Section2『索敵と駆逐』~時系列『現在』~

 正面玄関を蹴破った先に立派なエントランスホールが待ち受けていた。天井には巨大なシャンデリア。二階へ続く絨毯敷きの階段と、アンティークな木製の手すり。

 砂漠に包まれた小さな街にはミスマッチなほど小奇麗に手入れされている。息を吸い込めば、ウッディな香りが鼻孔を満たしそうであった。


「すごい館だ」

 ジョンが思わず、と言った感じに漏らす。ミラも突撃銃を構えて安全確認しながらも、ホールの広さに目を丸くしていた。


「素敵だな。瓦礫に変えるには惜しい」

 カイルはブラックジョークを飛ばしたが、二人はいつもの事のように黙殺した。

 人間は、今の現状だけしか目に入らない動物だ。

 明日の天気が雨でも今日が晴れならばそれでいい。見たい情報しか見ない。見たくなかった情報には目をつむり、忘れようとする。

 適者生存能力の強い者は、その傾向が非常に強い。世界には彼らの他にもドールはいるのだが「今を生き延びようとする」共通点は同じだ。

 だからカイルがそのような事を言ったからって非難めいた苦言を呈したり、笑ったりする者はおらず、ただ無視したり適当に相槌を打つ他ないのだ。

 未来がどうなろうと今を全力で生きれるか。それがサバイバーの命題だ。


「オールクリア。誰もいない、けど」

 ミラのその声を聞いたカイルは手を差し出し、無線機を貸せと命じた。

 無線士である彼女から通信機を受け取ると統合司令部に繋げる。


「HQ」


〈こちら本部、どうぞ〉


「こちらブラヴォー。妙だぞ、クソみたいに多い警備兵だったのに中はがらんどうだ」


〈すぐ近く……南から熱源反応が迫ってきている。ゆっくりと、だが〉

 カイルとミラが一斉に銃を南に向け、ジョンもマニアクスを構えた。


「了解、何が来ているか確かめる。アウト」

 通信を切る。カイルは固唾を呑み照準を南のドアに合わせ、迫り来る誰かを待った。

 心臓が早鐘を打ち、アドレナリンの苦味が口腔に広がる。バトルスーツの中は汗だくで、下着はもうぐしゃぐしゃだ。


 取っ手が下に降りる。

 軋みながら開く。


 向こうの暗闇から現れたのは、一匹の黒猫。マリンブルーの透き通るような瞳をした子猫であった。


「おいおい」

 カイルは呆れつつも少しホッとした。ジョンは構えを解き、ミラも銃を下げる。


「あら、かわいい。蜂の巣にならないで良かったね」

 ミラが微笑みつつ猫に声をかける。

 その直後、ジョンのマニアクスの振動の音が聞こえた。


「ジョン?」


「変です。向こう側から来たのって、猫だけじゃありませんよ」

 ジョンはマニアクスを構え直して、瞳には再び警戒の色を滲ませている。 

 ジョンの視線の先を追った。


 血のような赤い光が八つ、不気味に輝いている。重々しい足音を響かせながら、それはすぐそこまで来ていた。


「こいつらは」ジョンがそう言い、「来ますよ!」と続かせた。

「おい、お前。さっさと消えな」カイルはしっしと手を払いつつ、猫を逃した。


 暗闇の中から宇宙服のような防弾ヘルメットと機械仕掛けのマッシブな強化服を来た兵士が機関銃を腰だめで構えながら現れる。

 そのMG4軽機関銃の銃口はドールズ側にぴったりと合わせられている。


人間兵器部隊ヒューマノイド・スカッド !」

 ジョンが叫ぶ。


 それは文字通り人体をベースに造られた生物兵器と呼ぶに相応しい強敵だ。彼らは兵士の持つ戦場での難点……つまりは感情を手術によって除去し、慈悲もなくただ対象を殲滅する殺人マシーンと化している。

 彼らに理屈は通じない。交渉も応じない。ただ手にした武器によって効率的に標的を排除するという思考のみが残されている。


 ヘルメットの奥から目の赤き光を発しながら、人間兵器たちは一斉に銃を放つ。

 ジョンはマニアクスで銃弾を防ぎ、カイルとミラは物陰に隠れた。

 カイルは連発式の拳銃で、ミラは突撃銃で人間兵器部隊を牽制する。

 防弾繊維を含む強化服を着込んだ人間兵器ヒューマノイド達は立派なエントランスホールを壊す勢いで、機関銃を乱射している。

 ジョンはマニアクスでその弾丸を弾いたまま、動けない様子だった。


「おい、司令。どうすればいいんだ? 指示を求む!」


 カイルが連発式拳銃M93Rの弾倉を交換しながら、冷やかし混じりに叫ぶ。


「うるさい! 今考えてるところですよ! これでも任命されたばかりなんで、とにかく黙っていてください!」

 ジョンは殆どヒステリックに叫びながら、山刀をせわしなく回していた。


「所詮はその器かよ」

 なおもおちょくるが、パニックに陥ったジョンは「こっちも手探りなんですよ!」と返すばかりだ。

 煽ればむきになって、やる気になるタイプだと踏んでいたんだが……失敗だったらしい。


「やむ無し。ミラ、電磁狙撃銃ダヴィド・スリングは使えるか?」

 カイルは彼女に聞く。彼女は柱を盾に、隙を見計らって突撃銃をバーストで撃っている。

「うーん、もうちょっと待って。充電時間があるからね」

ミラが呑気な口調で言いながらダヴィド・スリングを取り出しスコープを覗き見た。使用可能になるならばあのスコープ中のゲージが溜まって「射撃可能」の表示が出ているはずだが。


