Section2『麻☆薬☆王』~時系列『現在』~

 「カリスマ」、「神の息がかかった男」と評されるバーンズにも人間的な穴はあった。


 麻薬売買である。

 彼は麻薬を施設内で栽培し、それを高値で売りさばくというビジネスを主催していた。

 ヴィック・バンという巨大な組織でもそれに手を染めないと活動資金が得られないのだ。

 麻薬の収穫、出荷はこの要塞の専用施設にいる子供たちの手によって行われている。バーンズが紛争地帯を渡り歩いて、行き場を失った少年兵を勧誘(スカウト)したのだ。


 バーンズはよくこのようなことを言う。「ほとぼりが冷めたら、あの子たちをまっとうな職に就かせよう」と。


 加盟国が増えてきているとは言え、まだヴィック・バンはテロ組織としてしか認知されていない。その手伝いをさせるのを彼は嫌っていた。


 テロ活動をしているのに、それを幇助する少年たちや麻薬の存在を嫌悪している。その矛盾こそがこの人の良さだ、と子供を褒め称えるバーンズを見て、ジャック・フリンは思う。




「ボス、今日の仕事おわりました!」


 黒人のやや痩せ細った少年が元気よく報告する。


「ご苦労だった。自分の部屋に戻りなさい。甘いお菓子と温かいミルクが待っている」


 バーンズは部屋の方を指差し、柔らかく言う。


「ボス、今日の収穫を完了しました!」


 のっぽの少年が元気よく叫んだ。


「ご苦労! 部屋に戻っていい、お菓子とミルクをいただきなさい」


 バーンズが再度部屋を指差す。


「ボス! 収穫を完了いたしました」


 やや知的な眼鏡を掛けた黒人少年が言った。


「ご苦労だ! 部屋にもどれ。甘いお菓子とミルクが――」


「ボス! お言葉ですが自分はコーヒーを飲みます!」間髪入れずに眼鏡の少年が叫んだ。


 バーンズは目を瞬かせた後、「はは、君は大人なのだな」と顔をほころばせた。


 彼は部下にコーヒーを用意しろと命じると「イタリア式だから死ぬほど苦いぞ? 覚悟しろよ」と少年に脅し文句を言った。


 ああいう少々意地悪なことを言えるのは息子がいるボスの父性だろう、とフリンは傍から見ていて思う。

 彼の息子、エディはヴィック・バン加盟国であるロシア連邦の田舎町にある辺鄙へんぴな孤児院にいた。

 バーンズとエディの間には常にそっけない空気が漂っている。それはははが旧アメリカ政府に謀殺されたことが大きかった。


「フリン」


 バーンズに声をかけられ、フリンの思考が中断する。

 気がつくと司令室から子供は消えていた。

 フリンは一瞬でも物思いにふけった自分を責めた。


「まだ待機中だぞ。警戒を怠るな」


 父親から司令官の顔に戻ったバーンズは固い口調でフリンを咎めた。


「申し訳ございません、ボス」フリンが謝る。


「それとなにかあったら自分を責める癖もなくせ。自分の失敗(ミス)を反省はしても後悔はするな。それが強い男になる鉄則だ」


 フリンの心を見透かしているバーンズがやれやれと言った感じで言う。

 それは長い間積み上げてきた首領とその右腕の信頼関係から来る見透かしでもあったが、バーンズの洞察力の凄まじさでもあった。


「肝に銘じておきます」


 この人にはかなわない、とフリンは思い、応じる。


「……ふん、私になることなど簡単だぞ? 言ったであろう? 「相手の心理はポーカーで鍛えろ」と」


 また心理を見抜きジョーク交じりに言うバーンズにフリンも笑った。


「そうですね、ボス」


「……それで、彼女ウィリアムズの調子はどうだ?」


 バーンズが話を変え、暴行を受けたフィオラのことを問う。


「あれからすぐに立ち直り、今も施設の外で警備をしています」


「おかしな所は?」


「まったくない……とは言えません。彼女に警備をまかせてはいますが、時々遠くを見ています。まるで


 ボスはふむふむ、と顎に手を当てうなずいた。


いるんだろうな……。まぁいい、泳がせておけ。所詮は遊び相手がほしいだけの欲求不満だ」


 ボスは独りごちるように言って、不意に窓の外を見る。大雨が耐食性ガラスに打ち付けていた。


「……来たな」


 真剣な顔でそう言う。


「来ましたか」


 フリンも返した。バーンズの直感に思える第六感から来る情報が外れたことはまずなかった。


「ねんの為だ。『モナ・リザ』と『ヒューマノイド・マニアック』の準備をしておけ」彼は右腕にそう命じる。


「かしこまりました」


 フリンは踵を返し、準備をしに遥か彼方にある武器庫に向かう。

 その後ろで、バーンズは高らかにこう叫んだ。昔の、ある革命家が演説で叫んだ言葉だった。



「『今は闘いのときであり、未来は我々のものだ!』」

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