Section2『アナライズ(前編)』~時系列『現在』~
『フリック・ドリンク・ビバレッジ社の定番商品! 「コンバット・エナジィ」!!! 新フレーバー爆誕! さわやかな喉越しと、ガツンと来る風味で、キミも生活という戦場を生き延びろ!! 一口飲めば気分はもう戦場の兵士! メインフレーバーはコーラ、レモネード、ビーフコンソメの三つの種類! 「コンバット・エナジィ」!!! お近くのマーケット、コンビニで! フリック・ドリンク社はヴィック・バンを応援しています!』
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有り余るテンションで宣伝文句を並べるコマーシャルについていけずに、ジョン・ヒビキは
同時にテレビの明るさに対応して暗かった室内が自動的に明るくなる。
「よっ、と……」
腰がけていたソファから、立ち上がり呆然と室内を眺める。
インド・エルシュ島での敗走から三日、ジョン、ハーヴ・マークス、レイ・スピード、そして
ジョンはジーンズのポケットから携帯端末を取り出し、アンジェリカ・クラーク総司令に繋いだ。
ホログラフィック映像からテキスト形式のチャットルームが開かれる。
『ヒビキ少尉です。一時間半ほど外出をします。自室に戻ったら再度ご連絡をします』
クラーク司令もいそがしいだろうな、と思いつつ『送信』のアイコンを叩く。
映像を閉じるとジャージに着替え、指紋認証式のドアを開けた。
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エルシュ島に降り立った
上陸した者を喰らい尽くす島、という観点から見れば彼らに十分なサバイバル・スキルはあったと見れる。
しかし、それでもヴィクター・バーンズの抹殺と、彼の保有する
ジョン・ヒビキ少尉の報告を聞けば、『敵に捕らえられた辺りから不自然にバーンズへの恐怖心を隠しきれなくなった』と供述した。
ジョンは外見こそ優男風であるが、
と、自分の仕事用携帯端末から着信の振動があり、クラークは携帯端末を取り出した。ドールズの担当、ベイルからだ。
画面を叩き、私よと応答する。
『司令、クレア・ヘンドリクスからの報告書があります』
「あの報告書ね。見たところ暗号だらけだったけど、何かわかったの?」
『はい。解析班が解読したところ、ヒビキのクソガキがバーンズの前でチキった理由がわかりました』
眉間に思わず力が入り、「ベイル、正しい言葉を使いなさい」と咎める。ベイルも民間軍事会社上がりで、言葉遣いはジョンとは真逆だ。
「それで、その理由とは?」
『は、下手をすると「大革命」の混乱の原因となったであろう事実です。まだ推測の範囲ですがパスワード付きのショートメッセで概要を送ります』
「了解、すぐに送ってちょうだい」
『は! すぐに』
ベイルとの通信が切れ、クラークはパソコンに向き合う。デスクトップ画面の右端にポップが表示された。
クラークは間髪入れずそれをクリックした。
画面に無骨なテキストが流れ出てくる。
その内容を大まかに表現すると、『ヴィック・バンが致死性の高い殺人ウイルスとは別にもう一つの兵器を保有している』、『その兵器はすでに世界中にばら撒かれている』、『その兵器は双方とも、単体では効果が成さない』という文書だった。
「つまりは……」クラークは独り言ち、煙草を一本銜えライターで火を灯した。
流れ出る煙を目で追いながら思考を巡らせ、そしてある仮定にたどり着く。
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車の半開きになった窓から、彼の愛煙していた煙草のにおいが漂ってきたかのように感じ、ジョンは顔を上げた。
実際はヴィック・バンのデモに対抗する機動隊が街角で吹かす煙草のにおいだった。深々と嗅いでみると実は違う銘柄のものとわかる。
デザイナーベイビーとして設計されたジョンの嗅覚は犬並みに鋭い。銃の硝煙のにおいで何の弾薬か、どの銃から発せられたものかわかるほどだ。しかし、何度か鼻孔に入れたことのあるどこぞの誰かの愛用する韓国製煙草のにおいは嗅ぎ分けられなかった。
数回しか嗅いだことがないから? 違う、そうじゃない。
煙草のにおいなどそんなに意識しなかった? そうでもない。
たぶん、無意識に彼の影を探しているのだと、ジョンは思う。
通りには相変わらず「ヴィック、フォーエヴァ!」と叫ぶカルトで埋め尽くされていた。ジョンは愛車である灰色のスバル・インプレッサを降り、通りの惨状を呆然とながめる。
けっきょく、なにも変わらなかった。自分はエルシュ島で敵前に自分の命恋しさから悲鳴を上げ、誰よりも立派に啖呵を切ったふたりの行方は、知るものはいないだろう。
言い訳するつもりなどないが、あの時の奴への恐怖心は異常だった。捕まった時からもはやこの男には手も足も出ないとはっきりと悟っていた。
いったい、なぜ? たしか牢獄で食事を出された辺りからだった。
そう思い、上から迫り来るヴィック・バンの暴徒が投げた空き缶を視認する。
えらくゆっくりと落ちてくるものだったので、ジョンは何気なしにその缶を左手で捕まえた。
飲料会社フリック・ドリンク・ビバレッジが販売するエナジードリンクの缶だった。今朝にもテレビでこのジュースのコマーシャル見たぞ、とふと思う。たしか名前はコンバット・エナジィとか言うやつだったか?
『フリック・ドリンク社はヴィック・バンを応援しています!』コマーシャルの最後の宣伝文句がそれだった。
なに、今さら気にすることではない。世界で莫大な支持を誇るヴィック・バンだ。スポンサーを請け負う企業が出てきても何も不思議ではないだろう。
「だが……」ジョンは口に出す。引っかかっているのはそれではない。
フリック・ドリンク社は二〇二〇年に突如として設立され、着々と有名になっていった民間企業だ。このコンバット・エナジィを一つとっても飲んだことのないジョンにも見覚えのある飲料だ。
もし、この飲料と同じくして人びとを熱狂させる「何か」がヴィック・バンにあるのだとしたら。それプラス、バーンズのカリスマ性で、一〇年前の大革命が勃発していたのだとしたら。
「まさかな……」
ジョンは苦笑し、車の方に戻った。
座席に腰を降ろしたところで、車内に取り付けてある液晶が「着信」の表示が出ていることに気がついた。
ジョンは慌てて画面をタップする。
「ヒビキです」
『ヒビキ少尉? ASFのクラークよ。バーンズとヴィック・バンについて興味深いことがわかったの。すぐ本部に来てくれるかしら』
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