Section9『狙撃手としての誇り(前編)』~時系列『現在』『過去』~

 フィオラは雨が上がったのを確認すると、司令室に行った。

 いくらヴィック・バン側に寝返ったとはいえ、今のフィオラは信用段階までとはいえず、命令以外はほぼ軟禁に近い状態だった。


 司令室のドアの前でフィオラは息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。


「ボス、入ります」


 ドアに向かって怒鳴る。


 ドアがオートマチックで開き、司令室に一歩進んだ。


 バーンズは食事をとっていた。彼はフィオラを一瞥しながらもナイフとフォークを器用に使い口をもぐもぐと動かしている。


 バーンズは変わった食を嗜むことで有名だ。どれくらい有名かと言うと、もはや世界規模で。

 彼は「人間に備わっている野性的本能のスイッチを切り替える」というよくわからない理由で、爬虫類だの虫だの……草とかを食した。

 今もこの島でよく見かける野生ワニ (とても大きなやつだ)、の生肉を何食わぬ顔で食べている。

 バーンズのナイフとフォークに使い方は完璧で、育ちの良さがうかがい知れる。きっと彼の両親はそういったテーブルマナーにひどく厳しかったのだろう。

 だが食っているモノがモノだ。フィオラはテーブルの上の大きなワニの死骸を一瞥しつつ、バーンズに向き直った。


「ウィリアムズくん、返事を待たずして入るものではない」


 バーンズは咀嚼していたモノを飲み下し言う。


「外出の許可を、いただきたかったので」フィオラは答えた。


「うむ、許可しよう。君にもストレス発散が必要だ。それと君の犬……ブルックスといったかな? 彼にもだ」


 バーンズはあっさりと許可をした。そしてナイフとフォークを正しい位置に置き、ワニの死骸を指差す。


「どうだね? 一切れあげようか? 私はもう腹八分目くらいでね。あまり食べすぎると、今度は集中力がにぶる」


 フィオラはけっこうです、外出の許可をどうもありがとうございます、と礼をすると踵を返し出入り口に向かった。


「ブルックスをしっかりと可愛がるんだぞ。犬は古来より、人間の相棒パートナーだからな」


 バーンズの声が後ろから響く。ああいうところ、父親なんだな、とフィオラは納得し司令室を出た。




「ブルックス、行くよ」


 ソファで寝ていた愛犬はフィオラのその一言で、びくっと跳ね起き、息を荒くし後ろ足を使い飛び跳ねる。

 ブルックスは飛び跳ねながらフィオラに体当たりをしてきた。

 大型犬のその巨体を支えきれずにフィオラは押し倒される。

 顔に舌の生暖かい感触を感じた。ブルックスが舐めているのだ。


「はしゃぎすぎだよ」とフィオラは心から笑いながら手で愛犬の顔をどかせた。



 すっかり雨の上がった外を愛犬は軽快に躍りだす。フィオラはヴィック・バンに亡命する時に密かに持ち去った「エネルギー・スナイパー PROTO-04」を肩に担ぎつつ、ブルックスを微笑ましく見守っていた。

 ブルックスは喜びのあまりフィオラに近づいてきて、片足に跨がり腰を激しく振った。

 狂喜しているのはわかるが、女性である自分としてはあまり気持ちのいいものではない。


「こらっ、あまり調子にのるな」


 愛犬の頭を軽く小突くと彼はまたがるのを止め、大人しくなる。


 フィオラは「それでいい」とポケットの中から犬用のビスケットを取り出し、愛犬に向かって放った。

 ブルックスは華麗に口でキャッチし、ぱくぱくと口を動かす。



 ブルックスとの付き合いは八年たらずとなる、初めてフィオラと対面した彼はまだ幼犬で、フィオラは一三歳だった。

 フィオラの父……、デザイナーチャイルドの精子を提供した代理父が捨て犬だった彼を拾ってきたのだ。

 父も卵子を提供した母も有名な軍人で、腕利きのスナイパーだった。


 ドールズ入隊の際、父はフィオラを抱きしめつつこう言う。


「おまえは望まれて生まれた子供ではない。おそらくスナイパーになるのも適性検査で合格しただけで、おまえはさぞ不服だろう。しかし、おまえは狙撃手として最高の能力を持っている。それを活かす舞台がこのドールズだ。おまえは狙撃手以外の選択肢もある。だが、その才能がある限り、……フィオラ、おまえは食うものに困らないだろう」


 フィオラが見る、最初で……最後の父の姿と言葉だった。


 その後、父は戦争犯罪が暴露され終身刑を宣告された。


 馬鹿な人だ、とフィオラは思う。ああいう父親めいたことを言ってる裏で、彼は悪徳の限りを尽くしていたのだ。

 母も母で父親が捕まったショックでフィオラをまともに見れなくなり、自室に籠もりっきりの世捨て人となった。


 しかし、父の言葉は狙撃術を学ぶフィオラにとって良くも悪くも大きな影響を残した。


 父も母もろくでなしだが、私には最高の素質がある。そういううぬぼれがあったのだ。


 そんなフィオラの存在意義アイデンティティが結局もろく崩れやすいものだった事がわかったのは、カイル・カーティスが登場してからだ。


 カイルとはドールズ本部の射的場で出会った。


 フィオラは高速で展開する的を、愛銃のL115で華麗に撃ち倒していた。歓声をあげるギャラリーの中で、カイルは静かに、そして真剣な表情でフィオラのプレーを睨んでいた。


 プレーが終わると、拍手を鳴らす他のドールズの中からカイルがずいっと出てきて、言った。


「素晴らしい速さだったが、正確さが足りないな。得点を見てみろ。速さ、だけだ。比例して点数は高くないぞ。……同じ狙撃手として怒りすら感じられるな」


「いきなり現れて、なにさ」フィオラが噛み付く。


「……だいぶ控えめに言ったんだが、伝わってなかったみたいだ。君は狙撃手に向いてないってことだよ、三流」


 フィオラは未知の感覚に体が震えた。全身がたぎり、呼吸が早くなる。

 あぁ、これが怒りなんだな。と知覚した時には、カイルは同じL115狙撃銃を持ち、的の前に立っていた。


 カイルはフィオラと同じ速さで、しかし的の高得点ゾーンを正確に射抜いていく。

 それはもう、フィオラがうっとりとするくらいの速さと正確さだった。あやうく見惚れかけた思考を振り払い、フィオラはホログラムの掲示板を見た。


 カイルの方がフィオラより高得点だった。


「どうだ?」射的を終えた彼が、フィオラの方に向き得意気に言い放つ。


 ギャラリーがわっと拍手をする。心なし (被害妄想かもしれないが)拍手はフィオラが終えたときよりもっと盛大に聞こえた。


 それから、カイルとフィオラはライバル関係となった。


 フィオラは様々な本を読み漁り、射的場で練習をし、彼に追いつこうとした。

 カイル人物像プロファイルに目を通し、行動パターンを分析し、交際関係や好きなタイプ、食生活までも記録する有様となった。


 しかしどんなに勉強しても、練習してもカイルは常に一歩先を行っていた。


 フィオラが射的をしていては、カイルはそこに居合わせ (たまたま、と彼はいつも言う)、毒舌を交えた指摘を繰り返した。

 腕の方向がどうの、姿勢がどうの、引き金の絞り方がどうのと難癖と言っていいくらい彼はフィオラにおせっかいを焼いた。

 フィオラは徐々にストレスが溜まり、彼に愛憎と言ってもいいくらいの執着が芽生えていることを自覚した。



(後編に続く)

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