最適な人物を選択し、操作する手法で来るはずなんだ。 だから、宗像の血を身に宿している段階で全員が要警戒対象ということになる。 千年王である君とその番である一心さん、宗像ではない僕しか安全ではないってことだ」


 実態がない敵の本懐がどこにあるのかがわからない。

 志貴に対して何か特別な扱いをしている割に、彼女を危険に晒すことも厭わないし、心理的に追い詰めることもやめない。

 愛しいのか、憎いのかという情で動くというのなら或いはと思うが、それほど簡単な話でもなさそうだ。

 勝ち筋すら一つも想像がつけられないのは、的が絞れないからだ。 


「檻の中の様子を嬉々として眺めているだけみたいだな」


 僕は何も考えずにポロリと自分の口から出た言葉にハッとした。

 理屈がないとしたら、全てに説明がつく。

 身の毛もよだつとはこのことだ。

 一心がわずかに振り返り、僕と同じ境地に至ったのか表情を強張らせている。

 互いに視線を合わせて、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「仮に前があったとして、何をしたんだろうな」


 志貴はという言葉を飲み込んだ。

 千年王のくじ引きに当選する者には特徴的な魂が選ばれるのだと聞いたことがある。

 紅は紅、白は白、黒は黒というように魂の輪廻は大枠を外れずに回帰する。

 今あるこのシナリオは紅として回帰した志貴への贈り物でしかなく、志貴を捕え、檻の中で緩やかに飼いならすためにあるようにも思える。


「俺かもしれん」


 訳がわかっていないままキョロキョロと僕らの顔を交互に見ている志貴を置き去りにして、一心が真顔で答えた。


「色々思うに、俺が離してやれそうにないからな」


 彼はいけしゃあしゃあと前世があったとするのなら、志貴の恋人は自分だと言い切った。

 僕はそれに面倒だなと顔を顰めながらも、何だかそんな気がした。


「そうだとしても、それだけとは限らないよ。 紅は元から懸賞首だからね」

 

 大事をなす聖人の比率が高い紅の王の中にはその性質ゆえに非業の最期を迎えてしまう者も多いというのは歴史が語る事実だ。

 紅が千年王と呼ばれながらも短命に終わることが多いのはその美しさを僻まれ、強さを妬まれ、結局、その暴力的なほどに溢れる能力が満ちる血肉を我が物としようとする者が溢れ、その執拗な包囲網から逃れるために自刃する末路を辿るからだと言われている。

 一心もどうやらこの紅の王についてまわる歴史の結果はご存知のようで、眉間に皺を寄せた。


「それを言うのなら、紅より黒だろう?」


 僕は一心の問いにいいやと首を振った。

 黒は事情があり絶対に自刃できない。

 黒は死に方を選べないからこそ、己の手を血に染めることを厭わない。

 聖人の気質をかなぐり捨て、殺られる前に、殺り返す暴君を産むと言われている。だから、事実、黒に短命はいない。


「短命は紅のみだよ。 黒も白もそこそこに生きていく上での汚さは身につけて生まれているもんだ」


 自分のことを落とすのは気が引けるが、志貴と自分の資質を比べると、どうにも自分が汚れているように思えてくる。それでも、蒼より数段マシだと自分を持ち上げておく。


「でも、千年を悠々と過ごす才能の強者は残念なことに蒼だけどね」


 蒼はある意味で紅同様に希少価値がある。

 理由は大きく異なるが滅多に生まれない種類の千年王だ。

 紅は存在自体が希少価値であるのに対し、蒼は自らは何も成せないが時間を悠々と揺蕩うために欠員が出ないことによる希少価値があると言えるのだ。

 

