Section8『犬の慟哭』~時系列『現在』~
わぉぉん、とどこかで犬が鳴いていた。
「……? クソ漏らしくん、今屁をしなかったか?」
「あんな長い屁があってたまるかよ。ありゃ犬の慟哭だぜ」
カイル・カーティスとハーヴ・マークスは研究所の近くまで来ていた。あと5マイルほどで、研究所にたどり着く。
雨はいつの間にか上がり、雲の隙間からは晴れ間が覗いていた。
木々の枝からはぽつぽつと水滴が漏れ落ちる。
「だいたい『クソ漏らし』だとか、そう呼ぶのはもうやめてくれないか? 世界中の
カイルは眉間を揉みつつ呟く。
ハーヴは知るかよと、ヘッと笑い、「おまえにとって出会った時からおれの中では『クソ漏らし』だよ。世界中の狙撃手がそうさ。カルロス・ハスコックもクソ漏らしだし、シモ・ハユハもクソ漏らし、みんなみんなクソ漏らし――」
カイルはうんざりして耳を塞ごうとしたその時。
わぉぉん、と犬の声が近づいてきた。
「また、犬だ……」
カイルが話を変える。ハーヴもその方を見た。
「ありゃあ、ジャーマン・シェパードの鳴き声だぜ。軍用犬とかによく使われるあの品種だよ」
カイルは「いやそれは知ってるが」と言いつつ、考えを巡らした。
ドールズに所属している人間で、犬を可愛がっていた少女に心当たりがあった。
ぶっきら棒で真面目に任務をこなすクールビューティーの化身のような少女だったが、少し前にドールズを抜け出し、あろうことかヴィック・バン側についた。
バーンズのカリスマ性に憧れた。と言うよりも狙撃手としてのカイルと対等に渡り合える場所が欲しかったように思えた。
彼女の名は――
「おい、どうしたんだ? おまえ……」
ハーヴの声でカイルの思考は中断される。
ハーヴの視線の先に目をやれば、立派なジャーマン・シェパードの犬がいた。
「ブルックス……」カイルがつぶやく。
ハーヴはそんなことなどお構いなしに、「ほら、おいで?」と手を差し出した。
「マークス、よせっ」とカイルは地面に押し倒した。
地面に這いつくばる状態で倒れたふたり。カイルが側面に目を見やると、木に大きな風穴が空いていた。
「なにすんだよ」と状況を読み込めてないハーヴが言った。
「知ってるだろ? ドールズ側からヴィック・バンに寝返ったひとりの少女兵」
カイルが人差し指を木の風穴に向けつつ言う。
狙撃された、という状況を理解したハーヴはコクコクとうなずいた。
「彼女がおれらを狙っているんだ。だが、狙ってるのはおまえの首じゃない。おれの首だ」
「……つまりおれは蚊帳の外と云うべきか」
カイルは「なんでもいい」と続かせた。
「マークス、あんたはそこの研究所まで走れ」
気は確かかよ? とハーヴは抗議する。
「第一、おれらを狙ってる狙撃兵がそいつだとしても、確証が持てないだろ?」
わかるさ、とカイルは穴の空いた木を見た。彼女がヴィック・バン側に寝返った時に所持していた、カイルの武器のプロトタイプ「エネルギー・スナイパーPROTO-04」の残した痕に間違いない。
「……わかった。武運を祈るクソ漏らしくん」ハーヴが引き下がる。
「最後までその呼び方なんだな。おまえも生き残れよ」カイルはにやっと笑い囁いた。
ハーヴが奔っていくのを確認すると、カイルは島に降り立って初めて担いでる強化狙撃銃(エネルギー・スナイパー)を降ろした。
この先、遥か向こうの頭上で、伏射姿勢(プローン)で狙撃銃を構えている彼女を脳裏に思い描く。
アドレナリンが大放出され、空間が鈍るのを知覚する。心臓が徐々に早鐘を打った。
「もう一度、君と会いたかったよ。……フィオラ」
カイルはその名を口に出し、狙撃銃を構えた。
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