EpisodeⅡ『生島-Elshu-』

Section1『自然神の居る島』~時系列『現在』~

 大雨の降りる島に、六筋の落雷が打ちつけた。

 打ちつけた、と表現するなら大したことはなさそうだが、実際にはそうでもないことはVTOL機に揺られているドールズの面々もわかっていた。


 この稲妻の衝撃はとんでもない。耳をつんざくような轟音も、窓の外に踊り狂う雷も、神経のひとつひとつに「恐怖」と言う概念を刻み込む。


 カイルはしきりに煙草を吹かしていた。ミラはハンバーガーにかぶり付いている。


 ふたりとも、態度こそ表していないが落ち着かないのだろう、とジョンは思った。


 インド洋に浮かぶ巨大な島、エルシュ島。過酷な大自然で生存率一パーセントとされる危険な島。バーンズが立て籠もったのはそこであった。

 そこにある生物化学研究所を占拠した彼らは着々と、アメリカ攻撃への策を練っていることであろう。


 ライターの金属音が聞こえ、ジョンの思考が中断される。カイルが何本目かの煙草を咥えていた。


「カイル、今すぐそれ消して。あなた吸いすぎ」


 ミラがいつぶりか真剣な顔でカイルに言った。

 カイルは意も介さない態度でミラを見る。


「これほどありがたい煙草は生まれて初めてだけどな。それだけ脳が言っているんだ……「あの島はやばい」と」

 戯言を言うカイルの手からミラは煙草を取り上げ、自分の手に持っていたハンバーガーを彼の口に押し込んだ。


「美味しい?」

 にっこりと微笑みミラは言った。カイルは目を白黒させ、ハンバーガーをもぐもぐと咀嚼する。


 こういうスキンシップは元恋人同士の特権かもしれないが、ジョンは輸送機の揺れとはまた違った居心地の悪さに顔をしかめていた。

 自分にも婚約者はいるが、エリザベスはああいうことさせてくれなかったな、と思う。

 嫉妬にも似た感情かもしれない。


「お熱いこってすなぁ? カイル准尉」


 声が聞こえ、ジョンはその方を見た。いけ好かない顔をした金髪の青年がいた。

 ハーヴ・O・マークス。コードネーム『ビショップ』と呼ばれる……感じの悪い伍長だ。


「天才狙撃手のカイル・カーティス。と……ミラ・クラーク? お前も確か狙撃兵だったよな?」


 ハーヴは腹のうちから出しているような、ドブ臭いにやにや笑いを消さずに言う。


「えぇ、そうだよ?」


 ミラはカイルの腕を組み、屹然とした態度でハーヴに向き直った。


「なぁクラーク? お前らのような狙撃手は待機中にクソを漏らすって本当か?」


「やめろよ」


 流石にカイルはミラを前に立ち、手を上げてハーヴを制する。

 クソに興奮を覚えるくせに、こういうことはきちんとしてるんだな。とジョンは場違いにもそう思う。


「……まぁ、戦場だからね? 綺麗事では済まされない部分もあるでしょ」


 ミラは天を仰いで言い放った。


「ははっ、嘘だろ?」


「やめろって言ってんだ」


 カイルは我慢ならずハーヴの胸ぐらを掴む。


「クソ漏らし……かよ。ケッ!」


 ハーヴは掴まれた胸を振り解き、逆にカイルを突き飛ばした。


 突き飛ばされたカイルは、ペッとハーヴに向かって痰を吐き捨てる。


「嫌な感じ……」


「まったくだ」


 そういう二人の気持ちはジョンにもわかった。


 彼はあのケネディ大統領を殺したとされるハーベイ・オズワルドの子孫だった。

 歴史的大犯罪人の汚名を着せられたことによって、彼はご覧の通り、ひねくれ者になっていった。


「あまり言ってやるな」


 そう言ってカイル達をたしなめているのはアンディ・J・リッチー少尉。

 話のわかる人格者の黒人だ。


「あいつはあの程度の人間だが、腕は確かだ。任務には柔軟に対応する。それを信じてやれ」


「本当かよ?」


 そういうカイルの気持ちもわからなくもないが、事実ハーヴはサバイバルスキルに富んでいて、どんな状況下でも必ず生存して帰ってくるというジンクスもあった。

 この任務に彼が呼ばれたのもそういう技能があってこそ、だろう。


 ジョンはハーヴの歩いていった方を見た。彼にすれ違う度に他のドールからひそひそと話が上がる。