「歴史をいくらでもねじ曲げて伝えることができる才能があるのが蒼だってことなら、紅のストーリーも黒のストーリーも自由自在ってか?」


 一心の言う通りだと僕は頷いた。

 今、僕たちが目で見て、耳で聞き、技術だと学び、あるべき世界だと思っている認識すら奴の手のひらの上でしかないのかもしれない。


「それでも、何も成せはしないけれどね。 維持することはできても作りかえることはできない」


 成せないからこそ、蒼は傍観者となる。

 ただ、その傍観者は時として悪魔の様相を呈する。

 見ているだけのモノのくせに、今あるモノを心理操作して動かしかねない。


「天がどちらに味方するかはやってみないとわからないが、少なくとも何も成せないモノが制御する世界に紅と白を同時に放り込んできたには意味があって、こちらに分があると解釈しようと思っているよ」


 天は動かないものが嫌い。

 普遍を嫌うから、既存の今を捻り潰すために僕らをここに並べ立てたのかもしれないし、或いは、再生のための大いなる破壊を行うと言われる黒まで送り込んでくる可能性すらある。僕らがいるこの状況で黒まで送り込まれてきたのなら、万に一つも蒼に勝ち目はない。


「蒼が屠られる?」

 

 黒は揺蕩う普遍の時を破る性質。

 清廉潔白の紅と同格であっても、黒は手を血に染めることも厭わない。

 再生や破壊の才がない白の僕にも当然できないことを黒ならばできる。

 なるほど、一心の先に黒がいたとしたらどうだ。

 そうだとしたら、ある意味で目的が明確に思える。

 紅の志貴は惜しいから生かすが、一心との間に生まれ落ちるものは許されないから、一心を排除することで潰すわけか。

 どうしたと言うように一心が僕の方をじっとみた。


「つまらないものばかり追わせて、簡単な答えに気づかせないつもりだったんだ」


 どういう意味だと志貴が首を傾げるから僕は思わず苦笑いだ。

 君の子供がきっととんでもないクラスの黒の王号を持っている可能性があるんだよ。

 そりゃそうか、宗像一心と紅の王号の志貴の間の子がぶっ飛んでいないはずがない。


「でも、待てよ。 彼女は時間が遡れることをどのタイミングで聞いたんだ? 僕はついさっき聞いたところなのに。 でも、彼女は僕から聞いたと言った」


 現在進行形で過去が改変されている。

 そして、未来も進行形で改変され続けているのかもしれない。

 

