第7話 しがらみでしかない血統

 高校での一件を黄泉使いの大人たちに報告すると、見事なまでにハトが豆鉄砲を食らったような顔をされてしまった。

 昼日中にあるわけがないやら、まだ死んでいない魂を喰おうと来るなんてと口々に現状をお認めになれないようだった。結果、黄泉使いの頭脳たる最高会にまで報告をあげられてしまった。

 議論に議論を重ねたものの方針が定まらず、難しい顔をしたまま唸っているのは祖父の津島京一郎だ。

 この場に元締めの公介がいれば、一も二もなく今夜叩きに行くぞと人員を向かわせたことだろうが、どうやらそうはいかないらしい。

 首座の椅子には公介ではなく、その代行である祖父がいる。その周囲8つの席には各家より2名ずつ座り、その椅子には当主と跡継ぎが座っている。

 元締めを出している家だけは例外として跡継ぎと三番手が座ることとなる。

 さらにその外周には黄泉使いの第一線で戦っているトップ選抜が数名が座っている。

 本日の持ち回りの座長は運の悪いことに、渡る前に石橋をたたき割ってしまうと評判の津島の三番手、津島聡里。

 母の兄の息子で8歳年上の従兄殿は例に漏れず人員を割かないと断言。

 今夜の津島の席に母は不在、津島としての発言権は従兄殿にまわる。

 この従兄殿は昔からそうなのだが何かと目の敵にしてくる。私情を織り交ぜた判断が下される確率が跳ね上がっている悪夢的状況というわけだ。


「お前のあやふやな情報を鵜呑みにして人員を割くことはしない」


 私に対する聡里のこの言葉に食いついたのは双子の妹である咲貴だった。


「そんな言い方あるか!」

「お前は黙っていろ! いいか? 咲貴、お前が最高クラスの悪鬼と対峙した時でさえ宗像は動かなかったんだぞ?」

「それとこれとは別の話じゃないか!」


 咲貴もひきはしないが、祖父が目で咲貴の言葉を静かに奪い、席につかせた。

 それを見た聡里が俄然勢いを増した。


「こいつの言う可能性というだけで人員を割けば、やられるのは手薄になる所ばかり! 数の多い津島はいつも怪我だらけだ! さて、志貴の言葉を鵜呑みにして動いたとしてその責任はどなたがおとりになるおつもりで?」


