Section10『恐怖と命乞い』~時系列『現在』~
ジョンはバーンズに担がれたまま、カイルが居るという部屋に入った。
カイルは部屋の隅のベッドに寝ている。そして傍らにはフィオラがいた。
フィオラはバーンズに担がれているジョンとミラを一瞥すると、ばつが悪そうに目をそらした。
と、気づくと鈍い衝撃が尻に当たる。バーンズに離された、と近くしたときには視線の先には「いたた……あ、フィオラさん! 久しぶり!」と挨拶をする同じく尻もちをついたミラと、その傍らを静かに通り過ぎるバーンズがあった。
「と、いうことで連れてきたぞ、カイルくん」まるで友達を連れてきた父親のようにバーンズが言う。
「貴様……!」カイルは態度も口ぶりも今や殺気立っていた。
カイルはベッドに繋がれていた。手錠でベッドの支柱に掴まされており足には負傷したと思わしき傷跡、横には「O +」との表記の輸血パック、そしてサイドテーブルにはカレーの匂いを漂わすトレーが置かれていた。
「おいおい、私は敵である君にかつての友人と今の仲間を会わせたんだぞ? 少しくらい感謝の情を表したらどうだ?」
何食わぬ顔でそう告げるバーンズにジョンは歯ぎしりの音を聞かれないように尽力した。
「今のあんたに言いたいことがある」冷静にそう告げるカイル。
ああやって言えるのはカイルの強(したた)かさかもしれない。とジョンは思う。
正直、牢獄でバーンズの威圧感に圧倒されて以後、ジョンは色んな意味でこの男は自分の手に負える敵じゃないと思っていた。事実、担がれてくるまでミラと違って一言も反抗的なことを言えなかったのだから。
「なんだね?」バーンズが優しい口調で言う。
「仲間に手を出したら、あんたを生きたまま引き裂く……!」
「そいつはおっかない!」
バーンズはせせら笑い、ホルスターから大型回転式拳銃を抜いた。
尻込みするカイルに向ける。
「『仲間を』……ということは自分の命は勘定に入れてないのだな? そうだろう?」
まるでできないことを言った子供に説教をする親のようにバーンズの口調は諭すような優しさがある。
「あぁ! そうさ! やれよ!」
カイルは勇敢に言った。
「ただし引き金を引いた瞬間、あんたの最愛の部下、仲間、……子供、すべてを呪い尽くしてやる。そう、悪霊のようにな」
バーンズの背中がはじめてこわばった。ジョンのおぼろげな意識ではっきりとわかるほど。
「ふん、とても立派だよ……。そう、負け惜しみとしてはとても立派」
バーンズが震える声を出した。いつものねっとりとこびり付くような口調ではない。それはジョンの初めて聞くバーンズの焦りだった。
いきなり銃口がこちらに向いた。
向けられた、と認識したときには遅く、ジョンの肩に風穴が開く。
「ああああああああっ」ジョンが
「貴様! 殺してやる、殺してやる!」カイルの声が聞こえる。
「ジョン!」あの脳天気なミラが悲鳴を上げた。
「ボス! やりすぎでは?」そういうフィオラの声もまた情が混じっていた。
「つつしみたまえ、フィオラくん。誰に、意見をしているのだ?」
バーンズはいつもの口調に戻り、フィオラを咎める。
そしてゆっくりジョンに近づきながら、
「急所は外しているぞ? だが……君はどうかな?」とカイルに銃口を向けた。
「やめてくれ……」カイルは懇願する。
ふん、とバーンズは嗤い、そして痛み悶えるジョンの耳元に口を近づけた。
「悪いね、ジョン・ヒビキくん。私にも大切なモノがいるのでな? 弾は摘出すれば大丈夫だ」
ジョンはそういうバーンズの言葉を理解してなかった。あるのは痛みと、底知れない恐怖だった。
いやだ、死にたくない、殺される。僕が死んだら、嫌っていた父親にも会えない。婚約者のエリザベス・パークスとも愛を語れない。いやだ、怖い。仲間たちはどうしてもいい。どうか僕だけは、ボクダケハ!
「……すけて」とうとうジョンは本心を言った。
「なんだい?」バーンズが父親のように語りかける。
「たすけて! たすけて、たすけてたすけて! 死にたくない! 痛いんだ、怖いんだ!!」ジョンは泣いていた。
ふむ、とバーンズは唸った。
「所詮は、子供の集団だな。無邪気さを大切にしろ。戦場には出てくるな」
失望とも教訓ともとれる言葉を口に出す。
「さて」とバーンズは銃口を周囲に向ける。
「君たちとの遊びもこれまでだ。私は手に入れたウィルスでやることがあるのでね。……あ、そうだ」
とバーンズは人差し指を立て、放つ。
「もういちど、考え直させよう。私の、仲間に、入る気はないか?」
一字一句言い聞かせるように言う。
「答えはノーだ。恐怖による支配……あぁ、思い出したよ! 昔から変わらないな、あんた」
カイルが吐き捨てるように言う。
「あたし、嫌いな人間は作らない主義だったけど改めるよ。ジョンをこんな目に遭わせて、あんた大っ嫌い!」
珍しく憤っているミラが強い口調で言う。
それらを聞いたジョンは、仲間を売るようなことを思ってしまった自分に絶望した。
仲間はどうしてもいい、か。所詮僕はこういう奴なんだな。
いっそあの時頭を撃ち抜かれてたらどんなに良かっただろう。何が隊長だ。何がナイトだ。隊長は現場責任者の役割だし、ナイトは勇敢な騎士じゃないか。なのに、僕と来たら……。
「ふむ、じゃあ仕方ないな……」
バーンズは拳銃をミラに向けた。
「この研究所は企業秘密の集合体でね。どっちみち、生かしてはおけまい」
カチリ、と乾いた撃鉄が鳴る。
「じゃあ共倒れと行こうぜ? バーンズさんよ」
勇敢な声が聞こえた。ジョンは戸口の方を見る。
ハーヴ・O・マークス、ジェーン・ナカトミ、レイ・スピードがそれぞれ武器を構え立っていた。
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