「黒が動いている?」


 未来で黒が蒼とぶつかっているのかもしれない。

 その上で、今、ここにいる僕と志貴に警鐘を鳴らしているどころか、持ち堪えてくれと言っている気がした。

 どうにも黒が敵にまわっている感覚がない。

 この頭の中にある記憶の蓄積と誰かしらから送られてくる新情報が全てなのだろうと諦めた。


「蒼と渡り合えているのなら、そこそこに成長した後のはずだ。 どうやって生き延びた?」


 僕は息を飲み、身震いした。

 黒の誕生を隠し通せるタイミングなら今ここにある。

 僕が彼らに耳打ちしておけば良い。

 紅の王であり、親となるであろう志貴であれば己の子が黒である片鱗を丸ごと隠し通せる。

 でも、時間を自由自在に揺蕩えるのなら誰が黒に化けるか把握することは容易いはずだ。

 どうして、手が出せなかったのかを考えろ。

 僕に緊急事態を告げにきた彼女は確かにこう言った。

 蒼が恐れているのは、宗像一心と雁楼蘭だと。


「あの時、彼女の制御を解いたのは僕だ。 もしかしたら、僕がこのタイミングにおいて奴にとって最悪の敵になりうるのかもしれない」


 僕は唇をそっと舐めた。

 攻略方法というか、黒が蒼を叩き潰せる未来を準備する役割は僕にしかできないことだと悟った。


「蒼の王が蒼の王として動けないようにして、奴を叩きのめせる人物が立つまでの時間を稼げるかもしれないって言ったら協力してくれる?」


 どういうことだと一心と志貴が僕の言葉をじっと待ってくれた。


「宗像の石室ごと、浄化しても良いかい?」


 暴挙だということは十分にわかっている。

 彼らにとっての聖地を半ば破壊に近い形で蹂躙すると言っているのと同じだからだ。

 志貴がとんでもないことだと首を振ったが、その横にいる一心は違っていた。

 一心は何かを言おうとしていた志貴に黙れと声をかけ、僕をじっとみた。


「どれくらいの時間稼ぎができる?」


 一心の問いに僕は首を傾げる。

 逆に聞いてみたいことがあった。


「宗像は一端に戦えるようになる年齢っていくつくらいなの?」


 一心は14、15歳だと思うと答えてくれて、僕の答えは明確になった。


「だったら、それくらいの時間は稼げるはずだ。 あくまでも、仮定の段階だけれど、二人ともに伝えておく。 君たちの間の子供がおそらく奴の天敵になる。 僕のここにある記憶を随時更新してくれてるやり口も先にいるその子の差金の可能性がある。 ただ、その子が今の僕たちにSOSを出しているということは、きっと、その子が幼い時期に叩かれる可能性が出たということだ。 僕らでは想像できないほどの改変合戦でもやってるんじゃないかなと思う。 その中で、どうしてもやっておいてほしい手順があるというわけだ。 蒼が蒼としての能力を発揮できない時間を確保してほしいのだろう」


 志貴はよくわからないままで動くのかと呟いたが、一心はほうと息をついて静かに目を閉じた。

 彼は賢いというより、ひたすらに天秤にかけている。

 今この時にいる志貴一人を死守すべきか、不確定要素満載の未来のために危険な手順を踏むか。

 根拠を教えてくれと一心がこちらをぐっとみた。


「一つとは限らないが、核となっている千年王の一部、つまりは蒼の体のどのパーツかがあの石室にある箱の中に隠されている。 そのパーツから再生させた人間の血筋と既存の宗像の人間を番わせて、すべての宗像に己の血を混ぜていると僕は考えている。 ここまではあんたも予想していたと思うけれど、本題はここからだ。 僕の浄化は穢れた細胞を正常に戻すだけじゃなくて、汚れたものであれば肉体だけにとどまらず魂まで戻す。 ただし、不可逆的に堕ちたモノに対してだけは辛辣でね、焼き切るまでやめない。 再生工場は一箇所とは限らないが、少なくとも、この時点の僕があの場所を焼こうとしているということは、未来からのお願いと受け取っても構わないのでは?」


 ほらと僕は手のひらを彼らに見せた。


【石室を焼いて】


 皮膚の下に血文字が浮かんでいる。

 僕が扱うのなら日本語ではないはずだ。

 でも、日本語でこのサインを送れるとすれば君たちの未来か、宗像の誰かからのサインだろうと言うと、志貴が小さく息を吐いた。

 

「この血文字の送り方は一人知ってる」


 一心も思い当たるのか、空を見上げた。

 二人同時に時生だと呟いた。


「どうして、これを私たちに送らない?」


 志貴は一人呟いた直後、何かに気づいて息を飲んだ。

 そして、そばにいた一心の腕を掴んだ。


「時生がこれを私たちに送れないのは宗像の血がこれを読み取るから? でも、時生だって宗像の血を引いてるのに。 じゃ、これは時生じゃないってこと?」


 時生にこの方法を学んだ誰かが、全てを把握した上で僕を選んでいるのだろうと言うと志貴がさらに何かに気が付いたように俯いた。


「宗像の血に関与しない存在で、宗像のこれまでを知っている存在は何をしているんだ? それすら制御されているとしたら、八方塞がりだ」


 一心がその志貴の言葉を拾って、小さく唸り声を上げた。


「望が裏切るか? そこまで疑うとしたら、王樹すら危ういぞ。 根こそぎ疑ってかかったとして石室を大人しく焼かせてくれるかわからんぞ」


 志貴が一心の胸元を握りしめたままで、唇を噛んで何か思案してから、ゆっくりと見上げた。


「私は望を疑って生きたくないから、理由をつけて引き離す。 離れていれば疑いようがないだろう? 新しい王とやらが一心に触れて、私と引き離すのが舞台の台本であるのなら、私が望を連れて、王樹へ戻っておいても敵の望む状況は整うだろう?」