 そうなるでしょうねと肩をすくめるしかない私は準備されている湯呑に手を伸ばした。

 こういう流れになるのはもうわかっていたと適温の緑茶を喉に流し込む。

 後の戦いに備えて、一息つくことが先決だ。

 京都の6月と言えば水無月という和菓子が鉄板だ。三角形のういろうの上に大納言小豆の甘露煮がのっているそれだ。

 一人蚊帳の外の気持ちで、それを口に含み、甘さに驚きながらもまた茶を流し込む。

 甘い物はあまり得意ではないが、最高会でだされる和菓子だけは何とか『美味しい』という範囲で口にすることが出来る。

 老舗の和菓子屋の名前がすらすらと出てくる準備さん達のセレクトは格別だ。

 準備さんというのは同族であり黄泉使いの才はなかったが黄泉使いの身の回りの世話をすべて整えてくれる貴重な人材をいう。

 札や武器、装束、仮面、儀式に使用する全物品の管理、食事の世話まで全部だ。

 それぞれの家がそれぞれの方針で抱えている人員でもあるのだが、最高会の準備さんとして選ばれている方々は格が違う。

 時として、長老達すら言い負かしてしまうおばあさまも隠れている。

 和菓子がのせられた皿の下から小さな和紙が姿を現した。


【血の誇り】


 和紙に書かれた達筆の四文字が私には【がんばれ】に見えてくる。

 今日は宗像出身の準備さんがいるのだろう。

 それを誰にも見えないように拳の中へしっかりと治める。

 湯飲みの中のお茶を一気に流し込んだ。

 結論はどうせ罵詈雑言のオンパレードだろうと思って身構えていたのだが、意外過ぎる事態が起こった。あの祖父がいつものこの流れに待ったをかけたのだ。


「巣の可能性をも志貴は報告している。 これが真実なら事態は急を要する」 


 大御所の一言は偉大。御前会議のメンバーの顔色が一気に変わる。

 その流れの中、沈黙を守っていた穂積家の好々爺が口を開いた。


「増員はやむを得ないとわしは思うがね。 可能性を否定せん方がええと思うが?」


 好々爺のすぐ横にいた穂積家の跡継で、3日前に出雲から呼び戻されていた幼馴染の冬馬がこちらを向いて小さく頷いた。


「あてにならない報告ではなく、正確な報告をあげてから議論すべきだ!」


 聡里も一歩も引かないというように食って掛かる。

 通常であれば、こんなことは起こりえない。

 聡里を意固地にさせているのは、この報告をしているのがきっと私だからだ。

 さてもやはり戦闘開始の様相。すべては想定内だと苦笑いするしかない。


「これでは夜が明けてしまう。 昼日中から稼働できる巣なのかをもう一度確認してこれば面倒は減るんだろう? 私が責任もって確認してくる。 以上、終わり!」


 くだらない時間はこっちが切り捨ててくれる。秘儀、投げやり戦法。


「宗像単独で片をつけるとでも言いたいのか? それは自信過剰というものだ!」


 聡理は攻手を緩める気はないらしい。

 咲貴が私の方をみて、落ち着けと手で制してくるがそれに静かに首を振った。

 聡里も聡里だと思うが私も私を辞めることは出来ない。


「宗像の誇りだけは立派なものだな」


 この聡里の一言に、私のすぐ横にいた穂積一派から殺気が発された。

 宗像家が東の横綱であれば、津島家が西の横綱。

 宗像家の分家が穂積家、津島家の分家が白川家という血統構成だ。

 つまり、穂積一派からすれば主家を辱められているような物だ。

 それを片手で制して、できる限りの冷静さをもって聡里を睨んだ。

 顔を突き合せればこうなる。

 言われなくても済むことをこの場でこうも簡単に言われる理由は明確だ。

 宗像の当主であり、元締めであるはずの公介の席が空席だからだ。


「そもそも、その席はお前の席ではない」


 こうも場違いだと言われるのならそれも甘んじて受けてやるが、論点がずれすぎている話をいつまでもしているつもりはない。

 だったらご希望通り、この場から出て行ってやるよと私は椅子を立った。

 祖父が私の名を呼ぶと深く息を吐いて、席につけと手で指示してくる。


「この椅子に不相応みたいなので結構です!」


 私のこの発言に、祖父はさらなる大ため息をもらした。

 だって、喧嘩を売られたんだ。その喧嘩を買ってやるよと思わないとやっていけないだろうと口先を尖らせてみる。


「宗像相手にピーチクパーチク大層なことを口にしておるんだ、自信がおありなのだろう? ここにおいでの誰が志貴になりかわってくれるおつもりか? 手を挙げてみてはいかがかな?」 


 ぽんぽんと隣の席に座っていた穂積家の好々爺当主こと穂積彦一が落ち着けと私の手をなでてくれた。


「若くてもコレは正真正銘の宗像だ。 さて、侮る発言を詫びていただけるか?」


 彦一の声は静かだが確実に怒りをはらんでいた。


「宗像には宗像にしかわからん選抜がある。 宗像であることに胡座などかいている宗像などおりゃせんわ。 津島では理解できんかもしれんがのぅ」

 

 聡理の額にさらに青筋が浮かび上がった。

 喧嘩を肩代わりしようという彦一はけけけと笑っている。

 それぞれの家の当主、跡継ぎは実力主義ではあるが宗像のみそれと違っている。

 今に始まったことではないのだが、血統優位が唯一認められている家だから、こうも風当たりが強い。ほんの少し前など、お前など宗像に選ばれていなければクズだくらいの言われようだったのだから。本当にいらいらしてばっかりだ。


「志貴、穂積が共にでる」


 彦一がゆっくりと見上げて口角を片方だけつり上げた。そして、冬馬を指名してくれた。それに祖父はやむを得まいと低い声で肯定の意を示した。

 聡里は退くことを知らず声を荒げていたが、彦一がこの場は引き受けたと静かにうなずいてくれた。振り返ることもなく、会議室を抜け出し、外へ出た。

 気を抜くと泣きだしてしまいそうになっている自分が情けない。

 公介がこの場に居たのならば、こんなやり方をされることはなかったはずだ。

 宗像志貴という名前一つではまともな援護も得られない。

 それは自分が認められていないからだ。

 仮面はこういう時には便利。顔を見られずに済む。

 冬馬がついてきているかなんて無視で駆け出す。

 湿気のこもった夜風がより苛立ちをあおるが、今は駆けているだけ幾分と気が晴れる。

 高校までは1時間半ほどかかるはずなのに、黄泉使いとして駆け出せば10分弱だ。まことに便利な機能と才能。

 いつもの屋上にひらりと舞い降り、周囲をみわたすと闇に包まれた学校がおどろおどろしいというより、もはやこの世の物ではない空間だとはっきりと自覚できてしまった。

 昼には気が付けなかったがこれはもうあの世だ。

 恐怖よりなにより、よくもまぁ日中、苦も無くこんな場所におれたものだと自分のアッパラパーな感性に呆れた。

 冥界、つまりあの世との境目と言うより、そのものだ。

 巣があるか否かの論議をしている場合ではない。冥界の最下層がそのままここにある。目の疑いようもない状況だ。

 ここにいた御魂がそのままこの穴に飲まれて一気に転成し悪鬼として増殖したと理解すれば良いのか。

 これはもう冥府への報告まで必要な状況だ。

 この地域におけるトラブルシューターが遅れたのは日本の黄泉使いの落ち度なのだから、強烈なお言葉を受けることになるだろうが、そんなやりとりをしている場合ではないというレベルだろう。

 屋上に降り立った時から気が付いていたが、尋常ではない異臭に一気に覆われ、息苦しくなるほどの圧迫感を方々から受けていた。

 おびただしいほどの汗が噴き出し、この空間の何かがおかしいぞと身体中が警告してくる。

 次の瞬間、狐男の声にかぶさるように私に動くなと叫ぶ少年の声が背後から聞こえた。

 一陣の風、高音の鈴の音と共に幼馴染みで相棒の冬馬が現れ、大太刀で私のすぐ横の空間を切り捨てた。

 聞いたこともないような奇声と断末魔の叫びが耳に届いた。

 振り返ろうとしたところで、冬馬に袖を引かれてその場から引きずり出された。

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