第20話
ヤルキンは半分呆れ、半分本気で心配しながら向こうを見つめた。
衝動に任せて何かと失敗するのはローゼリカの欠点である。それを自覚しているのかいないのか、わからないが。
セイレーンの登場、仲間と離れてしまったこと。予想していなかったトラブルのせいで混乱しそうになる。
しばらく待っても二人は戻ってこなかった。背負い袋から望遠鏡を取り出し、覗いてみると岩の間で座り込んでいるローゼリカを見つけた。他にも、浮き上がった死体がゆっくりと水の流れに従って移動している。
落ち着こうと、深呼吸する。
よし、大した問題ではない。別に全員死んだわけではない。人も多い。巻き返せる。
どうにか助けを求める手段はないかと動き回っていると、セイレーンにやられた人間を取り戻そうと船の準備をしている集団がいることに気がついた。
「すまない、俺も乗せてくれないか。向こう側の小島まで行くんですよね?」
「お前も仲間をやられたのか。いいぜ、乗りな」
元々、小島とこちらとの行き来のために使用されていた船だが、乗船人数が減ったために使われなくなったものだ。動かすためのオールがついている。
「漕ぐんだよ」
乗り込んで着席すると、人の重みで船は少し揺れた。
オールを持って見様見真似で漕ぐと、ゆっくりと船は発進した。
採掘士の一団だろうか。作業着に風防眼鏡の男女ばかりだった。
その集団の中に混じって、探索者らしき人々もいる。時折止まっては、浮き上がった死体を攫って後ろに詰め込む。
迷宮での死は一時的なものであり、よくあることだ。
しかし、目の前で仲間が死ぬ光景を初めて見た人間は、わかりやすく取り乱す。
当たり前だが、それが普通だろう。誰だって、死にたくないし死ぬところなんて見たくない。
死体を見ても全く動揺しなくなったのは、いいことなのか悪いことなのか。全くわからない。
ここに来て、そんな光景を見るたび、自分がおかしくなってしまっている気がして仕方がない。
「探索者さんよ、ここに来たのは初めてか?」
隣の採掘士が、話しかけてきた。
「いいや、何度か。ここはいい鉄が採れますよね、俺の剣もここで採ったやつを使ってるんですよ」
「へぇ、あんた詳しいんだ」
以下にもベテラン、というような体格と雰囲気だった。しっかりとした肩に、露出した二の腕は筋肉質で硬そうだ。
「探索者の前は鍛治屋だったんです。だから、多少は知識があって」
「フーン、なるほどねぇ。うちは採掘士組合所属のマイヤー家って言うんだけど、知ってるか?」
「あー名前は知ってます。結構大所帯ですよね」
「なんだ、使ったことないのか」
「うちの親方はどこの石使ってるかなんて教えてくれなかったんですよ」
ヤルキンは、かつて師事していた鍛冶屋のことを思い出した。気難しい、如何にもな職人気質の人間だったが、意外にも指導は丁寧だったので恩義は感じている。
「この剣は自分で打ったのか?」
「あー、まぁ」
「今度見せてくれよ。よく組合に卸しに行った帰りに酒場で飲んでるからさ……っていうか、これが終わったら会わないか? 私たち、気が合うと思うんだ」
口説かれているのか? と不安になったが、純粋に作り手として興味を抱かれているだけだろうと思い直した。
「いやいや、何も軟派じゃないよ。ただ、救児院の後輩がどうしているのか気になってさ」
救児院の単語を聞いた瞬間、ほっとした。
ひとまわり年上であろう女性からここまで言われて、内心ビビっていたのだ。
「ベルベネット先生は元気かー? いやぁさ、実はあんたのこと知ってたんだよ。組合によく救児院の子がいるからさ。鍛冶屋やめて探索者になった人がいるって噂になってたよ」
「そうか……そんなになってたんですね……」
「気にすんなって! 今んとこ死んでないんだろ?」
「……今し方仲間が死んでるかもしれなくて、俺の方はほんの二週間近く前にスライムにやられて窒息死しました……」
「お、おぉ、ご愁傷さま……」
死因までは言わなくてよかっただろうか。
「岩の前で停めてください」
バランスを取るためにゆっくりと立ち上がると、船はそれだけで揺れた。
「ローゼリカ! こっちへ移れ!」
岩の間で膝を抱えていた彼女は、声を聞くとパッと顔をあげた。
そして、遺体を手に、跳躍して船尾に飛び移る。
危ない!と言いたくなったが堪えた。
「す、すまない……わ、私が馬鹿だった……迷惑をかけた」
「アランは! 死んでんのか!?」
「気絶してる……でも、放って置いたら死ぬかも……」
「応急処置は? どこまでやった?」
「脈はあったから……起こして……安静にした……」
「そうか、よし、もう今日は帰ろう……な?」
そういうと、ローゼリカは無言でうなずいた。相当堪えたらしい。
船尾にあぐらをかいて座り、虚な目をしている。
「お仲間さん、大丈夫か?」
「ちょっと最近色々あったんで……まぁ、大丈夫だと思います」
船は小島にたどり着き、再び元いた場所に折り返した。
他の探索者は溺死体を抱えて途方に暮れている。
二人は一階層の道を、とぼとぼと歩いた。途中で魔物に出会したが、半ばやけくそで切り倒した。
昔は小蝿の大群にも手こずっていたのに、今は火炎瓶一つでなんなく殺してしまえる。
もう一般人には戻れなくなってしまったように思えて、犯罪者になったわけでもないのに悲しくなった。
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