「望がひっくりがえったらお前がやられかねないぞ」

「ひっくり返るのなら、私の獣なのだから私が首を狩る。 それに、私の周りは宗像の血を引いている者ばかりだ。 誰が化けてもおかしくないのなら、どこにいても同じだろう? それに王樹は私の契約の下にある。 王樹にいれば、望であってもそう簡単には動けはしないさ」

「そんな自信があるのなら、何で泣くねん! 望を狩るなんて選択をお前ができるか? できへんことを口にするな」

 一心が指でそっと志貴の涙を拭ってやった。

「志貴、ええか? よう聞きや。 俺は未来がどうなってもほんまは興味あらへん。 鶏が先か、卵が先かを繰り返しやったとしても、勝つものは勝つやろし、負けは負けのまま変わらへんと思うんや。 筋道を正せたとしても、その最中にお前が傷つけられるんやったら俺はこの話にはのらへん。 でもな、俺らが先にしっかりとおったとして、何で押される未来になってんねんと突っ込みたくならへんか? つまり、俺らが押される状況になってるってことやで? 俺かお前に何かあった、もしくはどちらも身動きできん状況、最悪のケースは死亡や。 それが計算されて、操られて、仕組まれたものやったとしたら俺は我慢ならん。 望がどうとか、誰が裏切るとか、結局はどうでもええんや。 俺とお前が居れば先は劇的に変わる。 俺が欠けても、お前が欠けてもあかん。 これを聞いてみて、どうしたい?」

「一緒におる方がほんまは安心やと思う」

 志貴がポツリとつぶやき、一心はそうやなと頷いた。

 

「志貴、望を引き離す必要があるのなら、石室を焼けではなく、望を排除しろと僕に血文字が送られてきたんじゃないかな?」


 僕は胸の奥にほんの少しだけ引っかかるものがありながらもそれに蓋をして、言葉を紡いだ。

 僕と志貴、一心の3人以外は現段階で蒼の王がとんでもない魔物であることを知り得ない。それは望も然りであり、永続的に宗像を護っている望からしたら、宗像に制御をかけてでも護り抜いている蒼は神に匹敵する扱いであり、逆らえる対象とは言い難い。

 

「蒼が誰かを突き止められん以上、攻めあぐねるのは必然や。 わかってるところから、一個ずつ潰していくしかない。 俺とお前がおったら、あの石室を顕現させられる。 気づかれて、隠し切られる前にやるしかない。 焼く手前になるまで、お前は寝とけ」


 一心は嘘が下手くそな志貴の額にチョンと指を当てて、意識を落としてしまう。


 

「志貴、調子悪いの?」


 志貴が最も裏切り者にしたくないと言っていた望が部屋の入り口で待ち構えており、一心から眠る志貴を預かろうとしたが、一心がそれをひょいと避けて、そのまま奥に入っていく。


「一心、その独り占めは何なのよ?」


 大柄な男であるが、仕草には品があり、語り口調は女性のように柔らかい望は不満だと訴えるが、一心は素知らぬ顔で俺のだと舌を出した。


「お前こそ、望ってだけで俺の志貴に気安く触れられると思うなよ」


 言い方にも程があるだろうがと思いながら、狼と狐の戦いを白けた顔で見ていると、当の望にギロリと目を向けられた。

 やけに棘があるような気がするがと思いながら、僕は一心にすすめられたソファに腰掛ける。

 泰介が僕の到着を待っていたように奥から現れ、母からの包みを受け取った。泰介はそれはそれは嬉しそうに包みを開き始める。


「そんなに好きなんですか?」

 

