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番、という存在が獣人にはいる。
番は獣人の唯一無二の存在で、本能で惹かれ合う相手だそうだ。
獣人の誰もが出会えるとは限らない。
けれど彼らは番に憧れ、番と出会えた者たちの幸福を知り、自身も番を得たいと心の底から願うのだそうだ。例え番がどれだけ遠い土地にいてどんな種族であったとしても、番という唯一無二の存在を得たいと渇望するのだと言う。
主様も同じように番を得るためにこの国にやって来た。なんとなく本能に惹かれるままにきっとこの国にいるような気がする、そんな曖昧な理由で。
何故そんな曖昧な理由かと言うと、ここで主様の獣人としての特徴が邪魔しているからだ。
本能で惹かれると言っても、もしそれが獣人同士ならば互いに鋭い感覚を持っているから会えばわかるけれど物理的距離が離れていればその分だけ感覚は薄くなる。こっちにいるかもしれない、という手探り状態になってしまう。そして、もしそれが嗅覚の鋭い獣人や聴覚の鋭い獣人ならば近づくほど見つけやすいが、主様は違った。
主様はへびの獣人だ。主様いわく、へびは味覚も劣っているし聴覚も人間と同じ聞こえ方しかしない、が嗅覚は舌で確認すればその鋭さを発揮する。
つまり、主様がこれが番だと確証を得るためには相手の身体に舌を這わせて、番独特の匂いを確認しなければならないのである。
ということを私は全て主様から聞いた。
伯爵家の娘が嵐のようにやって来て去ったその日の夜、厨房で翌日の仕込みをしていた私は既に酒に呑まれていた主様の晩酌に強引に付き合わされ聞かされた。
初めて入った主様の寝室にはすでにロビン様が酒瓶片手に眠っていた。部屋中にお酒の匂いが充満していたけれど、主人の憂さ晴らしに付き合うのも使用人の役目と割り切って、主様のグラスには途中から水を注いだ。案の定、主様は最後までそれが水だとは気づかなかった。
『僕は、触れるなら番とだけがいいんだ・・・』
夜が白み始める頃に主様も酒瓶片手に力尽きてしまったので、ロビン様は放っておいて主様だけは身支度を整えてから寝台に苦労して移した。
日をまたいだその日の主様はずっと寝室に閉じこもり、次の日は少しやつれながらもみんなの前に顔を出した。
それからである。
私が主様の晩酌に付き合わされるようになったのは。
『主様はずっと王都にいらっしゃいますけど番様を探しに出かけようとは思わないのですか?』
『いや・・・ここらへんだと思うんだ。絶対、近くにいる気がする』
『主様は日々研究しておりますがどのような研究をしているのですが?』
『うーん・・・王子たちの補佐と番を迎えるための準備かなぁ』
『主様が番様に焦がれているのはわかりました。ちなみにこれで50回目です。いい加減にしてください』
『僕の、僕だけの番に早く会いたい・・・どうして出会えないんだろう』
『ヘタレな主様。私そろそろ休みたいのですが』
『早く・・・早く僕だけの・・・』
『主様、そんなんだから一生番に出会えずに寂しい一人身を過ごすんですよ』
『うわあぁぁ!!あんな女と同じことを言うのは止めろ!!』
『小心者の主様、いつまでも夢見る子供のままでいられては困ります』
『・・・・・・どうしてルイーズはいつも厳しいんだ?』
主様がこの国にやって来た当初、馬鹿正直に番を探しに来たのだと言ったせいで国中から繋がりを持ちたいと思惑を持った貴族から娘たちをあてがわれ、意味のない争いがお屋敷の中で繰り広げられていたことは知っていた。そして、積極的な令嬢に襲われそうになり、それがトラウマになっていることも。
だから未だに主様は番と出会えていない。この国に来て5年、近くにいるとわかっているのに出会えていない。そんなもどかしい想いを抱えて5年、主様の想いは日に日に増していく。
幸せな結末ばかりではない番のお話には、唯一無二の番への愛情深さ故に悲惨な末路を辿るお話もある。
主様の未だ見ぬ番への想いがどのように転ぶのか。
私たち使用人は時に主様をあしらいながらも、主様に幸せになってほしいからこそ案じているのだ。
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