Section6『「あきらめる」は死ぬ事なり』~時系列『現在』~

「クソ! クソ! クソ!!」


 ジョンは悪態をつきながら、血に飢えたワニから逃げていた。

 手には防御形態に移行したマニアックを持ち、時々ワニの噛みつきを一蹴しているが群れをなすワニは次から次へと自分を追いかけてきていた。


 アメリカの都市伝説には聞いていた話だが、まさかその大きなワニがこの島で見る事になるとは。この島の極悪とも言える環境に適応したとでも言うのか?


 考えてもキリのない話だ。そんなムダ知識を考えるより、この状況をどう、生還するかが今の鍵だ。


 それと先刻から脇腹にきりりとした痛みが走っている。先ほど突き飛ばされて木にぶち当たった時に軽く切ったらしい。確認はとてもできないが、感覚はどうもそのようだった。

 迫りくるワニはそういうジョンの血のにおいを嗅ぎ分けて、追いかけているのだろうが応急処置すらも今はできそうな状況ではない。



 猛スピードで走るジョンは、瞬速に流れ行く眼の脇の木々たちに目を凝らした。そこであることを思いつく。


 ジョンはマニアックで左右の木を切っていく。このマニアックは希少な金属で特殊加工を受けた鉄をも紙のように斬れる切れ味だ。木が倒れだすとジョンはその中をくぐり抜ける形で走り抜けた。


 ジョンは立ち止まり、背後に目をやる。木はゆっくりと鈍くだが、ジョンが今通ってきた道を塞ぐ形で転倒していった。

 ワニは餌を逃すまいと、その巨体に見合わぬスピードで木が倒れる前にジョンに迫っている。


 間に合え! とジョンは心の中で念じた。


 当然ながらこの状況で「あきらめ」だとか「死」を感じた時には、もうそいつは死んだも同然と思っていい。

 あきらめる、は死ぬこと。ジョンは軍人であった父にそう教えられた。自分をデザイナーベイビーとして仕立てたことで嫌ってはいたが。


 だがジョンは生きたかった。だから間に合え、とただ祈るばかりだ。


 大木は先頭を奔っていたワニの大きくて長い口を潰す形で倒れた。



 ほんとうにギリギリだ。


 しかし、あの寝かせられた木をやつらが破って来ないとも限らない。


 逃げるが先決か。


 ジョンは一息ついたあと、倒れた木の向こう側にいるワニにこう叫んだ。


「共喰いでもしてろ! ケダモノ野郎どもめ!」




 カイルとハーヴ・マークスはバーンズ一派が潜んでいるという研究施設に向かっていた。

 腕につけてあるデバイスの座標では、残り数マイルほどでその研究施設に到着するという。


 ふたりは始終無言で大地を踏みしめていたが、カイルはあることに気づき足を止めた。


「……どうしたんだ?」背後のハーヴが疑問を問う。


 カイルは自分の足元を見た。人ではない巨大な足跡がそこにはある。


「なんだこれ」カイルは困惑して言う。


「どうもワニの足跡みたいだな。しかしこれは……ただのワニじゃないぜ。クソみたいにデカいやつだぞ」


 ハーヴは雨の打ち付ける足跡を確認し、言った。


「ほほう? 人相手じゃかまってくれる奴がいなくて動物に興味が行ってるのか。えらく詳しいな」


 カイルが皮肉混じりに言う。


 ハーヴはうるせえよ、と短く返した。


 あまりにも素っ気ない反応にカイルは眉をひそめる。もっと突っかかってくることを期待していたのだが、どうも違うらしい。


「無駄口叩いてる暇なんて無え、先を急ぐぞ」とハーヴはカイルを追い越した。


 カイルはハーヴの方を見て、そして自分の足で彼の足を払った。


 ハーヴがまぬけにずっこけたのを確認し、自分も地面に伏せる。


「ってぇな……なにしやが――」


 抗議を言いそうになる彼の口を乱暴に塞ぎ、カイルは人差し指を自分の口に当てた。


 そしてその指で、天を指す。


 その方向には巨大な二足歩行の機械が巡回していた。ちょうどふたりの頭上にその無骨なシルエットを浮かび上がらせている。


「なんだありゃ?」ハーヴは声を潜める。


「『モナ・リザ』だよ。知らないか? ヴィック・バンが保有する二足歩行戦車さ」


 カイルが説明する。「スター・ウォーズ」に出てくるような陸上兵器は赤いレーザーで索敵行動をしながら、ずんと地面を踏みしめていた。地震のような地鳴りがする。


「あれが放たれているということは、気づきやがったな。バーンズの奴……」


「まるで、バーンズのことをよく知ってるような口ぶりだな」ハーヴは目を細めカイルを見た。


 カイルは「黙れ」と短く返すと、固唾を呑み、モナ・リザの動向を伺う。



 モナ・リザはこの区域にいる侵入者に気が付かずに、赤いレーザーを消し、別のエリアに向かっていった。


 地鳴りが弱まると、カイルとハーヴは同時に身を起こす。


「もう気づいたらしいな、おれ達の侵入に」カイルは言う。


 ハーヴはモナ・リザが歩いていった方向を見、そしてカイルを睨んだ。心なしかその目には猜疑心の色があることにカイルは気づく。


「なんだよ?」カイルは喧嘩腰に放った。


「おまえ、バーンズと会ったのは本当に中東がはじめてなのか? 今の言い方はよく知ってそうだったぞ」


 この男、意外と神経質なのだな、とカイルは思った。しかし、自分の記憶に空白がある以上、その問いには少なくとも今の段階では答えられない。


「知るかよ。バーンズの五感がするどいのは近所のタバコ屋の婆ちゃんだって承知の事実だ。今はそんなことより任務が優先だ」


 カイルはそう言って、立ち上がった。


 そうだな、とハーヴも立ち上がる。この男はこういう面では結構真面目らしい。


 ふたりはそれぞれの専用武器を構えながら先へ急いだ。



 どんな状況だろうと……たとえ巨大なワニがこの島に居ようと、兵器が自分たちの首を狙っていようと、「あきらめる」は死ぬことと、二人はよく知っていた。


 それがサバイバル状況下での基本である。

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