 僕の問いに、泰介はぶんぶんと頷くと、そそくさと皿と箸を準備し始めている。

 確かに僕の母が作る点心は美味いとは思うがこうまでるんるんにはならないと思うのだがとため息が出てしまう。

 さても、この状況をどういじくり回して、石室を焼き切るまでにつなげるか。

 一心には策はあるとは言われたものの、眠る志貴をぎゅうっとしたままでニコニコしている彼を横目にさらにため息が溢れてしまう。

 団欒の真ん中にいる彼らはここへ到着する数分間で千年王の契約を優先として新たなる絆を結び直していた。宗像の王と獣としての契約が付加契約として2番目の契約に下がっているため、一心と志貴に流れる血から情報を吸い上げにくくなっているはずだ。それを敵に悟られる前に何とか勝負しないといけない。

 時間が惜しいはずの状況であるのに、一心は全く焦っていない。

 肝が据わっているというか、暢気、もしくは阿呆なのだろうなと視線を送ると、彼は口角をわずかに引き上げるだけだ。

 裏切りや血で血を洗うような土壌があるはずなのに、宗像の中核の連中が醸し出す雰囲気は実に和やかだ。

 時生や公介も居間に現れ、人口密度がさらに上がる。

 これだけ見ていると悪魔は僕の方かもしれないと錯覚しかねない。

「平和だな」

 うちはこんなもんだと、両手が塞がっているアピールをしている一心は公介に胡麻団子を口に放り投げてもらっている始末だ。


「白川の次期当主の姉って相当な美人なんやってな。 時生、そんじゃそこらの美女とは格が違うってほんまなん?」


 このタイミングでそれを放り込んでくるかと僕は口をあんぐりさせて、一心をみた。

 時生がそれに嫌な顔をしながら、モデルさんのような女性だよと答えた。


「じゃ、志貴がヤキモチ妬いちゃったら困るから俺の席は離しておいてね。 せっかくの美女やけど、遠くから眺めておくので我慢しとくわ」


 公介、泰介、時生の冷たい視線が一斉に一心に注がれた。


「だってほら、俺、愛されちゃって大変なのよ。 でも、そんだけの美人は見ておかないと損するやろ?」


 一心が自慢げに言って、さらにげんなりとした視線が彼に浴びせられる。 

 僕は宗像の連中とは違った意味で、下手くそかよと肩を落としてしまう。

 嘘が下手なのはお前もだと僕ががっくりきたところで、一心が僕の足を軽く踏みつけた。


「泰介さん、今夜は世代交代の式みたいなもんでしょ? 時生の婚前式もかねてるし、石室でやってみてはどうかなって志貴が言ってたけど、どうします? 志貴の笛も石室で十分に寝かせてきたし、もうそろそろ取り出してきて、使っても良いでしょ?」


 2個目の胡麻団子を楽しんでいる泰介がいいねと続いてくれた。

 公介と時生もそれもそうだなと言うように頷いている。

 いや、あんたらと思わず口にしそうになって僕は綺麗な笑顔を作り、必死に取り繕うとしたが、思わず漏れた小さな声だけは隠しきれず、僕は咄嗟に咳き込むふりをした。 

 血族の聖地に対する扱いがあまりに軽い気がして、こんなに簡単に話が進む宗像って何だと僕が怪訝そうに一心の方を見上げると、彼は何食わぬ顔で公介に小籠包をくれなどと呑気に所望している。

 冷えても美味い小籠包すごいなとか呟く一心に、お前の心臓どうなってんねんと突っ込みそうになりながら、僕は時生が差し出してくれた湯呑みに口をつけた。 


「石室って一族の大切な場所でしょう? だから僕は遠慮しておきますね」


 遠慮しては元も子もないが、一応、断っておかねば怪しまれる。

 皿の上に乗せられた胡麻団子を時生から受け取りながら、わざとらしかったかなと思いながらもはははと笑ってみる。

 