「ダメだなー! まだ使えないみたい」

 ミラは舌打ち混じりにそう言ってまた突撃銃で人間兵器部隊にバースト射撃をお見舞いした。

「そうか……」

 カイルはふむ、と頷く。彼女のダヴィド・スリングがあればいくら強化服を着た人間兵器でもいっせいに片付けることが出来るはずなんだが。


「揚げ足取りではないんだが! 聞いてくれるか? 少尉くん!」

 カイルはバーストで威嚇射撃をしながら、ジョンに声を張り上げる。


「なんです?」

 ジョンはいらいらしながらも応じた。


「おまえ、この先の対策は考えているのか?」


「やっぱり揚げ足取りじゃないですか」


「いいから答えろ」


「……今の現段階ではノープラン、です。それでいいでしょ」

 カイルは意外と素直な少尉に若干驚きつつも、ニヤリと顔を歪ませた。


「ミラのダヴィド・スリングは充電に時間がかかる。もう少しこらえてくれ」


 ジョンはぎょっとした様子で弾を捌きながらカイルを見た。

「あれを使うんですか? ここで」


「『使うんですか』じゃねぇだろ? 『現場司令殿』?」

 決定権はおまえだと言わんばかりにカイルはにやつく。


「……切り抜けるにはそうするしかないみたいですから、仕方ありませんね! ミラ、撃つ時は合図をくれ!」

 これまた素直に応じるジョンにミラは「ラジャー! 現場司令ちゃん」とスコープを覗いた。


「あと二パーセント! がんばれー、現場司令!」


「うるさいな! 応援するなら援護射撃しっかりしろバカ!」

 ジョンはほとんど泣きそうな声で似つかわしくない罵倒を飛ばす。


 ダヴィド・スリングがピピッと充電完了フルチャージの合図を出したのはその時だった。

「チャージ完了! ジョン、どいて!」

 ジョンが伏せるのと、まばゆい閃光がミラの持つ電磁狙撃銃ダヴィド・スリングから発せられたのはほぼ同時だった。


 ダヴィド・スリングは唸り声をあげ、怒りの咆哮と共に光線を吐き出す。照射の形で人間兵器部隊の面々を斬っていく。その様は「撃つ」と言うよりも「斬る」という表現が適切だ。

