Section2『逃げ場はなく、あるのは進む道だけ』~時系列『現在』~
カイルを叩き起こした後、ジョン、ミラ、カイルの三人は車寄せでタクシーを待っていた。
カイルはしきりにあくびをしていたし、ミラは「スーツって暑苦しいよね」とレディーススーツの襟をパタパタ動かしていた。
ミラの体臭が自分に向かってくる事にジョンは辟易していた。ミラは体臭がとてもクサい。例えるなら焦げたチーズに安コーヒーを交えたかのようなとんでもないクサさだ。
彼女の体臭は生まれつきのものではなかった。風呂に入らないからである。
本人にそれを問うと「戦化粧(フェイスペイント)のノリがいいから仕方ないじゃないの」とか言うからジョンとしては溜まったものじゃない。
「ミラ、これ」
とジョンはミラに控えめに香る男性用香水をミラに渡す。
「あ、わーい! くれるの?」
ミラは喜んで受け取る。
「なんでもいいから、はやく付けなさい」
ミラはうん! と元気よく香水をつけてつけてつけまくった。
「おまえがもっと女の子っぽかったらなー」
ジョンが何気なしにつぶやく。
カイルはミラのダーリンだったらしいが、彼はこの体臭に耐えきれたんだろうか?
「え? なにか言った?」
「いや、なんでも?」
「おい、来たぞ」
いつの間にか起きていたカイルがタクシーの到着を告げる。
タクシーは暴徒対策の施されたハンヴィーだった。
「こんにちは、皆さま!」
車から降りてきた運転手がにこやかに挨拶をする。
「こんにちは!」
「どうも……」
「ごきげんよう」
ジョン、カイル、ミラが挨拶した。
「テック・タクのタケイと申し上げます! 本日はよろしくお願いします!」
タケイがうやうやしく、帽子を取って挨拶した。
「ど、どうも……」
「あ、あぁ……」
丁寧に扱われるのは慣れていないのか、ミラとカイルが押し黙った。
「そういう時は、『こちらこそ』ですよ! カイルさん、ミラ」
ジョンがジャパニーズ流の挨拶について説いた。
「はっは! まぁ乗ってください! きっと素敵な体験が待ち受けていますよ」
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「お客さん達、ドールズ……ですよね」
タケイが聞くとジョンは「はい、そうです」と応じた。
「この辺じゃドールズと言ったら『支持者のいなくなったアメリカを守る精鋭特殊部隊』って感じで評判なんですよ」
運転手が微笑みを消さずに言う。
タケイは先刻から嬉しそうだった。まるでお客との会話に生き甲斐を感じているかのように。
「……悪いほうで?」
カイルが聞くと運転手はいえいえ、とんでもないと首を激しく振った。
「良い意味で、ですよ。子供の間ではドールズは本当に伝説のコミックヒーローみたいなものです。私も自分の倅にSDIのおもちゃを買い与えたばかりでね……」
ジョンが首筋に手を伸ばす。カイルやミラも同じようだった。
タケイはその様子を車を走らせながら見ていて、
「はっはっは、それですよ。あなた達をドールズ足らしめているデバイス……」
「これが子供の玩具に?」
ジョンが言う。
「……発売は最近ですけどね。結構売れたらしいですよ」
誇らしい気分であった。自分たちが子供の象徴(イコン)となっているのは悪い感じではない。
「なんだか、すごいですね。……我ながら」
ジョンが返す。
「えぇ……ですが良いことばかりではありません」
運転手は急に険しい顔をする。視線の先には暴徒と機動隊が戦っていた。目的地はあの先だ。
「……大丈夫?」
ミラが聞く。タケイは深くうなずき、
「お客様を安心して届けるのが私たちの仕事ですから」
車が勇ましく暴徒に向かっていった。
機動隊が「あのタクシーを援護しろ!」と合図を出す。
タクシーのフロントガラスに火炎瓶が投げ込まれた。
ガソリンが炎とともに蒸発し、もくもくと炎が上がる。
「あぁ、ちくしょう」
タケイが毒を吐き、車のワイパーを作動させた。フロントガラスが炎で完全に塞がる。
「タケイさん!」
ジョンが叫んだ。その時だった。
フロントガラスに蜘蛛の巣状の割れ目ができ、タケイはショックを与えられたように前のめりに倒れた。それと同時にクラクションが尾を引かせて鳴く。
暴徒に撃たれたのだ。
「あぁ、クソ……」
カイルが毒づく。彼にとってもタケイは特別な運転手だったのだろう。
主を失ったタクシーはクラクションを物悲しげに鳴らしながら路地に突っ込んでいった。
「掴まれ!」
カイルが叫ぶ。
タクシーは路地裏の行き止まりにその身を突っ込んだ後、断末魔の黒煙をゴツゴツしたフロントから吐き出した。
「フォー……エヴァー・ヴィック……。ヴィック……インフィニ!」
暴徒がこちらに向かってくる。
ジョンは暴徒に憎しみの籠もった視線を投げた。タケイはタクシーの運転手には珍しく生真面目で誠実な運転手(ドライバー)だった。
そんな人も簡単に死ぬ。ここはそういう世界なのかも知れない。
「カイルさん! 無事ですか?」
ジョンが聞く。
「あぁ、なんとかな」
カイルがしわがれ声で応えた。
「ミラは?」
「うん、殺る気モリモリ……」
ミラは殺気立った目を暴徒に向けた。
その目はいつものミラの緑色の目ではなかった。内に黒い炎を宿した……、ミラの内なるものが目を通して出ているような眼だ。
「ミラ……」
「うん、あたしも同じ気持ちだよ、カイル」
その二人の意見を聞いたジョンは、護身用警棒を二人に渡した。殴打した相手に電撃を食らわすことができる、スタンガンの警棒版のような代物だ。
暴徒が引きずり出す前に三人は車から出て暴徒を待った。
お前らの相手なんて一服しながらでも十分だ、と言わんばかりにカイルは煙草を銜えジッポーで火を灯す。
暴徒どもは停止した後、ジョン、カイル、ミラに向かって走りきた。
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