「楼蘭は身内みたいなものだから一緒にくると良いよ」


 泰介ナイスだと心の中で叫びそうになるのを必死にこらえて、本当にお邪魔にならないですかとにこりとして聞き返した。


「血族以外に開けるのは私はあまり感心しないわ」


 望が横槍を入れてきたが、彼以外の全員が大したことないよとその訴えをさらりと蹴り飛ばしてしまった。

 僕は僕が思う以上に彼らに信頼されているとと判断しても良いのか、わからないなと思いながら、望に対して向き直ってみた。


「じゃ、白の千年王として泰山の石室も開きます。 これでどうです?」


 時生と公介が身を乗り出して、見たいと連呼して喜んでいるのを横目にしながら続ける。


「泰山の石室は見て回るのに2日以上はかかると思いますが、これまで一度も開かれていないのを宗像の皆様限定で開きましょう。 歴史的には互角だし、極悪系から聖人系まで豊富な人材が残した資料なら山のようにありますよ。 悪くないはずだ」


 これでも食ってかかるのなら、疑う対象確定だがなとグッとその目を見たら、すいっと視線を外され、望は仕方ないわねと頷いた。


「皆、白の王には甘すぎる」


 茶化すような物言いでおどけてみせた望の様子にこちらもにこりと笑って見せたけれど、ある意味で嫌な感じはしっかりと残ったけれどなと僕はわずかに目をすがめてしまった。

 引き際が上手い。これ以上、抵抗したのならば頭の良い連中がなぜそこまで嫌がるのかについて望に問う展開になっていたことだろう。

 志貴が起きたら食べさせるのだと言いながら皿に取り分けている望の姿をじっと見た。

 血族以外の僕に警戒するのは間違いではないから、仕方がないのかもしれないが、全てを知っている可能性があるのに、望は改変前のあのタイミングで志貴と一心の危機に何の策も講じてこなかった。

 宗像のルールには逆らえないと何もしなかったことを僕は記憶している。

 制御されていてもおかしくない部類であるのは想定内だけれど、朔は代替わりするが、望は変わらないという永続性がついてまわる段階で僕なら切り離して精査してみるけどなと眠っている志貴を見た。

 泰山育ちの僕と宗像の連中の育ちは全く異なるから発想が違っているのは否めない。

 志貴がしないと言うのならこれ以上は口出しすべきじゃないが、あるいはと思い一心の方へ目をやると、案の定、一心だけはこれまで通りとは行かない様子だ。

 ヘラヘラしながら点心をくれと言いながらも一心の目は望の動きをしっかりと追っている。

 彼の変化は当然だろうな。

 危急の王の代替わりがこれまでも行われてきたのなら、望であればクリアできる問題が多々あったはずなのに、動かない理由がわからない。

 望は志貴の制御下にあるように見えるが、実はそうではない。

 朔のように志貴が進退を決めることができない理由について一心は今問うている。


『志貴には言えんが、時間を制御し、時間を遡らせるのは望の才であることの意味を俺だけは疑ってかかることにする』


 志貴が眠ってから、一心が厳しい顔をしてこう言った。

 望は親のように志貴を慈しんできたから、志貴は何があっても彼を疑いはしないだろうからと。

 命運は2時間後に試されることとなり、僕は時生に案内されて道反の庭を見て回りながら過ごすこととなった。

 万年の春の庭と語る時生の背後には大ぶりの梅の花が咲き誇っている。

 その花を二人の女性が見上げていた。

 一人は時生を見つけて駆けつけてきたが、もう一人は梅の木の下で僕の方をゆっくりと見て、にこりと笑った。

 その彼女の口元はゆっくりとはっきりと、こう動いた。


「で」

「き」

「る」


 そして、彼女は静かに大きく頷いた。

 

 

 





 




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