 巨大な剣のようなそのビームは人間兵器たちを貫通し、エントランスホールの柱を砕き、遥か彼方……外にまで届いてることであろう。

 延々と続くかと思われた光はやがて緩やかに勢いをなくしていった。

 そしてホールに残ったものは、破壊の痕と、主を失いよろよろと歩いた後、倒れていく人間兵器たちの下半身のパーツだけであった。

 ひと仕事終えたミラの巨銃は燃料タンクの役割を果たす筒を排出し、満足気な熱風を排気口から勢いよく吐き出す。


 タンクを取った後、それを地面に置いたミラはにこやかにカイルの方を見た。


「……この家の大家、損害保険に入ってるといいが」

 正直な感想をカイルは漏らす。


「だねー? もし入ってなかったらごめんなさい」

 ミラは十字を切って手を合わせた。


「急ぎましょう」

 取り繕ったようなジョンの声で、一同はバーンズの潜伏する部屋へと向かった。


 人っ子一人も居なくなったエントランスホールには体細胞の蒸発した悪臭が満たし、断面から残った臓器を覗かせる下半身たちが倒れていた。



 その後、敵とも遭遇せずにドールズ面々はバーンズのいる部屋の前に辿り着こうとしていた。

 ジョンは困惑を隠せないでいた。

「……誘い込まれてる?」

 ジョンがぽつりと呟く。


「普通に考えてありえない手段だな」

 カイルも内心不安だった。


「衛星の最新データによると、屋敷の外に出たものはミラが先程発射した光刃だけなんですけど。逃げ出した兵士やバーンズはいない」

 ホログラム端末に飛び出た画像をひと目見、ジョンは言う。


「部屋の角でデカい体を縮こまらせているのかなぁ」

 ミラが呑気に言う。


「笑わせるな。ということで突入するぞ」

 やり取りをしている内にバーンズの部屋の前にいた。


「フラッシュバン……!」

 ジョンが手を差し出す。カイルが閃光手榴弾フラッシュバンのピンを抜いてジョンに放りよこした。

 ドアを勢いよく開け、そこのソファで寛いでいたバーンズに向けて投げる。




 バーンズは立ち上がり閃光弾を受け取り、片手でひねり伏せた。この時間およそ二秒。


「なっ!?」

 カイルは呆気にとられた。が、模糊とした精神を急いで取り繕い、連発式の自動拳銃を抜いて、撃つ。

 バーンズはすばやく料理の乗ったテーブルを持ち上げ、カイル達に向け、迫りきた。

 彼は走りながら、テーブルを投げ、ミラとジョンに直撃させ黙らせる。

 そしてカイルの手首を手刀をめり込ませ、拳銃を奪った。

 遠距離用の武器を奪われたカイルはコンバットナイフを抜き、バーンズの懐内に入ろうとするが、バーンズが奪った大型拳銃でブロックされる。

 ナイフと拳銃が軋み、混じり合う音が部屋に響いた。


「ハロー! ドールズ……」

 バーンズはニヤケ面で挨拶をした。


「ヴィクター……バーンズ!」

 カイルは呪詛に近い声音でバーンズを呼んだ。


「リ・アメリカ政府め……。こんな青い子供を戦場に放り込むのか……。感心しないぞ」


「戦場のための……俺ら、だから、な!」

 カイルは右手を引き、バーンズの心臓部に再度めがけた。

 バーンズは一旦拳銃を捨て、その右手を握り込む。


 とてつもない怪力に圧迫され、右手はナイフを離す。


「子供は聞き分けがいい方が可愛げがあるぞ? 私の教育方針ではな……」

 ぐぐっと手首を締めつつ悪夢の巨人はなおも続ける。


「うる、さい」


 カイルは左手の仕込みナイフでバーンズの手首を斬った。

 バーンズは手を離し、大げさによろける。


「今の痛いぞ」

 少しも痛そうにせずにバーンズはつぶやいた。


 この大人の余裕、嫌な感じだ……。そうカイルは思う。

 思春期の子供が大人に正論を言われた時の反骨心にとてもよく似ているのが我ながら嫌だった。

 そして、カイルは知った。この男は心も体も……とてもデカい。


 半ばヤケクソでカイルは筋肉の厚い相手を刺すにはあまりにも小さいスペアナイフでバーンズに迫った。

 バーンズはカイルの頭の位置に屈んだ後、手のひらをカイルの胸にめり込ませた。

 心臓が止まるほどの鈍い衝撃の後カイルは吹き飛ばされ、壁にぶち当たった。

 壁のモナ・リザのレプリカ画が、衝撃で金具を飛ばされ、落ちる。


 地面に転がったカイルを尻目にバーンズは走り、窓を突き破った。


「待てよ!」

 カイルは気合で立ち上がり、突撃銃を手に窓に駆け寄る。


 バーンズは遠方の屋根の上を、その巨体に見合わない速度で駆けていた。

 カイルは狙いを定め、引き金を絞る。

 が、バーンズの走った後の地面を叩かせるしか効果はなかった。

 バーンズは最奥の屋根の先の崖に、飛んだ。

 呆気にとられるカイル、しかし直ぐ様ホバリングするヘリを視認した。

 ヘリのハッチからバーンズがその姿を覗かせる。


「強くなって、私を殺しに来い! 楽しみにしているぞ、『カイル・カーティス』くん!」

 カイルのおぼろげな意識が驚愕に変わった時には、バーンズを乗せたヘリは元気なローター音を響かせ、去っていた。



 ジョンとミラを起こしたカイルは、崖の上に立っていた。

 ミラはなぜかワクワクした様子で遠くの方をジッと見つめている。


 そしてジョンは、暗い表情でカイルの背中を見ていた。


「あの……カイルさん!」

 ジョンが叫ぶ。


 カイルは振り返り、ジョンを見た。


「……その、至らない部分があって、すみません」

 カイルはフッと笑い、

「最初から一から十までできるリーダーなどいない。そんなやつがいたとしたら、つまらないやつだ」

 背伸びしたことを言ってジョンを慰めるカイル。


「そう、ですか……?」


「そうだ……。お前は努力したんだよ。それが大事……ああ、クソ」

 カイルは苦々しげに悪態をついた。


「どうしました?」


「いや……」

 カイルは今しがた言った発言はバーンズのような男の影響が強いことを確信していた。

 短い時間であったが他人の中に入り込み、それを上書きする要素を彼は持っているのだ。

 『凶悪ながらもカリスマ』。バーンズがよく呼ばれる二つ名のことを思い出す。


「あ、来たーっ!」

 ミラの張り上げた声で二人はその方を向いた。


 ハンバーガー・チェーン店のドローン便だった。聞くに『戦場でも、配達しに行きます!』のコンセプトの新しい販売戦略らしい。

 「M」のポップなロゴがプリントされた重々しいコンテナが音を立てて開く。その中には熱を帯びたチーズバーガーが入ってる。ホックホクのポテトとコークまでついてた。

 チーズバーガーを勢いよく齧るミラ。その背後で「こいつ……!」みたいな表情でカイルとジョンは見ていた。


「帰りましょう、ミラ、カイルさん」



「うむ……」



「ちょっと待って! ハンバーガー美味しい! 生きてて良かったーっ!」

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