「おい、見ろよ。ハーヴだぜ?」


「ああ、ケネディ殺しの末裔、ハーヴ・オズワルド・マークス……」


「大統領を暗殺した奴の子孫が、アメリカの脅威であるバーンズを排除しに行く……か。皮肉だよな」


「あんまり話すんじゃないよ、キレて殴りかかってきたらどうすんのさ」


 ハーヴは聞こえてないのか、あるいは聞こえないフリをしているのか最奥の席にどすんと座る。


 そしてポケットに手を突っ込み煙草を取り出し、一本咥えた。


〈間もなく、降下時間です。総員、ただちにフライング・ポッドへお乗りください〉


 機内のアナウンスが流れ、ジョンの意識は作戦モードに切り替わった。立ち上がり、巨大なビール缶のような恰幅のいいデザインのフライング・ポッドに歩いていく。


 背後で他のドールも同じくフライング・ポッドに歩いていく気配が伝わった。


 ジョンが手のひらをポッド側面に当てると、花が開花するが如く三重扉ハッチが開く。


「なぁ少尉殿」


 背後からふと声をかけられ、ジョンは振り向いた。カイルがそこに立っていた。


「作戦開始前なのにこんなこと言ってすまないが、おれはあいつとは上手くやれそうにない」


 カイルは顎でしゃくり、軍用防雨着に腕を通してるハーヴの方を指した。


「おたくは子供ですか? そんなこと言っても作戦は待ってくれませんよ」


 ジョンはいらいらしながら防雨着の袖に腕を通し、応じた。

 ハーヴは確かに問題が多いドールであろうが、それはカイルも同じであろうし、結局どっちもどっちというのが正直な感想だ。

 同族嫌悪というものがあるのならば、先刻のカイルとハーヴのやり取りがそれであろう。


「上手くやれるかなぁ」カイルが怪訝そうに言う。


「僕たちがやるしかないんですよ。さぁはやくポッドに乗って」


 ジョンがカイルのポッドに指差すと彼は渋々と言った感じにポッドへ向かった。


 ポッドに乗り込むと生体認証システムが作動し内壁に内蔵された衝撃緩和ショックアブソーバーのクッションが自動的に膨らむ。


「見ての通りエルシュ島の天候は最悪を通り越しています。目標地点まで向かう途中、なんらかの干渉が起きて不時着する可能性も十分考えられますので、その場合はみなと合流するまで少人数……最悪一人で生き抜いてください」


 ポッドに文字通りぎゅうぎゅう詰めにされたジョンは無線通信でドールズに通達する。


〈はいはい、せめて『蝿の王』みたいな事にはならないように気をつけまーす!〉


 ミラがゴールディングの小説を引用して通信内で茶々を入れる。

 その例えはちがうだろ……と突っ込みそうになったのをこらえたジョンは再度、無線通信でこう言う。


「ジョン・ヒビキ……『ナイト』発進準備オーケー」


〈カイル・カーティス……『キング』発進準備いいぞ〉カイルが無線通信内で続く。


〈ミラ・クラーク、『クイーン』発進準備いいよー〉ミラも続いた。


〈アンディ・リッチー……『ルーク』発進準備よろし!〉リッチー。


〈ハーヴ・マークス、『ビショップ』発進準備いいぞ〉ハーヴ。


〈ジェーン・ナカトミ……『ポーン・ゼロワン』発進オーケイだ〉姉御肌然としたジェーンの声が聞こえる。


〈デスモンド・リース、『ポーン・ゼロツー』発進いいよ〉感傷的そうな少年の声が無線に聞こえた。


〈レ、レイ・スピード、『ポーン・ゼロスリィ』は、発進しますぅ!〉まだ発進しないのだが。


「なんだ今の」


 青臭い少年の震え声を聞いた途端、ジョンは心の中で思いっきりずっこけた。


〈あー、レイは今回実戦は初だからちょっと緊張してるんだ。気にすんなよ〉


 姉御肌のジェーンは慌てた様子でフォローを入れた。


「……まぁ誰もが通る道ですか」


 ジョンは正面に向き直って、無線をコックピットにいるパイロットに切り替えた。


「オールオーケイ! パイロットさん、お願いします」


〈――了解。いい旅を、グッドラック〉




 VTOL機の腹の部分にあたるハッチが開き、八機の降下(フライング)ポッドが、稲妻と暗黒の蠢く空に舞った。

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